どれだ、と
微妙にサービス悪い答えを告げて、女神様はスマホに引っ込んで電源を切ってしまう。
だが、新しい事が分かったら解説してあげると言っていたので、そうなってくると、
「図書館で、貴族の宝物庫が襲撃された事件について調べるか」
まずはそこから情報を集めていって、女神様にまず聞いてみるといいだろうと思う。
とはいえ、何時も女神様に頼ってばかりなのも問題なので、新聞でその事件を調べてから出来る事を考えないとなと俺は考えていると……肩を叩かれる。
振り返ると幽霊のサーシャが浮いていて、
「あのー、タイキは女神様とどのような御関係なのでしょうか。……は! ま、まさか愛人!」
アホな事を言いだしたサーシャに俺は、やっぱりこの幽霊は見捨てようかと迷う。
そこで俺のポケットから女神様らしい白い腕がのびてきて、そのサーシャを一発ボコっと殴る。
「ごふっ、痛いですぅうう」
そんな女神様の手にふわっとペンと紙が現れて、サラサラと文字を描き、そこには、
「『タイキは愛玩動物』……」
気の毒そうな目で俺はサーシャに見られた。
薄々そうじゃないかと思っていたが、やっぱり俺の扱いってそんなかと悲しく思っていると、そこでサーシャが至極納得したというかのように頷いて、
「確かにタイキは、女性に弄ばれそうな感じが。でも何かをお願いするにはもってこいの男……私の目に狂いはなかった。ぜひ寄生させて下さい!」
「……放置していいか?」
「いやぁああ、待ってください。そ、そうです、でも確かにこの不安定な状況も良くない気がふとしてきましたので、元に戻して下さい!」
「……どうしようか。もうここで見捨てようか」
「もし元に戻れたら、私の“初めて”をあげますから、お願いします」
サーシャの言葉に、俺は吹き出した。
いやなんだその、“初めて”って。
いやいや、何を連想しているんだ俺。
そう俺が心の中で焦っているとそこですっとミルルがやってきて、
「貴方の“初めて”は、タイキに必要ありません」
何時もよりも怖い声音で、ミルルがそうサーシャに告げ、さらに、
「タイキは私の“初めて”を奪ったので、その責任もあって私達のパーティに居るのです!」
「「ええ!」」
えっと、“初めて”というのはミルルにキスしてしまったことだろう。
あの時は杖に呪われていたので不可抗力でしてしまったのだが、この言い方だともっと危険な意味に聞こえてしまう。
俺の人格を疑われてしまうような。
早めに誤解を解いておかないとと俺は思っていると、そこでシルフが俺の近くにやってきて、おもいっきり俺の足を踏んづけた。
「うぎゃぁああっ、何をするんだ何を!」
「つくづく手の早い男だと思っていたのだけれど、やっぱりそんな男だったのですね。少しは優しくて実力があって魅力は確かに無いこともないと思いましたが、気のせいだったようです。……今すぐ、引導を渡してやる、女の敵め。……表に出ろ」
クイッと親指を扉の方に向けて無表情にシルフが告げた。
だが俺としては、
「たまたま呪いの杖の影響で、ミルルが絡まれている時に助けて、お礼としてキスをもらっただけなんだ!全部その呪いの魔道具の影響なんだ! 不可抗力なんだよ!」
俺は泣きそうになりながら弁明した。
絶対誤解されているようなことはやっていないのだ。
そもそもそんな風にすぐ女の子を襲えるくらいの積極性があるんだったら、今更彼女がいると思うと、もう訳が分からなくなりながら自分はやっていないと告げた。
それを聞いたシルフは目を瞬かせて、
「……キス、ですか?」
「そうだ、それだけだ」
「……そうですか。うん、なるほど」
シルフがすごすごと引き下がってくれた。
良かったと俺が思っていると、そんなシルフにミルルが困ったように溜息を付き、頬に手を当てて、
「シルフは、おませさんね」
「だ、だってお姉様があんな事を言うから……」
「女にとって、初めてのキスは、とても大切なモノなのよ?」
「……やっぱり、そうなんじゃないですか。……絶対に、お姉様は渡さないんだから」
