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眼の異世界転生  作者: ビッグツリー
第二章 目的~ビビレッジ編~
13/70

変貌の悲劇

 『エルバ』北部に位置する、人間の大陸『コルロートン』。

 その大陸内には、東に『トン』・北は『コル』・西に『ロー』と呼ばれる三つの国が存在する。北に位置する『コル』は大国と呼ばれ首都があり、そこに生活する人々の人口は、人間の大陸全体の六十パーセントを占める。『コル』は近代魔法の開発、『ロー』は家畜生産の開発、『トン』は魔法兵器の開発を軸として成り立っている。



 『コル』の大門の前にて、門兵に話しかける一人の老人がいた。


「いやいや、お疲れさん」


 老人は長いあごひげを触りながら、顔をしわくちゃにしながら微笑んだ。


「はっ! これは魔導士ナオヒロ様! 外出ですか? お気を付けて!」

「はいはい、ありがとう。これからも街の人をよろしくね」

「はい! ナオヒロ様に恥じぬ働きをお約束します!」


 門兵との会話を済ませると、老人は巨大な鉄製の扉を抜けた。

 そしてしばらく南下して行き、街が小さくなると詠唱を唱えた。目の前に小さめの魔法陣が出現し、その魔法陣の地面からそれは現れた。黒く柔らかな毛並み、頭に生えた青い角、ユニコーンのような生き物だった。魔導士ナオヒロはその背中に乗ると、老体とは思えぬ風貌で颯爽と大地を駆け抜けた。




――そして数日後。


 魔導士ナオヒロは、全種族が『不可侵の大陸』と定めた大地を踏みしめ、その禁忌を破っても尚、速度を落とさずにいた。






(おお、初めての人だ! しかも魔導士! 本物じゃん! だけど、命の危険があるのに一体なぜここに?)

《核が目的か、あるいは精霊の大陸か、ですかね》



 俺は地上に出ると、全力の音速飛行によりおじいさんの近くまで辿り着いていた。



 全種族に狙われる他にも、ここには普通に魔物も存在する。下手に力を使って干渉するよりも、まずは一定の距離感を保ちながら上空で観察することにした。


 二時間ほどそんな状況が続くと、さすがに気づいたのか老人がこっちを見上げてくる時があった。

 すると、俺は老人の前方に巨大なゴリラのような魔物を発見した。



(『ロックゴリラ』レベルCか、大丈夫かな? まあ、おじいさんのレベルはBだし様子を見るか)


 俺はそう判断し、上空から事の成り行きを見守っていた。



 魔導士ナオヒロは前方の魔物を発見すると、騎乗したまま杖を魔物に向けた。


「ブリザードウインド」


 そう言い放つと、杖の先端の水晶から氷の欠片が突風のように無数に飛び出していき、ロックゴリラの体を一瞬にして覆い尽くした。

 そして汗ひとつ流さず、何事もなかったかのように氷漬けになったロックゴリラの横を走り去ったのだった。



(やるなー。こりゃなんの心配もなさそうだな)

《そうでしょうか》


 俺は空中であぐらをかきながら、その光景を呑気に観察していた。

 だが、その油断はこの後おじいさんを襲う急な事態に反応を遅らせるのだった。



 地面が小さく盛り上がり、その横を魔導士ナオヒロが走り抜ける刹那、小さな針のような物が彼の右足に突き刺さった。


「ぬっ! 毒針モグラか……油断したわい」


 魔導士ナオヒロは咄嗟のことで速度を落とし、それを待ってましたとばかりに周囲の地面から取り囲むように毒針モグラの集団が現れた。そしてその集団は、目の前の標的を目掛けて一斉に毒針を飛ばした。周囲から迫りくる毒針を目にし、顔をしかめる魔導士ナオヒロは次の瞬間、目を見開いた。



――カカカカカカカン。



 魔導士ナオヒロを中心に透明の壁が包み込み、飛んでくる毒針はその壁に当ると全て地面に落ちていった。



「こ、これは物理障壁? いや、多重結界かの!?」

「大丈夫? おじいさん?」


 魔導士ナオヒロは急に展開された結界に驚いていたが、何者かに声をかけられたことで左右に体ごと振りながら声の主を探した。



「ここ! ここ! 肩ですよー!」

「ぬっ!お前さんは空を飛んでた……。話せるのかい? いや、それよりもこの結界はお前さんが?」



 俺はおじいさんの肩に座り、驚いてる横顔を目にしながら話していた。

 俺の体のサイズは五十センチだ。さすがにそのままの大きさだと肩には乗れないので、人の目の大きさくらいに体を縮小していたのだ。

 すると突然、おじいさんが苦しみ始めた。



「どうしたんですか!?」

「ど、毒針を受けての。大丈夫じゃ。こんなときの為に一応薬を持ってきておる。しかし……毒針モグラの毒は厄介でのぉ。一週間は薬を服用しないと完全に体から毒が抜けんのじゃ」

