シャドウベリーとブラッドベリーのマカロン【魔】
わたしの元に一通の手紙が届いた。真っ黒な封筒に真っ赤な蝋印。まるで血液を滴らせたかのような蝋の撥ね具合に不気味さを感じながら、ゆっくりと中を確認する。
「今宵は特別だ。お前を招待してやる」
そう書かれていた便箋のしたには筆記体で「アルカード」と書かれていた。アルカード。吸血鬼の男性で雪よりも真っ白な髪にどこか威圧的な目線、そして口を開くと見える鋭い牙。時々、わたしをちらりと見て意味ありげに笑う彼には少し恐ろしいと思いながらも、独特の魅力に惹かれていた。そんな彼からの招待状には今度行われるパーティの会場が記されていた。場所からして、わたしの世界ではなく彼の世界─魔界で行われるということが判断でき、わたしは「仕方ないか」と割り切り彼からの招待を受けることにした。少し魅力的に思っていても、やっぱり彼は吸血鬼だと何度も自分に言い聞かせ、誘惑に負けないよう何度も何度も気合を入れながら身支度を済ませた。
招待状の通りに進んでいくと、恐ろし気な門の先にそびえたつ真っ黒い城があった。魔界ともあり、元々暗い世界なのだがその城はその暗い世界をも飲み込んでしまいそうなほどに黒かった。辛うじて窓から漏れる赤い光があるお陰でそこに「あ、ここに建物があるんだ」とわかると言えばわかりやすいだろうか。段々と重苦しい空気が漂い始め、背後からは何やら獣らしい声も聞こえ始めたのもあり、わたしは足早に真っ黒な城へと入っていった。
ドアノックのついた扉で深呼吸をし、軽くコンコンと叩くと扉は勝手に開いた。木製なのだがどこか重量感のある音と共に開くと目の前には蝋燭の明かりで灯された大きな玄関ホールだった。真っ赤な絨毯が敷かれ、その絨毯の左右には美味しそうなスイーツが並んでいた。絨毯の終点にはぱちぱちと薪が燃える音を奏でる暖炉、玄関ホールの真ん中にある暖炉は両サイドに階段があり、左右どちからでも二階へと上がることができるようだ。天井はかなり高く、わたしが声を出そうものならきっと響くだろうと思い、あまり声を出さないよう注意をした。辺りを警戒しながらあちこちを見ていると、ふいに目の前にぎろりと睨む肖像画に驚き思わず大きな声で悲鳴を上げてしまった。肖像画だとわかっていてもこうもリアルに描かれていて、なおかつこんなに不気味な場所であれば誰だって悲鳴をあげるでしょうとぶつぶつ言っていると、背後から何か気配を感じた。振り返ると、そこには椅子に深く腰を掛けているこの城の主でありパーティの主催者─アルカードがくっくっくと喉で笑っていた。
「貴様はやはり俺を退屈させないな。いいものを見せてもらったぞ」
この城のような真っ黒なシャツの上に雪のような髪色と同じタキシードを着こなし、胸ポケットからは紫色のポケットチーフが顔を覗かせていた。前々から思ってたけど、アルカードっておしゃれさんなのかな。振る舞いもどこか手慣れてる感じがするしとかなんとか思っていると、アルカードはすっくと立ちゆっくりとした足取りでわたしに近付いてきた。
「今宵は貴様のために極上のスイーツを用意してやった。有難く思え」
少し大袈裟に手を広げながらアルカードは、わたしに(やや)上から目線で言った。……でももまぁ、いつもバトルではお世話になってるし少しだけならいっかと考えを切り替えて素直にお礼を言った。
「この俺が直々に用意するなんて滅多にないことだ。存分に楽しんでいけ」
……ん? どういうこと? ここにあるスイーツは全部、アルカードが用意したってことなのか? わたしの頭の上にたくさんの疑問符が浮かび困惑した。まさかとは思いながらも、わたしはアルカードに恐る恐る聞いてみると答えは「YES」だった。なんと、この玄関ホールにあるスイーツは全部アルカードが作ったものだという。
「スイーツを作るなんて何百年ぶりだかな。不味くても文句は受け付けん」
右手で頭をくしゃりとしながら言うアルカードの顔は、今まで見たことのない困惑した顔をしていた。これはこれで普段見ることのできない顔を見れたってことでいいか。それにしても……改めてスイーツを見るとどれもアルカードが作ったとは思えない位に美しいものばかりだった。大粒のベリーを惜しみなく使ったベリータルト、カラメルソースの照りがこんなにも美味しそうに見えるカスタードプディングは見たことがなかった。ほかにもザッハトルテやオペラなどのチョコレートを使ったケーキや、サブレなどがきれいに盛り付けられている。その中でも、わたしの目を引いたのはカラフルなマカロンだった。ピンク、黄色、緑色など様々な色をしたマカロンは、上から順に暖色から寒色になるように並べられたタワーのようなものに釘付けだった。一個でも作るのが大変だって友達から聞いていたのに、それをこんなに寸分狂いなく作れるアルカードの腕前にも驚いた。
「少し前、貴様が俺に渡した物の礼だ。好きなだけ持っていけ」
