三十一話 カジノ戦~ルーレットゲーム~
「よし、ますは情報を集めるぞ」
カジノ内での遊戯にはまだ手を出さず、ジークの言葉通りにミラ達はまず情報を集めることにした。
一つは、非公式に開催されているという裏オークションについて。これは街の住人達にも聞いて回ったのだが、それらしき情報は得ることが出来なかった。しかし、ここに集まる者には富豪の貴族なども存在する為、裏オークションに参加したことがある者、もしくはそれについての情報を握っている者がいるかもしれないとジークは睨んでいた。それは、仮に領主と話をする場を得られなかった際の、保険にもなっていたのだった。
そしてもう一つは、領主の気を引く為に、カジノ内で一際目立つ勝ち方をするにはどの遊戯に手を出せばいいかの情報を得ることだった。それは、神之欠片の地図が出品される裏オークションに参加するには、領主の許可制だったときの場合に備えてである。
ミラの肩に乗るジークは、細い腕を組んで思考した。
裏オークションで出品されるという神之欠片の地図、手を出す者が今では少ないとはいえ、これはおそらく高額の可能性が高い。俺達の手持ちはそこまであるわけじゃないから、きっと落札するには程遠いだろう。だから出品額がいくらなのかをここで知ることが出来れば、賭博を通してその金額を稼ぐことが出来るかもしれない。大金を勝ち取ったとあらば、それがそのまま領主の目にもきっと止まるはずだ。
「すみませーん。裏オークションって知ってますか?」
ミラ達はカジノ内を歩き回り、上品な服装を身に纏う貴族と思わしき人物をターゲットとして情報を集めることにした。
ミラはダーツをしているブタをベースとした男に声をかけると、汚らわしいものでも見たかのような目つきで男はミラへ視線を移した。
「なんだ小娘。お前よそ者だな? そんなものは知らん。臭いからあっちへ行ってろ!」
ミラはこめかみに筋を浮かべ、拳を握りしめながらピクピクと引きつった笑いを浮かべたが、そこは我慢をして大人の対応を取っていた。
何人かに声をかけたが皆似たり寄ったりの反応を返し、まるで取り合おうとはしなかった。するとそんな時、大きく一瞬響く女性の声をミラの耳は捉えた。
「はぁ!? また赤ってどういうことよ! イカサマしてんじゃないでしょうね! マジ有り得ない!」
一際目立つ声を上げて騒いだ女性は、金髪の髪を横に一本で結び、それを肩から胸の前へと抜けるように垂らし、どこかの学生服のような服装を身に纏い、スカートは太ももが大きく露出するほど短く、胸元のボタンは三個ほど外されて大きく開き、様々なデコレーションの入った長い爪、大きく開いた目に長いまつげ、唇には艶やかなリップを塗り、どこからどう見ても地球に存在するようなギャルだった。
彼女は先ほどまで遊戯していたルーレットゲームの椅子から立ち上がり、とても不機嫌そうな表情を浮かべながらミラ達の横を通り抜けようとしていた。しかし、通り過ぎる間際、彼女は一瞬ミラ達を視界に映すとその足を止めた。そしてミラ達を少し見るなり、ミラの耳元へ顔を近づけては耳打ちをした。
「あんた達、よそ者でしょ。服装でなんとなく分かるわ。ここは普通のゲームもあるけど、明らかにイカサマっぽいことをしてくるのもあるから気を付けなさいよ? 私なんてまた一文無しになっちゃったし……」
ミラはきょとんとしながら彼女へ向き直った。
「へ? あ、はい。ありがとうございます。あなたは?」
「あたしはナオミ。ここには大金を稼ぐのに結構来るのよ。まぁ、だいたい負けちゃうんだけどねー。マジムカツク」
「はぁ。ナオミさんは裏オークションって知ってますか?」
「は? あぁ、聞いたことあるけど。それが何?」
ミラは肩に乗るジークに目線を移すと、ジークはそれに答えるように一つ頷いた。
「ちょっと話を聞きたいので、場所を変えましょう」
