二つの目的
本来、全種族が決して立ち入ることを禁ずる場所――『不可侵の大陸』に、立ち入る者達がいた。
彼らは、人間の大陸を治める王であるクラマの勅命を受けて派遣された冒険者達だった。
彼らが目にするのは大きな扉。しかし、その扉はすでに開け放たれていた。『神之欠片、核』が眠る、封印の祠の最奥地へと行ける扉だった。
「入った瞬間、勝手に閉まって、閉じ込められたりしないよな?」
「一応、警戒しておくか」
十人いる冒険者達は、警戒しながらゆっくりとその部屋に足を進めると、その中の一人がある物を指差した。
「なあ、あれ」
その方向へ顔を向ける彼らの目に映ったのは、部屋の中で唯一の存在、台座だった。
数名が扉の周辺で警戒し、他の者はその台座を調べていた。
「なんだこの椅子は? とくに罠や仕掛けはないし、これが神之欠片なのか?」
「さーな。椅子みたいになってるし、座ったら何か起きるかもな。よっと――」
一人が台座に座ると、それを見た他の者は慌てた。
「お、おい! いきなり座るなっ――、って何も起きないな」
「うーん。座ってる俺も特になにも感じないぞ?」
冒険者達はそれぞれ顔を見合わせると、手に持つ武器を納めた。
「お宝の一つもなかったな」
そして、冒険者達は静かにその部屋を後にしていったのだった。
俺は、目の前の光景に少し疑問を持っていた。
なぜなら、テーブルの上に並ぶそれはいつもの朝食とは思えないほど豪華だったのだ。いつもならパン、目玉焼きにサラダ、ミルクとかそんな感じだ。だが目の前にあるのは麦飯、チキン、魚の煮物に、サラダ、ミルクだ。
「ミラ、これはなんだ?」
「あ! おはようございます! デザートもありますからね!」
妙にニコニコしているミラが、プリンを乗せた皿をテーブルに運んでいた。
俺は自分の席に座ると、脚と腕を組み、ミラに尋ねた。
「なにかの記念日か?」
ミラは席に座ると、にこっと笑顔を向け答えた。
「えへへー。名前を呼んでくれたお祝いです!」
それを聞いた俺は、椅子から滑り落ちそうになった。
「ま、まあいいが」
「えへへー」
そして食事をしたのだったが、ミラの表情は終始笑顔のままだった。どうやら余程名前を呼ばれたことが嬉しいらしい。今まで犬としか呼んでいなかったのだから、当たり前と言えば当たり前だった。
ミラは食用にと魔物を狩りに行くがてら、鍛錬もするから戻るのは夕方になると告げては出かけて行った。進化もしたし、俺から新装備をもらったこともあり、かなり意気込んでいた。ちょうど俺もやることがあったし、俺にとってもいい機会だった。
それは、ジルに取り入る際に持ち込むネタを煮詰めることだ。
俺はミラを傍に置いている。ミラは俺と違って人だ。だから最低限、まともな生活環境を与えねばならない。この村の住人は、ミラにとって家族のようなものだ。この村の中で、ミラの家に一緒に暮らす俺からすれば住人達を無視することは出来ない。村自体を視野に入れて考える必要性があるのだ。
この村は、争いと迫害を避けて臆病犬の種族だけで成り立っている。お世辞にも裕福な生活ができる村ではない。安い服や食料などを買い与えたりしているから前よりは多少はマシになったが、まだまだ考えさせられる状況だ。
そうして導き出した当面の目標は二つ。村のライフラインの改善と、防衛強化だ。その為に、まず村を細かく見て回って色々と把握しなければならない。
そう決めた俺は家から出て、村を探索し始めた。
「あ、旦那! おはようございまーす!」
「おう」
「あ! ジークの旦那! おざーーーす!」
「うむ」
「ジークの旦那! ちょりーっす!」
「お前はちゃんと挨拶を言えるようになれ」
村の住人達と通りかかる度に挨拶される俺は、段々と顔を引きつらせていた。
挨拶するのはいい。だが、いつの間にか呼ばれるようになった旦那ってのが、ちょっとイラっとくる。『言想ノ神眼』でやめさせるか? いや、やめとこう。アホなことに力を使いたくない。
