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眼の異世界転生  作者: ビッグツリー
第二章 目的~ビビレッジ編~
15/70

ミラの成長

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 村へと到着した俺は、荷台で眠る犬を両手で抱きかかえると、村の中へと足を進めた。

 周辺を木々で囲まれ、村の中には畑や小さな農園、井戸や家畜小屋などがあり、木造のぼろい家が規則性もなくまばらに建てられていた。唯一、村の中央とも思える場所には家よりも大きめの建物があった。村の住人は三十人ほどと犬が言っていた為、おそらく村の住人が全員入れるような集会所的なものだろう。



 犬を抱えてそんな光景を見渡しながら歩いていると、一人の住人と遭遇した。井戸に水を汲みに行くのだろう、バケツのようなものを手にした男だ。

 その男は俺に気が付くと、手からバケツのようなものがすり抜け、地面に落としてはガコンと小さな音を響かせた。


「に……人間? ――すーっ。みんなぁぁあ!! にーんげーんだぁ!」


 男が大きく息を吸って大声で叫ぶと、そこらから住人達が顔を出し始めた。


「人間?」

「なんで人間がこの村に?」

「本物なのけ?」 


 あちこちから人が現れ、近づいてはこないものの、一定の距離を保ちながら前方に集まりだした。

 そんな村の人だかりが左右に別れるように広がると、腰を曲げながらそこを通る一人の年老いた犬のような男が近づいてきた。


「わしはこの村の村長をしておる。どんな御用かな? 人間よ」

 

 俺は、抱きかかえていた犬の姿を村長に見せるように、片膝を地面に着いた。


「こいつを……頼む」

「ん? ミ、ミラ! 誰か、ミラの様子を見てやるのじゃ!」


 村長は、抱きかかえている犬の姿を見るやいなや周りの者に叫ぶ。

 その言葉を聞いて近づいてきた女性達に俺は犬を手渡すと、再び村長と向かい合った。


「うむ、詳しいことは奥で聞こうぞ。付いてきなされ人間よ」


 俺は村長に案内されるように後を付けて行った。



 村の中心に位置する、木造の大きな建物。そこには、ジークに向かい合うように、村長と他五人の男が座っていた。






 俺は一つ咳払いをすると、それを合図にするように口を開いた。



「まず、俺はこの村に対して敵意はないと先に言っておこう。根拠にはならないが、俺の正体を明かしておく」


 そう言って、俺は人間の姿から本来の目玉の姿へと戻した。


「ま、魔物!?」

「人間ではなかったのか!」

「言葉を話せるのか!」


 男達が目玉の俺の姿を目にすると、口々に騒ぎ出した。だが村長だけは驚いてはいたものの、他の男達と違いすぐに冷静さを取り戻していた。


「ふむ。わしも長年生きているが、言葉を話す魔物は久しぶりに見た。人間も魔物も、わしら亜族は敵対しておる。じゃが……お主はミラを殺さなかった。あの子を連れてきてくれたことに、この村に住む全員が感謝をしようぞ。お主を信じるかどうかは、まず話を聞いてからじゃの」



 俺は事の成り行きを説明した。さすがに瞳術については隠したが、ほとんどありのままを話していた。話を聞く村長や男たちは、驚いたり、腕を組んではうなったりしてはいたが、みんな真剣に聞いてくれていた。

 本当なら色々と隠したいこともあり湾曲して話したかったが、犬の姿が脳裏にチラつくと、俺は隠すことをやめていた。



「ふーむ。にわかには信じがたいが……お主からは並々ならぬ魔力を感じる。不安な点が多々あるのは確かじゃが、ミラをここまで連れて来てくれた恩もある。ひとまずお主をこの村の客人として迎えよう」

「助かる……。少しの間、厄介にならせてもらおう」






――亜族の大陸『ストロマエル』。


 その大陸内の最も東側に、『シアズム』と呼ばれる大国がある。その大国を含め、亜族の大陸を治めるのは、獣人の中で獣王として君臨する、ゾウをベースとした獣人。その名は「破壊王ドドマエル」。

 三メートルの巨体に、頑丈な灰色の皮膚を持ち、ひざから下は太く巨大な脚、頭のサイズと同じくらいの大きな耳は横に広がり、あごにまで垂れ下がった長い鼻をしている。



 ドドマエルの目の前に、小さなタイヤの付いた手押し式のテーブルがあった。その上には、黒い帽子と杖が置いてある。


「西側にある小さな街にて、あの魔導士ナオヒロを打ち取ったいう者が持ち合わせていた物でございます。死体を確認しに向かった時には、それらしき死体は見つかりませんでした。ですが、その場には血痕があり、わずかですが人間の匂いが残っていました」


 テーブルを押してきたサルのような獣人の言葉に、ドドマエルは目を細めてテーブルの上に置いてあるそれを静かに見つめていた。



 その様子を伺うかのように、サルの獣人は話を続ける。


「それと、その街にはもう一人黒いローブを纏った人間を見たという目撃者が多数いたようです。なんでも、小さな獣人の子供を奴隷のように従えていたとか」


 その言葉を聞いたドドマエルは、ピクリと眉を動かした。そして、一言だけ告げる。


「下がってよし。それは保管しておけ」


 ドドマエルは、サルの獣人の姿が消えることを確認すると、小さく呟いた。


「ガゼルいるな」

「はっ」


 ドドマエルの言葉に返した声の主は、部屋の隅から気配を消していたかのように現れた獣人だった。その姿は、ふくろうのような人型だ。


「秘密裏に動いて、もう一人の人間を探し連れてくるのだ。もし危険人物と判断したら殺してもよい。死体は隠蔽するのを忘れるなよ。期間は二週間だ」

「御意」


 ふくろうの獣人は一言返事をすると、部屋の隅にスーッと消えて行った。



 



