背負う者
俺は、おじいさんの全てを受け入れると”視た情報”と実際に体内に取り込んだことによって人体を構成する複雑な情報を得ていた。そして、『素粒子支配』により完全な人間の姿を形作ることが出来たのだった。
複雑な路地裏を覗き込む少女は、前方の少し先にいる人物を目にし恐る恐る近づいて口を開いた。
「あ、あのぉ……」
いきなり話しかけられた俺は、目だけをキッっと声の方に向けて睨みつけた。
少女は一瞬びくっと体を反応させるが、探るように話を続けた。
「ここの路地裏に……く、黒いローブを着た人間のおじいさんが入って行ったと街の人に聞いたんですけど……み、見かけませんでしたか?」
おどおどしながらそう話す少女を俺は睨みつけたまま、視線を外さずに少し思考した。
なんだ? 犬のような耳と尻尾があるのを見ると、こいつも獣人だな……。ここで殺すか? いや――。
俺は体をスッと少女に向けると、笑顔で近づいた。
「怖がらなくても大丈夫だよ。とある人を探してただけなんだ。僕はね、実は人間の国と君達の国とを仲介する”使者”なんだ。今回ちょっとしたトラブルが起きてね……。人間の国が所有する大事な物を、ある獣人が盗んでしまったんだ。僕は国王の密命を受けて、その人物を探してたところなんだよ。もちろん君達の国王の許可も取ってある。公にしちゃうと、ほら色々と問題もあるのは分かるよね? だからこの話は、僕と君だけの内緒だよ」
きょとんとする少女は事態を理解すると、強張ってた顔がほぐれ、胸の前で両手をぱちんと合わせた。
「そ、そうだったんですね! はぁ……びっくりしたぁ。私、人間とお話しするのは初めてなので、怖い人なのかと思って少し緊張しちゃいました。ごめんなさい!」
「いやいや、僕の方こそ怖がらせてごめんね。ところで、僕と君だけの内緒の話をしちゃったわけなんだけど、もしよかったら探すのを手伝ってもらえないかなぁ? 獣人の君なら僕よりも探しやすそうだし、君みたいな可愛い子に手伝ってもらえるなら僕も嬉しいしね!」
そう言いながら優しく微笑むと、少女の頬は少し赤くなっていた。
「は、はい! 私にできることがあるなら……おおお、お手伝いします!」
その少女の言葉を聞くと、俺は咄嗟に口元が緩んでしまった。だが、それを悟られてはいけない。
「すごく助かるよ。ありがとう! その人物は、出店の店主で名前を”ゼル”というらしいんだ」
「それなら、街の人に聞いて回ればすぐ見つかると思います! もし見つけたらどうすればいいですか?」
「そうだねー、この路地裏なら、街の人にも迷惑はかからないだろうしここに連れてきてもらえるかな? 相手は泥棒だから捕まえなきゃいけないしね! 逃げられないように僕は隠れて隙を伺うから、お願いできるかな?」
「分かりました! でも、なんて言って連れてくればいいんだろぉ……」
人差し指を顎に当てながら思案する少女を真っ直ぐに見つめて、俺はこう答えた。
「一言、耳元で囁くんだ。――”まだ生きてますよ”ってね」
その言葉を聞いた少女は首を傾げるが、ぺこりとお辞儀をして街の中へと消えていった。
――ククク。
その不気味な笑い声は、静まり返る路地裏に異様な雰囲気を与えていた。
上手くいった! 最初は殺そうかと思ったが、じいさんを殺した奴を見つけ出す駒には丁度いい。利用するだけ利用して、全てをむしり取って捨ててやる!