まだ探索もしてないうちに、住人達と挨拶を交わしていると村長が腰を曲げながらやってきた。
「おはようございますじゃジーク殿。少しよろしいかの?」
「ん? ああ、大丈夫だ」
なにやら用事があるらしく、村長の家で向かい合わせに座ると、真剣な面持ちをする村長が口を開いた。
「最近、村の連中が活き活きしおる。ジーク殿のおかげじゃろうて、この通り感謝する」
何を言うのかと思っていたら、村長は深々と頭を下げてきた。
「なんだいきなり改まって。用があるんじゃなかったのか?」
「その通りですじゃ。この村は、ジーク殿のおかげで前よりも生活がしやすくなった。あの壁にも守られ、みんな安心しておる。しかしじゃ、逃げて隠れることしか出来ないわしらの中から、一人前に進む者が出たのじゃ」
「ミラだな」
「うむ。あんな小さな子が、前と比べれば見間違うほどに強くなった。わしはそんなあの子を見ていて思うんじゃ、本当にこれでいいのかと。逃げて、隠れて、今では守られるだけの生活でいいのかと……そう思うんじゃ」
「何が言いたい?」
「わしらに、戦うすべを授けてはもらえないだろうか」
「……」
真っ直ぐと見つめてくる真剣な眼差しとその言葉に、俺は少し考えさせられた。
「お前達に戦う力を授けたとして、その力はなんの為に使うつもりだ?」
「無論、”守る”為じゃ」
「……そうか、いいだろう」
俺は一言返事をすると、目の前に出されていたお茶に口をつけた。村長は深々とお礼をし、同じくお茶を口にしていた。
逃げて隠れる今の生活から抜け出し、自分たちの足で未来へと進もうとしているんだ……その気持ちを無下にするわけにはいかないだろう。
「要件は終わりか? そろそろ俺は行くぞ」
「はいですじゃ」
部屋を出ようとしたとき、村長が何か思い出したように口を開いた。
「そう言えばジーク殿」
「なんだ」
「少し前に、村の者がミラをからかってジーク殿との関係を聞いた時があったそうでの。その時ミラは、なんと答えたと思いますかの?」
「さあな。主従の関係とかじゃないのか」
「ホッホッホ! ――”家族”、と言ったそうじゃ」
村長は笑いながらそう言うと、目を細めては優しい笑顔を放っていた。
「……そうか」
俺は一言そう呟き、部屋を後にした。
家族……か。この世界で俺は、知り合いも友達も家族すらも、誰一人いないんだったな……。
その後、村を見て歩き時には住人達に意見を聞いては探索を行っていた。
大まかな計画は立てることが出来た。後はこれを実行に移す為に、色々動かなければならない。
夕方になると、ミラが帰ってきたようだ。
「ただいまー!」
「ああ」
「ジークさん! ジークさん! ヤバいです! 大ヤバです!」
ミラが俺の部屋に入ってくるなり、目を輝かせながら早足で近寄ってきた。
「なにがヤバいんだ?」
「もらったあの服! 性能はそのままで、忍装束にもワンピースにも好きに変えられるようになったのも凄いんですけど、刀がヤバいんです! もう、シュン! なんです! シュン!」
「とりあえずお前の頭がヤバいのは分かったから、何を言いたいんだ?」
「ちーがーいーまーすー! 少し魔物を狩ってみたら、ものすごく軽くて使いやすいのに切れ味がキレッキレなんです! それから試しに適当な岩を斬ってみたら、岩もシュン! でした! 慣れるのに苦労しましたよ!」
「ああ、そういうことか。今のお前なら使いこなせるだろうと思ったから渡したんだ。その様子だと大丈夫だったみたいだな」
「えへへー! ヤヴァーい」
ミラは両手を頬に当てながら、クネクネしていた。
刀の切れ味がすごいことに喜んでいるようだ。とんだ変態である。
武器を扱うことに慣れてない者が、下手に取り扱おうとすると、その刃は時に自分へと向かってくる。だから実力をつけるまでは、チタンナイフを使い続けさせていたのだ。