 村長の家に泊まらせてもらっていた俺は、この村に来てから三日経っていた。その間、人間の姿で村をブラブラ見て歩き、住人達の仕事を気まぐれに手伝っていた。畑や農園にて育った食べ物や薬草を、触手を使って採取したり、重い木材や石などをこれまた触手で運んだりし、寝込んでいる犬の為にと例のミキサーを手渡して使い方を説明したら、看病している女性達は目を輝かせていた。

 たまに村の外に単身出向いて、食用にと魔物を探しては狩っていたのだが、どうも魔物の出現率が微妙に高くなってきている気がしていた。


 そんな感じで四日目の朝を迎えると、中央の集会所に村の住人全員の収集の声がかかった。それには俺も含まれる。どうやら三日間の看病を経て、犬が完全復活したらしい。


 全員が一つの部屋に集まる中、別室から村長に連れられるように犬は現れた。


「みんな! 心配かけて、ごめんなさい!」


 勢いよく頭を下げる犬の姿は、もうすっかり良くなっていると目に見て取れた。そんな姿を見て安心した住人達は、犬を取り囲んでワイワイガヤガヤと談笑していた。取り囲まれた犬は、自然な微笑みを浮かべていた。


 その様子を安堵しながら見ていた俺は、ふと何者かの気配を察知した。距離は離れているが、明らかにこの村を観察している感じだった。俺は誰にも勘付かれないように自然を装い、その人物に警戒することにした。



「ジークさん!」

 

 程よく話が終わったようで、俺はゾロゾロと集会所を後にする集団の中に紛れ一緒に外へ出ると、犬に呼び止められた。

 犬は小走りで近づいてくると、ぺこりと頭を下げてきた。


「三日も寝込んでたみたいで、ごめんなさい!」


 そんな犬の言動に少し面を食らったが、俺はフッと小さく微笑むと、腕を組んで威張るように口を開いた。


「まったくだ! だが、今回は主として管理責任が甘かった俺が悪い。だから今後は、お前もあまり無茶はするな。それと、”お前の家”に連れていけ。村にいる間はそこで生活する」


 集会所から各々散りだしていた住人達は、俺のそのセリフを聞いた瞬間、歩く足をピタッと止めた。そしてそのまま動かず、耳だけをぴくぴく動かしていた。



「へ!? 生活するって、夜もですかぁ!?」

「そうだ」

「ひ、一つ屋根の下で、いいい、一緒に寝るんですか!?」

「主として当然だな」



 なにやら犬が慌てふためいているな。発情期か?



「あ、主って……私を一体どうするつもりですか!?」

「ん? そうだな……あれだ。お前は奴隷だ」

「ど、奴隷って……。はぁ。では満足いくような料理くらいは、頑張って作らせていただきますよぉー……」

「うむ、くるしゅうない」


 耳をペタンと垂れさせた犬は、ため息交じりで答えていた。

 だがそのとき、犬の耳は何やらヒソヒソと話す住人達の声を微かに捉えていた。





「ミラと一緒に暮らすって?」

「なにやら奴隷とか聞こえたけど」

「俺には夜の奴隷って聞こえたぞ」 

「マジかよ! でもミラはまだ子供だぞ」

「ミラはもう子供扱いされたくない年頃よ?」

「そうよ。本人も、満足いくよう頑張るとか聞こえたわ」

「私は、作らせていただくとも聞こえた気がするけど」

「作るって、もしかして――」


「「「「「子供!?」」」」

 

 ひそひそ話しているつもりの住人達は、そのボルテージを上げていき、きゃあきゃあ騒いでいた。

 俺は顔を引きつらせていたが、犬は耳まで顔を真っ赤にすると、大きく息を吸い込み叫んだ。


「ちっがーーーーーーーーーーーーーーーーーう!」


 犬は俺の手を引っ張り、逃げるようにその場を立ち去った。





 そして俺は、犬の家の前へと立っていると、目の前の光景に唖然としていた。何を隠そう、犬の家はなんとも立派な――、ボロ小屋だったのだ。



 これは……家なのか?



 犬が言うには、この家は両親の形見でもあるそうだ。幼い頃に両親を失ってからは、この家に一人で住んでいたが、村の人達が我が子のように面倒を見てくれたそうだ。



 だから大切な人を失う悲しみは分かるとか言っていたのか……。こいつのことを何も分かっていないのは俺の方か。



 俺は犬の家の壁に、おもむろに手を添えると意識を集中した。

 すると、ボロ小屋だった家は眩い光に包まれ、程なくして光が治まると一瞬で新築のように姿を変えていた。



「す、すごい! まるで新品みたい」

「新築と言え。バカ駄犬」

「合わさった……」


 しゅんとする犬を尻目に、俺は家の中へと足を進ませた。


 


 村の外にある木の上で、その光景を見ていた謎の人物は眉をひそめるなり小さく呟いた。

 

「今の魔力反応……尋常ではなかった。問題が起きる前に排除しておくべきだな」





――その日の夜。


 犬が作った料理を、テーブルを囲んで向かい合わせになりながら食べていた。一人で生活していたからか、子供にしてはなかなかの腕前だった。食事の必要がないとはいえ、人間の身体を手にしたことで久しぶりの味覚を感じることが出来たので、俺は食事を楽しんでいた。


 食後にミルクを流し込む俺に、リーナが唐突にぶっこんで来た。



《ジーク達がシている間、私はどうすればいいんです?》



――ブーーーーーーー!