俺は右手の掌で顔を覆いながら、自然と湧き上がる笑いと共に路地裏の闇の中へと消えていった。
――とある酒場。
その店内に、その場には似つかわしくない風貌の少女はキョロキョロと辺りを見渡していた。
(ここって聞いたんだけど……)
店内の角に位置するテーブルには、男が四人座り大量の食べ物とアルコールを取り囲んでいた。
「今日は俺のおごりだ! 飲め飲め!」
「こんなに奮発して大丈夫なのかゼル!?」
「いいーんだよ! 数日もすれば纏まった金が手に入る! 細けぇこと気にすんな! ぎゃはは!」
(あ! あの人だ)
少女は店内で一際目立つ声のテーブルを目にすると、目的の人物ゼルを発見した。そしてゆっくり近づいていき、ジークに言われた通りに耳元で小さく囁いた。
「――まだ生きてますよ」
急に耳元で囁かれた声にゼルはハッと少女に振り返ると、全身から血の気が引いていくのを感じた。
ゼルは椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がっては、なりふり構わずその場を後にしていった。
(まずいまずい! 生きてるだと!? あの女、どこかで見てやがったのか? だが、そんなことは今はどうでもいい! あの人間、確かに殺したはずなのに、生きていたら報奨金がもらえなくなっちまう!)
ゼルは、必至の形相で例の路地裏へ辿り着くと、魔導士ナオヒロを手にかけた場所まで足を運んだ。
(確か、この辺りだったな)
キョロキョロと周囲を見渡すゼルは、ふと胸に違和感を感じると、突如この世のものとは思えぬ激しい痛みが襲ってきた。
「ぎいいいぃやぁぁああああああ!!」
静寂に包まれていた路地裏に断末魔が響くと、ゼルが事切れたように地面に倒れこみ、まるでそこには初めから何も無かったかのようにゼルの体が消え去った。
その後、近くの暗闇の中から、ジークは現れた。その右目は赤く、中央に小さく金色の光を放っていた。
「魂が消滅する痛みは、想像も絶する地獄を味わっただろう」
俺は、消え去ったゼルがいた場所を見つめながら一言呟くと、街の方へ続く路地の先から、物音を捉えた。
音の方へ視線を向けると、尻もちを付いている先ほどの少女の姿が目に入った。
「ひ、人が消えて……。な、なにが起きたんですか!」
ゼルを追いかけてきた少女は、路地裏の先にて目にした光景を、視界に映るジークに説明を求めた。
「殺しただけだ」
「こ、殺しただけって――。 捕まえるんじゃなかったんですか!」
「違うな。最初からあのクズを殺すつもりだった」
「――! ど、どうして……」
「お前は黒いローブを着た老人を探していただろう? 殺されたんだよ。さっきのクズにな」
「そ、そんな……。そのおじいさんは……知り合いだったんですか?」
少女のその問いに俺は少し沈黙した後、一言だけ呟いた。
「たった一人の……友達だった」
その言葉を聞いた少女は、口を両手で覆い、一筋の涙が頬を伝わせた。
「お前は、なぜ俺の友達を探していた」
その問いに、少女は振り絞るような声をあげる。
「く、薬を探してると聞いて……そのおじいさんに売ってあげる為に探してました」
「なんだと?」
俺は正面から少女を捉え、眼光には鋭さを増した。
「そうやって近づき殺すつもりだったんだろう? もしくは、薬といっても毒薬を渡して毒殺か? 騙すことが専売特許のお前達なら、いくらでも殺す手段は思いつくだろうからな」
「ち、違います!! 本当に、助けたくて探していたんです!」
嘘は付いていないようだな。『真実眼』を通しているから間違いはないが……言葉の裏をかいている可能性はある。殺しておいたほうが確実か?
