チョコフィンガービスケットと激甘ナッツのヌガー【竜&魔】
とある喫茶店。今日もたくさんのお客様で賑わっている。静かに読書を楽しんでいる人や、友達と会話を楽しみながら食事をしている人と様々である。お昼のピークも過ぎ、まるで嵐が過ぎ去ったかのような静かさに包まれた喫茶店に、一人の竜人の少女がドアチャイムを鳴らした。
「いらっしゃいませぇ」
「おー! なんかとってもいい雰囲気だなぁ!」
「お好きな席へどうぞー!」
給仕係にそう言われ、竜人の少女はボックス席を選び腰を下ろした。腰まであるロングヘアーは艶やかなグレープ色で、毛先にはまるでカシスのよう。黒のチューブトップに髪色と同じロングスカパンも眩くて目が行きがちだが、それよりも少女の両手がそのすべてを奪い去っていってしまうほど大きく、似つかわしくないものだった。
少女の名前はイーリス。おしゃれが大好きな竜人の少女で、その大好きがきっかけでオープンしたネイルサロンにはたくさんのファンで賑わっているんだとか。今日は定休日のため、当てもなくぶらぶらと歩いていたらこの喫茶店を見つけ、入店したというわけだ。
「どれどれ。おー、噂には聞いていたけどどれも美味しそうだねぇ」
大きな手を器用に使いながらメニューを捲っていくイーリス。最初は驚いていた給仕係だったが、すぐに切り替えお水をテーブルに置いてにっこりと笑った。
「ごゆっくりどうぞ♪」
「はい!」
眩しい笑顔に元気よく応えたイーリスは、何度もページを行ったり来たりしてメニューを決めかねていると、再びドアチャイムが鳴った。
「いらっしゃいませぇ」
「あらぁ。中々いい雰囲気じゃない」
桃色のショートヘアーに黒く鋭い角。どこかうっとりとした目は元々なのか、お店を見てうっとりとしているのかは定かではない。黒色の三対の翼を器用に折りたたみながらモデルのように歩く人物─七罪の憤怒を司る悪魔サタン。見た目こそ強そうではあるが、その口調は優しくねっとりとしている。だが、風の噂によるとサタンを本気で怒らせると辺り一帯が火の海と化すという。なので、怒らさないのが一番だという。そんなサタンが気まぐれで入ったこの喫茶店は、どうやらお気に召したようで、雰囲気はもちろん照明やそこで働く人たちの様子全てがよかったみたいでずっと笑顔だった。
「あ! サタンさんじゃないですかぁ!」
「あらぁ! あなたはこの前のイーリスちゃんじゃない。奇遇ね」
イーリスを見つけたサタンはぱっと明るく笑み、ゆっくりとイーリスの向かいに腰を下ろした。なんというか奇妙な組み合わせではあるが、イーリスがネイルサロンのお店を開いてから数日と経たないうちにサタンが来店したとか。イーリスはサタンがあの七罪を司ってるだなんて知ってるわけもなく、ただのいいお客さんとして接している。サタンも自分のことを七罪のサタンではなく、普通に扱ってくれるイーリスをとても気に入っていて、イーリスのネイルサロンを贔屓にしている。おかげで顔なじみとなり、今では友達と言っても差し支えないくらいまでに親しくなっている。
「サタンさんもおでかけですか?」
「まぁ、そうね。ちょっと地上の世界にも興味があってね」
「お水どうぞ♪」
給仕係と目が合い、サタンは咄嗟に「ありがと♡」と言いながら小さくウインクをした。ウインク受けた給仕係はまるで心を射抜かれたように頬を赤らめ「ごご……ごゆっくり!」と言い足早に厨房へと戻っていった。くすくすと笑いながら品書きに目を移したサタンは、その豊富な品に目を見開いて驚いた。
「……本当にたくさんあるわね。目移りしちゃうわ」
「そうなんですよ。おすすめが多くって私も決めかねてるんですよ:
そこから近況話をしながら決めている時間が過ぎ、二人とも「せーの」で指したものを注文するという流れになり、選ばれたのは「あつあつナポリタン」だった。
「ご注文、承りましたぁ~!」