 俺は飲んでいたミルクを盛大に噴き出した。


「どどど、どうしたんですかぁ!?」

「な、なんでもない……」


 いきなり噴き出した俺にビックリしていた犬を適当にごまかすと、俺はうなだれるように意識の中でリーナに一言答えた。


(勘弁してくれ……)



 それからしばらくは、テーブルを挟んで向かい合いながら、適当に雑談をしていた。――という状況を作り出していた。

 実は、昼間察知した不審な奴の事情を説明し、犬にも平然を装いながら話をさせていたのだ。



「いいか、奴は昼間からずっとこっちを監視している。おそらく狙いは俺だ。この家をいじったときに”わざと”魔力を過剰に溢れさせた。その時の奴の反応は顕著だった。きっと隙を伺っては、早急に動き出すはずだ。だから、こちらから隙を作る。お前は寝室の壁に張り付くように気配を殺しておけ。俺が寝たふりをして隙を作るから、奴がその牙を向けた時、お前がやれ。部屋の電気が消えてしばらくすれば、奴は動き出すだろう」

「わ、わかりました。でも……失敗したらどうしよう」


 不安そうな顔を浮かべる犬の手に、俺は軽く手を重ねると、犬はプシューっと顔から煙を出した。


「仮に失敗したときは、俺がやる。お前は自分の役目に集中しろ、きっと大丈夫だ」

「は、はい!」




――そしてその時は訪れた。


 あらかじめ夜風を通すように装って開け放っておいた窓から、真っ暗な部屋の中を覗き込む人物がいた。その人物は、『ストロマエル』の王、ドドマエルにより遣わされたふくろうのような獣人だった。

 部屋の中でぐっすり眠る人間を確認すると、窓からゆっくりと侵入し、ベッドに近づいた。その男は懐に手を伸ばし、月明かりによって闇夜にギラリと不気味に光るナイフを取りだした。


 ベッドに眠る標的を狙って、ナイフを持った腕を軽く掲げると、その男の動きは急に止まった。そして――そのまま崩れ落ちるように床に倒れた。



 それは、男がナイフを掲げた時、まるでそこには何もないかのように気配を消していた犬が、背後へ忍び寄ると左手を回しては口を塞ぎ、それと同時に右手に持つナイフで心臓を貫いたのだ。

 男は、最後まで何が起きたのか分からないまま絶命したのだった。



 俺はベッドから出ると、死んだその男を観察した。


「よくやったぞ、犬」

「ふぅ……あ、ありがとうございます!」

「しかし命じたとはいえ、同種を殺したことに、感じることはあるか?」


 これは懸念していたことだ。いくら犬と同じ種族ではないと言え、大きな枠組みで言えば同族なのだ。地球で言えば、人間という大きな枠組みの中で、他の国の者を手にかけたのと同じだ。


「思うところはあります。ですが、下手をすれば私も殺されていたかもしれません。”約束”を守るためにも、私も、ジークさんも死んじゃダメなんです」

「……そうか」


 いつにもなく真剣に答える犬に対し、そう一言答えることしかできなかった。


 死んだ男を観察していると、ある物が気になった。それは、男が着ていた服の襟元に付いていた小さなバッチだ。それは色は黒く、形は丸、真ん中には牙をイメージしたような彫刻がされていた。

 俺はそれを指差し、犬に知っているか問うと、首を横に振っていた。


 死体はそのままにはしておけないので、とりあえず分解して吸収しておいた。

 『千里眼』で警戒はしていたが、どうやらこいつ一人だけのようだった。ひとまず危険は排除することが出来たし、今後も一応警戒しておくことにした。



 次の日の朝、俺は住人達を集会所に集めていた。昨日の男が身に着けていたバッチについて情報を得るためだ。

 俺はバッチをみんなに回させて確認させたが、特に情報は得られなかった。

 そして住人達を集めたのにはもう一つ理由がある。それは、昨日の件を考慮し、村の外周に沿って、外壁を作ることを提案したのだ。住人達に説明する理由としては、最近魔物の出現が多くなってきた為と、それらしいことを言っておいた。あながち間違いではないし、備えあって憂いなしだ。


 ここの住人達は、獣人の中でも最弱といわれる、「臆病犬ビビリ・ドッグ」という種族だ。

 身体能力は人間よりちょっと優れる程度、その臆病な性格ゆえに、人間との争いから避ける為に大陸の南方にひっそりと住んでいた。又、その性格と戦闘における無力さゆえに、同種からも迫害を受けることもあり、それを避ける為にもこの辺境の地を選んだそうだ。



 説明を受けた住人達は、俺の指示の元、総出で動いていた。

 俺が出した指示とは、可能な限りの石を拾い集め、外周に沿って並べていくというものだ。


 朝の話の後から作業は始まり、夕方になるとほとんど目ぼしい石はなくなっていた。


「よし、もういいぞ! 全員、俺の後ろへ集合しろ!」


 村の外で、俺は目の前に村を捉えるように立ち、その後ろに住人達が集まっていた。

 村全体を取り囲むように並べられている石の前まで近寄ると、俺は地面に片膝を立て、並べられた石に右手で触れた。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 その瞬間、けたたましい音と共に、村全体を取り囲む巨大な石の壁が現れたのだ。

 『素粒子支配』によって、並べられた石を変化させたのだった。高さ十メートル、素材はミスリル鉱石製。もっと上位の鉱石にしたかったが、『素粒子支配』で、ただの石ころをこれだけの規模で作り変えるにはミスリル鉱石までで限界だった。外壁の一部には、村の出入り口として、開閉可能な扉も同時に作り出した。


 その光景を目にした住人達は、声にならない声で叫び、驚きを露わにしていた。



「なんだこりゃああああ」

「壁が! 壁がああああ」

「こんなの、初めてぇぇ!!」

「これなら巨人が来ても大丈夫だな」

「ばか! 五十メートル級が来たらどうすんだ!」

「く、駆逐してやんよ!」


 それぞれ騒いでいたが、その表情はみんな嬉しそうだった。

 住人達の様子を見ていると、俺はガクッと地面に片膝を着いた。さすがに魔力を使い過ぎたようだ。


「「「「「ジークの旦那ぁ!!」」」」」


 俺は住人達に支えられて、村へと戻って行った。




――それから二週間後。


 俺は村から遠く離れた場所で、犬の戦闘訓練を観察していた。



ステータス

臆病犬ビビリ・ドッグ』:ミラ (獣人)