そう思考していると、少女は顔を両手で覆い、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「ひぐっ……ご、ごめんなさい。私がもっと早く薬を渡すことが出来れば、あなたの大切な友達が失われることがなかったかもしれないのに……。辛いですよね。苦しいですよね。唯一の……大切な人を失った悲しみは、私にも分かります。本当に、ごめんなさい……」
「分かるだと? お前にいったいなにが分かる? 謝ったところで俺の友達は帰ってこない!」
俺は適当なことを言われたことで怒りが込み上げ、強い口調でそう言い放つと少女はスッと両手を下げ、腫れた瞼で真剣な面持ちをして見つめてきた。
「どうか、償いをさせてください」
俺はその言葉を聞くと、ゆっくりと少女のほうへ歩き出した。
「私と同じ亜族の者があなたの友達を殺めました。その罪を私が背負います」
「お前が薬を売ることができず、間接的に俺の友達を殺したことは?」
「もちろん、それも含めて背負います」
「俺はお前を信用していない。どうするつもりだ?」
「信用してもらえるまで頑張るだけです」
そして少女のすぐ目の前まで辿り着くと、凍り付くような冷酷な眼差しで少女を見下ろした。
「裏切ったら、殺すぞ」
冷たくそう言い放つと、少女はその冷酷な眼差しにも目を逸らさず、コクンと頷いた。
俺は少女の横を通り過ぎ、そしてすぐ立ち止まると一言だけ告げた。
「……なら、俺に従え」
異様な雰囲気を放つ路地裏は、そうしていつも通りの静寂さを取り戻していったのだった――。
街を取り囲む石造りの外壁沿いに、街の外を歩く二人の姿があった。黒いローブに真っ赤な十字架を首にかける男と、犬のような耳と尻尾を持つ白髪の少女、ジーク達だった。
《連れていくんです?》
唐突にリーナが話しかけてきた。
(なんだ、ずいぶんダンマリ決め込んでいたじゃないか)
《だって……そういう雰囲気だったですし……》
(まあ、そうだな)
《力を使って、彼女に制約付けないんです?》
(そうしようとも思ったが、まだ子供だ。忠実に慕うならそれでいい。裏切ることがあるならば、殺すだけだ)
そう、自分から俺に付いてくると決めたのだ。こいつのことを何も知らないし、力を使って縛っても、こいつ自身が使い物になるかどうかすら分からない以上、様子を見ようと思ったのだ。裏切れば殺す、使えなければ捨てる。それだけだ。
「ところで犬、まだか?」
「い、犬って……あ! あれです!」
少女が指を差す先にあったのは、外壁沿いに駐車させていた一台のリヤカーだった。木製の少し古ぼけた車体に、荷台の中には大きな木箱が一つと、小さな木箱が三つある。大きな木箱には果物が入っており、小さな木箱のうち二つは薬草、もう一つは木の実だ。
犬はここの街の住人ではなく、しばらく南下した所に存在する、小さな村に住んでいるらしかった。ここへは月に二回ほど生活の為に行商に来るらしい。なにやら街の外に行商用のリヤカーを駐車させているらしく、そこに向かいたいとのことだったのだ。
「まさかこれを全部売るつもりだったのか?」
乗せられていた大量の商品を指差すと、犬はコクンと頷いた。
「いつも全部売れているのか?」
「いえ……よくても半分くらいですかね。ほとんど売れない時もあります。三日は滞在しますが、それ以上は食べ物が悪くなってしまうので……」
「売れ残った物はどうしてるんだ?」
「薬草などは次の行商のときにまた持ってきますが、食べ物の少しは馬にあげて、ほとんどは帰りの道中で捨てちゃいますね。今日は初日で、まだ全然売れてないですね。あはは……」
それを聞くと、俺は指でこめかみを押さえた。
なんだこのバカは……。
俺は少し思考すると、腕を組み『千里眼』を発動した。
物価はこんな感じで、アレがあそこにあって、コレはこうしたほうがいいか……。
街の中で取り扱う品の物価や流行、店の位置など、リヤカーの中にある商品と照らし合わせながら確認していたのだ。ちなみにこの世界の通貨は『エル』という硬貨らしい。
「おいバカ犬、今から俺の言うとおりに動け」
「バ、バカ犬……。は、はい!」
まず、犬は普段、全体的に安めに設定して商品を売ってるようだ。薬草関係は十束一本にして二十エルで薬屋に売ってるらしい。しかし、薬屋が在庫を抱え過ぎた時は買い取ってもらえないそうだ。
