つぶつぶ弾けるトウモロコシのスコーン【神】
雲一つない青空、心地よく吹く風、程よく肌を刺す日差しの中、一人の少女が風にいたずらをされた帽子を被りなおす。その少女は少し焦っているのか、額には大粒の汗を浮かべていた。呼吸はやや早め、それと同じように歩幅も早く早くと急かすように動いていた。少女の名前はキムンカムイ。主に雪の多いこの大地で守り神をしている。手には可愛らしい肉球のついたグローブをつけ、足にも同様の肉球付きの履物をつけていた。
「はっはっは……ま、まずいべさ」
キムンカムイの体力は残り僅かなのか、顔からは「もうダメ」と言わんばかりの表情で溢れていた。徐々に減速し、しまいにはその場で立ち止まり呼吸を整えていると、遠くの方で誰からこちらに向かって手を振っているのが目視できた。その人物を見たキムンカムイは「ああっ!」と嬉しそうに声を跳ね上げると、さっきまで苦痛の表情から歓喜の表情へ変わり、その人物の元へと駆けた。体力はすでに限界を迎えているというのに、なぜまだ走れるのだろうか。強いて言うのなら、久しぶりの対面だからだろうか。
「おーい! そんな焦んなくていいから、ゆっくり来いよー」
「お……遅れて……しまったべ……」
「いいっていいって。おれだってさっき来たばっかりだからよ。とりあえず、そこのベンチで休んでから行こうぜ」
額には独特の模様が刻まれたバンダナを巻き、髪はまるで氷河のような美しい青色をした少年─オキクルミが久しぶりの再会の前に呼吸を乱したキムンカムイの調子を整えるのを優先し、ベンチへ案内した。普段は民族の衣装に身を包んでいるのだが、今日はそんな装いではなく半袖にハーフパンツと非常にラフな格好をしていた。木陰がたっぷりのベンチに腰掛けたキムンカムイは「ふー」と安堵の息を漏らしながら腰につけている水筒の中身をごくごくと喉を鳴らしながら飲み始めた。相当喉が渇いていたのか、飲み始めたら中々飲み終わらずオキクルミは大丈夫かと声をかけようとしたとき「ぷはぁ。生き返るべぇ!」と潤いに満ちた表情を放った。声をかけ損ねたオキクルミは慌てて手を引っ込め、何事もなかったかのように振る舞うと、キムンカムイが本当の意味で落ち着くまで待つことにした。
ベンチに腰を掛けてから数分後、顔色がよくなったキムンカムイは「待たせてごめんな。もう大丈夫だべ」と声をかけると、オキクルミとキムンカムイは目的地へと向かって歩き出した。こうして二人が並んであるくのはどれくらいぶりだろうか。今まであまり表に立つことが多くなかった二人。というのにも、普段は雪が深く積もる山の中での生活をしているため、下山は滅多にしない。山での生活が当たり前だと思っている二人がこうして下山をしてまで行きたい場所、それは……。
「着いたべ! 高山牧場! 前から来てみたから、とっても楽しみだべ!」
「ああ。今日はたくさん楽しもうな!」
まだ二人が山での生活をしているとき、オキクルミが登山者の話をたまたま聞いたことから始まった。なんでも、二人が住んでいる山の付近で大きな牧場が建つとの噂を耳にしたのだ。
「牧場? なんだそりゃ?」
弓を背中にしまいながら、オキクルミは音を殺し会話に耳をそばだてていると、どうやら牧場というのはたくさん動物がいる広場のようなもののようだった。牛や鶏、馬などが放牧されていてそれはそれは開放的な場所なんだとか。それを聞いたオキクルミはその牧場という場所は気になりだし、この山のどこかにいると思われるキムンカムイに手紙を送ってみた。返事がくればいいかという思いで書いた手紙は思いのほか早く返ってきて、オキクルミは驚きながら手紙を開封した。すると、キムンカムイも同様に牧場が気になるとのことだった。だったら、一緒に牧場へ行かないかと短く手紙を書き、再び返信を待っているとこれまたすぐに返事が届いた。返事は肯だった。それから二人は日時などを打ち合わせ、牧場を楽しむ計画を考えていった。
そして今日。ついにやってきた牧場へ向かう日。二人は久しぶりに見る互いの顔に喜びを溢れさせながら、歩いていた。やがてその牧場が見えてくると、二人は思わず口を開いたまま立ち尽くしていた。
「こりゃあ……」
「でっかいべさー!」
思っていた以上の広さに二人は驚きと興奮が入り混じっていた。最低限の柵のみで、ほかは特に目立つ隔たりのない広い広い大地に白や黒のぶちがついている生き物、茶色い毛色をした生き物などが優雅に時を過ごしていた。