ミラ達はナオミを連れて、人気のない部屋の角へと移動すると、ミラはナオミを正面に映し静かに口を開いた。
「裏オークションについて知ってることを教えてもらえませんか?」
「まぁいいけど、ジュースくらいおごってよね。あたしが知ってるのは、その裏オークションには領主に気に入られた奴とかぁ、貴族とかお金持ってる奴しか入れないって聞いた。どこにあるのかまでは知らないけどね」
「神之欠片の地図が出品されてるって話は本当ですか?」
「は? ああ、そんなものあったわね。まったく興味ないから忘れてたわ。三エル金貨なんて、私みたいなただの冒険者に手が出せるわけないしね」
「「「三エル金貨!?」」」
さらっと口にしたナオミの言葉に、ミラとマインとジークは思わず声を荒げて叫んだ。幼いルルには理解が出来ず、慌てる三人の姿にただきょとんとしているだけだった。
だが、反射的にジークが声を出してしまったことで、ナオミはふいに聞こえた男の声に不信感を抱いてしまった。
「なんか今、男の声しなかった?」
「へ? な、なんのことですか」
慌てて目線を泳がすミラの顔を覗き込むナオミは、ふとその肩に乗る目玉に気が付いた。少し顔を近づけては目を細め、マジマジと観察していた。
「なにこのキモイ目玉。ちっこい魔物? 召喚した眷族? ペットにしては趣味悪くない? 弱そうなんだけど使い物になるのこれ? ゴブリンにも負けそうじゃん」
ジークを見つめてはあれこれ意見するナオミの姿に、三人はサーっと血の気が引くのを覚えた。
ジークは目玉の身体にいくつもの筋を浮かべると、心の中の何かがプツッと切れた。
「おい、言いたい放題だな」
「わ! しゃべった!」
ジロジロと覗き込むナオミは、急にジークが声を発したことに驚き、その場を後ずさった。
「さっきから聞いていれば人をバカにしやがって。親の顔が見てみたいもんだな!」
「残念、親はこの世界にいませ~ん!」
小バカにするようにあっかんべーをするナオミは、最初こそ驚いたものの、目玉の身体のジークを弱そうに見えるという考えから、徐々に距離を詰めていった。
「てかあんた、なんなわけ? 魔物なの? 眷族なの?」
「魔物でも眷族でもない」
「は? じゃあ一体なんなの」
「俺も知らん」
「バカじゃないのあんた!? 自分のことも分かんないの!?」
「バカはお前だろ。だから一文無しになるんだ」
「カッチーン。自分のことも分からないあんたにバカ呼ばわりされたくないんですけど! それに私はこう見えて情報通信系の学校に通ってたんだから! スマホとパソコン触らせたら天下一品よ! バカなあんたにはなんのことだか分からないでしょうけどね! マジムカツクこの目玉宇宙人」
「誰が宇宙人だ! こんな場違いな所に遊び感覚で平気で来れるお前は、原始人かなにかじゃないのか? そんな時代遅れな脳じゃここでカモにされるのも当然だな! だからお前はアホミなんだ」
「ナオミだから! ナ・オ・ミ! どうせあんたじゃ一エルも稼げないくせに、偉そうな態度取らないでよね!」
「いいだろう! そこまで言うなら見せてやる! 格の違いってやつをな!」
両者の視線がバチバチと火花を走らせると、ミラは耳をペタンと垂らして大きな溜息を尽き、マインとルルは顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。
ここで遊戯をする為にも、とりあえずカジノコインを手に入れるのが先だな。手持ちが八十万エルほどあるが……どうせ三エル金貨なんてまともな方法じゃ稼げない。このカジノでなんとかする為にも、手持ち全部をカジノコインに交換しておくとするか。それにしても三エル金貨とは……。東にある辺境の街で売っていた使い捨て用のコップなんて、地球では百円均一ショップと同等くらいだ。俺の中でそれを元にしたこの世界での通貨感覚は、千エル銅貨が地球で言う千円みたいなものだ。物価の価値や単価が異なるから一概には言えないがな。だから三エル金貨とあらば、俺の中では地球で言う三億円に相当するようなものだ。
