三話 足音はペチペチ
空想上の物質とスキルや魔法という非現実的な観点から察するに、この状況はゲームの中、もしくは別の世界――、”異世界”なのではないかと仮説を立ててみる。
そしてその仮説を含め、川へと転落した記憶と、摩訶不思議な姿でありながらもしっかりと意識が確立している現状を擦り合わせると、おそらく俺は”異世界で目玉の身体として転生した”のではないか――と、最終的な考察に行き着いた。
そんな馬鹿な、有り得ない――と、自分でも否定の念があるのは確かだ。しかし、現状知りうる限りの情報から推測すると、この仮説が一番筋が通る。
それに――、例え誤りであろうともこうして現状把握に努めなければ、きっと俺は精神を崩壊せずにはいられないだろう――。
しかし一体どうしたものか。元の世界のことも気になるし、戻れるならば戻りたいのが本音。
何か行動を起こすにしても、まず動けないことにはどうしようもない。
何か方法はないかと、俺は自分のことを詳しく探る為に『観察眼』を使って入念に調べてみた。
俺の目玉――もとい、体はというと、本来の目の仕組みと酷似している点が多いようだった。
異なる点で一番気になったのは、内部中央に黄金に輝く小さな球体があった事だ。『観察眼』によれば、その球体は『神乃欠片、核』との事らしい。
直感だが心臓的な立ち位置の様な気がする。核性視覚生命体という族称(?)から察するに、生物としての分類なのだとすれば、おそらくこの核という物は生命維持に関する重要な器官なのだろう。
とりあえずは、『観察眼』で解る範囲に体の仕組みを理解する事が出来た訳で、ここで体を動かす為の一手を講じようと思う。
俺は”とある部分”に重きを置き、特性の『性質変化』でイメージを加えながら意識を集中させた。
内部に大量に張り巡っている――、”視神経”へと。
何重にも束ねられた四本の視神経が出てくるようイメージすると、それはゆっくりと顔を出し始めた。体の両脇に一本ずつ、そして下へと二本。
そう――、両手両足の代わりだ。
大きな目玉から細くて黒い紐のような手足が生えている様は、なんともおぞましいとさえ感じる。
だが、そんなことを言ってる場合ではない。
俺は仮の手足がちゃんと機能を果たすか試行してみると、さすがは神経だろうか――、本物の手足の様に問題なくスムーズに動いてくれたのだった。
――ピチピチ、ピチピチ。
ヒナのさえずりよろしく可愛らしい足音を鳴らしながら、俺は絶賛探索へと没頭していた。
『観察眼』を発動しながら今いる部屋を調べてはみたのだが、どうやらここには中央部に存在する台座と、石造りの巨大な扉があるだけのようだ。
それ以外には特に目ぼしい物は見当たらなかったので、俺は部屋を出る為に唯一存在する石の扉へと足を進める事にした。
実際に目の前に構えてみると、かなりの重量がありそうな扉だ。
視線を落として付近の地面へと目を向ければ、埃の蓄積具合から過去数年以内にこの扉が解放された形跡は無いと思える。
さて、どうやって開ければいいのか。
無謀とは思いつつも、俺は目の前の扉へと手を添え、持てる限りの力を加えてみる。――が、扉は当然びくともしない。やはり、細すぎる神経では無理があるようだ。
すると、頭の中で”例の声”が突然に響き渡った。
《”異なる意思は一つの思想の元に。立つは断崖絶壁、囲むは業火、海の孤島。八方塞がりの窮地に、何を求める”》
謎かけだろうか。不自然な程に丁度良いタイミングからすると、このふざけた問答に正解すれば扉が開くのだろうと察しが付く。
だがな――、何の説明もせず姿も見せないお前に、俺は無性に腹が立つんだよ。
――ふざけるな! お前は一体何者で、何が目的なんだ! 俺を元に戻せ!