「持ち合わせはどのくらいですか?」

「二日分ほどじゃのぉ」

「そんな……」



 おじいさんはそう言うとローブの内側から四角くに折りたたまれた紙を取り出し、その中に包まれた薬を、さーっと口の中に流し込んだ。



「仕方ない、寄り道にはなるが東の大陸に向かうしかなかろう。そこが一番近い」




 東の大陸は確か、亜族の治める大陸だったな。人間とは一番敵対してるらしいし、大丈夫なのかな? でもそこが一番近いって言ってるし、薬が足りないんだ、背に腹は変えれないか。



「そういえば礼がまだだったの。わしはナオヒロ。氷結の魔導士と呼ばれてるわい! 助けてくれてありがとうのぉ」

「いえ。敵意は感じてなかったし、それに危なかったから、つい体が反応しました」

「カッカッカ! 知性のある魔物は見たことあるが、ここまで人の言葉を流暢に話す魔物は初めてだわい! お前さん、ただの魔物じゃなさそうじゃの」

「そ、そうですかねぇ。あはは……」



 長いあごひげを触りながら、おじいさんは豪快に笑っていた。



 それからは、おじいさんの肩に乗りながら亜族の大陸に向かう道中いろいろ話をした。

 おじいさんは南の精霊の大陸を目指していること。北の人間の大陸は、科学文明が発展していて、近代的な都市であること。若いころはブイブイ言わせてたらしく、そのうち氷結の魔導士と呼ばれるようになった武勇伝や、どこどこの店のお姉ちゃんがかわいいとか、とにかくいろいろな話を聞いた。


 亜族の大陸までは二日と少しほどで行けるらしく、二日間野宿することになったが俺は寝る必要がないし、おじいさんのことを休ませる為にも、多重結界を常時展開したまま夜間は俺一人で周囲の警戒をしていた。


 二日もずっと一緒にいると、おじいさんの陽気な性格と、豪快に笑うその人柄に俺はすっかり心を許していた。おじいさんも俺と気が合ったのか、いつもその流暢な会話が絶え間なかった。



 おじいさんを精霊の大陸に連れて行きたい――。



 俺は心の中でひっそりそう思っていた。それは二日目の野宿のときの会話からだ。



「そういえばおじいさんは、なんで『不可侵の大陸』に? 亜族か魔族の大陸を経由すればここを通らなくても行けるんじゃ?」

「そうなのじゃが、一番は近道だからかのぉ」

「それは分かりますけど、見つかったら殺されちゃうんでしょ?」


 そこまで話すと、おじいさんはひげを触りながら夜空に浮かぶ星を見上げては、目を細めて一つ呟いた。


「死期が……近いからのぉ」


 その言葉を聞いた俺は、なんて返せばいいのか分からず、ただ俯くことしか出来なかった。



「精霊の大陸に行ったら会いたい者がおっての。昔世話になったんじゃ。会ったら……ありがとう、ごめんよと伝えたいんじゃ……。元気かのぉルルファは……」

「……きっと会えますよ。だから今日はもう休んで明日早くに出発しましょう」


 おじいさんの寝息を確認すると、俺は満天の星空を仰いだ。


 おじいさんを、絶対守ってやる。そう心に誓った。






――次の日の朝。


 人間の大陸、『コル』の王城の廊下にて高々と響く足音があった。



「陛下! クラマ陛下!」



 王城の一室、そこは十分な広さの中に、天井には豪華なシャンデリア、周りの棚やテーブルでさえ黄金に輝く装飾品類が施されていたその部屋の主こそ、人間の大陸『コルロートン』を治める王。『クラマ国王』である。



「なんだい騒がしい」


 白を基調とし、黄金に輝く小さな装飾のアクセントが栄える上品な服。すらっとした体形に、腰まである長い黒髪は、後ろで一つに束ねられている。手を後ろで組み、ガラス張りの壁から城下を見下ろしながら、自室の扉の向こうにいる人物に少し強い口調でクラマは答えた。



