冷ピリ?! ちょっぴりスパイシーかき氷【竜】
戦場に情けは無用とは言ったものだ。情けをかけてしまえば、それはいずれ自分の命を滅ぼすことに繋がりかねないのだから。何度も経験し、それを学んだから言えること。そして、誰もがその言葉を口にするに相応しいという人物がいた。
剛揮。竜族でありながら武を極めんとする武人。深青の鱗に真っ赤な髪、鍛え上げられた腕は丸太のように太く逞しい。目つきも鋭く、手練れのものでなければただ睨むだけで戦意を喪失させられる程、力に溢れていた。戦場でも指揮はもちろん、いざというときは自らも武器を取り前線で戦果をあげていくこともしばしば。周りの兵士からの信頼も厚く、戦場では良き上司でありときにはよい兄貴分として評判が絶えない。
決して自分に妥協をしないという信念の下、技に体に磨きをかけ仲間を守ることはもちろん、自らも危機から守り軍を勝利へと導く。それが、今の剛揮にとっての生きがいだった。
そんな戦場漬けな剛揮に気を遣った部下の一人が、今日は特になにもないことを報告し自宅での給養を提案した。最初は唸りながら首を横に振っていた剛揮ではあったが、部下から予想もしない一言を言われ、頷かざるを得ない状況になった。
「休めるときに休んでおかないと、いざというとき大変な目にあるのは剛揮さんですよ」
この発言にはぐうの音も出なかった剛揮は、それもそうかといい、報告書をいくつか作成してから切り上げることにした。ほかの部下たちからも「ゆっくり休んでください」と労いの言葉をもらった剛揮はなんだか申し訳ないという思いにかられながらも、荷物をまとめ自宅へと向かった。
「むぅ……まさかあんなことを言われるとは……思わなかったな」
帰宅途中の剛揮は部下に言われた一言を思い返していた。まさかあんなことを言われるとは……予想外な気持ちに加え、それだけ部下たちも成長しているということなのかもしれないと思い、剛揮はちょっとだけ嬉しい気持ちになった。そんなほくほくした気持ちを一瞬で打ち砕く出来事がこの先に待っていようとは、知る由もなかった……。
「今日はいい天気だな。絶好の鍛錬日和だな」
雲一つない天気の中でも考えるのは、鍛錬か新しい作戦についてのことしかない剛揮は嬉しくも悩ましい課題に胸を躍らせながら歩いていると、道の真ん中でうずくまっている何かを見つけた。
「? なんだ? あれは……」
うずくまっているそれは、時々体をはねながら動き近付くにつれ、小さな声も聞こえてくる。
(まさか……子供か?)
剛揮はゆっくりとうずくまっている何かに近付き、膝をついて優しく声をかけた。
「どうした? 何かあったのか?」
「…………」
声にはっとした何かは、剛揮と同じ竜族ではあるが子供だった。伸びきっていない尻尾、生え途中の丸みを帯びた角、人間のような皮膚をもつドラゴニュート族の子供は声のする方へと首を動かすと目の前にいる人物を見て固まり、しばらくすると思い出したかのように大きな声を上げて泣き出した。
「お、おい。泣くんじゃない……。おれはそんなつもりはないんだが……はぁ……」
先ほども書いたが、剛揮の目は鋭くその辺の兵士を睨んだだけで戦意を喪失させることができる。それが災いしてか、困っている子供に善意で声をかけてみるもののこうして泣かれてしまうことはいくら百戦錬磨の武人であっても、さすがに心にくるものがある。
「悪い……おれはお前を助けたいんだが……泣き止んでくれないか……?」
あちこちに檄を飛ばしているときの声とは思えないくらい、(自分の中で思う最高に)優しい声色で子供に尋ねてみた。すると、しゃくり上げながらだが、子供は小さく頷き剛揮の足元にぴったりとくっついた。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「……シュルク」
「そうか。シュルクというのか。いい名前だな。こんなところでどうしたのだ?」
「……ママとはぐれちゃった」
「……ママはどっちに行ったか覚えてるかい?」
するとシュルクは剛揮が向かっている方向を指さした。そうか、それならば好都合だと思い剛揮はシュルクにママ探しを手伝うというと、さっきまで泣き顔だったシュルクの顔がぱっと明るくなりぺこぺこと何度も頭を下げながらお礼を言った。
