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前篇

 まばゆい光が包むように一か所に集まったとわかった時には、自分の体にいくつかの違和感を感じた。

 高校の出し物のため、聖女マリアの格好をしていたのがいけなかったのだろうか、高村 紫月は目の前の光景に頭を抱えたくなった。

 そこは西洋の城と似たような建物で、その一室であることを紫月は理解するものの、目の前に立つ彼らからここが地球とは違う場所であるだろうと認識させられた。

 つまり彼らの着ている服装がとても現代の若者が着る服装とはかけ離れた格好をしており、なおかつ日本人とは違い彫りの深い顔立ちと長身を持っていた。

「貴様が聖女か」

 薄暗い部屋の角から靴音を響かせて近づいてきた男は金髪に碧眼という容姿で、着こんでいる服装はゲームの王子のようなものだ。口調からわかるように上から目線で、初対面の相手にする一言ではない。

「さすがは城付きの魔術師だな、一発で成功するとは」

 次に前に出てきたのは黒髪に青い瞳の男。こちらも王子のような格好をしているが、メガネをかけているのにもかかわらず目つきがかなり悪い。腹黒メガネで、付け加えるのなら宰相候補に選ばれるようなイメージだ。

「僕としてはそれを手配したことに感謝してほしいね」

 彼はふわふわの茶髪にどんぐりの瞳と、やや子犬のような風貌をしている。わざとなのか印象に幼さを感じさせているのだが、あれは本人の意思なのだろうか。

「彼女がいないといけないというのは、本当ですか」

 紺の髪に黒い瞳をした、いわゆる騎士の格好をしている彼が一番体格がよく、顔付を見なければ色合い的には紫月には見慣れた色彩だ。日本人にも長身はいるが、彼と比べれば別格だと言わざる得ないだろう。

「それ、僕に対しての発言? それとも、姫の?」

 子犬のような彼が自分に対する嫌味だと思い、喧嘩が勃発し始めそうな雰囲気になる。仲が悪いのだろうか。

「んもう4人とも、今は聖女様のほうを優先させるべきです」

「姫」

 同じ一角にいたらしい4人から姫と呼ばれた、その中で唯一の女性が愛らしい表情で口を出す。ピンクを主体としたドレスを着こなしており、品の良い動作をして前へと進み出てくる。

「初めまして、聖女様。お会いできて嬉しいです」

 にっこりと微笑む姿はまだ少女と呼ぶにふさわしく、紫月よりも少しだけ年下の印象を受ける。

 彼女にならここがどこか聞くことができそうだと紫月が口を開いた瞬間。

「お前に発言権を与えた覚えはない」

 そう厳しい口調で王子が遮る。

 訳のわからない場所に唐突にいるという紫月の気持ちを理解する気がないのか、5人で和気あいあいと会話がなされているのを見ているだけの状況に、うんざりとする。どうやらあの姫という人間も彼ら同様、人の話を聞く気はない人種のようだ。

 呆れてため息をつくものの、ふとこの静けさが気になり周囲を見渡すと、そこで初めて部屋にはほかの大人たちがいることが気づけた。特にその5人に対して物言いたげな表情が伺える大人たちが数名いるのに安堵を抱く。

 このまま5人だけを相手にしているのも馬鹿らしいと、紫月はとある一人の男のもとへと足を動かした。

 玉座と呼ぶに相応しいイスに座っている男。精悍な顔立ちと体躯を持ち、柔和な笑みを浮かべる彼が紫月に瞳で何かを語っているように感じた。

 何かに呼ばれたような態を作り、ゆっくりと彼に近づく。一歩進むたびに、小さな光が生まれ、やがて輝く光の球体へと変化していく。その光景に、周囲がざわめき始め紫月を見る目に畏怖の念が生まれていく。

「聖女様だ」

 どこからか漏れたその声に、他の者たちも同意したように小さくこうべを垂れ始める。

 彼のもとにたどり着いた紫月の姿を、もう他の者たちから見ることはできない。光の球体に隠されてしまい、まぶしくて見続けることができないから。

 すうっと光が消えたころ、紫月と彼が静かに笑みを浮かべている。

「天命により授けられし彼の方を、この場でお会いすることができ光栄です」

 そう口にし、彼は立ち上がる。威厳ある口調で高らかに宣言する姿は堂に入っており、国王陛下と呼ばれるにふさわしい人物だ。

「天命は下された。かつての盟約により、この方の力で封印の綻びを強化しなおされる」

 光の球体で聞かされた話で、この国に呼ばれたらしいことを理解し、そして自分のすべきことを納得させた。

 要約すれば、現状この国は魔物から影響を与えにくい封印を古き時代から施してあるらしい。しかし、数百年に一度、その封印が弱まり始める。そのせいで封印が万全の時とは違い弱まってしまい、魔物の存在が国へと影響を始める。紫月が呼ばれたのは、この国ではない人間の力により、それを直すことができると。