だが俺は『千里眼』で見つけていた。薬屋以外で薬草を買い取ってくれる店を。
それは飲食店だ。食用としても使われる薬草はある。しかも大量に仕入れる必要がある薬屋と違い、ある程度ストックがあればこと足りる飲食店のほうが、買い取り額は高いのだ。
なので、各飲食店を回り買い取ってもらえるだけの薬草を売りつつ、残った薬草は薬屋に売るようにすれば、薬草関係の商品を捌き切ることができそうだった。
次は果物や木の実。こいつは痛み始めるとまず売れないし、売るにしてもかなり価格を落とさないといけなくなる。
俺は飲食店を視て得た情報と、果物や木の実の単価から、とある物を探し出し見付けていた。
それは、雑貨屋にて取り扱っていた。五十個ワンセットで百エルの植物製の使い捨てコップだ。
犬の商品の中で、果物の単価が一番高いものでも五十エルくらいだった。
飲食店にて提供しているドリンク類は、ほとんどが二百エルほど。提供している一杯の量は、絞った果物が一個で事足りる物から、多くても二個絞れば同等の量になる。つまり、最大でも五十エルの果物二個とコップの分。これで一杯が百二エルほど。飲食店と同じ二百エルで売ったとすると、一杯あたり最低九十八エルの収益が見込めることになる。
木の実だが、犬が取り扱ってる商品の中では、全て一桁単価だ。これはアクセントとして用いる。
そうと決まれば作戦開始だ!
「おい犬、先に薬草を売り切るぞ。木箱ごと一つ持って、各飲食店を回れ。そこでも買い取ってくれる。もし売れ残ったら薬屋に流せ。もう一つ薬草の木箱があるから、往復するようになるが、その時に雑貨屋に寄って使い捨てのコップを二セット買ってこい。あと紙を百枚ほどと、ペンを一本だ」
「えーと……は、はい!!」
「それと、そのかばんには何が入っている?」
「えーとですね、お財布とか、タオルとか、干物とか――」
「邪魔だ置いていけ! 俺が預かっておく」
「は、はい……」
「俺はここで待機してる。分かったら行ってこい」
犬は俺にかばんを預けると、両手で小さな木箱を一つ抱えては、街に消えていった。
『千里眼』で薬草を売る犬の様子を視ているが、思った通り順調に事が運んでいるようだ。
一時間もしないうちに犬が帰ってくると、頼んでいた紙とペンを受け取った。
「よし、残りの一つも捌いてこい」
「はい!」
犬は空になった木箱を荷台に戻し、薬草の入った残り一つの木箱を抱えると、颯爽と街に消えていった。
「さて、やるか」
俺は落ちてる小石を拾うと、掌の上でその小石を薄い板状にした。紙に文字を書く為の下敷き代わりだ。そして目にも止まらぬ速さで文字を書き上げていく。百枚あった紙を、ものの数秒で書き終えた。
お次は、ある物を作る。
また小石を一つ拾っては、『素粒子支配』を使ってそれは完成した。
本日ご紹介致しますは『魔力供給式全自動ミキサー1号』でございます!
本体は魔力を込めるだけで簡単に動かせる全自動式! チタン鉱石製で頑丈な造りになっており、素材の入るボトルは透明度の高い水晶製! 又、断熱効果のあるスチル水晶を織り交ぜ、ボトルは二重構造になっており、温度変化を抑えます! でも、硬いものとか入れたら壊れちゃうんじゃないのー? って思う方も多いですよね! ご安心ください! ブレード部分は贅沢にもミスリル鉱石で出来ており、その頑丈さと鋭さは、下手な石程度なら簡単に粉砕します! 又、込める魔力の量により、ブレードの回転スピードを変えられる速度調整付き! どうです? 驚きでしょう? でもちょっと待ってください。実は、これだけじゃないんです! 真空機能により、ボトル内の食材の鮮度を新鮮なまま保つことが出来るんです! 更に温度調整も付いており、あったか~いココナッツミルクや、つめた~いドリンクを作ることも出来るんです! まだ終わりじゃありませんよ? 専用のホルダーにあらかじめカップをセットしておくと……なんと! ミキシングされたものを自動でカップに注いでくれるんです! さて、これだけ凄いと、お値段の方も気になりますよね? 今回ご紹介致しました『魔力供給式全自動ミキサー1号』! 今回限りの特別価格! なんと! たったの小石一個です!!
