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 バイトを初めて一週間くらい経ったころ、二学期に行われる文化祭のアンケートをまとめる仕事をするため、放課後黒川さんと一緒に教室に残った。

 黒川さんは無愛想にアンケートを半分だけぼくによこして、無言で集計をはじめた。ぼくもそれに習ってやはり無言で集計する。

 ぼくは黒川さんが人とどういう距離感を持っているのか、知りたくてしょうがなかった。でもどうやって聞こう?「黒川さんって友達いないの?」とストレートに聞くのはなんだか失礼だ。

 そもそも、ぼくに友達がいないのに「あなたに言われたくない」と切り返されたら、最悪だ。

 うう、でもやっぱり気になる。ぼくは勇気を振り絞って聞いてみることにした。

 「あの、黒川さんって、どんな友だちがいるの?」

 この質問なら、回答は自分の友達を言えばいいだけだ。

 「友達、ねえ・・・」

 黒川さんは手を止め、肘をついて窓の外のほうに視線をやった。

 考え事をしているときの黒川さんは、寂しさと同時の美しさも持っている。

 「あれを見て」

 黒川さんが指さす先には、三人組で一緒に話しながら校門を出る女子たちがいた。

 「あの三人は、友達なの?」

 また、質問に質問で返される。でも黒川さんは、結論を理解しやすくするためにぼくこんな聞き方をするんだと思う。

 「それは、一緒に帰ってるから、そうだと思うけど」

 「じゃあ、一緒に下校する人は、みんな友達なの?」

 「それはわからないよ。たまたま道が同じで、別々に帰ると仲が悪そうに見えるから一緒に歩くけど、実はお互いそんなに好きじゃないとか」

 「じゃあ、やっぱりあの三人は友達とは言い切れないわね?」

 「それは・・・楽しそうに話してるから、やっぱり友達じゃないかな」

 黒川さんはふうん、と味気ない返事をして作業に戻った。

 「私ね、友達ってよくわからないの」

 「えっ?」

 「具体的に、どういう関係なら友達で、どうやったら友達になれるのか」

 「それは・・・ぼくもわからないけど」

 「あなた、友達いないもんね。遠藤さんとかいう背の小さい子以外は」

 本当のことを遠慮無く言われ、反論できない。でも不思議と、言葉に毒は感じられなくて、友達がいないことをバカにされているとは思わなかった。

 というか、ぼくに友達がいないって知っているってことは、黒川さんは一応、ぼくのことを気にかけているんだな。

 「じゃあ、こうしましょう。佐藤くんと私は、いまから友達よ」

 いまから友達。

 そんな友達の作り方があるんだ。一瞬納得してしまったけど、すぐ我に帰る。

 「今から?あんまり喋ったこともないのに、そんな簡単でいいの?」

 「私も佐藤君も、友達の定義がわからないんだから、とりあえずは大丈夫でしょう。今から私と佐藤くんが友達になると仮定して、二人で結論を探しましょう」

 「なんか、中学で習った数学の証明みたいだね」

 「似たようなものよ。私は、『友達』とは何か、綺麗に割り切れる答えを求めてるの」

 集計が終わったらしく、黒川さんはアンケート用紙の束をトントンと立てて揃える。

 「とりあえず、携帯の番号とアドレスを交換しましょう」

 「う、うん、わかった」

 こうして、父さん、母さんと美奈、EK運送しか連絡先に登録されていないぼくの携帯に、黒川さんが追加された。




 黒川さんと連絡先を交換したその日のバイトは、江崎さんが就職活動で抜け、代わりに社長が手伝いに来た。

 「零細企業の社長ってのは、なんでもしなきゃならないんだよ」

 社長が下っぱの仕事を手伝うことに驚いていたぼくに気づいたらしく、重みのある言葉をぼくにかけてくれた。

 仕事が終わって、美奈が更衣室に向かった頃、ぼくは社長に手招きされて、ガレージのすぐ外にある自販機へ。

 「何がいい?」

 「コーラお願いします」  

 以前は、大人であれおごってもらうのを遠慮していたけど、江崎さんに「後輩は遠慮しなくていいよ!」と半ば無理矢理おごられて、むしろ遠慮するほうが失礼なんだと、自分なりに学んでいた。

