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眼の異世界転生  作者: ビッグツリー
第三章 神之欠片を求めて~亜族の大陸編~
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二十八話 蟲族の村での盗難事件(挿絵あり)

 蟲族の村――。そこにはいくつかの種類の虫をベースとした人型の生物『蟲人』が住んでいた。ベースとなる虫によって家の建築素材が異なるようで、ツルと大きな葉で作られたドーム型や、木造・土造の家があちこちに点在していた。そこに住む人の多くが、触覚や羽があったり、大きく異様な形をした腕や足があったりと、体の一部に虫の特徴を併せ持っていた。


 ジークは打ち合わせをしていた通り本来の目玉の身体へと戻り、サイズを変えてはマインの肩に座っていた。それは以前、クラマとの話し合いの場で用いた、マインの代行法である。

 マイン達は村の中へと足を踏み入れると、蟲人達はその姿を見るなりそそくさと建物の中へ逃げ込んでいった。マイン達は下手に動かず、その場で少し様子を伺っていると、大きな角を頭に二本生やしたクワガタをベースとした蟲人が五人、奥の方から近寄って来た。彼らは目の前で立ち止まると、中央の男が一歩前に踏み出し、浅黒く太いその腕を腰に添えては口を開いた。


「この村に何の用だ?」


 威圧するように野太い声を放つ彼は、蟲族の村の警備団『クワガタ』の団長だった。

 マインが一歩踏み出しては丁寧に頭を下げ、にこやかな笑みを浮かべた。


「急な訪問失礼する。私達は国王ドドマエルの命により、この村の責任者と話をするべく参った。それにしても自然溢れる、緑豊かな良い村だな」


 男は腕を組み、少し照れくさそうにそっぽを向くが、横目で見るその視線の先はマインの胸元へと向かっていた。美女に村を褒められた嬉しさと、マインのその豊満な胸の前では、満更でもなさそうな表情を浮かべていた。

 

「な、なかなか見る目のある奴のようだな。それにしても国王様を呼び捨てにするのはどうかと思うぞ?」

「ああ、それならこれを見てくれ。私達の身分証明にもなるしな」


 マインはそう言うなり胸の谷間へと手を入れると、そこから一枚の紙を取り出した。それは、ドドマエルに用意させた”王家の友人の証”だった。亜族の大陸王に代々引き継がれる王印による判が押されたその紙には、ドドマエル直筆の友人たるそれが書かれていた。

 今まで胸の中に収まっていたそれを受け取った男は、ドギマギしながら紙を開き、目を通すなり驚愕の面持ちへと変化させていった。


「こ、これは失礼致しました! わたくしめが責任を持って案内をさせて頂きます! こちらへどうぞ!」


 背筋をピンと伸ばし、姿勢を正した男はクルリと振り返ると、ぎこちなく歩き始めた。




 村の奥へと案内されたマイン達の目の前には、横に広がる大きな壁があった。その中央に申し訳程度に一つの扉がある。そこは『ハチの家』と呼ばれ、蟲族の村を治める蜜集蜂ハニービーの住み家だった。大きな壁と思われたそれは家の側面で、上から見下ろす形で見ると、六角柱の建物がいくつも接続されて大きく広がっていた。それはまるでハニカム構造のような巨大な家となっていた。


 『ハチの家』の中にある建物でも、一際大きなサイズを誇るそこに蟲族の長はいた。

 無数の羽毛が敷き詰められたベッドに横になり、片手に大きな葉を持ってうちわ代わりに顔を仰いでは、優雅にくつろいでいた。

 すると、その部屋の扉がノックされた音が響き渡った後、大きな男の声が聞こえてきた。


「女王様! ご客人であります!」


 女王と呼ばれた彼女はため息を一つ尽くと、一言返して外の人物を部屋へと招き入れた。




 マイン達は案内された部屋へ入ると、クワガタの男はそれを見届けては去って行った。

 その部屋は中央に木製の丸型テーブルと一つの椅子があり、奥にはレースのようなカーテンが天井から張られ、それに取り囲まれるように大きなベッドがあった。


「私になんの用だ?」


 カーテン越しに見える人影が微かに揺れると、透き通るように美しい女性の声がその空間に響いた。

 

「私達は国王ドドマエルの友人として、とある使命を授って参った。亜族の大陸にある神之欠片かみのかけらについて、知っていることを話してはもらえないか?」


 マインの言葉に反応するように、ゆっくりとカーテンが開かれた。そこから現れたのは――、背中に二枚の羽と、頭に触覚を生やし、黄色い上品そうな布を体に纏わせては、モデルのような体系をした美女の姿だった。彼女は手に持つ大きな葉で顔の下半分を隠しながらベッドから降り、中央の椅子へと腰かけた。


「さて、とりあえずその使命とやらを聞こうじゃないか」


 マインはことの事情を説明し、ドドマエルから授かった王家の友人の証を手渡した。

 彼女は目を細めてはその紙を見つめて思考し、ふいにテーブルの上に置いた。


「偽ることの出来ない王印から察するに、王家の友人とは本当のことなのだろう。しかし、種族差別のない大陸ねぇ……ふふふ、あの小僧も王になって考えるようになったということか」


 彼女は大きな葉で顔を覆っては、少し無邪気な笑みを零した。


「そうだ、自己紹介がまだだったな。私はこの村の長にして蜜集蜂ハニービーの女王、『ローヤルクイーンのトロリー』だ。神之欠片かみのかけらについて話をしてやってもいいが、先にこちらの話を聞いてもらおうか。なーに、ただの世間話だ」


