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一話 始まりの時

初めての作品です。思ったこと、感じたことをありのまま書いているので、至らない点も多いです。しかし楽しんでもらえたならば、作者も嬉しいです。

――立派な人間になろう。


 幼い頃からずっと心に宿してきた、人生の目標であり生き方だ。大人になってもその思想は変わらず、永遠のものとして今では染みついている。


 二十五歳へと成長した星空緑(ほしぞらみどり)こと俺は、揺れる船の窓際から覗かせる広大な海を見つめ、ふと昔を思い出す様に呟いた。


「あれから十五年か……」






 父親はハッキリ言って最低な奴だったと思う。思うと言うのは、父親に関しての記憶が曖昧にしか残っていないからだ。

 仕事も長続きせずに転々とし、家に帰って来ても毎日酒を飲んではそこらに八つ当たりしていたな。たまに母さんに向かって怒鳴り散らしていたのも覚えている。


 そんな父親だったからこそ、当時の俺も当然好きにはなれず、今となっては悪い印象の記憶しか残っていない。そんな父親に対し何も言い返さず、じっと耐えている母さんの姿と共に――。




 ある日曜の朝、母さんが台所で弁当を作っていた。

 父親は仕事に行き、家には母さんと幼い頃の自分だけ。


 父親が家を出てからも弁当を作り続けている母さんの姿に、言葉なくとも俺はその意味を理解出来ていた。


「お母さん! 公園に行くの!?」


 浮足立つ感情そのままに、ぴょんぴょんと体を軽く跳ねさせながら母さんを見上げる。

 そんな俺に、母さんは優しい微笑みを浮かべながらエプロンで手を拭くと、同じ目線になる様しゃがみ込んだ。


「正解! お母さん、お給料入ったの」

「やったぁ!」


 母さんはたまに弁当を作っては、車で少し離れた所にある公園へと、俺を遊びに連れて行ってくれていた。

 当時は気付かなかったが、今思えば贅沢な生活など出来る家庭ではなかったんだと思う。まともに仕事が続かない父親に代わって、母さんが近所のスーパーで長い時間働いていたし、収入のほとんどが母さん頼みだったはずだ。


 旅行はもちろん、遊園地や動物園、ゲームセンターなども俺は行った事が無く、ゲーム機すら持っていなかった。

 同じ小学校の友達からそんなエピソードを聞くと、物凄く羨ましくて母さんに何度も駄々をこねたこともあった。遊びたい盛りだったし、家庭の事情を良く知らなかった故に。



 その度に母さんは俺を抱き締めて、小さく呟くのだ。


 ――ごめんね、と。



 何度かそんな母さんの反応を目にすると、幼いながらも母さんが悲しんでいる様子が分かってきた。

 俺はいつしか駄々をこねるのは止め、母さんを悲しませないようにと考える様になっていた。


 自分の我が儘よりも――、悲しむ母さんの姿を見たくなかったから。



 母さんは少しでも俺を喜ばせたかったのだろう。給料が入ると弁当を作り、公園に連れて行ってくれる時があった。俺はそれが素直に嬉しかったし、公園で母さんと一緒に遊ぶのは楽しかった。



 公園へと向けて走る車の中、母さんがおもむろに俺の頭を撫でてきた。


「今は公園くらいにしか行けないけど、そのうち遊園地や動物園にも連れて行ってあげるからね」


 優しく微笑む母さんに、俺は首を横へと振る。


「お母さんと公園で遊ぶの、楽しいから平気だよ! 遊園地だったら、僕が大きくなったらお母さんを連れて行ってあげる!」


 俺の言葉に、母さんは目が少し潤んでたと思う。ハンドルを握る手に力が込められ、唇を小さく震わせていた。


 優しい母さんだから、大好きだから――、守ってあげたいと思えるんだ。



「僕ね! 大人になったら立派になる! そしてお母さんを守ってあげる!」


 それは、強い決意。

 自分なら母さんに守られている、だけどそんな母さんは誰が守る?