……やり過ぎたのは分かってる。
ほんとはもっと簡素な造りにする予定だったけど、作ってる間にあれこれ試行錯誤してたら、いつのまにか本気になっちゃって、本来の目的を忘れて物作りに夢中になってた。ただの小石をむちゃくちゃいじり倒したおかげで、それなりに魔力を持ってかれた。でも後悔はしてない。むしろ自信作だ。
だが、これさえ出来ればあとは簡単だ。髪を数本、触手のような物に変えてそれを操り、ボトルに果物を入れては、出来上がった物を荷台に並べていく簡単なお仕事。
それぞれの果物の百%果汁ジュースと、木の実を一緒に入れて混ぜたミックスジュースがあっという間に百杯完成した。
丁度作り終わった頃、犬が帰ってきたようだ。
「薬草全部売れましたよ! あれ? なんかいい匂いが」
「ああ、果物と木の実を全部飲み物にした」
「え!? こんなに! すごい……、一体どうやって――」
「そんなことより次はこれだ」
俺は犬から預かっていたかばんを投げ渡した。
「その中に入ってる紙を街の連中に適当に全部配ってこい」
犬に渡したかばんの中の紙、それは手書きのチラシだ。
『数量限定! 本日限り! 新鮮な果物と木の実を使用した特製ジュース! 独自の技術製法によって抽出することにより、素材本来の良さを生かした美容や健康にも効く安心・安全のジュースです! ※一杯二百エル、お一人一杯限り』
わざわざここに買いに来てもらう必要がある為、集客と宣伝を兼ねてチラシを配ることにしたのだ。
程なくすると、犬が戻ってきたようだ。後ろにはぞろぞろと金魚のふんのように街の連中が付いてきていた。
俺は翼を出すと飛翔し、街の連中に姿を見えられないように上空から観察することにした。コップに種類は書いてあるし、見ればバカ犬でも分かるだろう。
「美容にも効くって書いてあるから来てみたけど、とりあえずリンゴジュースいただくわ」
「ありがとうございます!」
どうやら最初の客は、ヒョウをベースとしたふくよかなおばさんだった。
「ごく……。――! お、おいしい……おいしいわこれ!!」
周囲の客が、おばさんの反応を見るやいなや、次々に注文をし始めた。
「このオレンジジュースさっぱりしてて、うめぇぇぇ!」
「私のブドウジュースも濃厚でおいしいわよ!」
「俺のミックスジュースも香りと甘さが合わさってうますぎる!」
「俺には、キウイジュースくれ!」
「私には、イチゴジュース!」
「お、俺には、スマイル一つ!」
ふむ。思った以上に高評価のようだ。おかしな奴もいるが見なかったことにしておこう。この調子なら完売するのも時間の問題だろう。後は、こいつらがこの経験を街に持ち帰って、口コミで広まれば完璧だな。
そうこうしているうちに、特製ジュースはあっという間に完売した。
売り子の犬は慣れない作業で額に汗を浮かべ、人だかりが街へと消えていくと、その場にペタンと座り込んだ。
「よくやったバカ犬」
そう声をかけ、シュタッと犬の横に降り立った。
急に上空から俺が現れたことに驚いたのか、犬は俺とは逆の方向に飛び跳ねた。
「お、驚かさないでください! ……って、え? 鳥人だったんですか?」
「お前らと一緒にするな、この駄犬」
「だ、駄犬……。でも、翼がありますし」
「作っただけだ。そこにある装置も作ったものだ」
俺は、荷台の下に隠してあった『魔力供給式全自動ミキサー1号』を指差した。
「ほぇ~、なんですかこれは?」
「食べ物を粉砕してかき混ぜる装置だ。さっきのジュースも全部これで作った」
「あ! なるほどぉ」
犬は納得したのか、装置をじっくり眺めていた。すると、何かを思いついたのか手をポンと一つ叩くと、俺の方に振り返った。
「もしかして、いろんなものが作れるスキルを持ってるんですか?」