 特性(身体能力向上補正:脚力強化・聴覚強化、気配遮断、魔力感知、氷属性耐性)


[レベル]D

[装備]:チタンナイフ

[称号]:夜の奴隷

[ユニークスキル]:『高速移動』、『隠蔽工作』


 



 ここ最近、犬はメキメキと戦闘スキルを向上させていった。それは”視る”ことに長けた俺からしてみて、目に見張るものだった。犬のステータスを見ながら戦闘の動きなどを確認していたのだが、過去に二匹のゴブリン戦にて、極限状態で見せたあの動きは一つの片鱗だったのかもしれない。本人は無意識だったのかもしれないが、あの時の動きはきちんと体が習得していて、今では高レベルに昇華されている。

 争いを避け、隠れるように暮らしている臆病なその種族の性格は、ステータスの特性やスキルでも見て取れるように、こと”逃げること”や”隠れること”にもっとも適しているのは理解できた。


 ちなみに犬はレベルEに上がったことで『高速移動』のユニークスキルが解放された。おそらくこれは、今までしたことのない戦闘経験や、犬の瞬発力の特徴から来たのだろうと推測出来た。

 『隠蔽工作』は、レベルDで解放された。手先が器用なのは料理などで分かってはいたが、あれか? 骨を地面に埋めて隠す的な。



 ちょっと前に、ステータスも確認しながら戦闘訓練の経過を観察していると伝えたところ、犬は真っ赤になって騒いでいた。ステータスは細かく見ようとすると、身体状況も別窓にて表示される。そこには身長や体重、心拍数など、いわゆる自分で簡単な健康診断ができるものだった。どうやら犬は、それも見られてると気にしているようだった。


 

 そして俺は、ずっと考えていたことがあった。犬を連れて行くようになった初期のころから考えていたこと。

 それは、自分の手足のように動いてもらう為に、犬のことを”どういった役割”で動かすかというものだった。前は、ぶっちゃけ役立たずだった犬に与える役割が思い浮かばなかったが、今の犬の成長を見ると、一つの役割を与えることに決めた。



「おい犬、ちょっとこい」

「はい!」


 犬は少し離れた場所に位置するゴブリンに高速で近づくと、気付かれることもなく瞬殺しては、俺の元へすぐやってきた。


「俺の手となり、足となって動くお前に、使命を与える」

「は、はい!」


 俺は、びしっと姿勢よく立つ犬に向けて、右手を前へ突き出すと、こう告げた。



「お前の使命は、スパイだ!」





――破壊王の異名を持つ、獣人の王ドドマエルは腕を組みながら、厳しい表情を浮かべていた。


(あれから二週間経ったが、戻ってこないか。黒いローブの人間……一体何者だ――)


 



 犬の村に生活するようになって、一ヶ月が経っていた。今では村の住人は、全員俺を慕ってくれていた。俺に会うと自然と挨拶してくれる仲に、いつの間にかなっていたようだ。理由としては犬のことを連れ帰ったこと、気まぐれだが生活の手伝いをしていること、村の安全確保の為に巨大な外壁というバリケードを作ったこと、そんなところだろう。


 そして、行商のほうも順調だった。

 一週間ほど前から『ハピ』という街に行商していた。そこは村から馬で三日ほどで行くことができ、最初にじいさんと行った街よりも広く、街としてきちんと整備されていた。言い方は悪いかもしれないが、最初の街と違い、ちゃんと”街”と言える。


 そこには村からだとたまに魔物が存在する道しかなく、仕方なく一週間かけては、魔物が出ない道を通れるあの街へ行っていたらしい。

 だが、成長した今の犬は同レベル程度の魔物なら瞬殺できる実力を持っている。だから近場では一番大きな街『ハピ』を選んだのだ。そしてもう一つ理由がある。


 金は必要だ。俺が生きていく分には必要ないが、犬が生活するには絶対必要になってくる。それに大きな街なら物資も豊富に見込めるのだ。 




 例の薬草販売の手法と、新たに『魔力充電式全自動ミキサー2号』を作り直し、特製ジュースを売りまくった。ちなみに供給式の1号と比べて、充電式の2号は、魔石を解析してヒントを得たことにより、魔力を溜めておける『人工魔石』を搭載している。

 特製ジュースの評判と売れ行きはうなぎのぼりで、行商にきたときは必ず完売していた。価格は当初二百エルで販売していたが、予想した以上に高評価だった為、三百エルに値上げをしたがそれでも名物と言われるほどに拡散していた。


 だが、これだけではいずれ頭打ちになる。さらに収益を見込めるネタがほしいところだが、あの村の現状ではなかなかすぐには厳しいところだ。

 





 ハピに行商へ来ていた俺達は、そろそろ昼時になったのでどこの飲食店に入るか見て歩いていた。


 すると、犬が突然立ち止まる。

 ある洋服屋のショーウインドウに並んである、いわゆるフリフリの可愛い洋服を見ていたのだ。この街に行商に来たときは、この店の前を通ると毎回立ち止まっては見ていた。しばらくすると満足して歩き出すので、俺はいつも放置していたのだ。


 

 適当な飲食店に入ってみると、店内は清掃がいき届いているのか清潔感が漂っていた。


「いらっしゃいませー! あ、人間のお客様は久しぶりに見ました! どうぞこちらへ」

「そうなのか? 人間も亜族の大陸にはくるんだろ?」

「もっと北よりの街だと、見かけるとは聞いたことがありますね。南側のこっちでは人間はほんとたまに見かけるくらいですかね!」

「そうか」


 うさぎみたいな店員との話が終わると、ちょうど案内されたテーブルに着いた。そしてメニューを開く。


「お決まりでしたらご注文をどうぞ!」

「そうだなー。日替わり定食と、お子様セッ――」

「日替わり定食二つで!!」

「か、かしこまりました」


 注文しようとした俺の言葉を、犬が強引に遮った。



 子供扱いするな的なアレか? ドッグフードでも食わせてやろうか? 骨か?