黒影をリーナと作る時に計算ではかなりの物になるのは分かっていたが、実際に使うことは出来ないので実証データは取れていなかった。
武器と防具については作ることは出来るのだが、実際に使用しようとすると磁石の反発のように強烈に弾かれるのだ。持ったりすることは出来る、だがいざ武器や防具としての役目が働こうとすると、拒否反応でも起こすかのようにそうなるのだ。
「あ、夕飯作ってきますねー!」
「ああ、頼む」
ミラは、微笑みながらパタパタと足音を鳴らしては部屋を出て行った。
一緒に住み始めた当初、食事の必要がない俺はミラに俺の分は用意しなくていいと言ったのだが、それをミラは良しとしなかった。食費だってかかるからと、せめて俺の分は浮かそうと思って言っただけなんだが、ミラはそんなことは気にしないと言っていた。俺との食事を作るのが楽しく、それに一緒に食べる方が嬉しいのだそうだ。腹は減らず、栄養も必要ないとはいえ、味覚を楽しむのは俺としてもいいことなので、それ以上は何も言わなかった。
俺はさっきまで作っていた人口魔石を『空間収納』にしまうと、部屋を出た。
魔力を使ってない日は、こうして人口魔石の作り溜めをしているのだ。夜にはミラは普通に寝るし、寝る必要のない俺は、特になにもない場合はこうして魔力を消費し夜に休息していた。すると朝にはちょうど魔力が全快するまで自然回復しているのだ。実際に寝ているわけではないが、魔力を回復させやすいように休息モードへ入るのだ。
――次の日。
ジルが治めることになった街『ハピ』へと行くことにした。ちなみにジルはキツネのような獣人だ。
今日は行商で行くわけではないので、特に荷物は持たない。
そうだ、ただ行くのはおもしろくないな。ミラも行くことだし、鍛錬の一環として勝負でもしてみるか。進化したミラがどのくらい成長したか分かるかもしれないしな。
村を出るとすぐ、俺はその考えを基にミラに持ちかけてみた。
「ミラ、勝負してみないか?」
「ほぇ? 勝負?」
「そうだ。ここから同時にスタートして、先に街に着いたほうが勝ちだ。公平に勝負する為に、俺は空を飛ばない。どうだ?」
「おー! おもしろそうです! じゃあ、負けたらなんでも一つ、勝った人の命令を聞くってどうですか?」
「ん? いいだろう。俺が5から数えて、0と言ったらスタートだ。いいな?」
「はい! これは頑張らなくてはぁ!」
「よし。5、4、3――」
――ピューン!
「あぁぁぁぁぁぁ!! ずるーーーい! どこが公平ですかぁぁぁ!」
俺はフライングスタートを切って遥か遠くに走り去り、ミラがなにやら叫ぶ声だけが響いていたのだった。
二十分後、俺は街の入り口に到着していた。
行商のときは三日かかるのだが、今では音速よりも早く動ける俺ならこんなもんだ。
それから十分後に犬はやってきた。なんだか頬を膨らませ、目を合わせようともしない。
「……ずるい」
「大人は、ずるいんだよ」
「……私も大人だもん」
ふてくされているミラを放置して、俺は街へと進んでいくとミラも後ろからトコトコと付いてきた。
領主館へ着き、ジルがいる部屋の前へくると俺はノックもせずに普通に入っていった。
「やあ、ごきげんうるわしゅう」
「わああああ」
ジルはいきなり入ってきた俺達に驚いたのか、盛大に椅子から転げ落ちていた。
「ノノ、ノックぐらいしてくださいよ!」
――コンコン。
俺はすでに開けているドアに拳を合わせては、わざとらしく叩いた。
「これでいいか?」
「手遅れですから!」
慌てふためくジルを尻目に、俺は部屋の中央にあるテーブルとソファーへ向かって歩いていき、茶色の革張りのソファーに座ると、背もたれに両腕を乗せ大きく脚を振りかぶって組んだ。
俺の横にはミラがちょこんと座り、まだ頬をふくらませている。口の中になにか入っているということにしておこう。