「まあ、そんなところだ」
「やっぱり! じゃあ、そのスキルでお金を作ればいいんじゃないですか?」
《こいつ……天才か?》
リーナがなにか言ってるが無視だ。
「いいか駄犬、なんのデメリットもなく物を作れるわけがないだろう。物を生み出すにも魔力を使う。それに硬貨は、複製防止の為だろう、数十種類のレア素材が複雑に織り交ぜられて成形されている。作り出す魔力と行商による収益とを比較すると、割に合わん」
「はぅ、すみません」
「分かったらさっさとお前の村に行くぞ」
「は、はい!」
俺は翼をしまうと、すぐに荷台に乗り込んだ。
――無限に広がるとも思えるような、だだっ広い荒野の中を走る一台のリヤカーがあった。
それは荷台にジークを乗せ、馬の背で少女が手綱を握っていた。
俺は荷台の中で足を組み、手を頭の後ろで組んで、目を瞑って荷台の壁に寄りかかるように座っていた。
「あ、あのぉ」
犬が首を横にし、なにやら話しかけてきた。
「なんだ?」
「えっと……名前を聞いてもいいですか?」
「……ジークだ」
「あ、ありがとうございます! それと行商も手伝っていただいて助かりました。すごいですよねー! 私なんていつもダメダメなのに、今日は街に着いた日にまさかの完売ですし! えへへー。あ、ちなみに私の名前はミラって言い――」
「ちゃんと前を向いてろ駄犬」
「……はぅぅ」
耳と尻尾をピコピコさせながら上機嫌に話していたミラは、話を切り捨てられると、耳をパタンと垂れさせた。
とりあえず俺は、犬が暮らしているという村に行くことにしていた。俺一人ならどうとでもなるが、こいつを連れて行く以上、それなりの備えが必要だと思ったからだ。
俺は荷台の中で、下敷きに変化させていた薄い板をパタパタとうちわ代わりにして顔を仰いでいた。
猛暑というわけではないが、季節は夏の序盤くらいだろうか、日も暮れ始めていたのに暑さを感じていた。
すると、突然馬の脚が止まった。
「どうした駄犬、まだ日は落ちていないぞ」
そう、日が暮れ始めたの確かだが、まだ見えなくなるほどではない。だから急に立ち止まったことに不思議に思ったのだ。
「ま、魔物が……どうして……」
困惑しているような犬の声を聞くと、俺は体を起こして犬の指差す方に目を向けた。
するとその先には、ゴブリンがいた。レベルFのぶっちゃけ雑魚だ。あんな雑魚ごときに止まるなよと思った俺は、始末するよう命じた。
犬がいるのだ、わざわざ俺が動く必要がない。
「で、でも……」
犬が馬から降りるが、何やら怯えている。
なんだ? お前、獣人だろ? 武器がないとダメってか?
「ちっ……」
俺は軽く舌打ちすると、荷台から飛び降り、小石を一つ拾い上げた。そしてその小石を小さめのナイフに変化させると、犬に近づき手渡した。
ちなみにナイフはチタン鉱石製だ。犬にはこれで十分だろ。
「え……」
犬は両手でナイフを受け取ると、少し困惑したような表情を浮かべ、上目使いで俺を見つめてきた。
「どうした。俺の役に立つんじゃないのか? お前が付いてくることを決めた意志はこの程度か?」
「……や、やります」
俺の言葉に下を向いた犬は少し沈黙した後、小さく返事をしてゴブリンの方へ歩き出した。その足取りは重く、体は少し震えているようだった。
「フガアアア!」
近づく犬に気づいたゴブリンは、咄嗟に奇声をあげた。威嚇しているようだ。
「きゃぁっ」
ゴブリンの突然の奇声に驚いた犬は、その場に大きく尻もちを付いた。さすがにゴブリンはそれを見逃さず、素早く犬に近づく。
ゴブリンは標的を目の前に捉え、右手に持っていた木の棒を大きく振りかぶった。
「きゃぁぁぁぁ!」
犬はナイフを手放し、両手で頭を覆うと、体を小さく丸めて悲鳴をあげた。
なにやってんだあのグズは?