 程なくすると、メインがなんかの魚のソテーのような料理が運ばれてきた。



 味は、うん。なかなかうまいな。




 今でこそ慣れはしたが、この街では日本と違い、サービスで水は出てこない。メニューに載っているのを見ると有料みたいだ。元いた世界の外国では普通にあることだし、そこまで気にはしていなかった。


 食後に俺はミルクを頼み、犬はプリンを頼んでいた。ほんとはコーヒーが飲みたかったが、街では見かけなかった。どうやらこの街では取り扱ってないらしい。



 店員が料理を運んでくると、俺は何気なしに質問をしてみた。


「なあ、亜族の大陸では水は貴重なのか?」

「そうですねー。亜族の数はエルバで一番多いですし、井戸や山からの湧水とか色々使ってはいるみたいですけどねー」



 確かに、井戸はちょいちょい見かけてはいたな。



「精霊は小食で数も少ないですし、魔族の大陸は水脈が豊富なようです。人間の大陸では小さな管から水が出る装置があるようで、井戸もないので井戸税がかからないみたいですねー」



 人間の大陸のほうは、水道のことだろうが、まあ人間の知識と技術力なら普通だな。ん? 一つ気になる言葉があるな。



「井戸税ってなんだ?」

「街に住む十五歳以上の人は、毎月井戸税を領主に治めるんですよ。村は、少人数で自由に移住できるので免除されるんですよねー。まあ、国に井戸を作ってもらえないから、村人は自分たちでなんとかするしかないんですけどね。毎月一エル銀貨の井戸税を納めてますよ」



 ほう。亜族の大陸ではそんな制度があるのか。でも一エル銀貨? 高くないか?



 ちなみに一万エル銅貨で一エル銀貨、一万エル銀貨で一エル金貨相当となる。銀貨以上は普段の生活では滅多に使われないため、基本的に銅貨を基準にしてエルとだけ言ってるようだ。



 しかし、最初の街では使い捨てコップが百エル銅貨だった。そう考えるとかなり高く思える。そこまでこの大陸の水は貴重なのか? 水の用途って色々あるだろうに。



「それは一律なのか?」

「はい。どこの街でもそうなはずですよ」

「そうか」



 ミルクを飲み終え、犬もプリンを食べ終えて満足そうなので俺達は店を後にした。



(リーナ、井戸税はさっきの店員が言ってたとおりか?)


 正直気になっていた。あの税の高さがなんだか妙に引っかかる。


《一部以外合ってるです。しかし、治めるのは一エル銀貨ではなく、三千エル銅貨です。これは、領主が着服している可能性があるです》


 

 なに? そこまでの差があって、もし本当に領主が着服しているのならば、俺も間接的に被害を被っていることになる。……ふざけるなよ。お山のてっぺんでふんぞり返ってるその姿を、俺が引きずりおろしてやる! 


 本来なら今日は村に戻る予定だったが、そうと分かった以上事情が変わった。



「犬! 村には帰らず、今日は二人で宿に泊まるぞ」

「ふぇぇぇぇ!?」

「そうと決まれば作戦立案だ。行くぞ犬!」

「こ、心の準備がぁぁぁぁ」


 俺は騒ぐ犬の襟を掴んでは、そのまま引きずって宿へと向かったのだった。






 毎月治める井戸税の額はどの街も一律になっている。これは国によって定められている大陸内のルールだからだ。しかし、この街はこともあろうか毎月定額の三千エル銅貨ではなく、一エル銀貨――つまり一万エル銅貨を治めることになっている。しかも、もう何年もそのようだ。


 この食い違いは実際に確認している。音速飛行によって最初の街へ行き、特製ジュースで釣っては住人に毎月の井戸税額を直接聞いたからだ。



 井戸税とは――、街を建設した際に設置する井戸や、追加で井戸を設置する場合に、工事費用を国が全額負担するのだ。そして井戸税として、街の十五歳以上の住民に毎月定額を治めさせる。


 リーナの領主が着服している可能性があると言ったのは、井戸の維持管理権は領主のみが持つからなのだ。


 街の住民が井戸税を領主に治め、それの中から更に定められた額を、領主は国へ治めている流れだ。実際には住民が井戸水代として治め、領主はそれを井戸の維持管理代と新規建設代の二つに分けて、新規建設代のみを国へ治める。国は治められた新規建設代を、井戸の建設費用に充てる。というわけだ。

 



――次の日。


 朝起きると、隣でよだれを垂らしながら寝ている犬を起こした。

 ちなみに昨日の夜は作戦立案後、すぐ寝ることにしたのだがベッドに後から恐る恐る入ってきた犬が、優しくお願いしますとか言ってたのでフルシカトした。



 この万年発情期が。



 犬は顔を洗って着替えをし、朝食を軽く済ませては準備が整ったようだった。その様子を確認した俺は腕を組んで口を開いた。


「よし、作戦開始だ」




 まずは情報収集だ。

 犬を街に送り出し、ここの領主がどんな人物なのか聞き込み調査をさせた。

 その間、俺はホテルの部屋で『千里眼』を使って領主館の間取りや資料関係を調べていた。


 昼頃になり、犬が部屋へ戻ってきた。


「も、もどりましたぁ」

「うむ、報告しろ」

「は、はい! えっと、街の人達はここの領主にあまりいいイメージを持ってないようです。いい評判は一つも聞けませんでした。とてもお金にうるさいとも言ってました! それと、弟さんが一人いるらしく、そちらは逆に評判が良かったですね!」