 にこやかに話すトロリーに、マインは頷く。

 それを確認したトロリーは、テーブルの上におもむろに一本の小さなビンを置いた。


「実は最近、この村でこれを盗み出す悪党がいてな」

「これは?」

「通称『ローヤルゼリー』。蜜集蜂ハニービーが、花や樹液から蜜を集めるのが得意な種族なのは知っているな? これは濃縮された高密度の蜜と、健康体な子供達が生み出す抗生物質が混ぜ合わされて作られたものだ。豊富な高エネルギーを含む為、滋養供給・体力回復・免疫力向上など様々な効果を持っている。”万能薬”として効果が高く、水に薄めてもこの小さなビン一本で大人数人に行き渡らせることが出来る代物だ。その価値ゆえに……泥棒を働いているのだろうな。しかし、特殊な製法ゆえに量産するのが難しいこれは、一週間に一回まとめて五本作り出すので精一杯なのだ。初めは毎週一本盗まれていたのだが、それも二本・三本と盗まれる数が増えてきているのだ。倉庫の鍵を持つ者を限定したり、落とし穴を作らせたりしているのだが……なかなか尻尾を掴めなくてな……。このままでは……うぅぅ」


 トロリーは手に持つ大きな葉で顔全体を覆い隠し、大きく肩を震わせては、わざとらしくすすり声をあげた。

 マインは肩に乗るジークを横目で見つめると、個別通話回路を通して言葉を通わせた。


(どうするジーク殿?)

(はぁ……。どうするもこうするも、力になれという根端だ。乗るしかないだろうな)


 ジークの言葉にマインは頷き、トロリーへと向き直った。


「そいうことなら、私達も力になろう」

「本当か!」


 葉から勢いよく顔を出すトロリーは、さっきまでとは打って変わって満面の笑みを浮かべていた。

 一歩後ずさり、若干引きつった表情をするマインだったが、もう後には引けないので詳しい話を聞くことにしたのだった。





 村にある木造の宿屋の一室、そこにマイン達はいた。ベッドはなく、テーブルと毛布があるだけの部屋。床に敷かれた一枚の毛布の上にミラとルルは座り、マインは窓際に立っていた。あまりに簡易的な部屋ではあったが、『ハチの家』には空き部屋がないとのことで、トロリーの好意により村の宿屋の宿泊料を無料にしてくれたので誰も文句は言えなかった。

 ジークはマインの肩から、中央にあるテーブルの上へピョンッと跳ぶと、その細い腕を組んだ。


「まずは作戦立案だ」



 トロリーの話を纏めるとこうだ。

 蜜集蜂ハニービーが一週間に一度、五本のローヤルゼリーを作り出す。その内一本は、トロリーの主食らしい。これは女王蜂であるトロリーは、ローヤルゼリーしか食事を摂らない為だ。地球における蜜蜂でもそうなのだから、そういった特性があるのだろう。他四本は、近くの村や町へ売っているそうだ。ここまでは村での常識として、住人全員が認知しているらしい。

 そのローヤルゼリーを、倉庫から最近盗み出す輩がいるのだそうだ。倉庫は村の外れにあり、そこに食料や蜂蜜、ローヤルゼリーも保管されている。倉庫には鍵がかけられ、扉は石製で重く頑丈なようだ。壁には穴や綻びは無く、人の出入りはその扉からしか出来ないそうだ。盗まれたのに気付くのは、毎朝行っている確認作業の際に、発覚するのだという。

 村で倉庫の鍵を持っているのはトロリー含め四人。トロリーを抜くと、トンボをベースとした『ビュース』、アリをベースとした『アントニオ』、クワガタをベースとした『ガッツ』の三人のようだ。言い出しっぺのトロリーを軽く疑ったが、女王権限もあるし摂取量を増やしたいならそう言えばいいだけなので、除外した。


「まずは鍵を持っている三人が、犯人の可能性が高いと仮定して行動する。ミラとルルで組んで情報を集めてくれ。俺とマインは現状確認と、防犯対策を練る。もうすぐ夕方になるから作戦は明日の朝から開始し、夜にはここに集合する。いいな?」

「はーい!」

「うん!」

「受け賜わった!」


 



 会議を終えたマイン達は村の中を見て回っていた。村に来たときはトロリーの元へ真っ直ぐ案内されたので、ろくに見て回ることも出来ず、夕飯の目途を立てるのに食事の出来そうなとこを探していたのだ。

 出店のような建物が小さく密集する場へ足を運ぶと、種類は多くないものの、食料を扱う店や、日用品、服などの販売店があるのが目についた。


「わー! 色々あるー! あ、見てミラお姉ちゃん、おいしそうなリンゴだよ!」

「ほんとだ真っ赤!」


 ちょこちょこと走り回るルルに付いて、ミラも子供のように目を輝かせていた。同じようなものがビビレッジやハピにもあるのだが、初めて訪れた場所ということもあり、二人は笑みを浮かべながら各店の品物を覗き込んでいた。


「お! あんたらが国王様がよこしたっていう探偵だな! おうおう、こんなに可愛い嬢ちゃん達だったとは! これはサービスだ、受け取んな!」


 気前のよさそうな中年の店主は、リンゴを二つ持ち、ルルとミラに手渡した。店の奥で、奥さんらしき人物が店主に冷たい目線を送っているのをジークは気づいたが、見なかったことにした。

