四十九話 士気上昇
『ラストゴブリン』を撃破し、奥の間に存在していた階段を下ったジーク達は、少し白濁した壁面に囲まれた洞窟を突き進んでいた。そこにはルルとナオミの姿は無く、ジークの転移にて一旦離脱して、昼食を取った仮の拠点にて休息を取るようにした為だった。
ナオミとルルが抜けたことにより、先頭はジークが受け持ち、二列目にはミラとマインが並列する陣形となっていた。
「ルル大丈夫かな~」
心配そうな面持ちで、誰に問うわけでもなく自然と言葉を零すミラ。先頭のジークが、その言葉に背中で答える。
「リーナの回復魔法を施し薬も投与した。しばらくは安静にして寝ていれば回復するだろう。必要な物は置いてきたしナオミが付いて看病してくれてる。もう少し進んだら俺達も戻るとしよう」
ジークの言葉にミラとマインの二人は頷く。すると、マインが何やら考え込むように下顎に手を添えると、おもむろに口を開き出した。
「それにしても……ルルには驚かされたものだな。会得していないと思ってた武闘術を使いこなし、それだけでなく、私とミラ殿の動きをまで完璧に再現して見せたのだからな。一朝一夕、見様見真似で出来るものではないのだが……」
「私もそれ思いました! え、なんで!? って」
マインの呟きに同意する形でミラが口を揃えると、ジークもその点には不思議に思っていたのか考察を述べ出した。
「凄まじい成長速度に、高い創造性……亜人特有の性質が影響しているのかもしれないが、おそらくは俺達の影響が一番大きいのだろう。……二人は感じたことはないか? ルルがたまに口にする、変に的を得た勘のようなものを」
ジークの問いに、二人は唸りながら首を傾けると、思い出したかのように同時に顔をハッとさせた。
「そう言えば、カジノでそんな感じの事言ってたかも!」
「怪盗ルパン事件で作戦会議を行っていた際も、その時まだ私達はアローメルが犯人だと分からなかったというのに、なぜかルルは”知っている人かも”と言っていたな。漠然とした、ただの子供の勘だとその時は思ったが……そういったことか?」
二人は思い思いに、それらしい過去のルルの言動を上げると、ジークは静かに頷いた。
「あぁ。俺も単純に、鋭い勘だと思っていたんだが……さっきのルルを見て考え方が変わった。タイプは違えど、ミラの超感覚と同質のようなものなのではないかってな。もしかしたらあの鋭い勘が、ルルの持つ超感覚なのかもしれない」
「なるほどな。ルル本人が意識してその超感覚を使ってる様子は無さそうだが……物事を高レベルで感覚的に捉えていたとするならば、私達の技をそっくり模写したのも頷けるか。子供ゆえに、その純粋で真っ直ぐな心が、理屈ではなく感覚で吸収しているのだな」
「うぅぅ……ルルの成長が早いのは嬉しいけど、ちょっぴり寂しい気分。まだまだ可愛い妹だと思ってたのになぁ……」
ルルの成長について三人が話を交わしていると、グループ通話にて思い出したかのようなリーナの声が響いた。ナオミがルルの付き添いで拠点にいる為、魔通機ではなくグループ通話を通したようだ。
《子供の成長は早いものなのです。それはそうと、ルルは先ほど『ラストゴブリン』を倒した際にレベルがBへと上がったです。スキル『威力増強』が解放されたですが、統合・適正化が可能です。どうするですジーク?》
「問題はないだろう、やってくれ」
ジークの返答後、ミラとマインはルルのレベルアップに喜びの声を上げていた。そして程なくすると、処理が終わったのかリーナの声が帰ってきた。
《完了です! 特性の『風属性無効』、スキル『かまいたち』・『風破かまいたち』、そして今回取得した『威力増強』を統合・適正化し、特性に新たに『風属性支配』を取得したです》
リーナの言葉に、ジークは不適な笑みを浮かべると、ミラとマインに振り返った。
「二人とも聞いたな? ルルが特性の最上級の位である、支配系を手に入れた。それも、お前達よりも先にだ。うかうかしていると、妹分のルルに追い抜かれるぞ? ククク」
ジークの煽り文句に当てられるように、ミラとマインは顔をハッとさせた後、その目力を強くさせた。一つだけではあるが、妹のように接していたルルが二人よりも先に支配系の特性を手に入れたことで、二人のプライドに火を付けたのだった。
「う~! 私ももっと強くなる! ルルには負けないぞぉ!」
「そうだな。進化して飛躍的に身体能力が上がったとはいえ、まだまだ力を引き出せていないのは確かだ。私も鍛錬に励み、ルルに笑われない様にしなければ!」
そんな二人の様子を見るなり、ジークは静かに口角を上げていた。あえて煽ることで、二人の士気を更に高めることが出来たからだった。
ジーク達三人は歩みを進めて行くと、前方には眩い光が差し込んでいた。その場に足を運ぶと目の前が光で包まれる。
それは、一面に広がる銀世界。曇り一つ無い真っ白な粒が一面に敷き詰められ、中には白い巨人らしき物も大量に徘徊している。地球でいえば、おおよそ東京ドーム並の広さがある空間。周囲の壁には通路らしき物はないことから、どうやらこのフロアの最後の場所なのは明らかだった。しかし、次のフロアへと繋がる肝心の階段は、大量に敷き詰められた粒の下のどこかにあるようだ。