 封印をもう一度強化し終えることができれば、元の世界に戻ることができることも説明を受けた。

 旅の間に危険なことはないだろうが、魔物が万が一にも入り込んでいた場合を考えると絶対に安全とは言い切れない。

 そのための護衛として、先ほどの4人が選ばれていたらしいが、聖女のために喜んでついてくるとはいいがたい雰囲気であることまで聞いた。

「私はこの国の王です。あなたの身の安全は保障いたしましょう。全く関係のないあなたに頼むのはお心苦しいです。なのでご理解をいただき、本当にありがとうございます」

 そう、この国に脅威を与えるという魔族への影響を考えれば、紫月にできることがあればやってやろうと思える。勝手に呼ばれて命をかけて戦ってくれと言われれば微妙になるけれど、そうではなさそうだから受け入れることはできる。だが、護衛として選ばれている彼らを受け入れることはできないだろう。

 他の者たちは口をはさむ権利を与えられていないせいで噤んでいるが、おおむね紫月の召喚を歓迎しているのがわかった。

 それだけに、あの5人の対応は些か問題があるといえるのだが、紫月はあまり関係がない。関わり合いを持ちたくなくて視線を向けないし、紫月自身に護衛など必要ない。

「私は君を置いていけそうにないのだが、君はどうだろうか」

 甘い声をだし王子がささやく。紫月に向けた鋭いまなざしは消えうせ、姫にはとろけるような瞳で見つめている。

 それに姫が嬉しそうに微笑む。

「私もです。でも、聖女様をお守りしてください。私のことなど気にせず」

「私は姫のほうが心配です。貴女は魅力的で、他の男性が貴女を誘惑をしていないか不安で何も手に付けられそうにありません」

 腹黒メガネの男がささやく。こちらも先ほどとは違い視線が緩み、甘い雰囲気を作り出す。

「そんなことありませんわ。私よりも他の女性の方のほうが魅力的ですもの。私なんて霞んで見えませんわ」

 謙遜をしているのか、それとももっと言ってほしいのか判断に悩むような視線を姫が腹黒メガネへと向ける。

「そんなことないよ。君ほどきれいな女性を見たことがないもの。だから僕も心配でたまらない。行きたくないなあ」

 嫉妬したのか、犬系の彼が甘い声で姫に抱きついている。じゃれているようにも感じられるのだが、一歩間違えればセクハラの域に入るだろう。すでに入っているのかもしれないが、姫が嬉しそうなので訴えられることはない。

「私も貴方のことが心配ですわ。貴方はとても優しいのですもの、何かあって傷ついていないか心配で夜も眠れなくなります」

「それはいけない。寝不足になった貴女が倒れないか私が見ていなくてはいけませんね」

 最後に騎士の男が抱きしめていた犬系の彼を引き離しながらささやいた。

「一緒にいてほしいのが本心ですが、貴方たちのやるべきことを私が邪魔するわけにはいきませんもの。だから大丈夫です」

 微笑んでいる姫は、一見するとまともそうに見えるが、順番に話す男たちを侍らせている時点でおかしいだろう。というか、喧嘩をすることなく会話が滞ることなく進むのに違和感を感じ得ない。

 こんな茶番を、他の皆が聞かなくてはいけなかったのかと思うと紫月は涙が出てきそうだ。絶対に自分には無理だと。

「聖女など、一人で旅をしても大丈夫だ。見てみろ、貴女のような華奢な体つきでもないし、体力もありそうだ。聖女と一年もかけて国を回ることなんて、私にはできない」

 王子の悲痛の叫びに、3人も同意するように頷いている。

 茶番劇というよりはコントを見せられているような気分になり、紫月はため息をつきたくなる。

「そうだ、明日から順番に1人1日、デートをしよう。君としばしの別れをする私たちを慰めておくれ」

「それは名案だ。4日あれば十分だが、後2、3日は皆でも出かけよう」

「なら頑張れそう。いいよね、姫」

「もちろん、拒否の言葉は聞き入れるつもりはないが」

 きっちり4人分の意見を口にしているあたり、何かあるのだろうかと探りを入れたくなる。気持ちの悪い4人だ。まるでゲームのように忠実なせりふ口調、現実で見ると不自然極まりない行動。何もかもが紫月には違和感を感じさせて仕方ない。

「私だって4人とのお別れはとても寂しいもの、喜んでデートするわ」

 頬を赤く染めて頷く姫に、4人はしまりのない顔をしている。

 それを周囲の人間が冷めた目で見ているのだが、5人は誰一人として気づかない。気づく気配もない。

 シュールな光景に紫月は頭が痛くなる。

 こんな連中と旅に出ることは、断じて認めたくない。ありえないし、想像すらしたくない。きっと道中喧嘩ばかりで旅も進まないだろう。

 そう思ってしまうのは、仕方のないことだと思った。


 驚いたことに彼らは次の日から1人ずつ順番に姫とデートをし、さらに3日間も5人でデートをしたにもかかわらず、まだ別れが惜しいからともう1日伸びたのだ。

 さすがにこれはまずいと国王が進言するものの、結束された5人は聖女である紫月に謝罪の言葉を口にするものの、反省の色はまったく見えなかった。むしろ仲睦まじい姿を見せつけるようにしていた。

