二十六話 新たなリーナ
ビビレッジの住宅区、その敷地内にある役場の会議室に俺は一人でいた。椅子に座ってテーブルに肘をつき、片手には資料、もう片手に魔通機を持ってはそれを眺めていた。
資料には、ビビレッジの各商品の生産データと、観光区での売り上げや旅館の利用客データなどが書かれている。そして魔通機の方には、ハピで販売しているビビレッジ産の各商品ごとの売り上げデータが、ジルからメールで報告が上がっていた。
真剣な目付きでその二つを見比べ、静かに資料と魔通機をテーブルの上に置いた。
「実際に流通が始まって二週間のデータにしては、かなり順調なようだな。こちらの生産状況もある程度の在庫は抱えることが出来ているし、商品を切らすことはないだろう。米、酒やコーヒー、他に品種改良した農作物の売り上げは凄まじいことになっているが……やはり魔通機は伸び悩むか。食料と違って魔通機は値段が高い、これには少し時間が必要だな。ほとんど原価に近いくらいの値段で販売しているから、地球での携帯との感覚と比べると有り得ないくらい安いのだが……やはり馴染みのない物には最初は抵抗があるのかもしれないな。まあ、このまま任せておいて問題はないだろう。リーナはこれをどう見る?」
《食料関係については問題ないかと。おおよそ予想通りのデータ集計です。魔通機に関しては、二週間のデータではなんとも言えませんが、もう一ひねり加える必要性があると思うです》
ふーむ、やはりそうなるか。これに関しては俺も予想はしていた。今まで原始的だった通信に関するライフラインに新たな一手が加わった魔通機は、短期で爆発的に売れるか、長期で緩やかに売れるかの二つに一つだ。だが俺もバカじゃないんでな。ただ単に作って販売するだけじゃないんだ。売れ行きに関しては実はどちらでも構わない。それは、魔通機を最初に作った時から、ちゃんと次なる一手を考えていたからな。だが、これを使うにはもっと魔通機を流通させなければならない。次のステージへは、もう少し先になりそうだな。まずは販売元のハピにて浸透させないとダメか。魔通機に関する人々の反応をララに聞いてみるとしよう。
俺はハピの住民達の反応を知るべく、ララに初めてメールをしてみた。仕事中だろうから返事は遅くなるかと思っていたが、案外返信は早かった。簡易的なメール着信音がしたので、メール画面を開いた瞬間、俺は固まった。
[もうムタったら~、お仕事終わったら……ね♪ 地下鉄でビューンって会いに行っちゃうんだからぁ! むしろ今すぐ行っちゃうぞぉ!? な~んてね(笑) えへへ☆ 待っててねダーリン(はーと)]
そのメールが来てから三分後に、またララからのメールがあった。
[すみません。間違えました。お母さんに宛てる用のメールでした。魔通機に関しての反応ですが、値段よりも、購入しても相手が所持していないと意味のないという部分が意識して伝わっており、そこがネックになっているようです。一度、分かりやすい機能説明が書かれたチラシなどで大きな宣伝をしたほうがいいかもしれませんね]
俺は大きく頭を抱え込んだ。それは魔通機に関する反応によってではない。
ふむ、なるほどな。宣伝はいいと思う。ララに任せてみるとしよう。でもちょっと言わせてくれ。
お前ら仕事中に何やってんだ! お母さんに宛てるメール? もろ、ムタって書いてあるだろうが!
