胸がぶつかったのだった
まずは登録する前に魔力やレベルなどを測定する事になった。
その受付に回った俺は、その測定器に入る。
四角い箱にいくつもの無骨なパイプが付けられた装置で、中に入ったら改造されてしまうような不安感のあるものだった。そして、
「ええ!」
受付のおねいさんが悲鳴を上げる。
もしや俺のレベルが無限大になったんじゃないかと期待はしていたのだが、
「レベル999……多分何かの間違いですね。最近この機械、酷使しているから動きがおかしいんですよ」
「そうなのですか。他に回った方が良いでしょうか」
「……今日は人が多いので、もしかしたなら貴方はレベルが大きいのかもしれませんので、機械に負荷がかかるかも」
その測定受付のおねいさんはしばし呻くように悩んでから、
「二日後にして頂けませんか? 今日明日は休日なので人が多いので、測定はだけ後回しにして登録でもよろしいでしょうか」
「それで依頼が受けられたり、家が借りられるのであればかまいません」
「ええ、それは大丈夫です。それでは、こちらに氏名を記入しておきましたので、あちらで登録費用をお支払いください」
そう言って、受付のおねいさんから俺は紙を貰う。
やっぱり都合よくレベル無限大にはならないよなと思いつつ、そもそも俺はゲームの時に625だったから明らかに数字がおかしいよなと考えているとそこでミルルが、
「機械が壊れていたんだね、残念。タイキがどれくらい強いか知りたかったのに」
「はは、二日後には分かりますよ。それよりも登録した後……“うどん”のお店に行きたいのですが、よろしいでしょうか」
「いいよー。知っている人だといいね」
そう、ミルルが無邪気な笑顔で俺に答えたのだった。
そんなわけで俺はまず、「錬金術師」の受付のコーナーに向かった。
その受付の女性も綺麗で、複雑な模様の、けれど錬金術師を示す歯車の模様が服についている。
彼女は俺がその書類を示すとにこやかに、
「はい、測定が壊れていたという連絡はきておりますので、それでは錬金術師として登録させていただきます」
にこやかに事務的に処理をしていく彼女だがそこでふと、
「そ錬金術師以外はどんな職業をご検討中ですか?」
「えっと、魔法使いです」
その途端先ほどまで人の良さそうな笑みを浮かべていた受付嬢が、一瞬、敵を見るような表情になるがすぐに微笑み、
「魔法使いはおやめになった方が良いですよ。あんな自分達が世界を回しているんだというような、思い上がりも甚だしい奴らと一緒くたにされますよ?」
いきなりにこやかな彼女がとんでもない言葉を口走った。
俺はえっと思っていると、その隣の職業の受付から、
「錬金術師なんてそうやって言葉で仕方人をおとしめる事しかできないような低俗な連中ですわ。ですから今すぐ錬金術師登録を止めてこちらで魔法使い登録をするのをお勧めします」
「……ちょっと、前から思っていたけれど、魔法使い風情が錬金術をバカにしないでくれる? ただ杖振っているだけの連中には分からないでしょうけれど、錬金術の知識の蓄積による体系が……」
「あらー、錬金術なんてお手軽魔法のようなものじゃないですか。適当に素材作って、ちょっといじるだけで高度だ! と自画自賛している連中にどうこう言われたくありませんわ」
そんな争いに怯えながらも俺は、チクチクとした視線を感じながら「錬金術師」と「魔法使い」の職業を登録したのだった。
その謎の“うどん”のお店に向かいながら俺はミルルに聞いてみた。
「あの錬金術師と魔法使いは何であんなに仲が悪いのか知っているか?」
「? ご存じないのですか? ……ああ、閉鎖的な場所が出身でしたっけ。えっと、現在は好きな職業が三つまで選べるシステムになっていますが、昔は一つしか選べなかったのをご存知ですか?」
「いや、知らない」
「そのせいで、優秀な人材一人、二人抱えるだけでその職種のギルド内での地位が格段に上がってしまうのです。つまり力関係の均衡が崩れるのです。そう言った争いの回避と、た職種からの有能な人材が流動的に入ってこれるようにという事で、現在の三つ、最低でも二つ職種を選ぶ運びになったのです」
