尻尾を振った裏切り者
ギルドに向かった俺達は、まず「魔法使い」の受付に向かうが、
「こんにちは、「錬金術師」に尻尾を振った裏切り者」
受付の女性が笑顔で冷たく俺に告げた。
女って怖い……そう思いながら俺は、
「実は調べて頂きたい人がいまして」
「個人情報なのでお答えできません」
「そこを何とか。魔法使いの中で、「精霊使い」という種類があるらしいのですが……」
「あら、強い力を持ちなのにそういった知識は足りていないのですね。勉強不足ですね」
このまま答えてくれずに終わるのかと俺は随分と嫌われたものだなと思っていると、
「では、まず「精霊」ですが……」
受付の女性が平静を装いながらも、うきうきとしたように分厚い本を取り出した。
そこで俺はようやく自分の過ちに気付いた。
これは……専門の人に専門の質問をして喜ばれてしまうフラグ。
つまり、これからの説明は長い、確実に。
なので俺は慌てて、
「い、いえ、お仕事中にそこまでお手を煩わせるわけにはいかないので、後で図書館か何かで調べてきます」
「そうですか? それは残念です」
本当にすごく残念そうな感じで、受付のおねいさんが本をしまって行く。
そんな彼女に、良かった、長く話を聞かずに済んだと俺が思っていると、
「それで、「精霊使い」の何方が知りたいのですか?」
「え? 答えて頂けるんですか?」
「「精霊使い」は特殊な力のために登録は特に義務づけられており、また何かあった場合、情報の共有が優先されます」
「そんな危険なものなのか」
「ええ、レベル800に相当します……おそらくは貴方の方が危険なのかもしれませんが」
一言付け加えた受付のお姉さんに、俺はびくっとしつつ気付かなかったふりをして、
「それで、その「精霊使い」で、サーシャという人物について知りたいんだが」
それを告げた途端、何故か受付のお姉さんが半眼になった。
そして俺の方を見て、次にああ、と気付いて、
「過去にはサーシャという名の「精霊使い」はおりません」
「その言い回しだと現在ではいるのか?」
それにまたも沈黙される俺。
やっぱり、ミルルについてきてもらった方が良かったのだろうか。
家でサーシャと少しお話をして、彼女の身の上を探ると言っていたが、この世界に疎い俺には荷が重かったのだろうか。
ここで女神様に聞くわけにも行くわけにもいかないし……と思いながら俺は、女神様に聞けば答えてくれるかどうかは別として、ヒントくらいは貰えたかもしれないと気付く。
後で部屋でお話を聞こうと思っていると、そこで受付のお姉さんが深々と嘆息して、
「サーシャというのは、この国の姫であり「精霊使い」でもある高貴なお方の名前です」
「そ、そうなのか?」
「ええ、一週間後にこちらに訪問されますので、その時にどのような方か見てくればよろしいのでは? 美しい方だそうですし」
「……ピンク色の髪に緑の瞳の?」
「そうです、良くご存じですね」
そこで俺はお礼を言って、その場を後にしたのだった。
戻ってくると、サーシャとシルフがボードゲームをやっている。
八面のサイコロを転がしながら、双六のようなものをしていたのだが、俺に気付くとサーシャがふよふよ飛んでくる。
そんなサーシャに俺は、小さく呻いてから、
「サーシャ、お前、この国の姫だったりしないか?」
「え? ないですよ、多分」
「お前と同じ名前で髪と目の色が同じ精霊使いが、この国の姫らしい」
「他人の空似だと思いますよ?」
「ちなみに、一週間後にこの町を訪れるそうだ」
そう俺は彼女に告げたのだった。
告げた言葉に目を瞬かせたサーシャは、
「では私は姫ではないようですね。というかこの私が姫なのはないと思うのです」
「俺もそうだろうと思うのだが、だとすると更に本体への道が閉ざされる事になるからな」
「もう本体なんて気にせずずっと寄生させてもらえれば私はそれで」
駄目な感じの幽霊のサーシャに俺が溜息をつくと、そこでミルルが戻ってきて、
「タイキ、戻ってきたのですか。それで、そのサーシャは何処の誰だか分りましたか?」
「ああ、現在いるその精霊使いのサーシャは、この国の姫だそうだ」
その言葉にミルルが黙る。
黙って小さく呻いて、それからサーシャの顔をまじまじと見て……再び呻く。
「いえ、うーん、言われてみると確かに……いえ」
ミルルが悩むようにサーシャを見て呻いて、更に頭を抱えて、
「サーシャさん、髪を下ろす事は出来ますか?」
「それは無理です。だってこれ、多分私が封じられた時にしていた髪形かと」
「そうですか。確かに言われていると似ているような気もして……」
けれどすぐに呻いてしまうミルル。それに俺は、
「そのお姫様に会った事があるのか?」