「そうか」


 おそらく今の領主は親の七光りで今の地位に就き、まともに国や街の為に動いたことのない自己中心的な人物なのだろう、それとは逆に弟は、ダメな兄を見ているからこそ、自分が支えとなる為に努力している人物といったところか。これは使えそうだ。  

 

「よし、人物像はこれでいい。次は証拠を押さえる」

「はい!」

「どうやら書類関係が保管されている部屋には、防犯の為に妨害魔法が多重に展開されているようだ。『千里眼』では部屋の中を”視る”ことが出来なかった」

「いきなり作戦が狂っちゃいますね」

「これも予想の範囲内だ。重要な書類があるのにただ鍵をかけて終わりでは、ただのバカだ。『千里眼』で”視る”ことが出来れば一番手っ取り早かったんだが、どっちしろ一度行く必要がある。次の動きは夜中だ。きちんと睡眠は取っておけ」

「はい!」



――その日の夜中、領主館で闇に紛れて動く犬の姿があった。


 外壁の上を高速で移動し、外壁から領主館の屋根、さらに上の屋根へと軽やかにジャンプしていき、最初のポイントへと辿り着いた。


(二階東の屋根のとこ、二階東の屋根のとこ、あった!)


 犬はジークに指示されていたように、東側の二階の屋根付近に設置されている換気口へと辿り着いた。

 器用にナイフを使って外のフードを外すと、そこから館内へと侵入した。



 犬は全力の気配遮断により、闇に紛れては、一番の目的である西側の部屋へ来ていた。


(えっと鍵、鍵)


 犬は、首に付けている水色の首輪から、その部屋の鍵を取り出す。


 それは、ジークが犬に渡していた新たな装備――『駄犬専用首輪』。

 犬の『隠蔽工作』をリーナが解析し、俺の『空間支配』、『時間操作』、『素粒子支配』の能力の一部をリーナが統合・適正化して、俺の特性に新たに『空間収納』を追加していた。

 『駄犬専用首輪』は、人口魔石に『空間収納』の効果を宿し、それを『素粒子支配』で作ったものだった。犬の魔力にだけ反応して使えるようにしたそれは、犬専用の空間収納アイテムだ。


 そしてもう一つ渡していたものがある。それは、資料が保管されている部屋を”視る”ことは出来なかったが、扉の鍵穴を”視る”ことは出来た。それにより鍵穴を解析して作った鍵を、犬へと渡していたのだった。



(あった! 維持管理台帳! あとはそれっぽいものはないし、ミッション完了!)



 犬はお目当てのものをすぐ見つけることが出来ていた。隠す・隠れるとは言い換えれば、見つけることへの予測対応である。”隠蔽”と”発見”は通じており、犬は研ぎ澄まされた超感覚で、その二つを併せ持つのだ。

 

 

「もどりましたー!」

「うむ。ん? お前汚いぞ。体を洗って来い、そのままだとベッドに入れないからな」

「え? あ、あぁぁぁ!」


 任務を達成して戻ってきた犬は、排気口を通ってきたことにより真っ黒になっていたのだった。




――次の日。



 よし、これで証拠も手に入った。あとはこれを公の元に暴き、奴を山から引きずりおろしてやる。

 だが、本来なら領主のみ権限のある極秘書類を、ただ公開することは出来ない。それはこの街の部外者である俺や犬はもちろん、住民達が持っていてもおかしなことになるからだ。持っているだけで犯罪なのだからな。



 この街では、犬の顔はそれなりに知れ渡るようになっている。それは、行商による効果が大きいからだ。

 初日は犬を使って情報の収集を行ったが、今度は逆にある情報の拡散を行った。それは、住民達に他の街との井戸税額の違いを広める為だ。住民達は生涯を通して、あまり街からは出ないようだ。それは広大な大陸と、魔物が存在する為に、隣街でも遠くリスクが高いからだ。だからこそ、長年この食い違いに気付かないのだ。行商として知られている犬ならば、他の街も見ていると住民達は自然に思い込む。だからこそ、犬の言葉には信憑性があるのだ。



 一時間、二時間と経つにつれて街はだんだん騒がしくなっていた。



――そしてその時は来た。


 住民達が一斉に、物凄い剣幕で怒声をまき散らしながら、領主館の敷地へと押しかけたのである。



「でてこいやあああ!

「金返せこらあああ!」

「ふざけんじゃねぇぞ!」

「俺らをだましやがって!」



 元々評判は悪かったんだ。一つ火種があれば、引火して、瞬く間に燃え上がるのは必然だった。

 その光景を”視ながら”俺は笑った。



――ククク。


「俺が何をせずとも、こうして住民の手によって炙り出せばいいのだ。そして必ずボロを出す。そのチャンスを待つだけだ」


 