「そうだったのか……」
そういった設定はゲームの時にあったのかどうかは、正直覚えていない。
普通にそのあたりの説明は読み飛ばしていたので、もしかしたならそこに書いてあったのかもしれない。
今思えばよく読んでおけばよかったと後悔が募る。
そこで更にミルルが、
「そもそもそういった流動化の前には、大きな争いがあったのですがそれもご存じないのですか?」
「? 知らない」
「実は西部の農業地帯では奴隷が大量にいたり売り買いがなされていました。けれど東部は反対に錬金術師や魔法使い、剣士などといった冒険者が不足していたのです。なので、そのために人道的に反するといった、奴隷解放による戦争が勃発しました」
要するに労働力である奴隷の奪い合いが東部と西部であったらしい。
というか冒険者が奴隷って……と俺が思っていると、
「ただやはり冒険者は遺跡に潜ったり採取を行ったり魔物と戦ったりと、危険な職業なので元奴隷の方々もあまりやりたがらなかったらしく、それほど増加はしなかったそうですが」
「そうなんですか」
でもそうなってくるとこのミルルまさか……と俺は思っていると、
「あ、もしかして私が奴隷出身とか思いましたか?」
「い、いえ、そんな事は……」
「タイキは嘘が顔に出易いです。もう、こう見えても一応貴族のはしくれなんですよ?」
「ええ! 貴族のお嬢様がこんな危険な事を?」
普通優雅にお茶を飲んでいるイメージが俺にはあったのだが、ミルルは怒ったように、
「そんな凡庸な貴族令嬢と一緒にしないでください! 私達“淫魔”は、自分の有能な夫は自分で見つけるんです!」
そう告げたミルルだが、俺は目を瞬かせた。
今彼女、“淫魔”って言わなかったか?
「いま、“淫魔”って言いませんでしたか?」
俺が恐る恐る、怒ったようなミルルに問いかけると彼女は更に怒ったように、
「そうですよ! ……タイキさん、まさか“淫魔”に関するあの噂を信じていたりするんですか!」
「あの噂って?」
「……タイキさんの持っている“淫魔”像について、お聞きしても良いですか?」
微笑むミルルに俺は……冷や汗があふれる。
だってそうだろう、“淫魔”といえばこう、なんて言うのか……しばし淫魔についての知識を考える事数秒。
俺は悟った。
こんな話女の子に出来るかと!
「……お許しください、ミルル様」
「やっぱりえっちな事を考えていたんですね」
「ご、ごめんなさい」
つい謝ってしまう俺。
だが俺の知っている限り、“淫魔”のキャラは出てきた記憶がない。
やはりこの世界はゲームに似た異世界なのかもしれない。
そんな事を考えていると、ミルルが、
「仕方がありません、説明します。私達“淫魔”は確かに他者の魔力を貰って回復も出来ますし、自身の姿が異性、同性問わずに魅力的なのは自覚しております。そしてそれゆえに貴族に見染められた“淫魔”が大半で、しかも他者の力を手をつなぐだけでも貰うことが出来るために、自身の魔力以上の魔法を使う事が可能な種族なのです……そもそも好みの相手じゃないと発情しないんです」
「そ、そうなんですか」
「なのでその“淫魔”の性もありまして、自分好みの魅力ある異性を冒険者として探すのです」
「ああ、それで貴族なのに……」
「ええ、確かに強く魅力的な貴族もいらっしゃるのですが、新しい血を求めるのも“淫魔”の性といいますか、こうして冒険者をやりながら、恋人といいますか、お婿さん候補を探しているのです」
“淫魔”な貴族のミルルの特殊な事情を聞いて、なるほどと俺は思いながら、
「良い恋人が見つかるといいな」
「はい、タイキさんも応援して頂けますか?」
「もちろん。そうか、強そうな冒険者を引き受ければ、知名度も上がってこのパーティに入ってくる優秀な男の冒険者もやってくると」
「そうなんです! なので、タイキさんにこのパーティに入ってもらえて、凄く私は幸運でした」
無邪気に話してくるミルルに俺は、ですよねーと思った。
鈍感主人公のふりをして探りを入れてみたが、ミルルの恋人候補ではなく、恋人を寄せ集める誘蛾灯か何かのように思われているらしい。