片手で頭を押さえながら、ジルが向かい側に座った。
「近々訪ねてくるだろうとは思ってましたが、こんな登場だとは思っていませんでしたよ。これでは命がいくつあっても足りないですね」
「命は一つだろ」
「ええ、ええ、そうですとも! その一つがさっき失われそうになったのですよ!」
ジルは顔を引きつらせながらも笑顔を作っていた。そして次の発言で、ヘマをした。
「ところでそちらの子ど――」
言いかけたジルは言葉を止め、その瞬間に顔を蒼白させた。
それは、ジルの背後へと瞬時に移動したミラが、ジルの首に黒影をキラリと当てていたからだ。
「子供扱いしないほうがいいぞ。今は……ご機嫌斜めだからな」
「す、すみません」
両手を上げるジルにミラは静かに武器を収め、もの言いたげな面持ちで俺の横に戻ってきた。
「はぁ、では話を聞きましょうか」
「そうだな、二つほどお願いがあってな。なに、大金をせびるとか無茶なことではない」
「お願い……ですか」
「この街と、ある村との貿易を図りたい。これが一つ目だ」
「ある村とは?」
「こいつの村だ。俺もそこに住んでいる」
そう言って俺は隣に座るミラを指差した。
「臆病犬の村ですか。彼らは隠れ住んでいます、近いのですか?」
「馬で三日ほどだ」
「そ、そんな近くに住んでいたとは。何を求めてらっしゃるのですか?」
「村に住む者の衣服や食料、薬などの生活に関する物を定期的に欲しい。こちらとしては村の特産品など、この街では手に入らない物を売る」
「なるほど。そのくらいなら可能ですね」
「運搬方法としては通常の手法ではなく、こちらの指示通りにしてもらう」
「……というのは?」
「これを使う」
俺はおもむろに取り出した黒い指輪をテーブルに置いた。
「これは?」
「空間収納の効果が付与された俺特製の指輪だ」
それだけ説明すると、俺は試しにその指輪を使った。
羽の彫刻が施してあり、そこから出し入れが出来る仕組みになっている。実際にそこから、ある彫刻像を出してテーブルに置いた。ヒマな時に適当に作った”考える人”の像だ。意味はない。
「こ、これはすごい。どれだけの収納が?」
「収納できるサイズ、量に限りはない」
「なんと、まぁ」
「街を代表する商人を一人用意して欲しい。その者と、こちらから用意する者とで基本的にはやり取りする形だ。ただ、信用のおける者が絶対条件だ」
「分かりました。それは受けましょう」
「よし。次に二つ目、腕の立つ者を戦闘指南役として借り受けたい」
「それは?」
「隣にいるのは俺の一番弟子みたいなものだから特別だ。他の住人達は普通の臆病犬で、自己防衛することも出来ない。それゆえの指南役だ」
「理解はしましたが、それならあなたが行えば一番いいのでは?」
「そんなヒマに見えるか?」
「はぁ……そんなことだろうとは思いましたけどね。ええ、分かりましたよ。受けましょう」
「そうか」
「しかし腕の立つ者となると、警備団の中からだと……うーん。ここは亜族の大陸内で『不可侵の大陸』に近いとは言え、妖精の大陸にも近いのでその加護で魔物が近づきにくい場所に位置しているのですよ。ですから、ここの警備団はそれほど強い力は持っていないのです。そう考えると希望に添えれそうな者は……あ! あの人なら……いやダメか。ちょっと、人選は時間をいただいてもいいですか?」
考え込みながらそう話すジルの言葉の一部が、俺は少し気になった。
「あの人とはなんだ?」
「古い友人なのですが……変わり者なので、きっと動かないです」
「腕の方は?」
「ここの警備団とは比較にならないほどの力はありますね。たった一人で隠れ住んでいるのですが……居場所を知るのは私くらいでしょうね」
「ほう、興味があるな。一度会ってみたい」
「無駄足になるかと思いますが……」
「かまわない」
「……分かりましたよ。一応紹介状を準備しておきます」
「うむ。これで以上だ」