「入室失礼します!」


 扉を開けて現れたのは、銀色に輝く鎧を身に纏い、腰にやや小ぶりな剣を携え、茶色のロングストレートの髪、整った顔立ち、年の頃十七・八とは思えないほどの凛とした表情が伺える、国王直轄の近衛騎士団長『サユリ』だった。


 サユリは、部屋の中央まで進むと立ち止まった。



「一週間ほど、魔導士ナオヒロ様の姿が見えないようです。門兵の話によると、一週間前に外出を確認し、その後戻られてはいないようです。目撃者の報告によると、ここを出てからは大陸を南下したようで、捜索隊を派遣してはいますが未だ有力な情報は入っておりません。いかがなさいますか陛下」

「ん~。出ていく日に、彼と話した者はいるのかい?」

「会話をしたのは門兵一人だけのようです。挨拶のようなもので、特に不思議な内容ではありませんね」

「一応聞いておこうか」

「これからも街の人をよろしく、と」


 クラマは目を閉じて少し思考すると、ゆっくりと振り返り、サユリを前にし微笑んだ。


「うん、放っておこうか。捜索隊は引き上げていいよ」


 クラマの言葉に、サユリはキョトンと目を丸くした。


「で、ですが魔導士ナオヒロ様は魔法研究に大きく貢献した貴重な人物。いくら優れた力を有するとは言っても、安否すら分からない状況です」

「彼はもう歳だ。死期が近いのを悟っているんだろう。だから最後くらい自由にさせてあげればいい」

「陛下……」


 優しく微笑むクラマを目にし、サユリは肩をおろした。


「あ、でも一つ頼もうか」


 クラマは、さも今思い付いたとばかりに手をポンと叩いた。


「腕の立つ冒険者を少数精鋭で編成して『封印の祠』へ調査に向かわせて。あ、もちろんギルドを通さず極秘でね。君の口から僕の勅命だと言えば大丈夫だろうし、報酬もちらつかせれば集まるでしょ」

「『不可侵の大陸』にですか……。確かに最近、魔物の活動が活発化しつつある傾向にあります。『封印の祠』になにか影響があったのかもしれませんが……冒険者だけで大丈夫でしょうか?

騎士団を向かわせた方が確実だと思いますが……他の種族が黙っているかどうか」



 少し顔を暗くするサユリに、クラマは微笑む。


「魔導士ナオヒロは、おそらく『不可侵の大陸』を抜けて『精霊の大陸』へと向かったんだと思う。派遣した冒険者達が、仮に『封印の祠』に着く前に他種族に見つかった場合は、こう言うんだよ。――”禁忌を破った者がいる、誓約の元に同種として裁く”とね。精霊は動かないだろうし、プライドの高い魔族は、人間か亜族が対処するだろうから自分達が出張る必要はないと彼らは動かないだろう。動くとしたら亜族かな。もし言い分が通らなくても、冒険者なら別に痛くもかゆくもないしね。だから戦力として貴重な騎士団は向かわせないんだよ。それにあの洞窟の中だったら死んでも魔物に捕食されて分からなくなるしね」

「……お、仰せのままに」


 微笑みながら平然と話すその姿にサユリは唇を噛み締めた。恐ろしい――。非道的なまでの知略さに、サユリは床にかしずくと、そう一言だけ答えた。






『エルバ』において一番広大な面積を誇るは、東にある亜族の大陸『ストロマエル』。その大陸内にある街の一つに、ジークと魔導士ナオヒロはいた。


 街には石造りの建造物を基本とし、布製のテントのような物の多くは出店のようだ。耳や尻尾、翼が生えた人達がごった返していた。その中で一人、おぼつかない足取り、顔は若干青ざめ、額から汗を流しながら出店を転々とする人間がいた。

 魔導士ナオヒロが、体を蝕みつつある毒と戦いながら薬を探していたのである。



「うちでは取り扱ってないよ。よそ行きな」



 もう何件目だろうか、店の人物は相手が人間だと見るやいなや、明らかに不機嫌そうな表情を顔に出し、薬があっても断っていたのだ。



「なんでだよ! 病院も受け付けてくれないし、なんで助けてくれないんだ!」


 俺はおじいさんの症状が悪化してきているのと、街の住人が明らかに避けているのを目の当たりにしてイラついていた。


「……しょうがないじゃろう。停戦している今でも、人間に対する根は深いのじゃ」


 少し寂しそうにおじいさんは呟いた。




 そろそろ薬を置いてそうな店が心持たなくなっていると、売ってもいいという店がようやく現れた。



「すまない……。毒針モグラにやられての。薬を売ってもらえんかね?」



 その声を聞いた店主は、店の前にいる人間を目にすると少し首を傾けた。


(この人間……もしかして氷結の魔導士ナオヒロ? 前に人間の大陸に行商した時に見た奴とソックリだ。いや、杖も持ってるし、こいつぁ~本人に違いない!)