「ええ、以前我々魔族の国にいらした時に、お顔を拝見させていただきました。ただ……」
「ただ?」
「もっと理知的でお上品で知性のある方で……。少なくとも、『私を飼って!』といって、タイキにまとわりつくような雌……ではなく、女性ではなかったのですが」
「……ミルル、今」
「何でしょう?」
ミルルが口にするとは思えないような言葉が少し出たような気がするが、微笑むミルルにそれ以上聞けない気がした。
なので俺は今のは聞かなかった事にして、
「こほん、それで確かに人格が違うんだな?」
「はい、もっと洗練された美しい方だったと私は認識しておりました。間違ってもこんな、タイキに寄生しようとする悪霊ではなかったかと」
「み、ミルル、もうすこしい抑えてくれ。でもそうなると彼女は誰なんだろうな。早速とっかかりが無くなってしまった」
他にもこの幽霊な生き霊のサーシャが一体何者かという話になるのだが、
「他に何か自分で覚えている事ってないのか?」
「でも、大きな手が私の本体を掴んで、その後運ばれている間はずっと袋の中でしたしね。本体前の記憶なんて全然ありませんし。たまにあの宝物庫の中をふよふよ飛んで様子見していましたが、防御がすごくてその宝物庫からも出られませんでしたし、人がその宝物庫に来るのもみませんでしたし」
そこで俺は引っかかる。
宝物庫に人が来なかった。
確かに頻繁に行く場所ではないだろうけれど、様子見に来る人間が全く来ないのもおかしいように感じる。
ましてや奪われて……となると。
「何処かの古い見知らぬ遺跡の宝物庫っぽかったか?」
「意外に新し目の倉庫みたいでしたよ? 私を連れ去った族も、早くここの貴族に気付かれる前に逃げろって言っていましたから」
「貴族の屋敷だったのか?」
人が来たのを見た事がなく、それが貴族の宝物庫ならばそうだろうと俺は予測して、ついで、
「そういえばここの部屋が借りれるようになったのは何時からだ? もう一度ギルドに言って聞いてくるか? いや……部屋を借りる時に、確か契約書があったはず」
俺は、後で読もうと入れておいた傍の机の引き出しを探し、その契約書を読み……ひと月前だと分かる。
そして宝物庫の確認をひと月もしない貴族がいるのかは怪しいから、更に運ばれる時間を考えて、そもそも貴族の宝物庫が襲撃されるような事件となれば、
「ミルル、この世界の事情、新聞が存在するか?」
「ええ、ありますが……それが何か?」
「その新聞で、ここ数ヶ月以内だと思う、貴族の宝物庫が荒らされる事件はなかったか?」
「申し訳ありませんが、何時も目を通しているわけではありませんので」
「そうなると、全国紙みたいものはこの世界に存在するのか? それを探しに図書館に行こう。図書館ならば新聞もあるだろうし。それで何時頃にサーシャが封印されたかがわかれば、そこをとっかかりにして探してもいいんだが……」
そこで俺は考える。
ここまで推測が立った所で、あの最終兵器を投入すべきではないかと。
そして、俺も彼女に対して苦手な部分もあるのだが、俺はそれに関して諦めスマホをかざし、
「助けて、女神様ー!」
「はーい! やーん、タイキ、連日私をご指名ね。もう、サービスしちゃう!」
そう言ってぎゅうと俺を抱きしめた。
顔にぶにっと胸が当たるが、大丈夫、もう慣れたんだ、俺は大丈夫、そう繰り返して俺は修行僧のように必死に堪えた。
そんな俺に女神様が、
「タイキが焦らない。つまらないわ~、やっぱり女の子に囲まれた、ただれた生活を続けていると純情少年もこんなふうになってしまうのね。悲しいわ~」
「……女神様、それでお聞きしたいことがあるのですが」
俺は、この女神様の性格に適応して質問していいかと問うけれど、それに女神様は、
「そこの幽霊の事? サーシャ姫よ? 他には?」
俺達にそう告げる。
質問をする前にまず答えの一端を教えてもらえた俺。
そして女神様が嘘をつくかといえば……この女神様の場合、嘘はつかずにはぐらかすだけのようなので、多分信用できる。
違っていたらその時はその時で、また考えればいいしと俺は思いながら、目の前で何が起こったのか分からず固まっている幽霊のサーシャに、
「良かったな、サーシャ。女神様のお墨付きをもらったぞ」
「え、ええ! 何でこんな場所に女神様が……」
「その辺の説明はその内に。それで女神様、このサーシャの体は……」
更に聞こうとする俺に、女神様は笑って、
「これ以上は、今はサービスできないわ。じゃあね。また新しい事が分かったら解説してあげるから呼んでね~」
これ以上はまだ答えないよと言って、スマホに引っ込んでしまったのだった。
文字数減らすの大変……でも読みやすくなっていますでしょうか?