嬉しそうに跳ねながら厨房に注文用紙を出す給仕係と、調理人。注文用紙を受け取った調理人は「ナポリタンありがとうございまぁす」と元気な声を挙げながら調理に取り掛かった。料理ができあがるまでの間、二人は新作ネイルのことや最新のファッションについて熱く語った。地上で流行のファッション雑誌を広げながらイーリスが説明をし、それを真剣に聞いているサタン。時折うんうんと頷きながら聞いているサタンに、イーリスは楽しくなってきたのかどんどんと新情報を紹介していった。
「はぁ……やっぱりまだまだ興味が尽きないわね。地上っていうのも」
「でしょ? 今度、サタンさんも色々見て回っても楽しいかもしれませんよ?」
「そうしたいのも山々なんだけどね、都合がつき次第ってところかしら」
「……お仕事、お忙しいんですか?」
「ま、そうね。でも、イーリスちゃんが教えてくれた情報、必ずあとでチェックしておくわね」
「……はい! あ、あと。うちのサロンをいつも贔屓にしてくれているので、サービス券つけちゃいます」
そうしてイーリスはポケットからサロンで使える無料券をサタンに手渡した。恐る恐るそれを受け取るサタンは、書かれている文字を読み驚きのあまり大きな声を挙げた。
「ちょ……! ちょっとこれ……いいの?」
無料券には「最新ネイル無料」と書かれていた。最新ネイルは資材が高いこともあってか、サタンですら中々手が出せないスペシャルなメニューなのだが、それを無料と聞いてサタンは手で口元を抑えながら「あらやだ」と言いながら小さく咳払いを一つ。
「あ、あのイーリスちゃん? ほんとに、本当にいいのね??」
「はい! サタンさんだけの特別メニューを考えていますのでぜひきてください!」
純粋な笑顔に感激したサタンはどこからかハンカチを取り出し、目元を抑えた。今まで自分が住んでいる世界─魔界ですら、こんなことなんて起きるか起きないかで言えば一生起きない純粋な親切心にサタンは涙を流した。
「そ、そんなに泣かなくても……」
「ごめんなさいね。でも、嬉しくて嬉しくて……。これからも贔屓にさせてもらうわね」
「お待ちしてます!」
えへへと笑うイーリスの頭上から何やら香ばしい香りが漂ってきたかと思えば、給仕係が満面の笑顔で出来立てアツアツのナポリタンを運んできてくれた。
「お待たせしましたぁ! どうぞ、召し上がってください♪」
黒い鉄板の上に置かれた真っ赤なトマトスパゲッティに沢山の野菜が絡み、湯気からはトマトの甘酸っぱさが鼻へと吸い込まれ、二人の空腹センサーが反応しどこからか腹の虫が鳴った。
「……それじゃあ」
「いただきますか♡」
イーリスにとっては久しぶり、サタンにとっては初めてのナポリタンに表情を思い切り緩める。ゆるゆると時間が流れ、二人は満足そうに溜息を吐き、天井を仰いだ。特に初めて地上の食べ物を食べたサタンの頬は終始ゆるみっぱなしだった。
「……いいわねぇ。クセになっちゃいそうよ」
「はぁ……満腹です。なんか一人で食べるよりも美味しく感じちゃいました」
ナプキンで口元を拭いながらイーリスは思ったことを口にすると、サタンは何かを思いついたかのように手を合わせた。
「もし、イーリスちゃんが良かったらなんだけど。今度ネイルをお願いする前に、どこかで食事しない? アタシももっと色々知っておきたいし」
サタンの提案に思わず二つ返事で返したイーリスに、サタンは「まぁ」と言いながら両手で自身の頬を包んだ。
「それじゃ、次に会う日を楽しみにしてるわね♡」
そう言ってサタンは注文用紙を指で摘まみ、会計へと持って行った。チンと耳障りのいい音と共に会計を済ませ、去り際に「美味しかったわ。また来るわね♡」と言い再びドアチャイムを鳴らした。一人残ったイーリスは残ったお水を飲み、給仕係に挨拶をしてから喫茶店を後にした。なんとなく……なんとなくだが、新作のネイルアイデアが閃いたイーリスの顔はわくわくとどきどきで満ちていた。サタンに気に入って貰えるよう、思考を巡らせる度に胸の鼓動は高鳴っていった。




