表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

9

 『最近、クラスで見る佐藤くんは元気がないように感じます。

  何かあったんですか?私でよければ、相談に乗ります』

 自宅で、何もやる気にならずベッドの上でぼーっとしていると黒川さんからメールが来た。

 隠しているつもりだったけど、黒川さんはすべてお見通しらしい。

 今から思い返せば、なんとなく美奈がぼくに冷たくなったり、江崎さんに敬語を使わなくなったり、前兆はいくつもあったんだ。

 美奈と江崎さんの濃厚なキスを目にして、ぼくが感じたのは、ショックとか、落胆という感情だった。

 いや、怒りとか、嫉妬のほうが近いのかな。あるいは、そのどれも全て含んだような。

 共通しているのは、どれも負の感情ということだけ。

 いつも笑顔で明るい美奈が、男に対してあんな艶やかな表情するなんて。

 落ち着いて考えれば、ぼくと美奈は幼なじみという関係で、どちらかに彼氏や彼女ができたって何もおかしくない。

 でも、大学生の江崎さんと付き合うなんて、不健全じゃないか?無邪気な美奈が大人に弄ばれるのは耐えられない。ひょっとして、江崎さんは美奈の体目当てで、すでに美奈は・・・

 ぼくは、どうしても美奈と江崎さんが付き合っているという事実を受け入れたくなかった。

 どうしてだろう。美奈のことを異性として好きなわけじゃないのに。

 ぼくの好きな人は、黒川さんなのに。

 美奈が江崎さんと付き合うことが、心の奥では許せない。江崎さんが悪い人じゃないのも、美奈が自分の気持ちに嘘をつじうくヤツじゃないってことも、わかっているのに、なぜか肯定できない。

 一人で悩んでも、答えは出ないけれど、誰に相談したらいいのかわからない。

 『何も変わりないよ。心配してくれてありがとう』

 本当は、もっと心配してほしいような気もするけど、メールは相手が目の前にいないから、嘘がつきやすい。

 あのキスを見て以降、ぼくは自分の気持ちに嘘ばかりつくようになっていた。




 EK運送で仕事中の江崎さんと美奈のふるまいは、敬語がなくなった時からあまり変わっていない。作業中は無駄話をしないので、ぼくはシフトの時間ぎりぎりで出勤し、すぐに作業に取り掛かって、終了と同時にすばやく帰宅することでなんとか仕事をこなしていた。以前のように、終わったあとも少し雑談する気にはなれなかった。

 時折、美奈の表情を窺うけれど、やっぱりいつもと変わらない。でもちょっと注意してみたら、美奈は江崎さんと話す時、いつもより女の子っぽい気がする。

 淡白な業務を義務的にこなす毎日。もうバイトが楽しいとは思わなくなった。

 夏休みに入ったある日、美奈と江崎さんが休んでいて、代わりに社長が業務に入った。そういえば、社長と顔を合わせたのは久しぶりだ。

 「お疲れ。今日は何がいい?」

 「コーヒーでお願いします」

 「おっ、大人になったな」

 「まだ砂糖とミルクが入ったやつしか飲めないんですけどね。」

 本当は早く帰りたいんだけど、お世話になっている社長の誘いは断れない。

 「こうして話すのは久し振りだね。3日ほど江崎くんと遠藤さんは休みだから、私が穴を埋めるよ」

 「えっ?」  

 江崎さんと美奈、二人で休み?江崎さんはサークルとか大学の都合とかで不定期に休むことはあったけど、二人一緒に3日も休むなんて。

 「どうして二人一緒に休みなんですか?」

 「どこかに旅行するそうだよ。詳しい目的地は知らないけどね」

 社長は平然と言った。

 「あの、江崎さんと美奈って、付き合ってるんですか?」

 「えっ?知らなかったのかい?」 

 「全然知りませんでした。いつ頃から付き合ってるんですか?

 「けっこう前から有名だよ。遠藤さんが自分から私や他の社員に報告して来たんだが、佐藤君は聞かなかったのかい?」

 「初耳です」

 ぜんぜん知らなかった。どうして美奈はぼくに伝えてこなかったんだろう。

 「てっきり知ってるものかと思ったよ。実は、最近そのことで悩んでいるんだ」

 「どういう事ですか?」

 「初めは、微笑ましいことだと思ってみんな祝っていたんだが」

 カップル誕生を祝う。ぼくは、美奈にそれができなかったんだ。

 「最近、どうもハメを外しすぎというか・・・よく、詰所で抱き合ったりする姿が目撃されていてね。いまのところ業務に支障はないが、あまり社内の風紀を乱されても困る」

 「そ、そうなんですか」

 確かに、大きな窓のある詰所は、中にいると密閉されている気になるけど、外からは丸見えだ。ぼくも一度見たし。

 「佐藤くん」

 「はい、何でしょう」

 「私は、きみが栄子と付き合うことになっても一向に構わんが、ある程度は節度をわきまえるようお願いするよ」

 「は、はあ・・・」

 「はっはっは、すまんな。私は父親だから、最後は娘のことが気になるんだよ。いつか君にもわかる日がくるさ」

 社長はいつものベンチを立った。ぼくは半分くらい残っていた缶コーヒーを一気に飲み干して、ゴミ箱に投げつけるように捨て、一度大きくため息をついてから腰を上げた。




 自宅に戻っても、やっぱり江崎さんと美奈のことばかり考えてしまう。

 二人で旅行に行くなんて、大学生なら普通かもしれないけど、高校生がすることじゃない。キスよりもっと進んだ行為をするって言ってるようなもんじゃないか。

 悪いことだと思いながらも、美奈が江崎さんと行為に及ぶ姿を想像してしまう。江崎さんに全てを許して、自分をさらけ出す美奈の姿を思い浮かべると、ぼくの鼓動は信じられないくらい早くなって、運動してないのに息が上がる。

 そんな妄想の後にぼくを襲うのは、いつも虚無感だった。自分の力では、何も現状を変えることはできない。

 この虚無感を取り払うには、どうしたらいいんだろう。

 いまから美奈に『実は好きでした』って告白する?

 そうしたら美奈はどうするだろう。

 多分、江崎さんを選ぶよね。

 バイトを始める前に告白していたら、ひょっとすると成功していたのかもしれないけど、最近は遊んだり、一緒に下校することもなかったし、もうぼくを恋愛対象にするなんて考えないだろう。

 どうして、ぼくはこんなにも、美奈の恋愛のことで悩むんだ?

 美奈の恋愛を、素直に応援できないんだ?

 ひょっとして、ぼくに彼女がいなくて、美奈に彼氏がいるから嫉妬してるのか?

 だとしたら、答えは簡単だ。

 ぼくが彼女を作ればいいんだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