 トロリーとの話し合いで、ローヤルゼリー盗難事件を解決する為に、国王ドドマエルが送った”探偵マイン”とその助手という筋書きを立てたのだった。そして宿屋にいる間に、その情報を村中に流していたようだった。


「ありがとうおじさん! わー! おいしい!」


 手に持つリンゴをしゃくしゃくと食べながら歩くルルとミラに、本屋のおばあさんが声をかけてきた。


「あらまぁ、可愛い探偵さんだこと! 村のリンゴはおいしいかい?」

「うん! さっきおじちゃんにもらったの! すっごくおいしい! おばあちゃんも食べる?」


 食いかけのリンゴを両手で持ち、笑顔で前に突き出すルル。その姿に本屋のおばあさんは微笑み、一冊の絵本を取り出した。


「その気持ちだけで嬉しいよ。ありがとう。じゃあ、わたしゃこれをあげようかね」

「わー! ルルが持ってない絵本だ! ありがとうおばあちゃん!」


 ルルは片手で絵本を受け取ると、その表紙を見て飛び跳ねて喜んでいた。本屋のおばあさんは、うんうん頷きながら笑みを浮かべている。しかし、その微笑みから一転、今度は表情を暗くし始めた。


「……この村で盗みをする者が出て悲しいのぉ。あのローヤルゼリーは希少じゃから、早く犯人が捕まればいいのじゃが……」

「大丈夫だよおばあちゃん! ルル達がなんとかするから!」

「そうだね。よろしく頼むよ。小さな探偵さん」


 ルルとミラの背後に保護者のように付き添うマインの顔も、その光景に微笑みを漏らしていた。


 リンゴを食べ終わった二人は、今度はとある服屋の前で立ち止まった。

 ミラが入り口の前に飾ってある服に目をやり、その瞳を輝かせている。


「なにこれ可愛い! ハピで売ってる服とはデザインの趣旨も違うし、こんな感じの服初めて見た! えーすごーい!」


 商品をたたんでいた女性の店員がその声で気付き、ミラに近寄って微笑みかけた。


「いらっしゃいませ! 良かったら試着してみますか?」

「え!? いいんです……か」


 大きく喜びの声をあげて店員へと振り向くミラは、その声のトーンを小さくさせた。

 それは、目の前の店員が、スタイル抜群で輝くように白い肌を持ち、長く柔らかな髪と、虹色に輝く美しい羽を背中に持ち合わせた、とびきりの美女だったからだ。

 ミラはその店員に見とれるかのように放心していると、そのやり取りを見ていたマインもその場へ近寄った。


「可愛いのがあるのか? 私も興味があるな」

「どうぞ! いらっしゃいま――」


 

 店員は声のした方に振り返りながら言葉を止めた。それは、透き通るように青いロングストレートの髪を緩やかな風になびかせ、白い肌、整った顔立ち、モデルのようなプロポーション、服は大きめのTシャツにジーパンとラフな格好でありながら、その豊満な胸と美脚を絶妙に引き立たせる完璧な着こなしをしていた美女の姿が目に映ったからだ。まるで少女漫画風に驚愕で固まる店員。

 マインは平然と商品を物色すると、一枚の服を手に持った。


「お! このピンクの服可愛いな! どうだろう店員さん、私に似合うだろうか?」


 その言葉でハッと我に返った店員は、営業スマイルを取り戻し、マインに向き直った。


「そ、そうですねぇ。それもお似合いとは思うのですが、お客様にはこちらのもっと”地味”なものがお似合いかと」

「ふむ、デザインは悪くないが、色合いがなぁ……」

「今は大きな街だと、こういった黒とか灰色とかの”地味”な色合いが流行っているようですよ! それにお客様のように身長のある方ですと、暖色系で可愛らしさをアピールするよりも大人の魅力を引き立たせるこういった――」


 ジークは長引きそうなやり取りに大きく溜息を尽くと、ピョンッとルルの肩へと飛び乗った。

 ルルは入り口で一人立ち止まり、放心するミラと、店員と話し込むマインを見つめていた。そして首を傾げては、肩にいるジークにふと口を開いた。


「ねぇねぇ、どうしてあのお姉さんウソついてるの?」

「ん? ああ……」


 ジークはルルの言葉に、店の入り口に立てかけてある看板を横目で見つめた。


『至福の美がここに! 呉服屋「美ーナス」。営業時間、十四時~十八時』



「あれは対抗心ってやつだろう。マインの容姿に、自分に匹敵する美くしさを感じ取ったってところだ」

「そっかー! あのお姉さんも、マインお姉ちゃんもすっごい美人さんだもんねー! 絵本に出てくる、ライバル?」

「まあ、そんなところだ」


 

 マインはあらかた服に付いての流行を聞けたところで、そろそろ移動をしようと話を終わらせることにした。


「ふむ。さすがはその道のプロだな! さてそろそろ行かなくては。今日の夕飯の目途もまだなんだ」

「ごめんなさい。つい長話をしてしまって。よろしかったら私の家で夕飯をご一緒しませんか? もうそろそろ店も閉めますし、国王様からの遣いとあらば無下には出来ません」

「そうか。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうとする」


 夕飯をごちそうになるということで、マイン達は店の奥へと足を運んだ。

 生活空間となっている奥の部屋には、丸型のテーブルやタンス、裁縫道具や服がかけられたりしていた。マインの肩へと移ったジークが部屋を見渡していると、部屋の角に下着類が干されているのを見た瞬間、ミラからの鋭い目線が飛んできていた。

