桃花クレープ【魔】
「わたしは知りたい。わたしが生きる意味を。たとえ、お父様に背くことになったとしても」
メモにそう書き残し、少女は自分が生まれた場所から姿を消した。元々はすべてを破壊する目的で作られた神造兵器である少女─アフロディテは自分を生み出した父親─ヘパイストスに歯向かうことなく、ただ言われるがまま破壊を繰り返していた。
破壊をしている最中、ふとアフロディテは思った。
「わたしはなぜ、破壊をしなければならないの。それは、自分も望んでいるものなの?」と、そうと言われればそうなのかもしれないが、そうではないと言えばそうではないのかもしれない。なんとも言い表せないことにもやもやしたアフロディテは、意を決し、自分が生きる意味とは一体何なのかを探す旅に出ることを決めた。
「さようなら。お父様。わたしを生んでくれてありがとう」
工房でうなされながら眠っている父親に対し、最後の言葉を伝えたアフロディテは静かに扉を閉めた。
「外に出たのはいいけど、何をしたらいいのかしら」
今までは言われるがまま行動をしていたのだが、これからは自分の意志で行動をしなくてはならない。どこに行きたいか、何をしたいかが明確にわかっていないアフロディテはとりあえず足を動かすところから始めてみた。歩いていればきっと何か浮かぶだろうと考えるようにしたアフロディテは外の空気に触れると、風の妖精がアフロディテの髪を優しくくぐりぬけた。
(ねぇ あの子の髪 とってもきれいよ)
(本当ね きらきらしてるわ)
まるでそんな会話をしているかのような風のささやきに、アフロディテは今までに感じたことのない気持ちを抱いていた。
「この気持ちは……一体なんでしょう」
風に問いかけてみても、風はただ静かに吹いているだけで答えてはくれなかった。残念に思ったアフロディテはふと視線を動かすと、そこには小さな集落があった。なんだか賑やかな声が聞こえてきて、中では何かが行われているようだった。
「なにかしら」
楽しそうな声につられてやってきたアフロディテが、門から顔をひょこっと出すとそこでは女の子たちがきれいに着飾り、くるくると回って喜んでいる姿があった。
「あらまぁ、とっても似合ってるわ」
「ぴったりでよかったわぁ」
「あの服は……防御性能……皆無のようですね」
遠目で見たアフロディテは女の子たちが着ている服を見て率直な感想がそれだった。すっかり戦闘のことしかないアフロディテは、女の子たちが何であそこまで嬉しそうにしているのかがわからなかったので、できる範囲で分析をしようとしたところ、女の子の保護者らしき人物に見つかってしまった。
「あらまぁ、こんにちは。どこからきたの?」
「あ……えっと……」
「見かけない子ね。引っ越してきたのかしら?」
「わたしは……」
「まぁ、あなたそんな恰好で寒くないの?? ささ、こっちへいらっしゃい。お洋服、サイズに合うのがあるといいけど」
「え……っと……」
返答に困っているといつのまにか距離を詰めてきた保護者の一人にひょいと抱えられ、半ば強引に中へと連れ込まれたアフロディテ。しかし、みんな敵意がないことを確認すると、アフロディテはその保護者にされるがままにされていた。
「これとこれなら……うん! ぴったりだわ!」
幾千の戦闘を潜り抜けてきたアフロディテでも目で追うことができない程の手際で、寒そうな恰好をしていたアフロディテが女の子たちと同じ防御性能皆無の服へと変身していた。
「今日はね、ひな祭りっていって女の子をお祝いする日なの」
「ひな……まつり。おいわい……」
こんな薄っぺらい布をまとって何の意味があるのだろうかと悩んでいると、もう一人の保護者がアフロディテをひょいと担ぎ、今度はひな壇を模した撮影スポットへととんと置いた。
「まぁ……映えるわぁ。あの子の髪、とってもさらさらだし髪色がすてき」
「わたしの……?」
「そうよ。ねぇ、こっち向いて。きゃーー! 可愛い! うちの子と……うーん甲乙付けがたい位に可愛い!」
「お姉ちゃん、とってもきれい!」
「うん! きれい!!」
「わたしが……きれい?」
「「うんっ!! とってもきれいだよ!!」」
戦ってばかりで聞いたことのない「きれい」という言葉に疑問を抱いたアフロディテ。聞きなれない言葉だし、どんな意味なのだろうと考えるより答えはすぐ目の前にあった。
「ねぇ、あたしも写真撮りたい!」
「もう……飛び入り参加したのに、みんなの視線を独り占めなんてすごいわね。あの子」
わたしがこうして座っているだけで、みんなが笑っている。嬉しそうにしている。場の雰囲気が温かくなる。その雰囲気にわたしの胸にぽかぽかとしたものがこみ上げてきた。
「この気持ちは……炉心温度が上昇しているのを感じます。味わったことがないのでよくわからないのですが……悪いものではないですね」
次第にその場の雰囲気に慣れてきたアフロディテは、ほんの少し笑みを浮かべてみることに挑戦すると保護者や子供たちは一斉に「かわいい!!」と爆声をあげた。そのあまりの声量にアフロディテは吹き飛ばされそうになるも、なんとか踏ん張りその場に留まった。
「わたしは……ひなまつりをもっと知りたい。なので、祭りを継続します」
みんなの眩しい笑顔を見ていると、なんだか自分も嬉しい気持ちになってきたアフロディテはもうしばらく、保護者のいいなりになってもいいと決めた。
「はぁ……なんかテンションあがってしまってごめんなさいね」
「いえ。わたしも……ひなまつりを知ることができて、嬉しかったです」
「あら、あなたひな祭り初めてなの?」
小さく頷くと、保護者たちは何とも言えない喜びに浸っているのか声なき声を発していた。と、そのときだった。会場内でお酒を飲んで暴れている男の人がいると、慌てふためいた人から報告があった。
「あらやだ。みんな、襖の中に隠れていて」
「あなたも。さ、はやく」
保護者たちは子供たちを守る顔に切り替わり、どしどしと歩いてくる足音に毅然として立ち向かっていた。アフロディテは子供たちにひっぱられながら襖の中へと隠れていると、大きな足音を響かせながら酔っぱらった男が入ってきた。
(だれあの人?)