よく分からないけれど、シルフは俺を再び敵認定したようだった。
女の子はやはり俺にはよくわからないと思っていると、そこでサーシャが、
「あ、私も“初めて”はキスの事ですから!」
「……こんなふうに意味深で男心を弄ぶ幽霊は悪霊に違いない。よし、退治しよう!」
「うにゃああ、ま、待ってください! だって私姫なんですよ! 大事にして元に戻るお手伝いをしてくれたらきっと良いことがありますよ!」
「……どんな風に?」
「権力という名のコネです!」
「俺、実は野心がないんだ。平凡で普通の充実した生活が取れればいいんだわ」
「あああ、く、この草食系男子め……もう本当にもう……」
サーシャががっくりと床に膝をついてうつむくが、それを見て俺は、
「それで本気で元に戻りたいのか?」
「……はい」
「だったら手伝ってやる。ここで見捨てるのは寝覚めが悪いし」
「! ……タイキ、愛してるぅううう!」
そこですぐに元気になったサーシャが俺に抱きつこうとするが、それをミルルが止めようとして……入口の扉が開かれた。
「こんにちわ~、隣の家の住人です。引越し蕎麦ならぬ引っ越しうどんを押し付けに来たよ―、あら、修羅場?」
脳天気な声で現れた鈴が、うどんを持って俺達の前に現れたのだった。
どうやら鈴は、この家の隣に住んでいるらしい。
店の方は店だけの設備しか無いのだそうだ。
「安いこのへんのマンションを借りていたの。女神様がお金は沢山用意してくれたし。でもここにタイキが住むとは思わなかったわ、そしてまた新たな女の子が増えているし。タイキ、モテモテだね―」
「……そんなに嬉しい事態に見えるのか? 鈴には」
「いんや、女難の相が出まくりなタイキが面白い」
「気楽でいいよな……」
「それでそろそろ、そこにいる新たな半透明の女性について教えてもらえるかしら?」
鈴が指差して、それにサーシャが、
「あ、私は幽霊でこの国の姫のサーシャらしいです」
「お姫様なんだ。私は鈴だよ。タイキと同じ異世界から女神様に呼ばれてこの世界に来たの」
「……ええ! お二人共異世界から女神様に呼ばれてきたのですか?」
「一応秘密ね。騒がれるのも面倒だし」
そして鈴はさんざんうどんの宣伝をしていき、それから俺達は、図書館へ行くというと
「今日は少し暇だから、私もついていくわ。面白そうだし」
と、引っ越しうどんを皆で頂いてから鈴も一緒に図書館に向かったのだが、
「シルフにサーシャを任せてきたが、大丈夫なのか?」
「ええ、精神年齢が近いようで、ゲームをして時間を潰すと言っていましたから」
そう答えるミルルに、確かシルフの方が少し年下の印象を受けたなと思って、何だか怖さを感じた。
そこでミルルが俺の腕に抱きついてくる。
そして機嫌が良さそうに笑っていて……いつにも増して甘えてくる所も含めて、可愛いなと思ってしまう。
これって期待をしていいのだろうか、と俺は思って慌てて頭からその考えを振り払う。
そこで今度はもう片方の腕に鈴が抱きついてきて、小声で俺の耳に、
「ミルルどうしちゃったの? 何だかいつもよりも攻撃的というか……」
「満月が近くて、淫魔の発情期が近いそうだ」
「ええ! タイキ襲われちゃうの?」
「襲われるか! それにミルルだって部屋に鍵かけておいて欲しいって俺にお願いしているし、見込みはないって」
「……ほう、なるほどなるほど、ふーん」
鈴が意味深に笑う。
それに俺はむっとしたので、
「いい加減離れてくれ。歩きにくい」
「いいじゃん、両手に花なんだから。こんな経験あんまり出来ないぞ?」
言われてみればそんな気がする。
確かに鈴といいミルルといい可愛い女の子で二人が俺の両腕に抱きついている。
素直に良い思いをしておこうと俺は思う。
やがて、目的地である図書館に俺達は辿り着いたのだった。
「それでは初回のため、図書カードを作ります。身分証明書をお出し下さい」
「ギルドカードでよろしいでしょうか」
