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GIFT    作者: 朝田来夢
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第1話  「曲がり角」

「はぁ・・・・はぁ・・・・・ふぅ・・・ちょい、タンマ。ちょっと休憩しよう・・、いやだめだ、遅刻したら部長にしつこく説教食らうからなー。」



 俺は今家から会社までの道のりを全力で息を切らせながら、運動不足気味の体に鞭をうって走っている最中だ。どうしてかと言うと、単純に寝坊してしまい会社に遅刻しそうだからだ。


 2年ほど前に大型ショッピングセンターが出来た事によって今ではもうすっかりシャッター街化してしまった商店街の通りを駆け抜ける。朝の時間帯なのでこの通りに人気はほとんどなく、通勤・通学目的で歩いている人以外見当たらない。子どもの頃はよく駄菓子屋とか本屋に立ち寄ってたんだけどな・・・・なんていうノスタルジーに浸ってる場合じゃなかった。



「はぁはぁ・・・・・。」



 腕時計を見ると会社の朝礼までもう10分を切っていた。このまま普通に走っても間に合うのはほぼ不可能に近い、となるとやはり近道を使うしかない。しかし、俺は近道は使いたくないのだ。いや、使えないという言い方の方が良いかも知れない。なぜそう言えるのか、それにはのっぴきならない事情があるのだが今説明している余裕はない。



「はぁ・・・・・・近道の曲がり角が見えてきやがったな・・・・。さて、どうするか・・・・。」



 考えている暇などなかった。俺は覚悟を決め、ノンストップで地面を蹴り続ける足に今までとは違うベクトルに力を加え、体を思い切り右方向に旋回させた。遠心力で鞄が振り回されバランスを崩しそうになりながらも俺はーーーーーーー“曲がり角”を曲がった。







 べちゃ、っという奇妙な感触を左足の裏に感じた。鼻を突く異臭が体の下の方から立ち上って来た。


 俺は走り続けながらも、一瞬足下に視線をやったーーーーー犬の糞だ。間違いない。俺は曲がり角を曲がった瞬間、犬の糞を踏んでしまったのだ。



 やっぱりか。だから俺は近道を使いたくなかったんだ、曲がり角を曲がりたくなかったんだ。全く、朝っぱらから不快だ。自販機でコーヒー買ってくか。












・・・数日後。




「はぁはぁ・・・、ちくしょう、なんで大事な会議があるって日に目覚まし時計が壊れるんだよっ・・・。」



 俺は今猛烈に急いでいる。再び家から会社までの道を額にしたたる汗など全く気にも留めずに走っている。今日は2ヶ月前から取り組んでいる大きなプロジェクトの会議が朝一で入っている。遅刻は決して許されない。


 だから俺は、“曲がり角を曲がったら不幸に遭う”という自分で作ったジンクスなど歯牙にもかけず、近道のために・・・・っっ




 あの曲がり角を曲がるっっっ!!






 曲がった瞬間、全身に衝撃が走った。そして、俺は地面に倒れた。



 数秒後、俺は何か、いや誰かにぶつかったのだと理解した。数秒前に俺の視界がとらえた景色を頭の中で再生してみると、そこに映ったのはパンを口にくわえて走ってくるぼさぼさ頭の女子高生だった。



 俺は体に重みを感じている。つまるところ、体の上にその女子高生が乗っかっている状況なのだろう。そこで俺はある違和感に気づいた。



 右手に”何か柔らかいもの、例えるならばマシュマロのようなものの感触”があるのである。




 俺は瞬時に全てを理解し、把握した。その瞬間冷や汗のような液体が体中の穴から分泌されるのを感じたが、自分に言い聞かせた。“違う、違うんだ、これは明らかに事故だ。故意ではない。話せば分かる、きっと分かってくれるさ。” そうやっている内に体の上の女子高生が意識を取り戻した。



「・・・・・・」



 1秒ほど女子高生と目が合っただろうか。言いたい事はわかる、だがな、これはあくまで不慮の事故・・・・









 早朝の住宅街に女子高生の金切り声が響き渡った。


















 辺りはもうすっかり暗くなってしまい、夜特有の賑わいも一段落してしまっていた。時計を見ると夜の10時過ぎである。


 今朝は散々だった。交番まで連れて行かれて、必死に警察官と女子高生に事情を説明して何とか無罪放免(当たり前なのだが)になったのはいいものの、当然会議には遅刻。上司からはこっぴどく叱られ、こんな遅い時間まで残業するはめになってしまった。