 テーブルの上には、村特産の野菜などがふんだんに使われた惣菜が多く並び、マインとミラとルルは並ぶ食材に目を輝かせていた。


 それからは、会話を弾ませながら楽しく食事をする一時が流れた。


「店員さん……じゃなくて、ココレットさんそんな少なくて大丈夫なんですか?」


 スプーンを持ちながら料理を口へと運ぶミラは、ココレットと呼んだ店員の目の前に並ぶ食事に目をやりながら口を開いた。


「ええ。私小食なの。それに、美しさと健康の為に……ね!」

「あ……私もダイエットしてるんだった……。でも、おいしくて止まらないよぉ! えーん」


 涙を流しながら料理をがっつくミラ。そんなミラに、ココレットは困った笑みを浮かべていた。


 食事も終わり、お茶を飲みながら食後の休憩をしていると、ミラがおもむろに口を開いた。


「それにしてもローヤルゼリーってどんな味がするんだろ? ハチミツは知ってるけど、もっと美味しいんだろうなぁ」


 ミラのその言葉に、ココレットは口を抑えて軽く微笑んだ。


「私も飲んだことないですけど、確かに美味しそうなイメージはありますよね」

「そうなんですよ! ハチミツも美味しいのに、それ以上の美味しさなんて! ……あぁ、考えただけでよだれが」

「これこれ、ミラが犯人ではあるまいな?」


 そうして夕飯後の休息は、大きな笑い声の談笑へと変わっていったのだった。





――次の日。

 外では小鳥がささやき、暖かな日差しが木々の間を縫っては、部屋の窓から差し込んでいた。その部屋の中央にあるテーブルの上には目玉の身体のジークが腕を組んで立ち、その目の前にマインとミラとルルの姿があった。


「各自頭に入ったな。よし、作戦開始だ!」




 

 ミラとルルはペアになり、村の中で情報収集を始めていた。トンボをベースとした蟲人のおばさんを発見するなり声をかけては、その言葉をミラは入念にメモを取っていた。


「最近、身近で変わったことってありました?」


 ミラの言葉に、少し首を傾げて思考すると、何かを思い出したかのようにミラと目を合わせた。


「そういえば最近、ビュースさんの羽振りが良くなったって噂を聞いたわねぇ。なんでも、何人か引き連れては近くの村や街でごちそうしたり、いい服を身に着けたりとか」

「ふむふむ」



 そしてアリをベースとした蟲族の中年の男を発見すると、同じく質問していった。


「こんにちわー! ローヤルゼリーの盗難以外で、最近変わったことってありました?」

「お? 本国からの探偵さんだな。そうだなぁ……最近だとアントニオさんが”ハグレ”に昇格して、大量の食べ物を確保してるとか聞いたことあるなぁ。あの人、食うの好きだからな」


 聞きなれない言葉を耳にしたミラは筆を止めた。


「ハグレ?」

「ああ、俺達『縁下蟻パワフルアリ』は働き者なんだ。だけど優秀な功績を出したり、年老いたりすると、”ハグレ”っていう階級に昇格して、なんにもしなくてもいいようになる。ハグレは二割くらいいるかな?」

「ふむふむ」



 ミラがメモを取っている最中、村を見回っていた警備団『クワガタ』の団長が声をかけてきた。


「おや? 捜査は順調ですか?」

「はい、それなりに」

「おお、ガッツさん! いつも見回りご苦労様です!」


 ミラはその言葉に、団長へと視線を移した。


(この人がガッツさんだったのね)


「そうそうガッツさん、探偵のマインさんだっけ……見たんでしょ? えらい美人って聞いたけど、どうでした?」


 ニヤニヤしながら話す男の言葉に、ガッツは顔を赤くすると、一つ咳払いをしては目を泳がせて口を開いた。


「そ、そうだな。少し、いやかなり魅力的な女性だったと思うぞ」

「ほー! 蝶のココレットとどっちが上だい?」

「そ、それは……やはり村のアイドル、ココレットじゃないのか」

「ほほぉー! ガッツさん、あんたほどの男だ。ココレットと寝ちゃいないだろうねぇ?」

「なっ――! なにをバカなことを! 村の平和と秩序を守る警備団『クワガタ』の団長として、そそそ、そんな不埒なことあるわけが!」


 ガッツは更に赤面すると、湯気を出しながら大声で反論した。


「ははは! 真面目だねーガッツさんは! だからこそ、からかいがいがあるや。おっと! お嬢さん達にはまだ早かったね。大人の話だ、ごめんごめん!」


 冷たい目線を送りながらその光景を見つめるミラに、男は笑いながら頭をかいていた。

 それからガッツにも話を聞き、ミラとルルは一旦宿屋へと戻った。



 



 マインとジークは、倉庫へと来ていた。実際に倉庫を調べて現状を確認し、そこから対策を考えようとしていた。

 トロリーから預かっていた鍵を使って扉を開け、ジークは羽を生やして飛びながら倉庫内を調査し、マインは外周を調べていた。しばらくするとマインは中に入ってジークと合流し、見解をすり合わせることにした。