 あの父親では当てにならない。だから、母さんは俺が守るんだ――と、父親の姿を脳裏に浮かべながら、その時から心に強く思い始めたのだ。



 母さんは頬に涙を伝わせ、唇を噛み締めながら何度も俺の頭を優しく撫でていた――。



 公園の場所は、確か大きな橋を渡ってから少し先にあったのを俺は覚えていた。

 橋の丁度真ん中くらいに差し掛かった時だろうか、あまりにも突然に、予想もし得ない事故が起こったのだ。



 強烈な閃光、耳をつんざく轟音――。爆発と思えるその衝撃は、激しく舞う黒煙と共に橋を崩落へと導いた。


 何が起こったのか分からず、ふいな落下の感覚をただ体で感じていた時――、不思議な声が聞こえた気がした。



《核の生成開始。――予測演算中。十五年後に生成の完了を実行》



 朦朧とする意識の中、必死に呼びかけてくる母さんの声が聞こえた。


「……み、緑。よく聞いて。生きるの! 絶対に生きるのよ! い、今まで何もしてあげれなくてごめんね」

「お母……さん?」


 薄っすらと開いた視界の先では、今まで見せた事のない焦りの表情を浮かべる母さんの顔が映っていた。そしてなぜか俺の服を脱がし、早口で言葉を繋ぎ出す。


「いい? 車の外に出たら、川から上がれる所まで泳ぐのよ!」


 そして母さんは俺を抱き締めると、涙を流して声を震わせた。


「……みどりが立派になるって言った時、凄く嬉しかった。あなたは私の自慢の息子よ。誰にも負けない、立派な人間よ。……愛してるわ」


 開けて放たれた窓から、母さんは俺のことを外へと押し出す。

 俺は全身に冷たい感覚が走ると意識が覚醒し、川の中へと身を投じていた事に気が付いた。


 しかし、いつの間にか車ごと川に浮いていて、自分一人が車から外へと投げ出されている状況に、すぐには理解が追いつかなかった。


「お母さん――っ!」

「お父さんには、ごめんねって伝えてね。……強く生きなさい、みどり」



 そしてその言葉を最後に、俺の視界からは――、母さんが車ごと沈み永遠に消えていった――。




 その後のことはよく覚えていない。

 病院のベッドで横になる俺は、警察らしき人達の話を茫然と聞き流していた。


 後から知った事だが、事故当時――、橋の近くに住んでいた人達が爆発音を捉えて駆けつけてくれたおかげで、水面に浮かぶ俺は無事救助されたそうだ。



 幸い、大事なかった俺はしばしの休養を得た後、父親に手を引かれて病院を背にする形になった。



「お母さんは?」

「……」


 帰路に着いている途中、俯き歩く俺は地面を見つめながらポツリと呟いた。

 父親の反応は無かったけど、握る手が少し震えていたのは覚えている。


「お母さんが……、お父さんにごめんねって言ってた」


 母さんに言われた通りの言葉を伝えると、父親は突然足を止め、嗚咽と共に大きく肩を震わせていた。




 その足で父親に連れられた先は家ではなく、父親の実家だった。

 おじいちゃんは俺が生まれる前に他界していて、今ではおばあちゃんだけが住んでいた。


 父親は俺には何も告げず、ただ俺の事をおばあちゃんに預けて姿を消していった。それ以来は会ってもいないし、連絡も取っていない。



 俺はその時から、おばあちゃんとの二人暮らしが始まったのだ。


 中学に上がると、亡くなった母さんに誓った”立派な人間になる”ことを意識し、俺はひたすらに勉強へと打ち込んだ。


 ただ夢を追い求めていただけじゃない――、何もしないでいると孤独感が襲ってくるからというのも確かにある。だけど、自分で決めて約束した事なんだ。それを守れないようじゃ、天国の母さんに顔向けが出来ない。



 遊びには一切目もくれず、時間の許す限り勉強へと費やす日々。いつしか地球上に存在する、ありとあらゆる分野にまで片っ端から手を付けていた。


 都会の有名進学校に通い、一流大学を卒業後、とある一部上場企業に就職。会社からは、天才的な能力を持っていると評価され、入社後わずか二年で課長の肩書きを手にするまでに至った。


 あの日から俺を育ててくれたおばあちゃんには入社後から仕送りをし、出世したと電話で伝えたときは、泣いて喜んでくれていた。




 俺は母さんのお墓に直接報告する為にと、船に乗ってはあの日からおよそ十五年ぶりに地元に帰っていたのである。


 母さんの墓石の前でしゃがみ込み、目を瞑っては顔の前で両手を合わせる。


「母さん……俺、課長になったんだ。立派な人間になるって約束、多分守れてると思う。これからももっと頑張って会社の為、多くの人の為、自分の為、そして母さんの為に努力するよ。それと、大人になってからってのが笑っちゃうんだけど、アニメやゲームなんかも手を出したよ。色々と体験もしたし、いろんな所を見て回ってきた。本当は、母さんと一緒に知らない世界を見たかったんだけどね……」


 夕焼け色に染まる空を見上げ、頬を伝う雫を袖で拭う。

 そして――、母さんの墓標を背にし、ぎゅっと拳を握っては、凛と足を踏み出して行く。


「見ててよ母さん。これからの、俺の物語を――」





 次の日には都会に戻る予定だったが、街中にあるホテルには直行せずに、とある場所へと俺は足を運んでいた。


 そこは今では過去の傷跡の面影も無く、すっかりと元通りの姿になっていた橋。

 橋の中央に立つ俺の胸には、添えた手から伝わるひんやりとした鉄の感触とは逆に、熱いものが込み上げてる。


 目尻に涙が浮かび上がってきた時、不思議な声が聞こえてきた。



《適性者を確認。核の生成を完了。融合準備へとプロセスを移行》



 突然聞こえた謎の声に、驚いた俺は咄嗟に振り返るが、そこには誰の姿もなかった。周りを見渡しても誰もおらず、不思議に思い首を傾げていると、突如に目が眩む程の眩い光が広がり視界が奪われる。


 咄嗟の事で後ろに大きくよろめいた俺は、腰を中心に後ろへ重心が移動した感覚の後、まるで世界が反転するかの様な浮遊感に誘われた。


「マズい――っ!」


 状況を理解した時には、時すでに遅かった。よろめいた反動で、橋から落ちてしまったのだ――。



 背中から水面に叩きつけられると、肺の中の空気が一気に押し出され、激しい痛みが押し寄せてきた。 流されるがままの俺は、川底にある無数の石の絨毯へと体を叩きつけられ、当たり所が悪かったのか左目に強烈な痛みが走る。

 

 朦朧とする意識の中、頭の中へと直接響くような声が届く。



《適性者の生命力が低下。速やかに融合準備から、融合完了へとプロセスの省略を実施。――損傷、損壊部以外の二ヵ所を補完。――完了。転生を開始》



 そして俺は、意識を失っていった――。

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