俺はうちわ代わりに持っていた薄い板をゴブリン目掛けてフリスビーの要領で飛ばした。高速回転する板は、ゴブリンの右手と首を簡単に切断した。そして弧を描くように俺のもとへ板が戻ってくると、右手でパチッと受け止めた。
「おい! 駄犬! いつまでそうしてるつもりだ!」
小さくなってガタガタと震える犬は、顔を上げると目の前のゴブリンの死体を目にしては、ナイフを拾い上げてその場から逃げるように戻ってきた。
「ご、ごめんなさい……」
「この役立たずが! 明日から戦闘訓練だ」
「は、はぃ……」
「それと今日はここまでだ。もうじき日が完全に落ちるだろう。辺りには他に魔物はいないし、ここで朝まで待機だ」
「はぃ……」
俺はそれだけ言うと、荷台の中へ戻り横になった。寝る必要はないが、まだ完全には魔力が回復してはいないので、横になることにしたのだ。
ちなみに犬の寝床は知らん。その辺の地面にでも寝るだろう。
夜になると、辺りは真っ暗闇に包まれていた。風の音も、動物の声もせず、ただ静寂が続いていた。
――そんな中、小さくすすり泣く声だけが、僅かに聞こえるのだった。
次の日、俺は地面に寝ている犬を軽く蹴飛ばして起こすと、朝早くから出発を始めた。
犬の村には、なんでも一週間ほどかかるそうだ。魔物のいない道を通るのに、遠回りする必要があるのだとか。
だが、昨日ゴブリンがいたじゃないか。犬の言うことなんか、あてにならんな。
出発から数時間ほど経った頃、またゴブリンを発見した。
「おい、今日は倒せよ。助けないからな」
「はぃ……」
犬は小さく返事をすると、両手でナイフを握りしめてゆっくりゴブリンに近づいて行った。
ゴブリンは犬に気づくと、威嚇の為に奇声をあげた。そして木の棒を持った右手を大きく振りかぶりながら、標的目掛けて走り出した。
犬は走って近づいてくるゴブリンを見るとガタガタ震えだした。顔は段々青ざめていき、目には涙を浮かべていた。それは、ゴブリンが近づくにつれて徐々にひどくなっていった。
もう目と鼻の先まで近づく両者。ゴブリンが振りかぶっていた木の棒を振り下ろそうとしたとき、声にならない声をあげながら犬が一歩前に踏み出した。その瞬間、ゴブリンは立ち止まり、ゆっくりと後ろへ倒れた。両手を前に突き出すように構える犬の手の中には、ベッタリと血が付いたナイフが握られていた。
リヤカーへ戻ってくる犬の姿は、大きく肩で呼吸をし、ボロボロと涙を流していた。
それからは、魔物に遭遇しては戦闘をと繰り返した。村に着くまでの一週間、毎日戦闘訓練が行われたのだった。
――出発から一週間後。
もうすぐ村に着きそうだった。俺は『千里眼』にて位置を特定していた。それと同時に、このまま進んでいくと村に辿り着く間に二匹のゴブリンと遭遇することも分かっていた。
しばらく進んでいくと、その二匹はいた。
「おい、出番だぞ」
――コクン。
犬は、もはや返事をすることもなく小さく頷くと、右手にナイフを握り、体を左右に揺らしながらフラフラと歩いて行った。その目に生気は無く、顔は少しやつれ、以前の面影はまるでなかった。
《ジーク、ちょっといいです?》
(何だ)
リーナが久しぶりに声をかけてきた。
《ジークが決めたことを、私がどうこう言うことじゃないから黙ってたですけど、さすがにちょっと見てらんないです》
(なにがだ、言ってみろ)
俺のその言葉を聞くと、リーナは話し始めた。