「はぁーーー・・・、やっぱり曲がり角を曲がると碌な事がねぇなー。でもなんで俺は角を曲がると不幸な目に遭うんだーー??そういう悪霊でも取り憑いてんのかなー。」





 急に突風が吹いた。男が手にしていた名刺入れから何枚か名刺が風に運ばれ、曲がり角の向こうに飛んで行った。


 その名刺には“◯◯商事 第2営業部 ツキナミ=シンゴ”という表記とその男の顔写真が載っていた。



「あっ、やべ。」



 男は飛んで行った名刺を小走りで取りに行った。



 【男:ツキナミ=シンゴ(27) ”主人公” 】は名刺を取るために、曲がり角を曲がった。すると、足下でパキッという音がするのが聞こえた。




「ん??」



「あーーーーーーっっっ!!!」



 女性の驚きを伴った叫び声である。何事かと俺はその声のする方を見た。そこには、地面にしゃがみ込んで俺の足下を凝視しているOL風の20代後半ぐらいの女性の姿があった。



「あっ、俺の足下に何か・・・?」



 俺は言葉を発しながら、何が起きたのか大体の見当はついていた。



「私の・・コンタクト・・・。」



 そう、俺は角を曲がった瞬間、彼女のコンタクトレンズを踏んで割ってしまったのである。きっと彼女は落ちたコンタクトレンズを探していたのだろう。・・・・完全に俺が悪い。



 俺は彼女と薬局へ行き、新しいコンタクトレンズを買ってあげた。




 やっぱり曲がり角を曲がると良い事がない。このジンクスから逃れる術はないのだろうか。












・・・さらに数日後。



 休日の日曜日という事で、俺は久々に“シブヤ”で服を買う事にした。相変わらずシブヤは若者でごった返していてあまり好きな雰囲気ではないのだが、俺のお気に入りの服屋があるから割と重宝している場所である。


 もちろん、たとえ休日であろうとも、たとえシブヤであろうとも、俺は決して曲がり角を曲がらない。


 駅から一度も角を曲がる事なく辿り着く事の出来るメンズのファッションショップ“ASATUKI”はそういった点で俺のお気に入りなのである。あの場所に店を構えた店長さんは実に尊敬に値する人物だ。






 俺は目当ての服を買い終えて”ASATUKI”を出た。すると、ばったりと高校時代の同級生に遭遇した。確か遭うのは2年前の同窓会以来か。



「よう、シンゴー。1人で休みの日に買い物か?さっみしい奴だなー。」


「2年振りの再会だってのにいきなり嫌みか?お前も相変わらずだな。」



 会うや否やいきなり俺に嫌みを言ってくるこのストリート系ファッションに身を包んだ男の名は【ハットリ=ケイスケ】。一言で言えば・・・・ただの女ったらしだ。



「最近仕事の調子はどうよ?」


「ん、まあ特に何もないな。至って普通だよ。」


「お前って相変わらずつまんねーなー。飛べない豚はただの豚だぜーー?あ、お前は飛べるか。ははは。」


「俺は豚じゃねえよ。で、お前の方はどうなんだ?」


「ん、どうって何がだ?」


「仕事の調子だよ。」


「あ、ああ・・・・先月転職したんだよな。」


「またかよ・・。これで何回目だ?」


「んーー、6回目かなー。なかなか天職って見つからないんだなー、これが。」


「・・ま、人生なんてそんなもんだろ。むやみに転職ばっか繰り返してると見つかるもんも見つからないんじゃないか?」


「いや、俺は転職はやめねぇよ!最近思うんだけどよ。」


 ケイスケは急に胸を張った。


「転職こそが天職なんじゃないかって思うんだ!!」


 ・・・おいおい、どや顔して言う事かよ。


「は、はぁ・・・・。」


 俺は呆れて何も言えなかった。早く家に帰りたい気持ちに駆られた。




 俺は何とかケイスケとの話にケリをつけて駅へと向かった。














 俺はウォークマンで音楽を聴きながら駅へと向かう大通りを歩いている。どこもかしこも似たようなチャラチャラした格好の男女が行き交っていて頭が痛くなるような感覚に襲われるが、俺はそんな混沌とした景色の中に一筋の光を見た。



 俺の右前方を颯爽と歩く清潔感のある透き通った肌に気品のあるワンピースをめかしこんだ細身の金髪の女性。外人だろうか、とてもスタイルがよく歩き方も美しい。


 俺は知らず知らずのうちに彼女の姿を追っていた。彼女の足は大通りから1本横に入った路地へと向かっているようだ。


 残念だ、俺は曲がり角を曲がってはいけないのだ。いくらこのシブヤで絶世の美女(に違いない)に出会ったからと言って、“曲がり角を曲がると不幸な目に遭ってしまう”というジンクスを無視する訳にはいかない。




 しかし、どうやら神様は俺にどうしても曲がり角を曲がらせたいらしい。



 彼女が路地へと入って行く時、何かが彼女のバッグから落ちたのである。



 俺はすぐさまそれを拾いに行った。



 それは、ほのかに甘い香りのするレースのハンカチであった。彼女に届けなければと、俺の中の天使と悪魔がシンクロして呼びかけてくる。





 俺は覚悟を決めて、路地へと入る角を曲がり彼女の後を追った。彼女はもうすぐそこである。








 俺は、この時曲がった曲がり角が、まさか“人生の曲がり角”になろうだなんて知る由もなかった。





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