「ジーク殿、外周についてだが、壁は頑丈で小さな隙間も無かった。倉庫の上へと登ってみたが特に不審な点も無い、周りの地面にも掘り返されたような形跡はないし、どうやら扉からの侵入で間違いはなさそうだ。だが、あの扉はかなり重く、女子供はもちろん、非力な種族では開けることすら困難だろう。扉付近の地面はかなり踏み固められているしな」

「そうか。中の方は、トロリーの言っていたようにかなり暗いが非常用の発光石が四隅に設置されてる。あまりいい質じゃないからか、淡く光る程度だけどな。内部の壁・天井・床にも異変はないから、マインの言う通り扉からの侵入とみていいだろう。ローヤルゼリーは、あそにある中央の一番奥に設置された棚に保管されているようだな」

「どうするのだジーク殿?」

「対策については色々考えついたが、ミラの報告を聞いてから煮詰めるとしよう」


 

 マイン達はそれからトロリーの元へ向かい、次のローヤルゼリーの製作日を聞くことにした。どうやら二日後に製作するようで、それに合わせて対策も練ることにしたのだった。






 日が暮れて、宿屋に一行が集まるとジークはテーブルの上へと所定の位置に着き、腕を組んでは口を開いた。


「さて、報告を聞こうか。ミラ」

「はい!」


 ミラは村で聞き取り調査をしていた際、それと同時に影分身を近くの村や街へと送り出し、そこでも情報収集を行っていたのだった。村での情報、村外での情報を細かく説明し、ジークは一つ頷くと次はルルの番となった。


「次はルル、ウソを感じ取ったところはあったか?」

「んー、あのクワガタのおじさんウソついてた!」

「どんなことにウソをついてたか覚えているか?」

「えっと、アリのおじさんが、クワガタのおじさんに服屋さんのお姉さんと寝たとか聞いたときだったと思う」


 ジークは無言でミラを横目で見つめると、ミラはバツの悪そうな顔をしながら俯いた。


「お兄ちゃん、クワガタのおじさんと服屋さんのお姉さんが一緒に寝ると何かあるのー?」


 ルルがそう言った瞬間、ミラが慌ててルルに飛びつき、頭を撫でながら引きつった笑いを浮かべた。


「な、なにもないのよールル。ただの気のせい気のせい」

「ミラお姉ちゃんウソついてる」


 ブスッとした口を尖らせるルルに、ミラは固まって乾いた笑いを零した。

 ジークは大きな溜息を尽くと、ルルに説明をした。


「いいかルル。大人になると、とっても仲のいい男女は一緒に寝ることがあるんだ。だけどルルはまだ子供だから詳しくは知らなくても大丈夫だ」

「そうなんだ~。ルルも早く大人になりたいなぁ!」

「それはそれで困るのだがな……」


 元気に答えるルルに対して、ジークはボソッと呟くように零した。

 感知能力に長けたルルは、ジークの持つ任意発動の『真実眼』とは異なり、『虚言感知』によって常時ウソを見抜けるのである。



「よし、情報は集まった。作戦を煮詰める」


 ジークの説明と念入りな打ち合わせによって会議は三時間に及び、その日は『次元収納』から簡易的な食事を取り出して済ませることにした。





――次の日。

 ジークは朝から所定の位置に着き、口を開いた。


「セカンドフェーズだ」





 マイン達はトロリーと話をするべく向かっていた。そして作戦の詳細と、今後についてを話し合うと、トロリーは葉で顔の下半分を覆いながら一つ頷いた。


「ふむふむ、なるほど。分かった。早急に手配しよう」

「よろしく頼む」


 

 トロリーとの打ち合わせが終わり、マイン達は帰り足で倉庫へと向かうと、夜中にジークが製作した防犯設備を設置した。ローヤルゼリーが保管される棚の周辺の床へと設置されたそれは、強力な粘着性のあるトリモチ板だった。


 宿屋へと戻ると、トランプ遊びを始めては時間が経過するのを待っていた。


「よし、そろそろいいだろう」


 ジークの言葉に三人は立ち上がると、村へと向けて足を進めて行った。


 

 