以前ギルドで貰ったカードを取り出す俺。
つるつるとした表面のプラスチックのようなもので、表面には薄く削った赤い石が埋め込まれている。
適当に持っていたのだが、身分証明書という大事なものだったんだと思い、これからはもっと大事に扱っておこうと決める。と、
「はい。……魔力波長登録が行われていませんね。レベルも記載されていないようですし……」
「えっと、魔力測定は明日とギルドで言われています」
「分かりました、番号とお名前の登録情報で、ギルドに問い合わせを行います」
そう言って傍に言った白い箱のようなもの……電話で、問い合わせをする受付嬢。
そういえばギルドでも登録情報の検索といった、ある種の電子的なものを含めた通信技術のようなものもそこそこ発達しているようだ。
魔法的な何かかもしれないが、似たような文明の発達が見られる。
意識や感性、考えが似ているので似たような技術が発達したのだろうかなどと考えていて、そこで今受付嬢が言っていた言葉に聞きなれない物を感じた。
「ミルル、魔力波長登録ってなんだ?」
「ああ、それは個々人の持っている魔力波長には独特の部分がありまして、それをレベル測定と共にこのギルド登録カードに登録され、犯罪歴なども含めて管理されるのです」
「そんなシステムなのか」
「ええ、まともに冒険者として活動できない方々も中にはおりますから。特に私達は武器や魔法を使うある意味危険な存在でもありますから」
「言われてみればそうだな……でも俺、登録できるんだろうか」
ぽつりと呟いてみた。
だってレベルが高すぎて、確か以前機会がおかしいらしくて、999でしたと言われた。
多分あの機械は、999どころかもっと下のレベルしか測定するのを想定していない機械なのだろうと思う。
そして俺はと言えば、女神様には実際にレベル1000で放り込まれてしまっていて。
「どうしよう、怪しい人物になってしまうんじゃ……」
「あれ? タイキ、波長登録出来なかったの?」
「ああ、そうなんだレベルの関係で」
そういえば鈴はどうしたんだとそこで気付く。
鈴も多分ギルドに登録しているのだろうけれどと思っていると、
「女神様に一時的にレベルを下げてもらえばいいじゃない」
「その手があったか! ……それで幾つくらいだ?」
「あのギルドの人に聞いたけれど、ここにあるものでは高性能な物でも、正しく測れるのはレベル820までだって。魔力が高いと魔力は超同士のノイズが増えたりとかなんか難しい事を言っていたけれど――その測定できるレベル820以上は、数字はあてにならないけれど高いのは分かるような感じ何だって。都市に行くともっと測れる機械があるらしいけれど面倒だから、一時的に女神様に直してもらう方がタイキには良いかもね」
鈴に説明されて、俺は良い情報を聞いたと思い、後で女神様に頼んで一時的にレベルを下げてもらおうと考える。
そこで俺は図書館の受付の女性に呼ばれて、確認が取れた話と、この図書館では本の貸し出しが禁止な旨、複写は一冊の半分までしか許可していないなどの説明を受けたのだった。
そして俺達は図書館内でそれぞれ新聞記事を探す事になる。
その新聞記事はすでに書庫に収められていて、地下に降りて行き、その新聞が収められている場所に向かってから、
「全国紙はこの辺の三つです。ただ地方の新聞でも地元であれば、記載があるかもしれません」
ミルルに言われて、俺は地方紙も調べる事にする。
内容はここ一年。
そして鈴とミルル、俺と手分けをして新聞を探し始める。
そして俺はある地方の新聞の小さなコマに、目的の記事を見つける。
「チルド伯爵の別荘に、盗賊団が押し入る、か」
「あ、こっちにもあります、リゼルダ侯爵の家に盗賊団が押し入る」
「こちらにも、レゼ子爵の別荘に盗賊団が押し入る、という記事が」
そこで俺達三人は黙る。
どれだ、と。
そして貴族の屋敷が、ここ一年の間に盗賊団に妙に襲われているらしいという事実にその時気付かされたのだった。