 押し寄せる住民の前に、警備団と領主の弟「ジル」は現れた。



「この騒ぎは何事ですか!」


 叫ぶジルの問いに、住民の先頭にいた男は答える。


「領主が井戸税を着服してる! 他の街は三千エルだぞ!」

「それは本当ですか?」

「他の街も見たことある行商が言ってたんだ! 本当に決まってるだろう!」


 ジルは警備団の団長と話し合うと、住民達へ伝えるように叫んだ。


「みんなの言い分は分かった! でも少し落ち着いてほしい! 今から私が責任を持って真実を確認する! だから、どうか! 私が戻るまでは待っていてもらいたい!」


 懸命に訴えるジルの姿を目にする住民達は、心に湧き上がっていた怒りを次第に鎮めていった。


「ジ、ジル様がそこまで言うなら……なあ?」

「あ、ああ。本当かどうかわかるまで待ってよう」

「そ、そうだな。ジル様の頼みだしな」


 ジルの必死の説得に、住民達は落ち着きを取り戻すと静かにその場に座りだした。

 ジルはその光景を確認するなり住民達へ笑顔を向けると、振り返っては領主館へと足を進ませた。その足取りは力強く、真剣な面持ちを浮かべていた。






「よし、次に移ったな」


 俺は計画が順調に進んでいることを確認した。住民達の暴動が起き、それを必ず警備団が止めに来る。それはあらかじめ分かっていたことなのだ。



「そして領主への牙は、街の住民達からより身近の警備団や貴族共や弟へと受け渡り、領主を食らうのだ。さあ、ここがラストフェーズだ」


 

 

 ジルは、兄であるこの街の領主「ガル」がいる部屋の前へ来ていた。


「兄上! 兄上!」


 その声に扉は開くと、廊下を覗き込むようにガルは出てきた。


「おお、ジルか。住民達の暴動が止んだのか? お前がやってくれたのか?」

「そうです。 兄上、お聞きしたいことがあります」

「そうかそうか! おお。よくやった。なんだ言ってみろ」

「他の街よりも高い井戸税を治めさせ、その分を着服しているのは本当ですか!」

「ななな、なにを言っておる。そんなわけなかろう」

「私は住民達に真実を確認すると約束しました。証拠を見せてください」

「しょしょ、証拠!? 一体何を言って居る!」

「井戸の維持管理台帳を見せてください! もちろん極秘情報の管理台帳の確認は私だけが行います。この事態を収拾する為の非常事態です。なにもやましいことがなければ見せられるはずです。もし断るならば、このことは国王に報告し、監査を要請します」

「わわわ、わかったわかった! さ、探してくるから、待っておれ!」

「わかりました。では、応接の間にて待ちます」

「ああ、ああ。見つけたらすぐに行く!」


 慌てるガルは、力強くぶっきらぼうに扉を閉めては部屋へと戻って行った。




(クソクソクソ! まずいまずいぞ)


 ガルは額から冷や汗を流し、必死の形相を浮かべては机の上にあった書類などを振り払うように地面へ落とし、机の引き出しから一冊のファイルを取りだした。そのファイルは「井戸維持管理台帳」。

 ガルは獣人の力でその台帳を力尽くで破ると、できるだけ細かく強引に引きちぎり、それを全てゴミ箱へ投げ捨てた。

 そして一枚のきれいな紙を取り出しては、ペンを持ち文字を流し書きで書いていった。それは、嘘の井戸維持管理の書類。現在納めさせているのと同じ、一エル銀貨の偽情報が記入されていた。






「ジル! これだ!」


 ガルは応接の間に赴き、さっき書いた嘘の紙を勢いよくテーブルへ叩きつけた。


「うん。この紙を見る分には、治めているのは一エル銀貨ということで間違いないですね」

「当たり前だ!」


 ジルは静かに立ち上がり、真剣な面持ちでガルに問う。


「過去の用紙もファイルされている管理台帳も見せてもらってもいいですか?」

「あーあれは……書類廃棄の時期と重なってな。今はこれだけだ!」

「確認しても?」

「ああ? どうせないぞ、勝手にすればいい」

「ありがとうございます」



 部屋を出ていくジルを眺めながら、ガルは内心笑っていた。それもそのはずだ。台帳はさっき破って捨てたのだから。いくら探してもあるわけがなかった。


 

 ガルは少し気持ちが落ち着いてから、ジルが必死に探しているであろう姿を妄想しながら廊下を歩いていた。すると、向こうからジルと、その後ろに警備団が歩いて来るのが見えた。



「おお、ジル! 満足したか?」

「ええ、兄上。おかげでこれが見つかりました」

 

 ジルはそう言いながら右手に持つファイルをガルに見やすいよう持ち上げた。それは、井戸維持管理台帳。紛れもない本物である。


「な、なな、うそだ! あれは捨てて――」

「ああ、確か廃棄したんですよね。もしかして、間違ったんじゃないんですか兄上?」

「ま、間違……えた? そんな、うそだ」

「拘束しろ」


 へなへなと座り込むガルを取り囲む警備団は、ガルの体にロープを巻き付けて拘束すると、そのまま静かに連れ去って行った。




 そして、ガルを連れていく警備団の姿がその場から見えなくなると、その男は現れた。



「やあ、ごきげんよう。うまくいったようだな」


 背後から声をかけられたジルは、声の主を確認すると肩の力を落とした。


「ああ、あなたですか。本当に全てあなたの言う通りになりましたよ……おそろしいです」



 その声の主とは、今回の事件を解き放った本人、ジークであった。



「褒め言葉として受け取っておこう、これでお前は新たな領主となるだろう。住民の為、精々励むんだな」

「言われなくても、そうするつもりですよ」

「ならばいい。また後々来るとする」



 ジークの気配が消えるのを感じると、ジルは一言呟いた。


「まったく、彼は何者なのだろうか」





 数日もすると、街の様子は平穏を取り戻していた。

 変わったことと言えば、領主がジルに変わり、街の井戸税も三千エル銅貨に戻されたこと。

 住人の様子も、自分達が信じたジルが無事に事件を解決してくれたことと、新領主になったことで喜んでいるようだった。

 ちなみにあのガルが破った台帳は、俺が作った偽物だ。犬に持ってこさせた本物を元に複製して、その偽物をまたお忍びで犬に戻させていた。追い詰められたガルは、過去数年分の台帳を書き直す時間などあるわけがなく、燃やすか捨てるかして隠蔽すると予測していた。事前にジルと接触していた俺は、ジルを応接の間で待つよう指示していた。それは、ガルが部屋を出て応接の間にいっている際に、犬を忍びこませて本物の台帳を部屋に置かせる為だった。