ジルはやっと解放されたかと安堵の息を吐くと、ジルは自分の執務用のテーブルがある椅子へと戻った。
俺はそんなジルを見て、一つ意地悪をしてみたくなった。
「なあ、ここはお茶の一つも出さないのか? うちの成長期がご立腹だぞ」
「ほぇ!? いきなりなんですか!」
急に話のネタにされたミラは、口を尖らせては肘で俺をつつき出した。
俺の言葉にジルは溜息を一つ付くと、真珠のような物を取り出し、それに向かってジュースとプリン
と声をかけていた。
「それはなんだ?」
「ああ、これは昔さっきの話の友人からもらった物ですよ。館内に何個かあって、これを通して話が出来るんです」
ほう、そんな物があるのか。物作り検定一級の俺からすると、かなり興味が惹かれるな。
「どのくらいあるんだ?」
「もらったのは全部で四つですね。置いてあるのは、正面入り口、厨房、兄上用、そして私用のこれです」
「あのバカのは使ってないんだろう? それをよこせ」
「まあ、本人は牢獄ですので構いませんけど」
すると、ドアをノックする音が部屋の中に響いてきた。
ジルの返事で入ってきたのは、ジュースプリンを持ってきたメイドだった。
ミラは、目の前に置かれたプリンを見るなり目を輝かせ、一口食べてはトロけるかのような表情へと変えて大変ご満悦のようだ。
「お口に会いましたか? お嬢さん」
「おいしいです! それとミラです」
ジルの問いに笑顔で答えるミラに、失態を取り消せたとでも思ったのかジルも安堵しているかのようだった。
「ああ、ジークさん。実は一つ困ったことがありまして」
すると突然、ジルが少し後ろめたそうな様子で話しかけてきた。
「なんだ?」
「実は昨日、本国からの指示書が届いたんです。その中身は、黒いローブを着た人間の情報があれば提供するようにってことでした。返答の期日には今日から一週間以内には送らないと間に合わないので、どうしたものかと困っていたんですよね。これはジークさんのことでしょうし、こちらとしてもジークさんには井戸税の件で助けていただいたので無下にはできないですし……」
「俺の存在が知られるのは避けてくれ。まともに素顔を晒しているのは、行商をしているこの街だけだ」
「そうですよね。うーん、街の住民も知っているとなると……ごまかすのは難しいなぁ」
「遅かれ早かれこうなることは予測していた。だからこそ、こいつの出番なんだ」
俺に指差されるミラはきょとんとすると、不敵な笑みを浮かべる俺の顔を見るなり乾いた笑いを零した。
「はは……。い、いやな予感がする」
――三日後。
俺とミラは、領主館の二階にあるテラスで敷地内を見下ろすように立っていた。
その敷地内には多くの住民達が敷き詰められたように立っている。
俺は一歩前に出ると、下にいる住民達へ向けて、大声で語り始めた。
「英傑で、そして誇り高い獣人の諸君よ! 聞いてほしい! 今、我等二人はここの本国から、あらぬ疑いをかけられている。それは私がここにいる少女を毒牙にかけ、彼女もまた、諸君たちを惑わす魔女ではないかというのだ! しかし考えて欲しい。諸君たちの中には、彼女のことを知る者が大勢いるはずだ! 行商の彼女の真心溢れる手作りの品々、優しくて心温まる笑顔、そんな彼女に触れあった者も大勢いるだろう! だが、諸君たちは考えたことがあるだろうか! なぜこんな幼い彼女が、一生懸命に行商をしているのかを! それは彼女が物心つく頃、両親を失い、まだ小さな子供なのにたった一人になってしまった彼女は、夜な夜な広く感じてしまう家の中で震えて、怯えて、泣いていた。戦うことも出来ない彼女は迫害され続け、小さな村の中で住人達に助けられながら今日までなんとか生き続けた。その辛さを、諸君たちは知っているだろうか! そして彼女は思う、亡き両親に代わり自分を育ててくれた村の人達に恩返しをしようと。