ジークはそう思考し、ナオミを含めた四人と共にコイン交換用カウンターへと足を進めることにした。
賭けるのは物資ではなく硬貨となるのだが、実際は硬貨そのものを使用して遊戯するのではなく、カジノが指定する専用のカジノコインへと一度交換し、それを使用して遊戯するルールとなっていた。換金の際は、コイン交換用カウンターへと持ち込み、カジノコインの枚数に応じた硬貨へと交換してもらえる。千エル銅貨でカジノコイン一枚と交換出来る仕様になっており、旅をする為の資金として持っていた手持ちの硬貨全てを交換し、カジノコイン八百枚(地球で八十万円相当)を手に入れていた。
カジノで多種多様に存在するゲームの中から、どれを遊戯するか物色するミラとジーク。
ナオミは後ろで手を組んでは軽やかな足取りで付いて回り、どこかいたずらっぽさを含めた笑みを浮かべながら、まるでジークのことを試すかのような面持ちで歩いている。
ジークは利用客の遊戯状況を確認しつつも、とあるテーブルへと度々視線を移していた。そしておもむろに口を開くと、一つのテーブルを指差した。
「あれをやるぞ」
ジークの指さす方向へと視線を移したナオミは、明らかに嫌そうな表情へと一転させ、一歩後ずさった。
「げっ……。あれって私がさっきやってたやつじゃん」
そう、そのテーブルで行われているゲームは、ジーク達と出会う前にナオミがプレイしていたルーレットゲームだったのだ。
ミラ達はそのテーブルへと近づくと、ディーラーに向かい合うようにミラが椅子へと腰かけた。その後ろにはナオミ、マイン、ルルが付き添うように立っている。
その様子を確認したディーラーは、目の前に座るミラに、にこやかな笑みを向けた。
「初めてのご遊戯ですか?」
「は、はい!」
「では説明させていただきますね――」
――ルーレットゲーム『運命の輪廻』
●大型の円形盤のそれには、外側に”赤”、”黒”と交互に色の塗られたマス目が存在し、そこには両方の色に1から50までの数字が割り振りされている。円盤上の外側を高速で周回するように弾き出された球が、プレイヤーが予め指定していたマスへと最終的に止まれば大当りとなる。
●色だけを当てる”色当てコース”と、色と数字を当てる”全当てコース”の二パターンが存在し、どちらのコースでプレイするかによってルールが若干異なる。
●色当てコースでは、一プレイ一回での遊戯となり、指定した色へとカジノコインを任意の枚数ベットする。大当たりした場合の配当は、ベットした枚数の二倍。
●全当てコースでは、一プレイ二回セットでの遊戯となり、プレイ料金としてカジノコイン三枚が必要となる。色と数字の両方を指定し、大当たりした場合はプレイ料金の十倍のカジノコイン三十枚が払い戻され、一プレイの内二連続で大当たりした場合は百倍のカジノコイン三百枚が払い戻される。
「説明は以上です。どちらのコースに致しますか?」
微笑むディーラーに、ミラは目をグルグルと回し、頭から煙を出していた。
ミラの肩に乗るジークは、腕を組んでは片手を顎に位置するところへ当て、呟くようにミラへと声をかけた。
「ミラ、”色当てコース”にしろ」
「は、はひ」
頭をフラフラとさせながら、若干噛んではミラは答えた。だが、そんなジークのセリフをミラの真後ろで耳にしたナオミは、呆れた顔をしながらジークへと顔を近づけた。
「ちょっと、なんで色当てなわけ? 大金があれば超ベットしまくって一獲千金狙えるけど、現実はそんな甘くないから。普通は全当てにチャレンジするのに、あんたマジ分かってない」