キャラ変わりすぎだろ! それに急に真面目なメール送ってきても、もはや手遅れだからな! 真面目な奴だと思ってたのに、それが素なのか? ベッドの上では子猫ちゃんってか? まったく……これでも仕事の能力があるから文句は言えんが、無能なら魔物のエサにしているところだ。
大きなため息を吐きながら、資料と魔通機を次元収納に仕舞い、転移を行った。転移した先は、作戦司令室から数部屋隣に位置する、何もない部屋だ。
俺は部屋の中心に、次元収納の中で温めておいたアダマンタイト鉱石の巨大な塊を置き、他に数十種類の鉱石や人口魔石、水晶などを部屋中に散りばめた。
「さーて、リーナ。俺達の作戦開始だ」
《燃えるですー!》
ミラ、マイン、ルルの三人は、役場の中にある多目的ホールにビビレッジの住人達を集めて、今後についての説明を行っていた。
最初は真剣に話を聞いていた住人達だったが、話が進むにつれて徐々に悲し気な表情をする者が現れ始め、それは次第に涙を流す人の割合が増えていった。
「旅に出るなんて、寂しくなるなぁ」
「うわあああ! マインさあああん」
「いつの間にか、こんなに立派に成長していたのね」
「これが、我が子が巣立って行く気持ちなのかしらね」
各々が感情により口を開き、悲しむ者、涙を流す者、嬉しさがこみ上げる者、感無量で頷く者、様々な反応を見せていた。しかし、その場には反対する者は一人もいなかった。
「もぉ……みんな大げさだよ。旅に出るって言っても、もう戻ってこない訳じゃないんだから」
「そうだ。私達は自分達のより良い居場所を作る為の道具を探しに行くようなものだ」
「ちゃんと帰ってくるよ! ここがルル達のおうちだもん!」
呆れながらも微笑むミラ、腕を組んで凛とするマイン、元気な笑顔を向けるルル、そんな三人の姿に住人達は頷きながらみんな笑顔を取り戻していた。
亜族の本国『シアズム』。そこにある大きな宮殿の中で、国王ドドマエルは眼鏡をかけて机に乗った大量の資料に目を通していた。それは、亜族の大陸に存在する神之欠片に関する情報を調べていたからだ。ジークからの指示で、なんでもいいから在処に繋がりそうな情報を調べておけと言われていたのだ。
ドドマエルは眼鏡を外すと、大きく溜息を尽いた。
「はぁ……。やはり見つからんな……普通の資料ならともかく、余だけが閲覧可能な資料にもそれらしいことは書かれていなかった。どうしたものか……ジーク殿にも申し訳がつかんしな。もっと過去の資料があれば、あるいは手掛かりが掴めるのかもしれないのだがな……。ん、待てよ」
何かを思いついたかのように、ドドマエルは目を見開いた。
「蟲族の長ならば余よりも遥かに長生きしておる。いや、むしろ亜族の大陸内でも上位の長寿者なはずだ」
目を瞑り、集中しながら無数の触手を操るジークの元に、魔通機の着信音が鳴り響いた。
作業を邪魔されたことで軽く不機嫌になるジークは、魔通機の画面に映る着信相手の名前を見るなり軽く舌打ちをした。
「なんだ、今忙しいんだ」
「えーと、もしもし! もしもし! 余はドドマエルである!」
耳が壊れるんじゃないかと思うほどのドドマエルの声に、ジークは顔をしかめながら魔通機を耳から話した。
「聞こえてる! 声がでかい! お前は人型拡声器か!」
「おお、こちらも聞こえるぞ! 神之欠片の在処についてだがな、情報はなかったのだが、一つ心当たりがあるのだ!」
「それはなんだ」
「亜族の大陸に住む種族の中でも、上位の長寿者で知られる蟲族の長なら何か知ってるかもしれん!」
「情報を持っているかもしれないか……他にはないんだろ?」
「うむ!」
「……ああ分かった。じゃあ今忙しいから、その蟲族が住んでる場所をメールで送っといてくれ」
「分かった!」
何も手掛かりがないよりはいいか。当てもなく無駄に探し回るなんて、この広大な大陸では効率が悪すぎる。とりあえずはそいつに会って話を聞いてみるとしよう。
ジークは少し思考すると、目を瞑っては作業へと意識を戻していった。
――そして数日後、ビビレッジの入り口前の広場には、住人達全員が集まっていた。
ジーク達の門出を見送る住人達の一歩前に、シチセイ、ジル、ムタ、ララ、レオニルの姿があった。
「ジーク殿、後はわしらに任せておいてくれ」
「留守の間、よろしく頼む。何かあれば通話回路を通して連絡してくれ。転移ですぐに駆けつける」
シチセイは、腰を曲げながらも、凛とした表情でジークを見上げていた。
「ジークさん、ハピの方もお任せください。良い報告をお待ちしております」
「私もジル様の片腕となるよう、ハピレッジの為に務めます。それとあのことはご内密に……」
