十五話 ルルとララ
亜族の大陸内にて、もっとも西に位置する辺境の街、かつて魔導士ナオヒロとジークが最初に訪れた小さな街にて一つの家族の姿があった。
「お母さん、ルルもハピに行くー!」
「ルルも? いつも言ってるけど、外は危ないから隣のおじいさんの家でお留守番じゃダメ?」
「ルル、もう十歳だもん! お利口さんにできるもん!」
ルルとその母親は二人で暮らしており、母親はハピへ行商に月一度ほど出向いているのだった。
イタチのような姿の獣人で、ルルの茶色く長い髪は、やや下の位置でツインテールにしてあり、丸型の小さな耳、クリっとした丸い目、ふさふさの大きめの尻尾を持つ少女だった。
ルルは赤いニット帽を頭から被ると、帽子は耳の形が出るほどピタッとしていた。いつもならお隣のおじいさんに行商の間はお世話になるのだが、最近誕生日を迎え十歳になったことで母親と初めての行商へ同行したくてダダをこねていた。
帽子を被ると、テコでも動かないという意思を見せるかのように、リヤカーの開いてるスペースへ乗り込んでは荷台に強く掴まっていた。
「しょうがないわねー。ちゃんと言うこと聞くのよ?」
「うん!」
娘の姿に折れた母親は了承すると、ちょうどやって来た護衛の獣人達と合流し、ハピへと向かったのだった。
「「「「「カンパーイ!」」」」」
村の再建を果たした俺達は、お祝いの宴を開くために仕事に来ていたハピの住民達も含めて、旅館の大広間へと腰を下ろしていた。女性陣は先に厨房へ行ってもらっていたので、多くの料理を作ってもらってはそれが目の前に豪勢に並んでいる。
俺は試験がてらに簡易型のビール製造サーバーと、ワイン製造サーバーを作り、ムタの指輪から麦とブドウを受け取ってお酒を提供してみることにした。
「ぷっはーーーー!」
「うめええええ!」
「こんなの、初めてぇぇぇ」
「まずい! もう一杯!」
どうやら初めてのアルコールの評判は上々のようだった。これなら工業区に生産工場を建設する予定も組み込んでおく必要性がある。
みんなほろ酔い気分で、お酒と料理を堪能していているといつの間にかそれなりに時間が経っていたようだった。そのまま酔いつぶれて寝る者もいたが、せっかくの打ち上げなのでそのまま寝かせてやることにした。
特別に旅館の客室を解放し、今日だけはそこで休むことを許可しておいた。
ちなみに大浴場は事細かに説明し、入浴ルールについてはきちんと理解させておいた。好き勝手にさせるのも嫌なのはあるが、水場でふざけては怪我へと繋がる危険性がある。それに毎日風呂に入って体を清潔にすることで、病気も防ぐことが出来るからだ。湯船制御装置『しみるんです』が制御を行っているから入浴時間については自由に使用することをにしていた。忘れちゃいけないのが、覗きを行った者にはミラの厳しい鉄拳が下るのも、ルールの一つだった。
宴もお開きとなり、俺は酔っぱらって寝ているミラをおんぶして家へと帰っていた。隣にはマインもいる。ミラは苦みのあるビールはどうやらダメだったみたいで、ワインを飲んではいたのだがいつの間にか寝てしまっていたのだ。見た目はどう見ても子供なのだが、これでもミラは十五歳らしい。獣人は十五歳で成人となるようで、年齢的には大人なようだ。俺の肩によだれを垂らして、たいそう立派な大人である。だが、そう考えると井戸税が十五歳以上を対象にしているのも自然と納得いった。
「う~ん……むにゃむにゃ。凄い切れ味です……」
「む? 寝言を言ってるみたいだな! 可愛い奴よ!」
「可愛い寝言か?」
アルコールのことを言ってるのか、刀のことを言っているのか、考えなくても分かるか。変態だしな。
家へと着くとマインは自分の部屋へと戻り、俺はミラの部屋に行っては背中で寝息を立てている変態をベッドに寝かせた。
すると、ミラは寝ぼけているのかベッドへ降ろした瞬間、俺の首に腕を巻き付けてきた。
「お、おいっ――」
バランスを崩した俺は、仰向けに寝るミラの上に覆い被さるように倒れた。
ハッと顔を上げると、すぐ目と鼻の先にミラの寝顔がある。こんな間近で見たことはなかったので、無意識にそのままミラの顔を見つめてしまった。