 出店の並ぶ場へと向かうと、以前リンゴをくれた店主がマイン達に気づき、にこやかな笑顔を向けて声をかけてきた。


「よお! お嬢ちゃん達、明日帰るんだって? 寂しくなるなー! 倉庫にしかけたトリモチだったか? うまくいくといいな!」

「うん! おじさんのリンゴおいしかったよ! 今度来た時には、ちゃんと買うね!」

「くぅー! 泣かせるねぇ! ほら! 餞別のサービスだ、もってけ泥棒!」

「リンゴだ! でも、ルルは泥棒じゃないよ?」

「はははは! ちげーねーや!」


 リンゴを手渡し、幼い子供相手にヘラヘラする店主には、店の奥から冷たい視線を送る奥さんがいたのだが、ジークは見なかったことにした。


 本屋の前へ行き、眼鏡をかけながら書き物をするおばあさんへルルが話しかけると、おばあさんは眼鏡を外して店の外へと出てきた。


「明日帰るんだって? 警備団の人から聞いたよ」

「うん! でも、また来るね! まだ読んだことない絵本を今度はちゃんと買いたいの!」

「そうかいそうかい! なら、まだまだ長生きしなきゃいけないね!」


 おばあさんはにこにこと微笑み、ミラとマインに丁寧に頭を下げていた。ミラとマインも頭を下げて返し、ルルは手を振りながらその場を後にした。



 服屋の前へと足を運ぶと、開店したばかりだからか、外でココレットが箒を持って店前の掃除をしていた。


「ココレットさん!」


 ミラが元気に話しかけると、その声で気づいたココレットはにこやかな笑みを浮かべて小さく手を振って返事をした。


「おはようございます、みなさん! 明日帰るって聞きましたけど、ずいぶん早いんですね」

「準備も終わったので、役目を終えたら帰還です! ほんとはもうちょっとこの村にいたかったですけどね!」

「そうですか。今度来た時には、ゆっくりお話でも聞かせてくださいね」

「はい!」


 ミラとの会話が終わると、マインがココレットに近寄っては口を開いた。


「ココレット、服の話や夕飯をごちそうになったりと、世話になった!」

「いえいえ、大したことじゃないですよ。またいらしてください」

「そうだな。また近いうちに来るさ。そのときは最先端の流行を取り入れて、今よりも可憐になって戻ってくるぞ! ワハハ! ココレットもより綺麗になっているだろうしな!」

「そ、そうですね。お互い頑張りましょうね。あはは」


 引きつった笑いを浮かべるココレット。その光景を目にするルルは、ミラの服の裾を引っ張っては一言呟いた。


「ミラお姉ちゃん、ライバルって怖い」

「う、うん。そうだね」


 ルルの言葉に、ミラは困った笑みを浮かべていた。





 夜になり、宿屋で宿泊している部屋では一枚の大きな毛布の上に、ルルを間に挟むようにしてマインとミラとルルが川の字で寝ていた。ジークは所定の位置で座禅を組み、目を閉じては思考を巡らせていた。




 明日はローヤルゼリーが作られる日だ。そして俺達が帰る日でもある。いくらトラップを仕掛けたと言っても、俺達が帰れば犯人はきっと夜に動き出すはずだ。倉庫の扉に設置された錠を開けれるのは鍵を持つ三人。トンボのビュース、アリのアントニオ、クワガタのガッツ、この三人の内の誰かで間違いない。仮に持ち主以外が鍵を一時盗み出して使用した線も考えたが、三人の持つ鍵を”視た”限りでは、本人以外の直近の指紋や形跡は無かった。そしてあの扉、かなりの重量がある為に鍵を開けれても扉自体を開くにはそれなりの力がなければまず不可能だ。鍵を持つ三人の中で扉を開けることが可能な力を持っているのは、アリのアントニオか、クワガタのガッツだな。それとローヤルゼリーが保管されている”位置”、棚に収納されているが、盗難防止の為にかなり高い場所だった。飛ぶことが出来る蜜集蜂ハニービーだからこそ出来ることだ。中には脚立などは無く、またそういった物を使用した形跡も無かったことから、犯人は飛翔することが出来る人物とみていいだろう。床にトリモチを仕掛けたが、本命は別にある。”村に来てから得た情報の全て”から導き出された答えは、犯人は間違いなくあいつなはずだ。計画の中に保険もかけた、明日の夜に答えがハッキリするはずだ。




 思考を解いたジークは、窓の外を見つめた。カーテンの無い窓からは、月夜の光で淡く照らされた木々が、緩やかな夜風に揺られていた。





 次の日の朝、村の入り口で数名の住人達に見送られるマイン達の姿があった。マイン、ミラ、ルルは大きく腕を振り、住人達もそれに返すように大きく腕を振っていた。

 しばらく森を歩き、村から遠ざかるとジークは『次元収納』からリーナバッハを取り出した。中へと乗り込み、ジークは人間の姿を解放すると、リアチェアーに座り足を組んだ。


「ふぅ。ミラ、コーヒーを入れてくれ」

「はーい! 人間のジークさん、なんか久しぶりな感じがします!」

「ずっと目玉の身体だったからな」


 ミラは『次元収納』から簡易コーヒーメーカーと豆を取り出し、床下収納から取り出したマグカップへと注ぐと、ジークに手渡した。

 ジークは手渡されたコーヒーに一口つけると、口元を緩ませた。


「このまま夜まで待機する。さあ、ラストフェーズだ」





 そしてその日の夜中、微かな虫の鳴き声と、淡い月夜に照らされた薄暗い闇夜の中、村にある倉庫の前に佇む人影があった。その人影はおもむろに取り出した鍵を、扉に設置された南京錠の鍵穴へと差し込み、ゆっくりと回しては、カチリを施錠を解いた。そして扉の大きな取っ手に両手を添えては、右へとゆっくり開いていった。開かれた扉からは、非常用の発光石の淡い光が漏れ出す。

 扉を開けた人影はそのまま立ち止まっていると、闇夜の中からもう一人の人影が現れた。その人影は不気味に口角を上げると、背中の羽を広げ、開けられた扉を抜けて一直線に飛翔した。その先には、昼間作られたばかりのローヤルゼリーが保管されていた。

 飛翔する人影が、倉庫内の中央へと差し掛かった時、強烈な光がその空間に解き放たれた。

 


 ――発光式飛翔虫誘導灯『ぴかりん』。

 倉庫内天井に設置されたそれは、飛翔昆虫に対し高い誘導効果を発する水銀灯だった。倉庫内に設置された発光石よりも明るさと誘導性を持ち、それを目にする飛翔昆虫は走光性の特性上、もはや逃れることの出来ない究極のトラップだった。


 飛翔していた人物は、飛んでいてもグルグルと飛び回ることになるのを知っている為か、羽を閉じて床に静かに座っていた。飛ばずとも、『ぴかりん』の強力な誘導効果と本人の特性上、その場でただじっとすることしか出来ないのだった。