「いいから見ていろ」
ぶすっとするナオミを尻目に、真剣な表情を浮かべるジークはミラに指示を送った。
「まずは一枚ベットして適当に遊べ。調子が乗ってきたら少しずつ掛け金を増やしていい」
ミラは言われた通りにテーブルの上へとカジノコインを一枚置き、ディーラーに向かって口を開いた。
「色当てコースで!」
「かしこまりました。赤と黒どちらに賭けますか?」
「黒で!」
ディーラーは微笑みながら一礼すると、白い球を一つ、ルーレットの盤上へと指で弾き入れた。
外周をグルグルと高速で回る球。ミラは目を輝かせながらその光景を見つめている。やがて外周を回る球のスピードが緩やかになっていくと、ミラは大きく喉を鳴らして事の成り行きを見守っていた。そして、遠心力を失った球が一つのマスへと落ちていく。
「やった! 黒に入った!」
「おめでとうございます」
ミラは二枚のカジノコインを握りしめては、大喜びでマインとルルへと振り返った。二人も自分のことのように喜んでは笑顔を浮かべ、初めてのカジノ経験に大きく興奮しているようだった。
喜びを分かち合うと、ミラは再びディーラーへと向き直り、ゲームを続行した。
「えっとー、じゃあ次は赤で!」
初めて訪れたカジノでの遊戯――しかも初回プレイで勝ち星を上げたミラは、大きな驚きと喜びによって、楽しさを覚えたようだった。二プレイ目へと再遊戯するミラは、明るい声で色を指定し、カジノコインを一枚ベットしていた。
「あ! 赤だ! やったぁ!」
二連続で勝ち星を上げたミラは更に興奮し、マインとルルと共にきゃっきゃと大騒ぎしている。そして少し鼻息を荒がせながらディーラーへと向かい直り、顎に手を当てては不気味に口元を緩ませ、小さく呟いた。
「今までは黒、赤と連続でいい感じに当たってる。この流れから察すると……次は黒な気がする。ふふふ……私だってやれば出来るんだもん。……よし、作戦開始だ」
ミラはまるで誰かさんの真似をするかのようなセリフを吐くと、目の前のディーラーを力強い眼光で見つめては、堂々のドヤ顔でカジノコインを二枚ベットした。そして、いくつもの修羅場を潜り抜けたかのような手練れの常連の雰囲気を装っては、普段見せない大人びた口調で一言口を開いた。
「次、黒」
ディーラーは微笑み変わらず、手慣れた手つきで球を弾き出した。だが、表に出している営業スマイルとは裏腹に、表情と内心ではまったく異なっていた。
(ちっ、また一枚かよこのガキ。お前は遊びでもこっちは仕事なんだよ。こんなんじゃこっちが全然稼げないだろうが! こりゃあ、さっさと違うテーブルに行ってもらって、もっと金を落としてくれそうな客を相手にしたほうが良さそうだな。このガキには、カジノの厳しさってやつを躾けてやるとするか)
「あ、あれ? ……外れちゃった」
球が入った先のマスは赤だった。初めて外れたことにより、少ししょんぼりとするミラ。マインとルルも少し悲しそうだ。しかしすぐに気を取り直したミラは、今度はカジノコインを三枚ベットした。
「よーし、次も黒!」
だが、次に球が入ったのも赤のマスだった。ミラはベッドするコインを二枚に減らし、テーブルへと置くと、肩に乗るジークが耳元に囁いてきた。
「ミラ、ここから先はずっと黒を指定しろ」
ジークの言葉にミラは首を傾げたが、一つ頷いて答えては次の色を指定した。
「次も黒で!」
球が入った先は、またしても赤。ミラは首を傾げながらもテーブルにカジノコインを一枚置いた。
「まぁ、二分の一だし、こういうこともあるよね。次も黒で!」
ミラの言葉とは逆に向かい続ける白い球。ディーラーの男は微笑みから引きつった笑みへと変化させ、薄っすらとこめかみに筋を立て始めていた。
(早く席を立てよクソガキ! そんな一枚、二枚賭けられても時間の無駄なんだよ! 絶対に上がらせてやらないからな!)