幼いと思っていたミラの顔は、湿った唇が月夜で淡く輝き、軽く開いた口から零れる小さな吐息を肌で感じ、普段とは違う少し大人の色っぽさを纏わせているその姿に――俺は自然と吸い込まれていきそうになった。
(綺麗だ……)
《ほほ~う!》
つい無意識に心の中で呟いてしまった一言に、リーナがわざとらしく意味深に反応したので俺は現実に戻った。
危ない危ない、雰囲気に飲まれるところだった。俺はロリコンではない、俺はロリコンではない……。
そう自分に言い聞かせ、ミラが寝静まる部屋の扉をそっと閉めては、地下にある自分の部屋へと戻って行った。
次の日になると、家に村長が朝から訪ねてきた。どうやら話があるらしく、役所へ来てくれとのことだった。
俺とミラとマインの三人は役所内にある多目的ホールへと着くと、そこには再建を手伝ってくれたハピの住民達が集まっていた。代表の男が一人前へ出るなり一礼してきたので、仕事の満期となったことで帰りの挨拶でもするのだろうと俺は思っていた。
だが、どうやら違ったようだ。
「仕事で来た俺達ですが、出来上がったこの村に感動しました! ぜひ移住させてもらえませんか!」
ハピの住民達は帰りの挨拶ではなく、実際に作業を手伝うことで変わりゆく村の様子を目にし、そして自分達の行いも含めて完成した村に感動を受けていたようだ。そこで、ハピからビビレッジへと移住の申し立てをしたのだった。
ジークは顎に手を当てると少しばかり思考した。
ふむ。悪い話ではないな。本来なら手を借りない予定だったが、実際こいつらの協力もあって村は予定よりも早く完成することが出来た。それに村の連中とも問題は起きてないし、何よりこれから先の物資の生産体制へと人員を組み込めるなら俺としても願ったり叶ったりだ。だが……
「悪いが俺一人では決められない。ここの代表は俺ではなく村長だからな。それにお前らの街の領主のジルにも話を通さねばならない」
「そうですか……」
ジークの返答に大きく肩を落とすハピの住民達。しかし、気を落として暗い表情を浮かべる住民達は、次のジークの言葉で一つの希望を見出した。
「だが、条件をクリアできたなら俺がなんとかしよう」
「ほ、ほんとですか!」
俺が付けた条件、それは――。
仕事の期間延長という名目で数日間をここで働いてもらい、その働きぶりを評価するというものだ。予定では満期はもう少し後だったから問題はないだろうし、なによりタダ飯を食わせるつもりはないので、仮に移住したとしてもこいつらが使えるかどうか判断する為でもある。
そして次の日になると、さっそく村の特産品の生産体制が始まった。臆病犬とハピの住民達による総勢八十人ほどの村全体の仕事が開始だ。
まず村の顔である役所では、基本は村長とムタと女性スタッフ数名が滞在し村全体の管理を行う。
次に、観光区に建設した旅館では厨房に数名設置し、料理と掃除などを行ってもらう。食事をする場合はここを利用してもらうからだ。二十ある小ぶりの建物は商店街にする予定なので、これは一旦保留としておく。なにを販売するかは俺が決めることもあるだろうが、基本は村長とムタに任せておく。
工業区では、四棟の生産工場を新設した。
1.アルコール発酵生産制御装置『へべれけ』が設置してあるアルコール生産工場。ここではビールとワインを主に生産する。
2.全自動精米制御装置『しろめしだよ!』を設置してある精米工場。基本的には白米を生産する予定だ。工場には低温倉庫があり、ここに袋詰めにした製品を保管できるようにしてある。
3.コーヒー豆焙煎制御装置『苦汁君』を設置してあるコーヒー豆生産工場。ここは地熱エネルギー変換装置『あったかいんだからぁ~』による高温蒸気を制御し、コーヒー豆を過熱水蒸気焙煎方法により生産する。
4.全自動携帯魔通機製造装置『もしもし』を設置してある携帯魔通機生産工場。この携帯式魔石通信機は、ジルから譲り受けた会話のできる水晶を解析したデータをキッカケとして生み出した。魔力の溜めれる人口魔石をバッテリーとして組み込み、リーナとの協同研究・開発を行って作り出した通信機械――携帯式魔石通信機、通称「魔通機」だ。