 廊下でとある少女と知り合った。なんとびっくり、あの王子の妹姫。彼女は柔らかな笑みを浮かべて謝ってきた。驚くことに言葉を挟ませないほどずっと頭を下げて謝罪を口にしているのだ。

 そんなにも気にしなくてもいいよと言ってやりたいのに、言わせないその言動に驚きが隠せない。

 さすがに見かねた妹姫の隣にいた少女が止めてくれなければ、知り合ったばかりの女性を謝らせた最低男としてのレッテルを貼られ、紫月の心にダメージを与えただろう。

 声が出せないということを前提に、首を横に振り気にしていないとアピールしておく。もちろん、聖女にふさわしい微笑み付きで。

 心配そうに見つめてくる彼女は愛らしくてグッとくるものがあったが、ちゃんと分別はつくので手を出すこともない。

 そこへ通りかかったのは、妹の兄である王子と、犬系の彼。二人は妹を見ると紫月など目にもくれずに彼女を貶めるような言葉を連なった。

 驚き固まっている紫月に、妹は困ったように微笑んでから部屋に戻っていてほしいと伝えてきた。いつものことだから気にしないでもらいたい、むしろ忘れてもらいたいからと。

 そんな妹姫に、さらに二人の攻撃が続く。

 男として最低だろうと紫月が前に出ようとすると、妹の隣にいた少女が間に入って紫月を後ろへと下がらせた。

「申し訳ありません。姫様の意向により、先に部屋へ戻っていていただけますか?」

 有無を言わせない言動で少女が紫月を黙らせた。ことを荒げたくないことだと言われてしまえば、妹のためにも部屋に戻るべきであろう。

 俯いて固い顔をしている妹の横顔が印象的で、紫月は早くすべてを終わらせようと決める。

 悲しむ彼女を見たくないから。

 そして、あの二人のような腹の立つ男たちなど見たくもない。顔もよくて腕もたつのかもしれないが、人間として最低だ。

 妹に対しての態度が最悪だ。

 許せない。

 そう思いながらも、微かな違和感がぬぐえない。

 このままでいいのだろうか、思いながらもすべての闇を取り除くことなどできない。

 割り切った関係でいたほうがいいと、紫月は思考を切る。

 部屋に戻ってきたものの、先ほどのやり取りを思い出し、やりきれない思いを抱えて眠れぬ夜を過ごすのであった。


 そして出発当日、聖女の格好をしつつも巡回ができる姿をした紫月が現れると、4人の護衛騎士たちはそれぞれが目を覚めたような表情をしていた。しかし結局は違和感を感じながらもそれを振り払うようにして気づかぬ振りをしてしまった。

 それを目にし紫月も他の者たちも落胆したのだが、盲目的に男爵令嬢だけを見ている彼らが気付くことはなかった。

 この国に呼ばれてから9日後に出発、それは急を要するから呼ばれた召喚の儀は必要ないのではなかったのだろうと思われても仕方のない日数だと、彼らが気付けなかったことは紫月には残念で仕方なかった。

 しかも久々に会った紫月に王子はこういったのだ。

「仕方ないからお前と行ってやる、感謝しろ」

 不遜な態度は本物の王子だから仕方ないにしても、あの国王の子にしてはダメだなと思わざる得ない。民の安寧と安泰を考えれば、憂えてしまうほどに。

 現に、周囲の者たちの残念な目や雰囲気を醸し出して見ているのにも気づいていないのだ。このような若者に自分の将来を預けることを不安に抱いてしまうのは仕方のないことかもしれない。幼いころから父である国王をめざし自分を律していたのにもかかわらず、王子はある時を境に変化を遂げてしまった、悪いほうへ。

 それは他の3人にも言えた。

 聞いたところ腹黒メガネは父親が宰相らしく、将来は優秀な父親を見習って王子を補佐したいと口にしていたらしいのだが、姫と出会いすべてを台無しにしてしまった。

 犬系の彼も王を補佐する父親を目指し、とある女性と婚約関係であったのにもかかわらず、姫との出会いで破たん寸前である。

 騎士である彼も王国の騎士団に所属し将来有望とされていたのだが、この頃の鍛錬のやり方で地方へと飛ばされることが確定されている。

 そして姫。彼女は男爵家の令嬢で、本来ならばあの場所にいることもできない立場のものだったが、王子たちの力によりそこにいることを許された存在だった。当然ながら国王の許可を得ることはおろか、周囲の人間の誰一人として彼女の味方はいない。

 何しろ優秀で大切に育てられていた4人の将来を潰してしまったのは、彼女のせいだと判断されていたので。

 つまり、彼女の罪が一番重い。

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