《あの子、もう一週間は何も食べてない。もちろん水分も取ってないです。夜も度々泣いていて、ろくに眠れてないです。ジーク……、あの子は人です。人間より優れた身体能力を持つ獣人とは言っても、食事も睡眠も必要です。それとあの子は獣人の中でも最弱と言われる種族。身体機能も人間とそれほど変わりませんです。それに加えて慣れない魔物との戦闘で、肉体的にも精神的にもすでに限界です……》
リーナのその言葉に、俺は俯いて……思い出した。
食事も睡眠も必要ない身体になってしまったからか、俺はそんな当たり前のことも忘れていた。
あいつ、一度も泣き言も文句も言わなかった。かばんに入っていた干物は、一週間の道中での食事だったのか……。商品に手を出さない為の物だろう……。チラシを入れる際に、干物が入っている意味が分からず、俺が捨ててしまったんだった。相当腹が減っていただろうに、食い物をくれとも、水をくれとも、夜寝るとき荷台の中に入れてくれとも言わなかった。獣人の中で最弱の種族? 怖くて、震えて、泣いていたのに、あいつは逃げ出さなかったな……。俺は、あいつが罪を背負うと言って、付いてきた意志の強さを完全に見誤っていたのか。いや、意志の強さだけでここまで? 一週間、あまり意識して見ていなかったから気づかなかったが、あいつの姿は……まるで廃人のようじゃないか……。俺は、仮初めにも人間の身体を手に入れたのに、中身は人間じゃなくなってしまったのだろうか……。
そう思考していると、今の状況を思い出し、ハッと前方に視線を向けた。
ゴブリンは、木の棒を持つ右手を大きく後ろへ振りかぶると、目の前までフラフラと近づいてくる犬に向けて、垂直に振り下した。
「いっ――!」
俺は犬に声をかけようとしたが、その時起こった予想外の事態に目を見開きそのまま言葉を失った。
それは――、ゴブリンの振り下ろした木の棒が、犬の頭へと当たる寸前、犬は左へと体の重心をずらすとそのまま体をひねり、振り下ろされる木の棒を躱すのと同時に、ひねった体の遠心力を乗せたナイフがゴブリンの首を撥ねていたのだった。流れるようなその動きは、まさに一瞬の出来事だった。
犬は何事もなかったかのようにフラフラと二匹目のゴブリンに近づいた。
ゴブリンは背後から近づく謎の足音を聞きつけると、勢いよく振り返った。しかし振り返った先には何もなく、ゴブリンはそのままゆっくりと地面に倒れた。
犬はゴブリンが振り返る寸前に頭上へと飛び、体を半回転ひねりつつ天と地が逆になるかのように宙を舞うと、ゴブリンと背中合わせになるように地面に着地した。だが、それだけではない。右手に握るナイフを逆手で持ち、着地と同時に背中からゴブリンの魔石を貫いていたのだった。
戦闘が終わると、犬は崩れ落ちるように地面に倒れた。その様子を見るやいなや、俺は犬の元へ音速で移動した。
倒れた犬を両腕で抱えると、俺は小さく口を開いた。
「なんで……こんなになるまで無茶をした」
俺の言葉を聞いた犬は、おぼろげな目で見つめ、振り絞るようにして小さな声を出した。
「……や、約束――」
犬は必死にぎこちない笑顔を浮かべて、一言そう呟いた。そして、俺の腕の中で眠るように意識を失った。
――そして数時間後。
荷台の中に犬を寝かせた俺は、代わりに馬の手綱を握り、ある場所へ辿り着いた。
そう、最初の目的地――。
小さな村、犬の故郷だ。