携帯できる小型の折り畳み式になっており、内部は半魔導体式制御装置『やればできる子』によって様々な制御を行う。声の振動による音波を、一度『やればできる子』にてデータ保管し、それを魔力に乗せて個別魔力登録してある相手へと送り、保管してあったデータを音波に変換して届けるといった仕組みだ。有効範囲は四千キロメートル以内、それ以上遠い相手だと圏外となる。上部には液晶ディスプレイを搭載し、下部に設置してある様々なボタンにて上部ディスプレイ内の表示を切り替えられる。基本的には魔通帳を開いたりメールするくらいしか出来ない。ここにはインターネットという概念と機能が無い以上、基本的なことしか出来ないからだ。
だがこれで、村のライフラインとして上水・下水・電気・通信についてはクリアした。ガスは使う必要ないので除外だ。
この各工場では十名ほど従業員として割り振ってある。
そして最後に農業区には三十名ほどの従業員を割り振ってあり、収穫や栽培などを行わせる。ここでは栽培制御装置『そだつんです』の制御により、収穫スピードと製品の質を高める為に作物に魔力を与えては急速な成長を促進させている。
――一週間後。
各自に正式な役割が与えられたことにより、全員が自分の仕事を意識してしっかりと働いていた。仕事の後は疲れた体に旅館のおいしい料理・お酒と、体温まる温泉を満喫でき、みんな活き活きとした表情で日々の生活を送っていた。
これなら大丈夫そうだな。ジルの所へ行ってみるとするか。あいつにも魔通機を渡さねばならないしな。
実は移住について村長はすでに許可しているので、あとはジルだけだったのだ。
ちなみにミラの魔通機には犬の小さなストラップが付いている。マインはうさぎで、俺はカエル。意味はない。
マインに村を任せ、俺はミラを連れてジルに会いに行くことにした。
「よし、ミラまた勝負してみるか」
俺がちょっと意地悪気味に言うと、ミラはふっと笑みを込めてはわざとらしく髪をかき上げ、ドヤ顔をしながら口を開いた。
「もちろん受けますよ。私はあの時よりも成長していますから。今度はそう簡単に――」
「スタート」
――ビューン!
「って、ええええええ!? ずっるーーーーーーい!」
ミラの叫び声は、平然と言葉を遮って走り出していた俺には届かなかった。
先にハピへと辿り着いていた俺は、ミラが来るのを街の外で待っていた。先に街へと入ってしまったら余計に空気を食わせることになるからだ。
程なくしてやって来たミラは、案の定頬を盛大に膨らませていた。どうやら余程空気がうまいらしい。
「……ずるい」
「大人は何度も繰り返すんだよ」
「……私も大人だもん」
ジルの部屋の前へと来た俺は、口元を少し上げてはミラをその場に待機するよう指示を出した。
「いいかミラ、俺が呼びかけるまではここにいろ」
「……はぁ。またなにかするんですね」
ジークの思惑を察したミラは、小さく溜息を尽くと呆れたように呟いていた。
俺は小さな目玉の身体になると、翼を生やしては領館の庭へと飛翔した。部屋では換気の為にジルが窓を開け放っているのは知っていたのでそこから侵入する為だ。ハエよりも小さくなっている俺は、ジルに気付かれることもないまま侵入することに無事成功した。
机を前に仕事をこなすジルの真上に位置するよう移動し、天井に張り付くようにして人間の姿を解放した。今の俺は天井に張り付きながら無防備なジルを見下ろしている形だ。まさに絶景だった。
俺は『空間収納』から小さな小石を取り出し、ジルの机の上に落とした。
ジルは急に降って来た小石を手に取ると、不思議そうに首を傾げ、小石が落ちてきた先へと天井を見上げた。
そして、天井に張り付いている俺と、当然のようにジルとの目が合った。
「ごきげんうるわしゅう!」
「きゃあああああああああ」
まるで女の子のように叫ぶジルは後ろから椅子ごとひっくり返り、盛大に床を転げ回っていた。
「ミラ、いいぞ」
俺は満足したので床へと降り立ち、扉の外にいるミラに声をかけてはソファーにふんぞり返った。
部屋に入ってきたミラは、床で転げまわるジルを目にするなり小さく溜息を尽くと、やれやれといった面持ちで俺の隣へ腰かけた。
「おいジル! いつまで遊んでいるつもりだ」
「あなたのせいでしょう!」
「人のせいにするな、ミラの教育に悪いだろうが」
頭を抱えながら向かいのソファーへと腰かけるジル。