一見すると気づかない、ディーラーの些細な表情の変化を掴み取ったジークは、ミラがテーブルへと一枚のカジノコインを置こうとしたとき、その手を止めさせた。
「待て、次は百枚ベットしろ」
「えぇ!?」
急に跳ね上がった掛け金に、ミラは思わず驚きの声を上げた。それもそのはず、さきほどまで一枚、二枚程度だったのが、急に百枚賭けることになったのだ。
ミラは態度が一転し、震える手で恐る恐るカジノコインを百枚、テーブルの上へと十枚重ねで十本のタワーを築き上げた。それを見たナオミも目を丸くしている。
そして、声も震わせたミラは、小さくなって呟くように口を開いた。
「つ、次も……。く、黒で」
ディーラーは、いきなり百枚のカジノコインをベットしてきたことにより、一瞬目を丸くさせては、わなわなと震えあがっていた。
(急にでかく出やがってクソガキが……。金持ってるなら最初から出しとけよな! ふざけやがって!)
ディーラーは今までのスマートさが欠け、指に力の入った強引な弾き方で球を盤上へと投げ入れた。
そして、球の行き先はディーラーの思惑通り――、赤のマスへと落ちて行った。
「あ、あぁ……」
声にならない声を漏らし、ヘナヘナと小さくなるミラ。マイン、ルル、ナオミの三人は、心配そうな面持ちでジークを見つめている。
外したとあっても、最初の真剣な表情から一片の曇りも見せないジークは、更に掛け金を上げるよう指示した。
「次は二百枚だ」
もはや無言でテーブルの上へと二百枚のカジノコインを積み上げるミラは、一瞬で大金を失った恐怖感と、更なる負債を重ねるかもしれないこの状況に体中を震わせ、瞳に涙を溢れさせて小さく呟いた。
「く、黒……」
ディーラーは、またしても掛け金を増やしてきたことにより驚いたが、カジノの怖さを知って怯えるように小さくなっているミラを目にするなり、先ほどまで怒りを含んでいた表情には不敵な笑みが零れていた。
(ぐふふ。威勢が良くなったと思っていたら今度は子犬のように怯えてんじゃねーか。お前みたいなガキが来るような場所じゃねーんだよ。カジノの怖さを思い知ったか。悪いが、その二百枚のコインは頂いておくぜ)
ディーラーは上機嫌で球を弾くと、高速回転から緩やかにスピードを落とし、六連続目となる赤のマスへと球は落ちて行った。
ミラはそれを見るなり椅子から勢いよく立ち上がると、涙を浮かべて顔を真っ赤にしながら大声をあげた。
「おかしい! こんなの絶対におかしい! 色だけ指定してるのに、六連続で同じ色だなんて! 絶対イカサマしてるに決まってる!」
会場に響き渡った大声は、辺りでプレイしていた大勢の利用客の注意を引くこととなった。当然、何事かと多くの利用客はミラへと視線を向け、ルーレットのテーブルへと集まる者、ミラのセリフでヒソヒソと話す者などが現れ、異様な光景へと一転したのだった
「おい、聞いたか? イカサマだってよ」
「六連続で同じ色って聞こえたけど、俺も前に似たようなことがあったな」
「ルーレットはイカサマゲームなのか?」
「かわいそうに……あんな小さな子供相手なのに」
利用客の多くが口々に不審がるセリフを吐き、次第にそのテーブルはミラの声を聞いた利用客で取り囲まれる形になっていた。
その中で一人、とても険しい顔つきを浮かべる人物がいた。
「そ、そんなことはありませんよ。このルーレットゲームは、とても健全な遊戯でございます!」
にこやかな笑みを浮かべるが、どこかその表情には無理があり、額に滲む汗がそれを雄弁に物語っていた。ミラ達も含め多くの利用客から不信感を抱かれるその人物こそ、視線を集める張本人、ルーレットゲームのディーラーである。
彼は無理やり作り出した笑顔の裏で大きく舌打ちをした。
(ちっ! うじゃうじゃと集まってきやがって! これじゃ俺の担当するこのルーレットは信用が落ちちまうじゃねーか! なんとかごまかさないとマズイな……こんなガキ一人より、金を落とす何百人の客の方が大事だ!)
