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学校というシステムは、卑怯だと思う。
数学、英語、理科・・・、みんな本当はどれも興味ないのに、将来必要になるとか騙されて勉強する。
子どもには経験がないから、大人たちの言うことが本当なのか、嘘なのか見ぬくことはできない。だからぼくみたいな優等生はとりあえず従うしかない。従わなければ、不良と呼ばれる。
勉強するだけなら、別にいい。学校というシステムでは、ほとんど無作為に選ばれたクラスメイトと一緒に過ごさなければならない。そして、このシステムは、クラスメイトと一緒に過ごすのが下手な人に対して優しくない。
みんな友達なんかいて当たり前だと思っている。でも世の中には、少ないけれど当たり前が当たり前じゃない人間がいる。
友達が多ければ、楽しい。友達が少なければ、できることが少ない。
友達がいなければ、休み時間は自分の席に顔を伏せ、寝たふりをすることしかできない。
そんなぼくは、優等生を演じなければならない。人と深く交遊することがなければ、周囲にそのままでは素性を知られないから、何かしら借りの自分を用意してふるまう必要がある。ぼくは、身勝手な不良の真似をする勇気はなくて、いつも優等生を演じることになった。
優等生を演じる以上、学校をやめることもできない。
学校というシステムは、卑怯だ・・・
ぼく、佐藤祐介には、友達といえる人がいない。
学校で過ごすと、何かしらコミュニケーションを強要される。ぼくの通った小さな地方の小学校は、一学年六十人の小さな学校。地域のつながりが強くすばらしいところだと教わったたが、ぼくにとっては閉鎖的で息苦しいコミュニティでしかなかった。
ぼくが小学二年のとき、うちのクラスはドッヂボールと鬼ごっこをするグループに別れていた。集団に混じって遊ばないと、一人になって、ぜんぜん楽しくない。
ぼくは生まれてからずっと不器用で、運動が苦手だ。どんなに頑張って走っても一年下の生徒より遅いし、ボールを投げると信じられない方向に飛んでいく。そういうわけだから、ドッジボールをしたらすぐボールをぶつけられて、外野に出て終わりまで過ごす。鬼ごっこはもっと悲惨で、早くタッチされて鬼になるんだけど、足が遅くてだれにもタッチできない。休み時間のあいだ、絶対に追いつけないみんなに向かってひたすら走り続ける。みんなは、全然活躍できないぼくを笑った。ぼくは頑張っているのに、みんなにはぜんぜん認められないのが、毎日たまらなく嫌だった。
そのうち、ぼくは外で遊ばなくなった。不器用だから図工も苦手で、絵を書いても恥さらしにしかならない。この時のぼくに一番適した作業は、学級文庫を端から端まで順番に読むことだった。べつに読書が好きだったわけじゃない。何もせずに過ごすのはおかしいから、ちょうどいい作業を選んだだけ。全部読み終わったら、またもとの端にもどって読むのを繰り返した。
おかげで、クラスで作る文集には、いつも『学級文庫博士』と書かれた。
そのまま学年が上がっても、ぼくは一人でいた。四年生になると女子は外で遊ばなくなった。五年生になったら、男子の一部も外で遊ばないグループができた。ぼくは周りが変わっていくのをなんとなく知っていたけれど、自分はどうにも変えられなかった。
誰かが、ぼくの友達になってくれることを望んだけど、自分からは何もしなかった。待っていても、結局現れなかった。
中学は、小学校と全く同じメンツが持ち上がる仕組みだった。この頃には、もう仲のいい友達どうしは固まっていて、ぼくの入る余地はなかった。
ずっと無口で過ごしたおかげで、誰かに話しかけられても、緊張して、顔が真っ赤になって、「えっ、えっと・・・」と、意味のある言葉を発するまでに時間がかかる癖がついていた。
そのうち、クラスでもいじめが起こるようになった。ぼくは結局、標的にはならなかったのだけど、いじめられている子の絶望にあふれた表情を何度も見て、いつか自分もああなるのではないかと怖かった。誰かがクラスで笑うと、ぼくのことをあざ笑っているのではないかと思って、動悸がした。
授業はちゃんと聞く。休み時間の大半は、寝てすごす。半分は寝たふり。昼間に寝過ぎるおかげで深夜まで目が覚めて、ひたすらネットに没頭する。
大嫌いなのは体育と班活動。準備運動、二人組を組んでと言われるけど、ぼくとペアになろうとする子はいない。余った子がしかたなく寄ってくるのを待つか、先生と組むか、一人で立ち尽くすか。ソフトボールは、ボールのキャッチが一度もできたことがない。バットを振るのはいつも球がぼくの目の前を通りすぎてからになる。バスケはドリブルをすると珠がよそに行ってしまう。サッカーは走るのが遅いから追いつけない。班活動では、ほかのメンバーがなにも発言できないぼくに気を使って、いつもぼくの班の発表は他よりワンテンポ遅れる。
この前ネットで見かけた、『コミュ障』という言葉がぼくにはふさわしいだろう。
友達を持たなかったおかげで、同級生が、数人で固まってコンビニに寄って、買い食いする意味なんかぜんぜん解せなかった。カラオケとか、ゲーセンとか、そういうものにも魅力を感じない。夕方五時に家に帰らないやつは、みんな不良だと思う。
無駄にお金を使って、帰りを遅くして親を心配させることの何が楽しいんだ?
みんなが当たり前にやっていることでも、時折、罪悪感に阻まれてできにないことがある。ぼくの価値観は、いつの間にか同級生と大きく離れてしまったんだ。
中学は小学校と全く同じメンバーだったけど、高校はほかの中学出身の生徒と混ざることになる。
ぼくは友達と遊ばないぶん、勉強する時間はいくらでもあったので、地元一番の進学校に受かった。
地元一番といっても、一学年三百人くらいで、東大や京大に行くやつは数年に一度、天才が現れた時だけ。主な進学先は地方の国公立大学がいいところで、都会の一流大学なんかとは比べ物にならない。
ひょっとしたら、高校入学を機に新しい友達ができるかもしない。
そんな甘い考えは、一ヶ月もせずに崩れ去った。
なんとか友達をつくろうと、勇気を振り絞って隣の席のおとなしそうな男子に話しかけてみる。選んだのは天気の話題(高校入試の問題で、イギリス人は列車で見知らぬ人と一緒になるとまず天気の話題から始め、そこから会話を広げるというのを見て実践したかった)。
「今日は、よく晴れてるね」
「・・・ああ、そうだね」
隣の男子は返事をしてくれた。そこまでは良い。そのあとの言葉が思いつかない。
とりあえず天気の話題を振ったらあとはどんどん言葉が出てくると思っていた。でも以前からずっと、コミュニケーションを避けていたぼくにはそれができなかった。
あとから考えたら、あの子も入学したばかりで多少緊張していたのかも知れない。緊張をやぶる力がぼくにはなかったんだ。
他の子にも(なるべくおとなしい子を選んで)、授業の予定とか話しかけてみたけれど、やっぱり会話が続かない。
結局、ぼくは孤立した。中学のときと同じように、一緒に遊ぶほど仲のいい友だちはできず、学校と家を毎日往復するだけの日々を過ごすのだと、入学して一週間で予感した。
もし話しかけられた時のために、クラス全員の顔と名前を覚えたのに、なんの役にもたたなかった。コミュニケーションの上手い子はなんの努力もせず3日ぐらいで友達をいっぱい作っていたのに、百パーセントの勇気を振り絞ったぼくに友達ができないなんて、不合理だなあと思ったよ。