ジーク達が足を止めた場所はそれなり高い位置にあり、下を見下ろすとその光景が広がっていた。
《あれはソルティーゴーレム、塩の体で出来た巨人型の魔物です。レベルはBで、魔晶石を破壊されない限りは、体のどの部分を失ったとしても塩を取り込んで再生するです》
一面に敷き詰められた大量の粒とは、ソルティーゴーレムが生み出した塩だった。
リーナ博士による魔物解説が終わるなり、ミラとマインはそれぞれ武器を握ると不敵な笑みを零す。
「魔晶石を狙えばいいんですよね」
「再生する間もなく斬り刻んでみせよう」
まるで悪魔の微笑み。先ほど火の付いた二人は、構える武器を一つ光らせると、やる気満々のオーラを滲み出していた。
「バカなことを言ってるんじゃない。これほどの量の塩だ、殲滅するのにどれだけ時間がかかると思っている。問題なのは魔物ではなく、地面を埋め尽くしてしまっている大量の塩の方だ」
ジークはそう言い切るなり右手を前へと掲げる。
「行け、アルカンシェル!」
その言葉に反応するように、腕輪状態のアルカンシェルがその輪を広げると、ジークの腕からすり抜けるように飛び出した。そして部屋の中央まで飛び立つと、巨大な円盤状へと姿を変えた。それは円盤の端が部屋の全ての端まで行き届き、部屋全体を覆い尽くす形となった。
『ソルティーゴーレム』達が見上げる中、その上空に位置するアルカンシェルはゆっくりと下降を始める。慌てふためく『ソルティーゴーレム』達の頭部から飲み込み、それはやがて部屋の地面まで降り立った。
円盤状のアルカンシェルが、『ソルティーゴーレム』を含めた部屋中の全ての塩を飲み込んだのだ。
役目を終えたアルカンシェルは再び腕輪の姿へと戻ると、クルクルと飛翔しながら、構えていたジークの腕に帰るように収まった。
「塩が相手ならば、水に溶かしてしまえばいい。水は物を溶かす天才なのだからな。……ん? どうした二人共」
ジークが振り返ると、そこには不動を保ったままのミラとマインの姿があった。武器を構えたまま、引きつった笑いを浮かべている。
「き、規格外すぎて……」
「なんとも気合を入れていた私達が恥ずかしいな」
部屋の中心部、地面を覆っていた大量の塩が消えた事により、下層へと繋がる階段が露わになっていた。
「よし、階段も見付けたし時間も夕方だ。今日はここままでとする。拠点へ戻るぞ」
ミラとマインの二人が頷くと、ジーク達は転移にしてその場から離脱した。
拠点では、毛皮で出来たシートの上で寝ているルルの姿があった。近くにはナオミが見守るように座り、そっとルルの顔を覗き込んでいる。
ナオミはルルの頭を優しく撫でながら、静かに呟く。
「こんな小さな子でも、一生懸命に頑張ってるんだね。私にも……この世界で何か出来ることってないのかなぁ……」
そう言葉を漏らした直後、ナオミの背後からミラの声が響き渡った。
「たっだいまー! 大丈夫だった?」
「しー!」
ミラの元気のいい帰還の合図に、ナオミはとっさに口の前に指を立てて静寂を促す。
「ルル寝ちゃってたのか……ごめんなさい」
ミラが小さな声で謝罪を零すと、寝ていたルルが静かに上半身を起こし出した。片手で寝ぼけ眼をこすりながら、ジーク達の姿を見るなり小さな微笑みを向ける。
「あ……お兄ちゃんたち、おかえりなさ~い」
寝起きだからか、ルルは少しゆったりとした口調で出迎えた。
「あぁ、ただいま」
「ただいま!」
「ただいまだ!」
ジークは腕を組みながら微笑み、ミラが後ろで手を繋いで笑顔を向け、マインは腰に手を添えてルルへと答えた。
ルルも起き出したことにより、ジーク達は夕食にするようだった。『次元収納』から色々と器具や材料を取り出し、ミラ、マイン、ルル、ナオミの四人で笑顔を交わしながら作業に当たっている。
壁に背を付けてはその光景を眺めるジークは、意識を思考の中へと移していった。
ここに来てからルルはその才覚を見せ始めた。ミラとマインも士気が上がり、より成長を見せることだろう。……俺もこのままというわけにはいかないな。運よくアルカンシェルという強力なアイテムが手に入ったが、俺自身もまだ鍛えるべき余地がある。この先の旅路……いや、もっと未来まで見据えておかねばならないだろう。『エルバッシュ』の意図を掴む手立てはないが、神之欠片を集めた先に災いが待っているとしたならば、それに備えなくてはならない。大切な者達の未来を、俺は守ると決めたのだからな。……よし、今夜はみんなが寝ている間に、まだ支配系へと到達していない特性を鍛錬するとしよう。
歩み出した確かな未来への旅路。大切な仲間達の未来を確約する為、引き返すことは出来ない道のり。例え強力な眼を持っていたとしても、その果てに待ち構えているものは決して見ることが出来ない。希望と共に絶望も待ち受けているのならば、大切な者達に降りかかる火の粉は排除するのみ。その強い想いが、ジークを更なる高みへと導いていくのだった。