ミラが何か言いたそうに横目で俺を見ているが、気付いていない振りをしておくとしよう。
「それで、今日はどうしました?」
「無事に村が再建したんでな、その報告だ」
「おお! それは良かった。予定より早かったところをみると、ここの住民達も頑張ってくれたようですね」
「ああ、十分に働いてくれた。それと、これをお前に預けておく」
俺は『空間収納』から魔通機を取り出し、ジルに見えるようにとテーブルへ乗せた。
ジルは首を傾げ、手に取ってはマジマジとそれを観察している。
「これは?」
「村で生産を開始している個人用通信機だ。使い方を説明する」
俺はジルに魔通機の取り扱い方を説明し、実際に俺の魔力を登録して試行させた。
「あーあー、聞こえますか」
「ああ、問題ない」
「これは凄い! 声も鮮明に聞こえますね!」
実際に使ってみることで、ジルも性能や扱い方を理解したようだった。
ジルは俺の魔通機に付いているカエルのストラップを見るやいなや、自分もなにか欲しいと言い出したので小さな"考える人の像"のストラップを作ってやった。やはり気に入ってたようで大変ご満悦のようだった。
「だが本題はこれではない」
「というと?」
「村に仕事で来たハピの奴らが全員移住したいと申し出てきた。どうやら感動を受けたそうだ」
「そうでしたか……なるほど」
ジルは顎に手をやり少し思考すると、おもむろに口を開いた。
「どうせ、許可しろと言うのでしょう?」
「相変わらず察しが良くて助かるな。村では魔通機も含め、ほかにも大掛かりな生産体制が開始されているんだ。こちらとしても人手が欲しい。村長も許可を出している」
「それは素晴らしいですね! ジークさん、住民達の住むところは十分に確保されているのですよね?」
「ああ。村に住む以上、最低限満足いく生活環境を提供しているつもりだ。それでも、ここよりかは遥かに快適なはずだぞ」
「ははは……それは耳が痛いですね。でしたら、移住希望者を募ってみましょうか?」
「いいのか?」
「ええ。私は住民達の意志を尊重しますし、移住先があなた達のいる村ですので、ハピとの繋がりが無くなるわけではないですからね。そちらで人手が増えれば、ハピの街もより豊かになることでしょうし」
「ああ、約束しよう」
こうして、村に来ていたハピの住民達の移住許可は下りたのだった。そして、ハピの街にいる他の住民達にも移住希望者には許可が与えられたのだった。
ジルとの話を済ませ領主館を出ると、時間は昼時だったので俺とミラは昼食にすることにした。
「いらっしゃいませー! あ、お久しぶりですね!」
前に利用したことのある、うさぎの店員がいる飲食店だ。
俺達はテーブルへと案内されると、メニューを見るより先に店員が声をかけてきた。
「日替わり定食二つでよろしかったですか?」
「はい! お願いします!」
今日は違うのを食べようかと思っていたのだが、元気に即答するミラに俺はもはや何も言えなかった。
食後には頼んでもいないのに口直しにと店員がお茶を運んでくれた。なかなかにサービス精神のある奴のようだ。
俺は会計を済ませると、店を出る前に店員にあの話を持ち掛けてみた。
「なあ、近々ジルから案内が回ってくるかと思うんだが、俺がいる村へここの住民の希望者は移住が可能になる。個人的にあんたを引き込みたいんだが、どうだ?」
「え!? そんな話があるんですか?」
「ああ、詳しくは回覧による案内にあると思うからそれを見てくれ。一応簡単に説明すると、住む場所は最先端技術による快適な所だ。体を毎日清潔にできる温泉という施設があるから、女性にも人気が高い。村だから井戸税は免除されるが、村民税として少しは治めてはもらうようにはなるがな。それでも井戸税よりは安いぞ? 料理の腕もいいし、愛嬌もサービス精神もあるあんたをそっち方面で村に引き込みたいんだが……考えておいてくれるか?」
「話だけ聞くと、すごく興味をそそられるわね! そうねぇ、案内が来たら前向きに検討してみることにするわ」
「助かる。じゃあ、またな」
店から出ると、俺とミラは街の外へと向かった。
すると、外へと出たと同時に俺は誰かの大声を聞いた。
「返して! それはママのお金だよ!」