沸騰する怒りを心の中で叫ぶが、沈黙する洞窟内と同じく、俺の頭の中に返答の声は響かない。
その静寂が、「問いに答えろ」――という、頑なまでの沈黙の要求を貫き通す現れのようだ。
煮えくり返る感情そのままに問い詰めたい所だが、おそらく何を言っても無駄だろう。俺が一人で騒ぐだけの形になるのは目に見えている。
外に出る為にも、答えを導き出すしかなさそうだ。
気持ちと共に、籠める力で震えている手を鎮め、ゆっくりと目を閉じては思考を巡らせていく――。
まずは、出された問いを再確認する事から始める。
確か――、”異なる意思は一つの思想の元に。立つは断崖絶壁、囲むは業火、海の孤島。八方塞がりの窮地に、何を求める”――、だったはずだ。
要求している答えのヒントは、最後の文字列そのままに『何を求めるのか』――、だろう。
そしてその答えは、窮地に立たされた状況下において導き出せとしているようだ。
”立つは断崖絶壁”、”囲むは業火”、”海の孤島”――。救出の手が差し伸ばされないのだと仮定すれば、いずれの状況も文字通り”八方塞がりの窮地”だろう。
そして冒頭の”異なる意思は一つの思想の元に”――、だが、”異なる意思”とは三つの状況の事ではないかと推測出来る。
要求する答えへの繋がりからすれば、”八方塞がりの窮地”とだけ述べれば事足りるにも関わらず、わざわざ状況の違う三つの条件下を指定しているからだ。
残るは付属の、”一つの思想の元に”――。これは要求している答えが、それぞれの状況下に置いていずれも等しく同じという事だろう。
分析したこれらをまとめると、――”様々な困難や悪条件における窮地に立たされた時、人は一体何を求めるのか”――。これが、このなぞかけの意図する所なのではないだろうか。
ならば答えは簡単だ。
念の為に問題文を解体して思考を巡らせてはみたが、最初に問われた時すでに答えは出ていた。
それは――、”救い”。
如何なる窮地に立たされた時、誰しも等しく救いの手を求める。己の力で打破出来るのあれば、それは窮地に立たされたとは言えないのだから。
俺は目を見開き、”例の声”へと心の中で声を上げる。
――聞け! 問いの答えは――っ。
だが、俺は答えを言い切る前に、言葉を詰まらせた。
間違っていないのは確かなのだが、少し引っかかるのだ。
そもそもこの謎かけには、なんの意味があるのか。そして”救い”が答えなのだとすれば、それを聞いて一体何があるのか。
俺は再び目を閉じ、細い腕を組んでは、冷静に入念に思考を巡らせる。
答えは”救い”で間違いない。だが、それは性質上であって広い意味では無く、もっと直接なものがあるのだとすれば……。異なる意思、一つの思想、逃げ場の無い窮地――。
いや待て、逃げ場の無い窮地?
俺はハッと目を見開き、慌てて周囲へと目を向ける。
視界に映るのは、四方を取り囲む岩の壁。先程までと何ら変わらない景色だが、それを見たと同時に、俺の中で全てが繋がった。
あの問いは、三つの仮想条件におけるものではなく、”現状”に対して答える事こそが真髄だったのだ。 問いにあった三つの条件、あれはいずれも周囲を取り囲まれた状況と言ってもいい。現状に置き替えれば、周囲を壁で取り囲まれたこの部屋こそが、”八方塞がりの窮地”だ。
そして、”異なる意思は一つの思想の元に”――というフレーズ。これこそがもっとも重要な部分。
一つの思想とは、それすなわち答えを指す。現状で、直接的に示唆出来るものとして。
それが”異なる意思”であり、この部屋に存在する概念を現している。
つまり、俺とは”別の意思”の事だ。
ゆえに、問いの”何を求める”――とは、仮想条件における人の心理を求めているのではなく、『俺は何を求めるのか』――と、こういう事だろう。
なるほどな。こんな訳の分からない現状において、皮肉だが一番の”救い”であり、扉を開ける為の鍵には違いない。
俺はゆっくりと目を開き、細めた目で扉を見据えては、静かに心の中で呟く――。
――俺が求めるのは……、『声』、お前だ。
その瞬間、ゴゴゴゴ――という重量感のある音と共に、巨大な扉がゆっくりと解放された。
俺は組んでいた腕を解き、外へとその一歩を踏み出し始める。
この世界で、俺に何をさせるつもりなのか――。
”異なる意思は一つの思想の元に”。この言葉には、”お互い”の意図も含まれている。
『声』、お前も――、俺を求めているのだろう?