ジルは優しく微笑み、ララは若干顔を赤くしながらモジモジしていた。
「旦那ぁ、おみやげよろしくっす~」
「長官殿の不在中、村の防衛はお任せを」
ムタは腹をかきながら呑気に口を開き、レオニルは胸の前に拳を握って誠意を示していた。実は戦後、レオニルはドドマエルにビビレッジへの移住を志願していたのだ。本来であればビースト部隊を壊滅させる予定だったこともあり、本国に戻ってもレオニルには肩身の狭い重いをするのは明らかだった。それとレオニルは、ローナのいるビビレッジに住みたいとも同時に宣告していた。ドドマエル、ジーク、シチセイの承認が下り、レオニルはハピレッジの防衛部隊長の任に就いたのだった。
ジークは片手を腰に当て、そんな住人達の姿に内心軽く微笑むと、一言口を開いた。
「じゃあ、行ってくる」
そして、ジークの言葉に続きミラとマインとルルも口を合わせた。
「「「行ってきます」」」
住人達は全員、敬礼するように姿勢を正すと、全員がピッタリ揃うように口を開く。
「「「「「お気を付けて!」」」」」
ジーク、ミラ、マイン、ルルは同時に振り返ると、凛とした表情で村の外へと新たなる未来への大きな一歩を踏み出したのだった。村の入口に、周りを取り囲む木々の隙間を縫って流れ込む日差しが強く輝き、それはまるで四人の門出の祝福をしているかのようだった――。
村を背にして歩くジーク達は、ビビレッジを取り囲む森へと足を踏み入れると、ミラが背伸びをしながら口を開いた。
「んん~! これから旅が始まるんですね! 楽しみです! 歩きながらの旅は冒険って感じで、ワクワクします!」
ジークはふと立ち止まると、腕を組んでは不適な笑みを浮かべた。
「誰が、旅は歩くものだと決めた?」
「え?」
――ガガガガガガ。
ジークの意味深なセリフに、ミラは気の抜けた声を発した瞬間、謎の音と共に森の中に”意図的”に作られたような木々のないスペースの土や草が不自然に揺れると、その地面の部分がスライドするように空いては、下からせり上がってくるように黒く長い長方形の箱型のような物体が現れた。
ミラはポカンと口を開け、マインは物珍しそうな顔をし、ルルは首を傾げて不思議そうな顔をしていた。
そんな三人を尻目に、ジークは両手を首の後ろへと回し、首にかけているリーナの鎖を解いた。そして謎の黒い物体に近づき、一部に付いている取っ手を掴んでは手前に扉のように開けた。
謎の物体の中で小さな突起物が自動的に伸びると、先端に鍵穴のようなものが付いていた。ジークは手に持つリーナをそこに差し込むと、収納されるかのようにリーナが吸い込まれて、突起物も自動的に元に戻っていった。
そして――”リーナが”一言呟く。
《リーナバッハ、始動!》
その言葉を合図に、謎の物体内に存在する数々のメーター等の装置が点灯し、内部の一部ではピストン運動が徐々に速度を上げていった。
ジークは三人に不敵な笑みを向けると、謎の物体に手を添えて口を開いた。
「こいつで移動する」
ジークのその言葉に、ミラは一歩後ずさると大きな叫び声をあげた。
「こ、これで旅をするんですかぁああああ!?」
その声は森中に響き渡り、多くの鳥たちが逃げるように空へと羽ばたいていった。
荒れ狂う荒野を突き進む中、そこにはふかふかの椅子に腰かけ、むすっとした表情で頬を膨らませるミラの姿があった。若干俯き加減なその目は、明らかに何か物言いたそうな雰囲気を纏わせていた。その態度はしばらく続き、呆れたジークはミラに声をかけることにした。
「機嫌を直せミラ。快適だろ? ほら、リンゴジュースをやる」
「むぅぅ。なんか、思ってたのと違う」
ミラは手渡されたジュースのストローに口を付けながら、しっかりと飲んでは一言呟いていた。
ジーク達が使用している謎の物体、それはジークが”リーナ”へと与えたものだった。
――リーナ専用制御式守護高級車『ベンツ・リーナバッハ』。
ジークとリーナの協同開発によって生まれた車型の移動用アイテム。高級車の象徴であるベンツの中でも、最高級グレードのマイバッハをモチーフにしている。始動にはリーナ独自の暗号認証と個別魔力登録によって行われ、車体とリーナが一体化することにより全ての機能を制御することが可能となっている。車体は黒光りを放ち、快適さを意識してロングタイプ仕様になっている。アダマンタイト鉱石製の車体には防水・撥水・防風・防熱・衝撃吸収・衝撃反射を加えた多重結界効果が組み込まれ、ヘッドライトとリアテールには全方位視界と簡易版の『千里眼』の効果が付与されている為、全方位にて千キロメートル先まで視覚認識することが出来る。ライトには発光石の代わりに新たにLEDを制作し搭載している為、夜間でも明るく照らすことが出来る。