 もう少し街が落ち着いたらジルのところへ行ってみるか。領主になったばかりで忙しかろう。俺はただ単に、悪事を暴いたわけではない。これをキッカケに、新領主となったジルに取り入るのだ。そうすることで収益のネタを広げられる。これこそが、俺の本来の目的であったのだ。



 とはいえ、今回は犬がよくやってくれた。うまく俺の手足となって事を運ぶことが出来たしな。

 先に村へ帰らせていたから今日中に着くだろう。俺も一旦、村へ戻るとするか。

 だがその前に、あの店へ寄っていくか……。





――次の日の夜。


 犬の家は一応二部屋あり、別々に寝ているのだが今日は寝る前に犬のことを俺の部屋へ呼び出していた。



「な、なんですか?」


 部屋に呼ばれることに身に覚えがない犬はすこし戸惑っていた。俺はベッドに座り、犬は向かい合うようにその場に立っている。

 俺は『空間収納』からある物を二つ取り出すと、それを犬に手渡した。



「お前は今回、俺の指示通りにうまく動いてくれた。今のお前は昔と違い、十分に俺の役に立っている。更なる向上に、この装備を授ける」



――犬専用忍者刀『小太刀・黒影』。

 柄から刀身まで全て黒光りするそれは、オリハルコン鉱石製で出来ており頑丈性と殺傷性が飛び抜けて高い小太刀だ。『形態変化』の能力を付与し、犬の魔力を媒介として、その殺傷性を保ったまま刀身を最大五十メートルまで伸ばすことが出来る。




 そしてもう一つだ。

 


――犬専用防護軽具『忍装束・黒衣』。

 衣装自体に『物理攻撃耐性大』、『魔法攻撃耐性大』、『形態変化』を付与してある。犬の魔力を媒介とし、破れたりしても瞬時に修復することができ、サイズも調整可能である。




「す、すごい! ありがとうございます! かっこいいです」


 犬は、黒影と黒衣をマジマジ見ていた。


 でも、もう一つあるんだな。



「これは、そろそろきちんとした装備を与えるにふさわしい力を、お前が身に着けた為に授けたものだ。現状に満足せず、より励めよ」

「はい!!」


 うむ、いい返事だ。


 俺は『空間収納』からラストの贈り物を取りだした。水玉の模様が入った袋だ。


「そしてこれは、まあ……あれだ。俺の為に頑張ってるからな。だから、ささやかなプレゼントだ」


 きょとんとしてる犬が、受け取った袋の中からそれを取り出すと、目を丸くして驚き、固まっていた。

 それは、犬があの街でいつも見ていた服だった。


「ほ、欲しそうにしてたからな。いらなくても返品は出来ないぞ!」


 犬は、固まったまま動かず、体を徐々に震わせては、瞳に涙を溢れさせていった。

 そんな犬を見た俺は、ベッドから立ち上がり、犬の目の前に近づくと、そっと頭を撫でてやった。

 すると犬は我慢出来なくなったのか、大粒の涙を流しながら、ゆっくり話し出した。


「う、うれしい……。ありがとう……ございます。ずっと、大事にします。ジークさんの、お役に立てるように……いっぱい、いっぱい、がんばります。こ、これからも……おそばに……いてもいいですか」

「ああ。俺の隣にいてくれ、ミラ」




 すると、犬の身体が光り輝き、その光は犬を優しく包み込んだ。


 少しの後、光が治まると、その中から出てきた犬は様子が変わっていた。

 俺がプレゼントした、洋服を着ていた。薄水色のワンピースで、胸のところに少し大きめのリボンがある。首には水色の首輪をつけ、幼かった顔立ちが、ほんの少しばかり大人っぽくなったような感じがする。



「え? あれ?」


 犬は自分の変化に少し戸惑っているようだった。その光景は、リーナの言葉によって理解することが出来た。


《進化したようですよ!》



 なに? 進化したのか?



「進化したみたいだぞ」

「え!? 進化!?」

「とりあえずステータスを確認だ」




ステータス

忍者狼クノイチ・ウルフ』:ミラ (獣人)

 特性(身体能力向上補正:脚力強化・聴覚強化・視覚強化・味覚強化・嗅覚強化・忍耐力強化・筋力強化・精神強化、物理攻撃耐性、隠密機動、駿足、危険感知、毒無効、闇属性無効、氷属性無効)


[レベル]:C

[装備]:『小太刀・黒影』、『忍装束・黒天衣』、『駄犬専用首輪』

[称号]:ご奉仕犬

[秘伝忍術]:『火遁』、『土遁』、『水遁』、『雷遁』





 ふむ、狼になったのか。見た目は犬だけどな。特性も増えているし、秘伝忍術なるものを取得しているからほんとに忍者っぽくなったようだな。ワンピースも黒衣と融合して、黒天衣って変化したのか。……というか、突っ込んだら負けだと思っていたんだが、称号ってなんだ?



(リーナ、称号とはなんだ)

《異名と呼ばれるものです。これを取得すると魔力量が増えるです。称号によって、増える魔力量が変わるです》



「わあああああああ」

「なんだ、どうした?」

「身長が五センチ伸びてます!」

「そこか?」

「大事です!」


 

 俺は、少しむきになるミラの頭を撫でると、ミラは頬を膨れさせては俺の胸をポカポカと叩いていた。

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[気になる点] んん? 展開が早すぎるせいか、主人公が狂人にしか見えない。 ふらっと会ったお爺さんを殺された後、なぜか人格が変わり、少女にキツく当たると思ったら急に優しくする…。 幼い頃の経験とかで精…
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