声のした方を見ると、そこには母親と娘で行商に来ているかの様子の二人と、腰に武器を持った男達五人がいた。母親は地面に座り込み、殴られでもしたのか頬が少し腫れている。娘はそんな母親を守るように前に立っては男達を睨みつけている。
「返して!」
娘は再びそう言うと、自分とは体格の違う男達に堂々と近づいて行った。
「うるせー!」
「きゃああ」
「ルル!」
一人の男が近寄ってくる小さな女の子を殴り飛ばし、母親が娘に寄り添っては強く抱きしめている。
唇が切れたのか、口から少し血を流す娘は自分を抱きしめる母親の腕を優しくほどき、再び男達に近づいていった。
「返してよ!」
「ちっ、しつこいガキだ」
一人の男が腰に携えていた剣を引き抜くと、目の前の少女目掛けて大きく振りかぶった。
咄嗟に目を閉じる娘だが、いつまで経ってもやってこない衝撃を不思議に思っては、ゆっくりと目を開けた。
すると、娘の目の前には黒い髪に黒いローブを纏った男の背中があった。自分に向かってきたはずの剣を、その男は左手で握りしめて止めていたのである。その男とは――そう、ジークである。
「後は任せろ」
ジークは後ろにいる娘へ背中越しにそれだけ言うと、五人いる男達を殴っては一瞬で視界から外れるほどに吹き飛ばしていた。
自分の常識では考えられないその光景に、娘はただただ座り込んだまま放心していた。しかし、突如目の前に映った見覚えのある小さな袋を目にしては、ハッと正気に戻った。それは、男達に盗られたはずの母親の財布だった。
ジークは男達を殴り飛ばす際に、これを見つけ出しては取り返していたのだ。
そして今、地面にペタンと座り込む娘の目の前にジークは同じ目線になるよう膝を落とすと、それを手渡した。ジークはそっと娘の頭に手をやると、一言だけ口を開いた。
「よく頑張ったな」
優しく呟くその一言に、娘は先ほどまでの恐怖による緊張の糸が一瞬で解けたのか、その瞳には涙を溢れさせていた。そして、目の前にいるジークの胸に飛び込み、ぎゅっとしがみついては大きく体を震わせながらわんわん泣いていた。
突如、ジルの部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
――バン!
「おい、ジル!」
「わあああジークさん! いきなり扉を開けるのはシンプルに驚きますが、あなたにしては珍しいですね。忘れ物ですか?」
「お前に文句を言いに客を連れてきた」
俺はジルの部屋の扉を蹴飛ばしては強引に開け、連れてきていた親子を部屋に入れた。そして親子をソファーに座らせ、俺とミラはその後ろに立っている。
ジルは親子と向かい合うようにソファーに座ったので、俺はそれはそれを合図とするかのように事の顛末を説明した。。
「――ということだ。街の周囲も警備くらいしておけ! バカ野郎!」
俺の怒声に少しビクッとさせる娘の肩を抱きながら、母親が申し訳なさそうに口を開いた。
「あのようなことをする人達とは知らずに護衛に雇った私が悪いんです。みなさんごめんなさい」
「いえ、そう言って終わってしまうようなことではないんです。私は、魔物の脅威がないに等しいゆえに、街の中だけで住民達の安全を守るために警備団を配置していました。……ジークさんが怒っているのはそのことについてなのです。街の住民だけではなく、この街『ハピ』に訪れている人の安全も確保しろ。そういうことですよね?」
「ああ、そうだ。今回の件もしかり、ムタ以外の村の奴がこっちに訪れることもないわけじゃない。住民だけではなく、街そのものとして視野に捉えろということだ」
「ええ、まったくその通りだと思います……。怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
ジルは深々と親子へ頭を下げると、真剣な面持ちを浮かべては一つの提案を口にした。
「どうでしょう。この度の不祥事を挽回させていただく為にも、よろしければこの街へ移住しませんか?」
「え? この街に?」
ジルの突然の提案に、母親は目を丸くして驚いていた。
「面倒な手続等は私の方で全て請け負います」
「そ、それはありがたいお話ですが……ほんとにいいのでしょうか」
「私の管理不届きですから、責任を取らせていただけるなら私としても助かります」