エンジンは、長方形型でトランク部の両端に二つ搭載。トランクスペースも十分に確保してある。給油口側に設置されたエンジンの一つは小型化した電力タンク制御装置『びりびりちゃん』による電気エネルギーと、『素粒子支配』の効果を付与し、物質を分解した時に発する魔力エネルギーを利用したハイブリットエンジンになっている。給油口からゴミや石ころなど、入るサイズの物質を投入してエンジンへと送ることが出来る。もう一つのエンジンは、魔力エネルギーのみで作動する。これは台座の一部を車体に組み込んでいる為、ジークが乗っていれば星からの高い魔力供給を魔力エンジンへと流すことが可能となっている。基本的にはハイブリットエンジンを主稼働させ、状況により魔力エンジンへと瞬時に切り替えが出来る。足回り関係は、ディッシュタイプのホイールに、タイヤは内部にワイヤーを張り巡らせて衝撃吸収効果の高い植物性樹脂配合ゴムを五層活用により制作してある。タイヤ自体の高い衝撃吸収効果と、高性能サスペンションをリーナの完璧な制御によって、荒れた荒野でも快適に走行が可能になっている。内装については運転席と助手席の後ろには小窓の付いた仕切りが設置され、後部座席はかなり広い空間となっている。車体の側面に背を向けるように並んだサイドチェアーと、後部には正面を向くように座るリアチェアーが設置され、本革シート仕様でありながらもふかふかな座り心地になっている。フロント・サイド・リアにスピーカーが設置されており、ここからは魔通機を応用した機能により、リーナの声が聞こえるようになっている。又、完全制御の空気調整機能により、車内の温度管理も万全である。車体下収納式のテーブルや食器等もあり、次元収納から取り出した食品などを車内で快適に口にすることが出来る。他にも加速機能や迎撃機能など様々な装備が施されている。
リーナの体に成り得ると意識して製作されたそれは、ジークの過去最高傑作だった。
「まぁ、確かに快適だし、楽チンですけどぉ~……。でも私が思ってた旅って、こう、仲間と共に魔物を倒しながら山を越え~谷を越え~、時に苦しくも励まし合って前へと進む冒険みたいな感じを想像してたんですけど……」
ジュースを飲みながら一人ブツブツと呟くミラ。
一番後ろにはジークが中央に座り、右にミラ、左にルルが位置していた。マインは一人サイドチェアーに腰かけて窓から景色を眺めていた。
ジークは一人呟くミラのおでこにデコピンを放った。
「きゃっ」
「泥と汗にまみれる冒険がしたいなら今すぐ降りるか? そういうのは物語を引き立たせる為の演出だ。現実でそんなことをしても非効率的で、怪我や病気をするリスクも高い。俺にはこういう便利な物を生み出す力があるんだ。活用してこそ目的にいち早く近づけるというものだ。そんな愛と友情のお涙頂戴は、おとぎ話の中だけでやっていろ」
「ぶー! それは分かりますけどぉ……なんかずるい!」
「なにがだ」
「ジークさんばっかり色々作れるし! そりゅーし、しはい? 私もそれがあれば色々出来るもん!」
ミラの言葉に、ジークはさらにデコピンをお見舞いした。
「ひゃっ! もぉー……なんでデコピンするんですかぁ!」
「いいか? 俺が色々と物を作り出せるのは生前に蓄えた数多くの知識のおかげだ。物質構成・性質・原理・法則、いくつもの多大なる知識と知恵を駆使し、核と融合したことで人間の限界を超えた脳機能の情報処理能力、それにリーナのこの世界での知識と演算のサポートがあって初めて可能となっているんだ。『素粒子支配』の力を得た所でお前には何もすることは出来ず、宝の持ち腐れになるだけだ。考えてもみろ、料理を作ればなんでもおいしく出来る能力を得たとする、だが素材に関する知識もなく、調理道具の使い方も分からない、レシピも知らない、それで料理が出来ると思うか?」
「うぅぅ……。簡単そうに見えて、実は裏ではそんな大変なことをしていたんですね……。ごめんなさい」
「分かればいい」
しゅんとするミラは、ストローに口を当てると、ぶくぶくと泡を立てていた。
そしてコップをテーブルに置くと、両手の拳を握りしめては、目に力を込めて遠くを見つめた。
「よし! 私は、私に出来ることを精一杯頑張ります!」
「ルルもがんばるー!」
「む? もちろん私も頑張るぞ!」
ミラの言葉に繋げるように、ルルとマインも拳を握っては力強く口を開いた。それは、これからの旅路に向けての、意思表示の表れと思えた。
穏やかな雲が流れる空の下、新たな姿を手にしたリーナは、ジーク達四人を乗せながら土煙を後方に置き去りにしては、荒野を颯爽と駆け抜けていった。