にやりと笑いながら言うアルカード。だけど、今のにやりは前よりも……こう、少し丸いというか柔らかいというか、自然に笑っているようにも見えた。折角なので、わたしはアルカードが作ったマカロンを一つ貰うことにした。手に取ったピンクのマカロンを口に運ぶと、中から甘酸っぱいペリーソースがじゅわりと広がった。思わずわたしが唸ると、アルカードは嬉しそうに鼻を鳴らした。次は黄色いマカロンに手を伸ばすと、こっちはパイナップルと柑橘類のソースだった。どちらかというと、ベリー系よりも酸味は抑えられていて食べやすかった。緑色はマスカット、茶色はキャラメル、白はホイップクリーム、赤はリンゴとさくらんぼを混ぜたものだった。どれもこれもが美味しくてわたしはいつの間にかずっとにこにこしていた。それをまじまじと見ていたアルカードはわたしにこう言った。
「……貴様。そんなに美味いのか」
美味いのかと聞かれ、わたしは一瞬マカロンに伸ばす手を止めた。わたしは無言で頷くと、アルカードは大きな溜息を吐きながら呆れていた。美味しいものを美味しいと言って悪いことではないだろうとわたしは素直に答えた。そんなアルカードを後目に、わたしはまたマカロンに手を伸ばした時、手首をがしりと掴まれた。掴んでいるのはアルカード。その目は熟した赤ワインのように真っ赤だった。そして薄く笑いながらわたしをじっと見つめる。
「ならば、こいつはどうだ。味わって食うがいい」
アルカードの手にはマカロンが握られていた。それも、マカロンタワーにはなかった色。カラフルでサイズも少し大きく見えたマカロンがアルカードの手でわたしの口の中へと運ばれる。軽いくちどけのあと、何とも言えない甘味、酸味が口の中一杯に広がりわたしは目を見開いた。
「どうだ? 貴様のために作ったたった一つのマカロンだ」
わたしのために作ったマカロン。その言葉がなぜか優しく聞こえたのは気のせいだろうか。だけど、アルカードが心を込めて作ったスイーツは本当に美味しくて言葉を発することができない代わりに何度も何度も頷いて「美味しい」とアピールをした。
何個目かのマカロンで、わたしのお腹はいっぱいになってしまいこれ以上は食べられないという状態になってしまった。本当はもう少し食べたいし、ほかのスイーツも全然手を付けてないしと悔しい気持ちでいると、背後からすっと伸びる手に気が付いた。手には大き目な四角い箱と紙ナプキン、紙ナプキンをくるんだフォークが握られていた。
「……こんなに美味そうに食う奴、貴様が初めてだ。俺が今までに抱いたことのない感情を貴様は俺に教えてくれた礼だ。好きなだけ持っていけ」
そういうと、アルカードは少し乱暴に四角い箱を組み立て終えるとわたしにぽんと放り投げた。持って帰っていってことかな。そう判断したわたしは、マカロン以外のスイーツを箱が許す限り詰め込んだ。こんなに美味しいスイーツ、次はいつお目にかかれるかわからないもん。うまく組み合わせながらなんとか容量いっぱいにスイーツを詰め込み終わると、アルカードは満足そうに笑いながら指を鳴らした。煙幕とともに現れたのはわたしが元の世界に戻るための扉だった。あれ、普通に城を出ていけば問題ないのではと尋ねるとアルカードは首を横に振った。
「そいつはおすすめしないな。どうやら腹を空かせた魔獣が貴様が出てくるのを待っているようだ。そいつらの餌になりたければ話は別だがな」
いやいやいやいや。喜んで扉を使わせていただきます。わたしは忘れ物がないか今一度確認をしてから扉の前に立った。そして、背後にいるアルカードに心からのお礼を言った。とっても美味しかったし、とっても嬉しかった。ありがとうと。すると、アルカードはふんと鼻を鳴らして「……本来の目的は違ったが……まぁいい。貴様がそこまで言うのならまたやっても構わない。だが、次はいつになるかわからんがな。貴様らの時間でいう一年後なのか十年後、百年後かなのか……な」
アルカードは魔族であるが故、老いるということがない。それに、人間にとっての時間も魔族にとってはほんの僅かな時間経過にしかなっていない。だから、次はあるのかないのかはわからないけど、もしあるのなら参加したいと告げるとアルカードはまた喉で笑った。
「そのときはもっと計算しながら食えよ。さもないと、また持って帰るってことになりかねんからな」
う……それは痛いお言葉。気を付けます。一通り思いを伝え終え、今度こそ自分の世界へ帰る扉に手をかけた。軽い力で開いた扉から溢れる光に包まれると、わたしは四角い箱を落とさないようしっかりと握りながら扉の中へ飛び込んだ。徐々に薄れていく意識の中、最後に見えたのはアルカードが手を振って見送ってくれた光景だった。
次に目が覚めたのは、わたしが魔の世界へ行くための扉の前だった。辺りは間もなく夜になろうとしている最中、わたしの手にはしっかりとあの四角い箱が握られていた。改めて持つと結構重たいことに気が付き、わたしはどんだけ欲張りだったのかと思い知った。ちょっと恥ずかしい気持ちもあるけど、アルカードと過ごした時間はなんだか貴重な経験だなと思い貰ったケーキと思いがたくさん詰まった四角い箱を大事に帰路へと就いた。食べてなくなってしまうのは悲しいけど、せっかくアルカードが作ってくれたスイーツを無駄にはしたくない。だから、大事に食べるね。ちょっとだけ素直になれない吸血鬼さん。