「そう……ですか」
「この街にお引越しするの?」
娘が母親の服の袖を引っ張ると、首を傾げては上目遣いで母親を見つめている。
「ルルはこの街に引っ越したい? ここは広くて、色々おいしいものもあるわよ」
娘は少し考え込むと、後ろにいるジーク達に目を向けた。
「お兄ちゃんたちもこの街に住んでるの?」
「いや、俺達はここから近い村に住んでいる」
ジークのその言葉を聞くと、娘は母親の服をグイグイと引っ張った。
「ルル、お兄ちゃんたちの村に住みたい!」
「「「「え?」」」」
俺、ミラ、ジル、母親の声が綺麗に重なった。俺達四人は互いに顔を見合わせると、ジルがおもむろに口を開いた。
「それでしたら、今度この街でもその村に移住を希望する者に許可を出す案内を回す予定ですので、村に住むにしても一度この街に移住手続きをして、その後村への移住の手続きをすれば元の街の領主にも角が立たなくなるでしょう。なにしろこの街とは友好的な関係を結んでるとはいえ、その村は臆病犬の村ですから」
「ああ、なるほど」
母親はミラの容姿を思い出したのか、納得したようだった。
「どうでしょうジークさん?」
「まあ、俺は構わないが」
「私もです!」
「ありがとうございます……ルル、お兄さんたちの村に引っ越す?」
「うん!!」
元気よく返事をする娘の姿に、母親もジルの提案に了承したようだった。
「では、手続きはすべて私がやっておきます。荷物などは申し訳ありませんがお願いしますね」
「はい、ありがとうございます……お世話にならせていただきます」
話を終えた俺達は、親子が行商に使っていた馬はジルに買い取らせ、リヤカーの荷台に親子とミラを乗せると、俺はそれを触手で釣るようにして飛翔していた。
最初の街へと着き、俺は極力この街の中へは入りたくないので外で待機することにした。親子にはミラを同伴させて、駄犬専用首輪に荷物を収納させた。分別など時間のかかることは、村に着いてから親子がゆっくりとやることが出来るからだ。
戻って来た三人をリヤカーへ乗せ、俺はビビレッジへと向かって飛翔したのだった。
「きゃはは! すごーい! はやーい!」
荷台に乗って、娘は高速で流れゆく景色を眺めながら空の旅を楽しんでいた。母親は目を瞑り、荷台に必死に掴まっては体を小さくしていた。
村へと着いた親子は、今まで見たことのない村の風貌に目を丸くして驚いていた。
俺は歩きながら母親に村の概要を軽く説明し、落ち着いたら好きに見て回っていいと告げていた。
住民用マンションへと着き、この内の一室をこれからの親子の家として提供することにした。
「すごいすごーい! これはなに!? これは!?」
娘は好奇心旺盛な年頃なのか、ミラに質問をしまくっては大はしゃぎで部屋の中を走り回っていた。
そんなルルの姿に微笑みを零す母親は、静かに俺へと顔を向けた。
「こんな凄い所は見たことありません。何がなんだかわからないことだらけですが、ゆっくり慣れていきたいと思います。ルルと一緒に、がんばっていきます。本当にありがとうございます」
「直に慣れていくさ。だが、村に住む以上働いてはもらうようになる。村を見て回る時には仕事をしている住人達の姿も見て、どんな仕事をしたいかも考えながら回って欲しい。荷物の整理が終わったら、さっき通ってきた役所に村長がいるから顔を出してくれ。村の案内も役所の奴がやってくれるはずだ」
「わかりました。お手数をおかけしました」
母親との話も終わり、俺はルルのおもちゃにされているミラに声をかけた。
「帰っちゃうの?」
突然、俺達が帰ることを察したのか、娘が不安そうな顔で近寄ってきたので俺は腰を落として娘の頭に手を乗せた。
「今日からここがお前の家だ。いい子にするんだぞ。落ち着いたらお母さんと一緒に家へ遊びに来い」
「うん!」
「よし、いい返事だ」
頭をポンポンしてやると、娘はとびきりの笑顔を浮かべていた。
俺達は親子と別れ、住民用マンションを出ると横を歩くミラはそっと体を寄り添わせてきた。
「いい暮らしをさせてあげたいですね」
「そうだな」
こうして、このビビレッジに新たな家族が移住してきたのだった。
元気活発な女の子『ルル』と、優しい母親『ララ』だ。