――カツン、カツン。


 暗闇の中から、倉庫へと近寄る何者かの足音が響き渡った。



「飛んで火にいる夏の虫とは、まさにこのことだな」


 その足音と声の主は、倉庫の入口で立ち止まり、『ぴかりん』の明かりによってその姿が露わとなった。それは、人間の姿をしたジークであった。

 


「やはり犯人はお前だったか……ココレット」


 倉庫内の床で小さくなり、ジークを睨み付けるその姿は紛れもない服屋の店員、ココレットだった。

 ココレットは自分の体を抱きしめながら、ジークを睨み付けて強い口調で口を開いた。


「なんなの! あなたは一体誰!」

「俺か? 俺はただの害虫駆除業者だ」


 ココレットは下唇を噛み締めると、慌てて外にいる人影に声をかけた。


「ガッツ!」


 呼びかけるココレットの言葉に、外で待機しているガッツは寝ころんでおり、動くことは無かった。


「無駄だ。お前の”鱗粉”なら取り除いておいたからな。今はぐっすり眠っている」

「ちっ違うのよ! 偶然通りかかったら倉庫の扉が開いていて、最近流行ってるローヤルゼリーの犯人かと思ってガッツを眠らせたの! 私は盗まれてないか確認する為に、中に入っただけよ! だっておかしいでしょ? 私は鍵を持っていないもの! 鍵を持ってるガッツが犯人よ!」


 必死に言い訳をするココレットに、ジークは乾いた溜息を零した。


「犯行はいつも夜中から朝方にかけての時間に行われていた。だが、ガッツはオオクワガタをベースとした”昼行性”だ。夜中に動くことがないのに、どうやって盗みを働いている?」

「そ、そんなの知らないわよ!」

「簡単だ。眠っている間に操られていたんだからな。お前の催眠作用のある鱗粉でな」

「なっ――」


 言葉を失うココレットに、ジークは更に続けた。


「お前は密かにガッツに寄り添っているのだろう? 鍵も持っているし、警備団の団長として村の住人達に信頼されているその肩書を利用し、万が一自分に疑いがかけられた際にガッツに庇ってもらう為にな」


 ココレットは顔を真っ赤にし、逆上し始めた。


「バ、バッカじゃないの!? 私があんなむさくるしいのと寝るわけないじゃない! それに私がローヤルゼリーを手に入れてどうするっていうの!? お金なら毎月配給されるハチミツを売ったり、お店の売り上げで十分間に合ってるわよ!!」

「お前は今もそうだが、多くのウソをついていた。たった四時間の営業時間で、しかもそこまで消耗品でもない服屋ではそんなに利益は取れてないんだろう?」

「ぐっ……。ハ、ハチミツを売ってるのよ! 配給されるハチミツは、余ったら売ってもいいのよ! そんなの私だけじゃないし、みんなやってることよ!」

「だろうな。それは近くの村や街で調べた情報で分かっている。だが、お前の売っていたハチミツの量は、配給時とそこまで変わらない量だった。健康の為の食事制限と言っていたが、あれはウソだ。お前は幼い頃に蓄えたエネルギーを消費することによって、そこまで食事を摂らなくても平気なんだからな。ハチミツを売った金で化粧品やらなにやら美に関する物を買っているんだろう? 近くの村や街で情報は上がっているんだ。ローヤルゼリーをお前が売ったいう情報は無かったがな」


 ココレットは顎を突き出すと、震える声で大きく言い放った。


「ほ、ほら見なさいよ! 私はお金に目を眩んでローヤルゼリーを盗み出して、それを売ったりなんかしてない! ハチミツを売ったお金で色々買ってるけど、それは悪い事じゃないんだから!」


 ジークは不気味な笑みを浮かべると、ココレットは肩を小さくした。


「な、なにがおかしいのよ……」

「ククク。お前がローヤルゼリーを盗んでるのは、それを摂取する為だ。違うか?」

「なっ――!」


 ココレットは驚愕の面持ちを浮かべ、言葉を詰まらせる。


「あのローヤルゼリーはその高エネルギーゆえに、摂取すればかなりの美容効果もあるだろうなぁ。女王のトロリーがあれなんだ、美に固執するお前からすれば喉から手が出るほど欲しい物だろう。それに多くのウソを吐くお前は、住人達も知らないある真実を口にしていた」

「……ある真実?」



 それは、ココレットの家で夕飯後の休息時に話していた内容だった。




「それにしてもローヤルゼリーってどんな味がするんだろ? ハチミツは知ってるけど、もっと美味しいんだろうなぁ」

「私も飲んだことないですけど、確かに美味しそうなイメージはありますよね」


 ミラとのこの何気ない会話を、ジークは見逃さなかった。



「女王以外の住人達の誰しもが口にしたことのないローヤルゼリーを、なぜ”飲める”と知っている? それはお前が口にしたことがあるからだ。普通、ゼリーを飲むなんて表現はしない。ハチミツでさえ粘着性の高さから、直接飲むのは厳しい代物だ。だがあのローヤルゼリーは、ゼリーとは名ばかりでハチミツとは全く異なる性質を持っており、かなりの流動性がある為に飲むことが出来るんだ。薬用として用いられたものは商品名も違い、ローヤルゼリーとは謳っていないしな。諦めろ、お前の負けだ。蝶……いや、蛾のココレット」