いいんだ、彼女がいない歴=年齢の俺が、異世界に行ったくらいでモテモテになるわけないものなと心の中で泣いていると、ミルルがぽつりと呟く。
「……もう少し肉食系でもいいと思うんです」
「ごめん、聞いていなかったけれど」
「……何でもありません。それよりも、“うどん”のお店に連れて行きます」
「あれ? 連れの子は?」
「あの子はもう少し時間がかかると思います。だから行きましょう」
そこで腕を組むように再びミルルが抱きついて、俺は引っ張られるように連れて行かれたのだった。
大通りに面した一角。
立地条件はとてもいいのだが、昼時からは少しずれているのか人はあまりいなかった。
そして藍色の暖簾をくぐり俺が店にはいると、
「いらっしゃーい! ……何処かで見た事があるような平凡そうな男が現れた」
「……平凡で大人しい一般市民です」
「んー、そういえば“神様”がもう一人この世界に放り込んでおいたからとか言っていたよーな」
今目の前の人物が、俺にとっては聞き捨てにならないような話を口走った。
待て、待つんだ、そうはやる気持ちを抑えている俺に、
「やっぱりタイキなの?」
「……やっぱり鈴か」
脱力するように呟く俺に、
「いやー、まさか異世界で幼馴染に遭遇するとは思わなかったわ」
「俺もだよ。というか何やっているんだ」
そう言いながら俺は同い年の幼馴染、夕顔鈴を見る。
ショートカットで俺よりも頭一つ分背の低い元気の良い少女だ。
そこで俺と同じ黒髪黒目の彼女が面白そうに笑い、
「うどんをこの世界に広めようかと」
「……なんで?」
「いや、たまたまこの世界に来たばかりの私を助けてくれた、おばちゃんとおっちゃんが、食べ物屋をするっていうから、異世界の料理はいかがですかって売りこんだの。ほら、まずは生活の基盤が大事だからさ」
「……冒険者になって探そうとかしなかったのか?」
「危ない事はあまりしたくはないし、でも周りの状況を知りたいので、とりあえず恩返しも兼ねて店舗を色々な所に増やしていって情報を得ようと思ったのよ」
「そうなのか。それでその、“神様”ってどこにいるんだ?」
「タイキはスマホを持っていないの?」
「……確認した時はアイテムや装備しかポケットから出てこなかったな」
「もう一度確認してみたら?」
促されて俺は自身のポケットを探ると、確かに薄くてかたい感触がある。
取り出すと、確かにそれはスマホだった。
そして俺が取り出すと同時に真っ黒な画面にふっと人影が映る。
さらさらとした白く長い髪に赤い瞳が悪戯っぽく輝く美女だ。
ただ何となく弄ばれてしまいそうな気がして、俺は苦手意識を覚えていると、
「こんにちは、私が貴方をこの世界に呼んだ“神”です」
「えっと、それで俺をどうして呼ばれたのでしょうか?」
「暇だったから」
彼女は一言で言いきった。
酷過ぎる、俺は絶望を覚えていると、
「というのは冗談で、理由はあるのだけれど、まだ様子見かしら。二人ともね」
どうやら鈴も俺も、まだ彼女のお眼鏡にかなっていないらしい。
そこでその女神様は、
「それで貴方はどんなチートが欲しい? 好きなものを一つだけプレゼントしてあげるわよ?」
「チート、ですか?」
「ええ、私の都合で呼んだのだからそれくらいは譲歩します」
にっこりほほ笑む彼女だが、チートといっても、
「俺、まだ思いつきません」
「そう? じゃあ欲しくなったら呼んでね。何時でも貴方に会いに行くから」
「……このスマホでですか?」
「あら、違うわよ。このスマホがなくても幾らでも会えるわよ? 私を呼んでくれたらね?」
「呼ぶって、どうやって?」
「そうね……“女神様助けてー”とか?」
ふざけているとしか思えない台詞を吐く女神様だが、そこまで言うならば、
「“女神様助けてー”」
と言ってみた。
ついでにこれるものなら来てみろと思ったのだが、
「はーい!」
そう女神様は答えると、俺のスマホの画面から飛び出して、気づけば俺の視界いっぱいに彼女の巨乳が広がって。
むにゅっ。
俺の顔に、柔らかな女神様の胸がぶつかったのだった。