(しらないひとだよ)
(……)
こっそり襖を少しだけ開け、様子を見ると見たことのない人物が顔を真っ赤にさせながら保護者に怒鳴った。
「おうおう。ガキどもはどこだ」
「あなたには関係ありません。今すぐお引き取りを」
「あぁ? この俺を誰だと思ってんだぁ? ここの地主だぞぅ?」
「地主さまであっても、そのような振る舞いはいけません」
「あぁん? この俺に意見するってかぁあ?」
(……こわいよ……こわいよ……)
(大丈夫。大丈夫。お母さんが……って、お姉ちゃん! 行っちゃダメ)
子供たちが震えているのを見たアフロディテは、すぐに体が動き襖から出て酔っぱらった地主となのる男の前に立った。出てきたアフロディテを見た保護者たちは血相を変えてすぐに隠れるよう促すも、アフロディテは抵抗した。
「排除します。ぼんぼりを……発射します」
「むごっ!!」
どういう原理で飛ばしたかは謎だが、部屋の中にあったぼんぼりを掴むとそれを酔っぱらった地主目掛け勢いよく発射させた。ぼんぼりは地主の顔面へと直撃すると、地主はきれいに後ろへ倒れ気絶した。ずんと大きな音と共じ静けさがやってくると、襖の中から目に涙を浮かべた子供たちが保護者のもとへと駆けていった。
「おかあさぁん! こわかったよーーー」
「わぁあああああ」
「おおよしよし。よく頑張りました」
「もう大丈夫だからね。大丈夫だよ。大丈夫」
(なぜ……わたしは……あのような……あぁ……みんなを守りたいと思った……からなのかな)
ぼんぼりは壊れてしまったが、危機を脱することに成功したアフロディテは泣いている子供たちの頭を優しく撫でた。すると、子供たちはアフロディテに涙声で「ありがとう」と言った。
「お姉ちゃん……あ、あありがとう……」
「ありがと……ありがと……」
「あたしからもお礼を言うわ。正直、ちょっと怖かったの。でも、あなたのおかげで助かったわ。本当に……本当に……守ってくれてありがとう……」
我慢ができなくなったのか、保護者の一人が目に涙を浮かべ、アフロディテに抱き着いた。よく見ると足が小刻みに震えていた。きっと相当怖かったのだろうと推測することはできるのだが……。
「ぼんぼり……壊してごめんなさい」
「ううん。いいのよ。気にしないで」
いくら危機的だったとはいえ、大事なものを壊してしまったという意識が勝ってしまい、アフロディテは素直に謝った。それには首を横に振り「それよりも、みんなが無事でよかった」と逆にお礼を言われてしまった。アフロディテは複雑な気持ちのまま、みんなが落ち着くのを待った。
みんなが落ち着いたのを確認したアフロディテは、ほんの少しだけ罪悪感を抱きながらその場を去ろうとしたのだが、保護者たちがそうはさせてくれなかった。
「待ちなさい! 命の恩人! ひな祭りのお話、ちょっとだけ続きがあるの。聞いて行ってからでも遅くはないんだけど……?」
「続き……? 聞かせてくれるの?」
「もちろんよ。ひな祭りは、女の子の健やかな成長を願うお祭りなの」
「健やかな……成長を……」
わたしは神造兵器であり、女の子ではないと言おうとしたとき、保護者の一人がアフロディテをぎゅっと抱きしめた。
「あなたは……ちゃんと女の子よ。とっても優しくってーっても可愛くって、とーっても強い女の子よ。だから……ね?」
「わたしは……普通の女の子じゃない……」
「何言ってるのよ! あなたは女の子! いい? あたしたちみーんなが保証するわ。ね?」
「「うん!」」
子供たちが一緒に頷くのを見たアフロディテは、胸の奥から伝わる温もりが嬉しくてたまらなかった。
「あなたのこれから未来、ずっと健やかで過ごせるのを祈ってるわ! あ、もし家が近かったらいつでも遊びに来ていいからね? 歓迎するわ♪」
「あそびに……うん! ありがとう」
みんながわたしの未来を祝ってくれている。この温もり……忘れない。お父様。わたしはいま、とても「幸せ」に包まれています。新しい気持ち、帰ったときにたくさん伝えたいです。なので、もう少しだけ、わたしのわがまま、聞いてくれると嬉しいです。
この日、アフロディテはみんなと一緒に過ごした。そして、その時に感じた思いや感情を忘れないと誓いみんなと同じ布団に入り、目を閉じた。まどろみがやってくるのにそう時間はかからなかった。