そして、ミラの肩に乗るジークは眼光を鋭くさせ、ここぞとばかりにミラに最後の指示を出した。
ミラは涙ぐむ瞳で唇をギュッとつぐむと、無言で一つ頷いてはカジノコインが入った袋へと手を伸ばした。
「最後の大勝負、黒にベット四百枚」
テーブルに積み上げられた大量のカジノコイン。全部で四百枚あるそれは、所持していたカジノコインの残りほぼ全部だった。当初八百枚あったカジノコインは大掛けの連敗によりその数を減らし、最後に四百枚ベットしたことで袋の中にはもう百枚も残っていない状況となっていた。
ディーラーの男は積み上げられたカジノコインにわなわなと震えあがり、怒りの心は大きく膨れ上がっていた。そして、大きな心の叫びを上げては、指に力を込めて盤上へと無造作に球を投げ入れた。
(ちっくしょうめが!!)
盤上の外周をグルグル回る白い球。ミラは目を瞑って、顔の前で祈るように両手を組んだ。周りに集まっているギャラリーも、球の行方を見守るかのように静かに見つめている。
長い――とても長く感じるその時間は無限とも錯覚させ、ミラの鼓動は胸が張り裂けんばかりに高まっている。
そして、球は穏やかな軌道を描き、ゆっくりとスピードを落としていく。赤と黒、その中間の絶妙な位置では――まるで時が止まったかのような、運命を決定する瞬間をその場の全員が注目した。
マイン、ルル、ナオミの三人は大きく息を飲み、最後の瞬間を見届ける――。
「あ……黒に入った」
ポツリと、ナオミが小さく呟いた。
最後の勝負、球が入った先はミラが指定していた黒のマスだったのだ。
ミラはナオミの言葉にハッと顔を上げ、確認するように恐る恐る盤上を覗き込むと、両手で顔を覆っては小刻みに震えて大粒の涙を流した。
「よ、よかったぁ……」
周囲のギャラリーも、そんなミラを見ては自分のことのように喜んでいた。
「良かったな嬢ちゃん!」
「最後に勝てて良かったな!」
「あめでとう!」
「「「「「おめでとう!」」」」」
最後にギャラリー全員からの祝福の言葉を得たミラは、服の袖で涙をぬぐっては、飛び切りの笑顔で答えたのだった。
「……ありがとう!」
ルーレットゲーム『運命の輪廻』を終えたミラ達は、カジノ内にある休憩スペースにてジュースを飲みながら小休憩を取っていた。ミラ、マイン、ルルは椅子へと腰かけ、ナオミはミラの前に向かい合うように立っている。ナオミは左手を制服のポケットへと入れ、右手で紙コップを持ちながらミラの肩に乗るジークへと少し尊敬の目を向けていた。
「ヒヤヒヤさせられたけど、あんた意外とやるじゃない。目玉宇宙人からキモ目玉へと昇格させてあげる」
「俺にとっては、どちらも大して変わらない侮辱でしかないんだが。それに分かっただろ、これがアホミと俺との格の違いだ」
「アホ言うなし! それよりも説明しなさいよ。一体何がどうなったのよ」
説明を求めるナオミのセリフに、ジークはミラの肩へと腰かけ、足を組んでは事の詳細の説明に入った。
「最初の低額ベットは、ただの様子見だ。お前があのゲームで負けた時に叫んだセリフと、実際に確認することであのディーラーは明らかにイカサマをしていると俺は最初から見抜いていた。だからそのイカサマを逆に利用する為に、何度か低額ベットで様子を伺い、ある条件を満たすまで待っていたんだ」
「やっぱりイカサマしてたんじゃんあのディーラー! 超ムカツク! で、ある条件ってなによ」
ナオミは首を傾げ、ミラ達もなんのことか検討もつかず顔を見合わせていた。
「それは、同じ色が連続して出ることだ」
「あーあれね、あたしもそれで負けたわ。それがなんなわけ?」
「二分の一の確率で、一方に偏り続ければ、いつかは逆が出てくる……普通はそう思考するはずだろ?