 店主はニコっと営業スマイルを向けると、手もみしながら話し出した。


「お客様ですからもちろんお売りいたしますよ! ですが……ここには在庫が無くてですね、私の弟子が開いてる店に在庫があるので、ご案内いたしましょう」



 俺はその言葉を聞くと、焦りとイラ立ちから解放され心が軽くなった。




――その頃、同街にて走り回る一人の人物がいた。

 魔物の皮で作られた薄汚れた茶色のつなぎを身に付け、右手にかばんを持ち、身長は小さく百五十センチほどで、肩まである白い髪、まだ幼さを残す可愛らしい顔、犬のような耳と尻尾を生やした少女だった。




 俺とおじいさんは、店主に案内されるがままに付いていくと、だんだん人込みから離れて薄暗い路地裏を歩いていた。いつもだったら、こんな状況すぐに警戒していただろう。安堵していた俺は、またしてもやってしまったのだ。



――油断からくる、取り返しのつかないミスを。



 ふと、先行する店主が振り返ると、おじいさんの体に少し衝撃が走ったのを感じた。ゆっくりと後ずさる店主の左手には大きな爪が生え、真っ赤な血を滴らせていた。

 そしておじいさんは膝から崩れ落ちるように、正前から静かに地面に倒れ込んだ。



「ひゃはは! あの氷結の魔導士を殺ってやった! きっと王様から報奨金がガッポリ手に入るはずだ! 有名にもなるなこりゃ! ”あの氷結の魔導士を倒した男、ゼル様”ってな!」


 ゼルは高らかに笑いながら地面に転がった杖と帽子を拾うと、そのまま路地裏から消えていった。




「リーナ! おじいさんを回復しろ!」

《やってるです! だけど毒の作用が進んでて、このままじゃ……》

「なんとかしろ!!」


 俺はあまりに気が動転しすぎて、思考がグチャグチャになり慌てふためくだけだった。


 そんな中、おじいさんが顔の目の前にいる俺の頭を、右手で優しく撫でながらゆっくりと口を開いた。



「わ、わしは……もうだめだ。自分のことだからよく分かる」

「絶対に助ける! だから、だから頑張ってくれ!」

「十分じゃ……。短い間だったが、お前さんといるのは楽しかった。ルルファに会えなかったのは名残惜しいが、最後にいい友達が出来たわい」

「お、おじいさん……」

「もし、ルルファという精霊に会ったら、よろしく伝えておくれ……」

「……約束するよ」



 言葉がうまく出なかった。胸を締め付けるような感覚はあるのに、涙を流せないこの体は、とてもとても苦しかった。


 するとおじいさんは、掌で俺を優しく包み込み、仰向けになっては胸の上に俺を乗せた。



「お前さんに、わしの全てを託す。ありがとう……小さな魔物さん」


 おじいさんはそう呟くと、右手をだらりと地面に落とした。



 俺はおじいさんの死を感じ取り、ただただ俯いていた。


 心の中は今まで感じたことのない溢れんばかりの憎悪で満たされ、人格を蝕んでいった。



「名前くらい……教えておけばよかったな」


 一言呟くと、おじいさんの体から暖かく包まれるような魔力が俺の中に流れ込んできた。それを感じると、俺は体から無数の神経を出して、おじいさんの体に巡らせた。



《なにするです?》

「言ってただろ……。全てを託すって」



 俺は『素粒子支配』を用い、おじいさんの体を分解し吸収した。おじいさんの全てを受け入れたのだ。

 目を瞑ると眩い光が解き放たれる。

 光の中で、目玉の身体が凄まじい勢いで変化を遂げてゆく。






「はあはあ、この路地裏って聞いたけど――」


 かばんを持った少女は、街のとある路地裏を覗き込むと、突如襲い掛かった眩い光に目をくらませた。片腕で顔を覆うと、程なくして光は治まった。


 光の中から現れたのは、黒を基調に赤いラインが一筋入ったローブを纏い、少し長めの黒髪、ややツリ目の整った顔立ち、高身長のその首には十字型の赤いネックレスを身に付けた――。





『人間』だった。

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