 ココレットは大きく肩を下げ、その目からは光を失っていた。全てが真実であり、それを的確に見抜かれたことで、もはや言い逃れる気など失せてしまっていた。


「そこまで……知っているなんてね。そう、私は蛾がベースよ。昔はひどいいじめがあったり、自分に対する極度のコンプレックスを持っていたわ。姿形は似ているのに、蝶族とは明らかに見た目の華やかさも周りからの態度もかけ離れているのだもの……。必死に美を追求したわ……色々な食料法や器具を使ったり、薬にまで手を染めて。やっと満足のいく美しさを手に入れたとき、蝶族のいないこの村へやってきたわ。私がこの村で一番美しいと思っていたけど、あの女王を見た時衝撃が走ったわ。かなりの年齢なはずなのにあの美貌、それからすぐにローヤルゼリーのことを知って察したわ。秘訣はそれにあるって。私は悟ったの、究極の美の為には手段なんか選んじゃいけないって。それで盗みを始めたのよ……」


 昔を思い出しながら、ぎゅっと両腕を抱きしめて話すココレットに、ジークは静かに口を開いた。


「あのローヤルゼリー、定期的に村や街に売られた後、どうなるか知っているか?」


 突然の的外れの言葉に、ココレットは眉をひそめると、言い捨てるように切り返した。


「は? 知らないわよ。美容食品や健康良品にでもなってるんじゃないの」

「薬だ」

「え?」

「あのローヤルゼリーの多くは、医療用の薬として使われているんだ。幼い子供への予防接種の為のワクチンや、病気の特効薬、怪我への治癒薬として多様な薬へと変化するんだ。お前が盗んだ分で作ることが出来た薬で、何人かの命を救えたかもしれないし、病気や怪我だって治せたかもしれない。お前は、苦しむ人々の声を聞いたことはなかったのか?」


 ココレットは、その瞳から一筋の涙を流した。そして両手で顔を覆うと、号泣しながら声にならない声をあげていた。それは、今まで見ようとしていなかった部分。自分の美に対する欲求の為に、他人を蹴落としていたことを見て見ぬふりをしていたのだった。改めて自覚したことで、自分の行いのあまりの愚かさに、心の痛みを覚えて涙を流したのだった。


 そしてジークはそんな彼女に歩み寄り、上から見下ろすように見つめると、一言呟いた。


「『言想ノ神眼』」


 その言葉に呼応するように、ジークの右目が輝きを放った。


 それは、ジークがココレットの意識レベルにて、ある言葉を付与したのだった。それは『思いやり』。

 元から持っていたその意識は今では奥深くに薄っすら存在している為、新たに付与することによって覚醒させ、思いやりの意識をジークは引きずり出したのだった。



「私は、自分のことしか考えていなかった。でも、本当の美しさって、見た目だけじゃなくて心も美しくないとダメだよね。これからは他人への思いやりを大切にして、健康や美を共有していきたいと思う。私は、私に出来ることで多くの人の役に立ちたい。本当にごめんなさい。そして、私を改心させてくださってありがとうございます」


 改心したココレットは涙を流し、自分の過ちを認め、正しい心を取り戻したのだった。そして深々とジークに頭を下げた。




――ククク。



 だが、小さく不気味に笑うジークの反応に、ココレットは体を震わせ寒気を覚えた。

 ジークは左手をローブのポケットに入れ、右手で前髪を後ろへかき上げると、不気味な笑みを高らかにあげた。



「フハハハハ! これで終わりだと思ったか? 悪者を改心させて、それでハッピーエンド? 悪いがこれは現実なんだ。他人への思いやりを大切にする? 多くの人の役に立ちたい? 笑わせるな。そんなのは”当たり前”のことだろう。お前は自分が犯した過ちの代償を負わねばならない」


 ジークはそう言い切った直後、ニヤリと口角を上げて小さく呟いた。


「『幻送ノ魔眼』」



挿絵(By みてみん)






 ココレットは、景色は変わらないのに、そこにはまるで何もないかの空間になってしまった感覚を覚えた。不気味なほどの静けさ、いや、あまりにも静かすぎる。不思議に思い咄嗟に声を出すが、それすらも聞こえない。まるで、耳が聞こえなくなったかのような完全無音状態だった。


「え? あれ? 何も聞こえない? え、うそでしょ!? なんで! 耳が聞こえない……耳が聞こえない! い、いやあああああああああ」



 それは、ジークが『幻送ノ魔眼』によってココレットの聴覚情報を剥奪したのだった。

 ジークはその場から振り返り、扉を閉めては、目を瞑って元来た道へと歩き出した。




 奪うというのは、単純なことじゃないんだ。お前は、自分のことしか考えず、他人の言葉に耳を傾けなかった。聴覚情報を奪われ、本当に何も聞こえなくなったお前は、一生音のない世界で生き続ける。そしてそんな障害を抱えながらも、いつの日かお前と一生を共にしたい言う器の大きな男と出会うかもしれない。だが、その時お前は”プロポーズの言葉”を聞くことは出来ないだろう。聴覚を奪われただけでなく、女としての一番至福の言葉を聞く機会も奪われたのだ。ローヤルゼリーを奪っているだけと思っていたお前は、救えたかもしれない多くの命を奪っていたんだ。それと比べたら……天秤になんてかけられないだろ?






 そして、ジークの姿はそのまま闇へと消えていったのだった。

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