そこで俺はベット数を百枚に増やすようミラに指示した」
「だけどそれで負けてんじゃん。バカじゃないの? そんなのあたしだってしたことあるし」
「重要なのはそこじゃない。”その後の遊戯の方法”だ。いいか、百枚ベットしたゲームでは負け、その次のゲームで二百枚ベットしたのは覚えているな?」
「うん。覚えてる」
「そしてそのゲームでも負け、その次は四百枚ベットしただろ? そうやって、負けたゲームでの”ベット数の二倍”を次のゲームで賭け続ければ、理論上は百パーセント勝てる」
ナオミは目を丸くさせ、少しの沈黙の後、静かに呟いた。
「……あんた、もしかして天才?」
「お前がアホなだけだ」
初めて訪れたカジノでひとまず勝ち星を上げることが出来たミラ達は、その喜びと感動の余韻を楽しみながら、しばしの談笑へと移っていた。
賑やかに話す女子達の中で、一人ジークは腕を組んで思考していた。
あのルーレットゲーム、二種類のコースごとにプレイルールが変わるといったものだったが……あれは明らかにカジノ側が有利になる仕組みだった。全当てコースでは、1から50までの数字を指定し、尚且つ色も当てねばならない。手の出しやすい設定にされた三千エル分のカジノコインで一プレイ二回遊戯でき、一回当てることが出来たら十倍の三万エル分が、二回とも当てたら百倍の三十万エル分が払い戻されるというルール……一見甘そうに思えるが、実質とんでもない詐欺まがいの設定だ。一回の当たる確率は1/100で、二連続で当てるとなると1/1000にまで跳ね上がる。百回プレイした時には、もはやプレイに必要な金額が、最高配当額と同じになってしまうのだ。それは、1/1000の確率を、二百回以内に引き当てなければならないということだ。やればやるほど負債が増えるのは必然だな……だから全当てコースは選ばなかった。
残った色当てコースを選び、理論上は百パーセント勝てる方法を取ったわけだが……カジノコインを百枚賭け、負けた次のゲームからは二倍の掛け金で勝負を挑み続ける。こうすることによって、当たった時は常にプラス百枚分のカジノコインを手に入れることが出来るからだ。配当が二倍ならそれはつまり、当てたときの利益はベットした枚数と同額ということ。最初の百枚ベットで当たれば、ベットしている自分の分を含めた二倍の二百枚を回収し、プラス百枚となる。負けて次のゲームの二百枚ベットで勝ったとしたならば、ベットしていた自分の分を含めた二倍の四百枚を回収し、一ゲーム目の百枚の負債を取り返しつつプラス百枚の利益を出すことが出来る。だが……これはあくまでも理論上の話だ。実際には資金が必要となり、それがゲームに勝つ前に尽きてしまっては、大損する可能性があるからだ。分母の少ない二分の一の確率なら現実的には六連続だってあり得るのだが、俺がミラに指示して演技させるまでもなくミラ自身が丁度いいタイミングでキレてくれて助かった……あれの影響で周囲の注意を惹き、信用を失うことを恐れたディーラーは強制的に流れを変えねばならなくなった。もしあの最終ゲームで負けていたら、残りのカジノコインは百枚に満たない程度しか残らず、俺が瞳術を使って回収に走らねばならなかったからな。乱用が出来ない瞳術は、ここぞという場面まで温存しておきたい。
「ジークさん、次はなんのゲームにしますか?」
談笑も程よく堪能したのか、ミラが次の遊戯の行先を決めるべくジークに声をかけた。
ジークはミラの肩の上で立ち上がり、腕を前へと出しては一つのテーブルを指差した。
「次は、あれをやる」
ジークが指し示すテーブル、そこに立てかけられた看板にはこう書かれていた。
――ビンゴゲーム『天使の微笑み』。