「さ、おれたちも中へ入ろうぜ」
「いくべいくべ!」
二人は入場券を購入し、牧場の中へ入ると外から見ていた牧場とは異なる世界だった。瑞々しい草木生い茂る中、白と黒のぶちがついている生き物は気持ちよさそうに「モ~」と鳴くと、瑞々しい草を食んだ。
「どこから見ていいか迷うべさ」
「そうだな。あ、あっちで「じょうばたいけん」ってあるみたいだぜ。行ってみないか?」
「じょうば? 気になるべ」
二人はパンフレットを片手に「乗馬体験」と書かれた催し場所へと向かうと、さっきの茶色い毛色をした生き物が「ぶひひ」と鼻を鳴らしていた。
「はーい。次のお客様どうぞー」
ちょうど次の順番で二人の番となり、係の人は二人一緒に茶色い毛色をした生き物の背中に乗ると視線が一気に高くなる感覚に思わず叫んだ。
「大丈夫ですよー。では、この紐をしっかり握ってくださいね。では、しゅっぱーつ!」
係の人がゆっくりと歩くと、それに合わせて茶色い毛色の生き物もゆっくりと歩き出す。かぽかぽと音を鳴らしながら歩く度に、上下に動く景色を二人は叫びながら楽しんでいた。
「こんなに高くなるもんなんだな」
「こんな景色、初めて見たべさ」
ゆっくりと回ること一周。定位置でぴたりと止まると、係の人が手を差し伸べるとそれを二人は掴みながら降りると、茶色い毛色をした生き物は「ぶるる」と首を振った。
「あら。また来てねって言ってるみたい」
「え? お姉さん。この子の言ってること、わかるべ?」
「あ、いや。なんとなくね。そんな気がしていたの。特に理由はないんだけど、二人を乗せている間、この子、なんだかうきうき気分だったようにも見えたのよね」
乗っている間はわからなかったが、引いていた係の人にはそう見えたらしい。そういうこともあるのかとオキクルミは思いながら、係の人にお礼を言うと遅れてキムンカムイが係の人、茶色い毛色の生き物に挨拶をすると係の人は笑顔で手を振ってくれた。乗馬体験を終えた二人は、すぐ近くの売店でそれぞれ美味しそうなものを見つけたようで、「おっ」と声を被らせた。キムンカムイは豊かな大地が育んだ作物で作られたさくさくのお菓子、オキクルミは新鮮な牛乳をたっぷり使って風味豊かな白くて冷たいお菓子を購入した。
「お、キムンカムイのも美味そうだな」
「オキクルミのも……じゅるり」
互いが購入したお菓子を見つめあいながら、二人は木陰の下でお菓子を頬張った。キムンカムイは「サクッ」、オキクルミは「ヒヤッ」とそれぞれ音を表現したかのような表情をした。
「冷てぇ……けど、うめぇ!」
「サックサクが止まらねぇべさー!」
二人は大自然の恵みを口いっぱいに楽しむと、満足気にお腹をさすりながら「ご馳走様」と呟いた。お腹が落ち着いたところで、互いの食べていたお菓子が気になっていた二人は今度は互いが食べていたお菓子を購入し、味わった。
「はぁ……美味かったべぇ……今日は大満足だべ」
「いや、まだだろう。ここはまだまだ広いんだぜ? もう少し休憩したら、また見て回ろうぜ」
「うん!」
口の中が幸せで満たされた二人は、しばらく休憩をした後、まだ見ていないエリアへと足を踏み入れた。そこでは乳絞り体験や、餌付け体験など動物たちと触れ合うコーナー等が数多く設置されていた。見て、触れて楽しめる数多くの催しに二人は終始笑顔だった。山の中では味わえないような体験を日が暮れるまで楽しんでいると、牧場内に設置されているスピーカーから音楽が流れ始め、間もなく閉園する旨のアナウンスが聞こえてきた。
「あ、もうそんな時間か……時間が経つのは早いべ」
「まったくだ。そろそろ出ないとまずいな」
名残惜しさもありながら、二人は牧場を出ると夕日に染まる広大な大地をじっと見つめていた。さっきまでのんびしていた動物たちはそれぞれの家へと帰っていってしまったのか、今は目に見えない哀愁だけが佇んでいた。しゅんとしているキムンカムイに、オキクルミは「また来ようぜ」と背中をぽんと叩くと、キムンカムイは瞳を潤ませながら「うん!」と元気に返事をした。
ほんの僅かに冷たくなった風に吹かれながら、帰路へと就く二人はいつの間にか手を握り合っていた。「また来ようね」という強い決意を込めながら……。