魔物の恐怖に怯え、雨の日も、風の日も、必死に行商を続けた。その全ては、ただ恩返しをしたいという気持ちが為に! ある時、弱り果てた私は彼女と出会った。彼女は、私が人間だから悪人だとは決めつけず、人間の中にもいい人はいるからと、優しい笑顔を向けて手を差し伸べてくれた! そして私は誓ったのだ、彼女の力になりたいと。知っているだろうか! 井戸税の着服を良しとせず動いたのは、彼女だということを! 優しい心を持つ彼女は、自分の住む村だけでなく、この街の住民達を助けてあげたいと思ったのだ! 諸君よ、彼女を見て欲しい! こんな小さく、可憐で健気な少女を守れずして何が男か! 愛する人達の為、身をボロボロにし、恋愛もせずにただ一生懸命に生き抜く彼女を支えられずしてなにが女か! 私は彼女を信じる、支える、守り続ける! それが、彼女の幸せに繋がると信じているのだから!!」
俺は身振り手振りでオーバーに演説をすると、ミラを一歩前に出させた。
ミラは胸の前で両手を組み静かに語り始める。
「私は多くは語りません。しかし、私は自分が信じるべきものは、自分で決めるものだと思っています。お願いです……私と彼を、どうか信じてはもらえないでしょうか」
頬に伝う一筋の涙を浮かべ、まるで慈愛の女神かと錯覚するようなミラの姿に、住民達の歓声が一斉に鳴り響いた。
「うおおおおおおお! 俺は信じるぜー!」
「俺は最初から信じてた!」
「俺らが守るぜミラちゃん!」
「私も信じるわ!」
「私達が支えてあげるわ!」
「ミラちゃん愛してるぜー!」
「ミラちゃん結婚してくれー!」
その演説は、四日にかけて行われた。
事前に回覧と掲示を行い、住民達全員の参加日を四日に分けて管理することで、ただの一人も漏れることなく演説を聞かせることが出来たのだった。
演説日の間、俺達は領主館の客室に泊まらせてもらっていた。演説を無事にやり遂げた俺は、ふいに笑いが零れ出した。
――ククク。
計画通り。俺の存在を知る住民達を黙らせるには、無理に口止めをするのではなく、自らが話すことを拒む意志を待たせればいいのだ。
「んんんんん!」
よっぽど羞恥心が駆り立てられたのだろう、ミラはベッドの上で枕に顔をうずめながら足をバタバタとさせていた。
――次の日。
俺とミラは朝からジルの部屋へと向かった。
ミラにドアをノックさせると、俺はすかさずその場から移動した。
ノックに対してジルが返事をしたので、俺は換気の為に開け放っている窓に足をかけ、部屋へ侵入するとジルの背後から声をかけた。
「ごきげんうるわしゅう」
「なはあああああああ」
タイミング良く部屋へと入ったミラは盛大に転げ回るジルを見ると、窓から侵入していた俺を確認するなり呆れた顔をしていた。
「なんだ、朝から忙しそうだな」
「ななな、なんで普通に入ってこれないんですかあなたは!」
「ノックしただろ」
頭を抱えるジルを尻目に、俺はソファーにふんぞり返った。
「まあ、これでなんとかなるだろ。最悪の場合は俺がなんとかする」
「あの演説にはさすがに頭を痛めましたよ。あぁそれと、紹介状は出来てます」
「そうか御苦労。そうだ、この辺りで質のいい鉱石が豊富に眠る場所はないか?」
「鉱石ですか? そうですねー、ここから南に行った所に『ドラゴンマウンテン』と呼ばれる大きな山があります。精霊の大陸に近い位置にあるので魔物はほとんど出ないのですが、洞窟のある場所は標高が高すぎる為に、ほとんど発掘されていないですね。なのでそこならご希望に添えるかと」
「ほう、それはいい情報だ」
俺は立ち上がり、ジルから紹介状と水晶を受け取った。
「世話になったな」
「次は普通に来てくださいよ」
街の外に出るなり俺は一旦足を止めた。
まずは、ジルの友人という変わり者に会いに行くとしよう。そして、指南役に引き込んでみせる。
俺はニヤリと口角を上げると、ミラと共に足を進ませたのだった。