 社長は、缶ではなくペットボトルのコーラと自分のためのコーヒーを買った。ぼくと社長は並んでガレージにあるベンチに座った。

 「どうだ、仕事には慣れたかい?きつくないか?」

 「はい、はじめは毎日筋肉痛がしたけど、いまは平気です。いい運動になってむしろ助かってます」

 「はははっ、さすが若いな!」

 社長が、豪快に笑う。

 「実はな、スタッフの募集は一人だけのつもりだったんだ」

 「えっ?そうだったんですか?」

 「うちは零細だから、安易に人を増やしてコストを上げるわけにはいかない。そこに、キミと遠藤さんが応募してきた。面接で見たキミは正直、頼りなさそうで、遠藤さんだけ採用しようと思っとったんだ」

 「おっしゃるとおりぼくは非力です。じゃあ、なぜ採用してくれたんですか?」

 「話を聞くと、キミと私の娘が同じクラスのようでね。学校での娘の様子を教えてもらおうと思ったんだ。娘は、以前からあまり学校のことを私に話してくれなくてね」

 確かに、黒川さんは積極的にしゃべる人じゃない。社長さんの気持ちは、なんとなくわかる。

 「あの、娘さんって黒川栄子さんですよね?」

 「ああ、そうだよ」

 「あの、ぼく、今日栄子さんと友達になったんです」

 ぼくの言葉に、社長は怪訝そうな表情になった。

 「今日友達になったって、どういうことだ。友達って、いつのまにかなっているものじゃないのか?」

 「ぼくもよくわかりません。でも、栄子さんはどこからが友達なのかよくわからなくて、それを知るために今日からぼくと栄子さんを友達だと仮定したんです」

 「友達がわからない、か・・・」

 社長はコーヒーの缶を脇に置き、ガレージのごちゃごちゃした配管が入り交じる天井を仰ぎながらため息をついた。

 ごつごつして、すこし皺がついた社長の顔は、きっと仕事師の鏡なんだろう。

 「実は、私は栄子が同年代の友達と遊んでいるところを見たことがないんだ。普通今の年なら、勉強よりも友達と遊ぶほうが楽しいと思うんだが。栄子は学校のことは自分から話さないし、学校の先生も栄子の成績や生徒会活動を褒めるだけで、交友関係のことはぜんぜんわからなくて、不安でね。ひょっとしたら、友達がいなくて孤立してるんじゃないか、と。それでキミを雇って、いろいろ教えてもらおうと思ったんだ。でも体力はなさそうだから、遠藤さんも念のため一緒に採用したよ。もっともこれは杞憂だったようだがね」

 社長の考えは、大体ぼくの予想と同じようだ。

 「私は、栄子が自分の好きなように生きているのならそれでいい。でも、栄子がほとんどの人間が疑問に思わない『友達とは何であるか』に悩んでいるのなら、ぜひ佐藤君に力を貸してほしい」

 社長の言葉からは、娘に対する思いがひしひしと伝わってきた。ぼくに娘がいるわけじゃないけれど、思わず同感してしまう。

 「ぼくにできることなら、何でもやります」

 「よろしく頼むよ。栄子が、うまく生きられるようにね」

 社長は席を立った。そのときの社長の背中は、EK運送のリーダーではなく、完全に一人の父親だった。




 黒川さんは、どういう意図で『いまから友達』って言ったんだろう。

 『今から私とあなたは仲良くなります』なんてことあり得るのだろうか。社長が言ったように、人と人との関係って、時間を重ねながら出来上がるものじゃないのかな。

 最近始めたバイトの時だって、社長さんや江崎さんと、はじめは差し障りのない話題から始まって、どんどん交友を深めて、仲良くなった。

 ぼくと黒川さんはお互いのことをほとんど知らない。共通の趣味があるわけでもない。それなのに、いきなりある瞬間から友達になれと言う。

 一つだけ似ているのは、友達がいないということ。

 でも、ぼくと黒川さんとでは性質が違う。ぼくは友達が欲しいけれど、コミュニケーションが上手くいかなくてできない。黒川さんは、コミュニケーション能力はあるけれど、『友達』が何なのか、具体的に理解を示すことができない。

 結局、いくら考えてもぼくは黒川さんの意図がわからなかった。

 ただ一つ確信できるのは、黒川さんが聡明で、何か深い考えがあってぼくを『友達』に選んだこと。友達が何であるかを理解するのに、ほかに友達がいないぼくを選んだのには必ず理由があるはずだ。

 その理由がわかったらいいのだけど、ぼくの知性では黒川さんの意図を解き明かすことなんか、ちっともできそうにない。


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