「ありがと!! ありがと!! おじちゃん!!!」
「お……おじ……ちゃんか……はぁ」
純粋であるが故の真っすぐな発言は、剛揮の胸になにか鋭いものが刺さったかのような痛みを与えた。
シュルクを肩にのせ、剛揮は母親の特徴を尋ねてみた。体は大きくて空も飛べて、きれいな緑色と紫色をしているとのことだった。特徴を頭の中に入れた剛揮は辺りを見渡せるところまで行くと、遠くを眺めた。しかし、特徴にあうような影は見えずに次の場所へと移ろうしたとき、背後から不穏な気配を察知した。
(数は……少ないがこの子を巻き込むわけにはいかん。ならば……)
「シュルクや。今からおじちゃんのいうことを聞いてくれないかい」
「……?」
「そんな難しいことじゃない。目を隠しながら数を数えてて欲しいんだが……できるかい?」
「……うん! できる!!」
「いい子だ。そしたら、おじちゃんが『もういいよ』って言うまで目を隠してくれるかい?」
「わかった!!」
シュルクを岩陰に隠し、剛揮は数を数え始めてというとシュルクは手で目を覆い、小さな声で数を数え始めた。しっかりと進めていることを確認した剛揮は背後から感じていた気配を呼び出しながら拳を構えた。すると、麻袋を担いだゴブリン族がうへへと笑いながら出てきた。麻袋の大きさは子供が一人優に入るくらいの大きさのことから、このゴブリンたちは人さらいだと感じた剛揮は拳に闘気を練り始めた。
「お前たちにそんなことはさせん。覚悟!!」
ゴブリンたちがナイフを構えるよりも早く、剛揮は地を蹴り間合いを詰めていた。ゴブリンたちが驚くよりも早く拳を振るうと軽い体はぽーんとどこか遠くへと飛んで行ってしまった。仲間をやられたことに怒りを覚えたのか、残ったゴブリンがナイフを振りかざし、剛揮に刺そうとしたとき、足元が急に重くなったことに気が付いた。何事かとゴブリンが自分の足元を見ると、足首あたりまで凍り身動きがとれなくなっていた。
「キィー!!」
「罪を償え! 破っ!!」
剛揮は拳に纏っていた闘気をゴブリンに向けて開放させると、先ほどのゴブリンよりも遠くへと飛んで行った。これで悪さはできまいと思った剛揮は闘気を失くし、すぐにシュルクの元へと駆け寄った。
「シュルクや。もういいよ」
「……あ、おじちゃん! ぼく、ちゃんと数を数えられたよ!!!」
「シュルクは賢いな。よしよし」
剛揮はシュルクの頭を優しく撫で、肩車をするといい低く屈みシュルクの足首を優しく握った。最初に出会ったときの恐怖にひきつった表情からは想像もできないくらいに、心を開いたシュルクに段々と剛揮も加減が分かってきたようで、言葉のかけかたが自然と出るようになっていた。今は安全に母親の元へと送り届けることが最優先なのだが、剛揮はシュルクと過ごす時間が大事なものへと変化しつつあった。
「ママはどこかなぁ……」
「うーん……ママ……どこいっちゃったんだろ……」
何気なくママの所在を口にした剛揮は、シュルクの声色が沈んでいるのに気付き心の中で「しまった」と呟いた。しかし、予想していたことは起きずにシュルクは剛揮の角を触った。
「もしかしたら、近くにいつかもしれないな」
「ママ、おっきいからすぐにわかるんだけど……あ!! ママだ!」
シュルクが突然大きな声をあげ、歓喜していた。しかし、ママと呼ばれる存在はどこに見当たらないのだが……。しかし、剛揮は急に暗くなったなと思い、空を見上げた。そこには巨大な竜が飛行していて、特徴も非常に酷似していたことから、この剛揮の上空を飛行している存在こそがシュルクの母親だということがわかった。それにしても……。
「ママ……おっきいんだね」
「うん! ママ、とってもおっきいよ!! ママー!!」
飛行するものに大きく手を振るシュルクに気が付いたその竜は、剛揮たちの少し先でゆっくりと地上へと降り立った。剛揮はシュルクを下すと、シュルクは母親の元へと駆け寄り大いに喜んだ。そして、その母親に挨拶すべく剛揮はゆっくりと近付いていく。
「我が子を保護してくれたのはお前か……武人よ」
「……はい。おれです」
「なんと心優しき武人よ……礼をせねば」
「いえ……お気持ちだけで十分です」
「そうか……なんと申していいか……」
「ママ。このおじちゃんがぼくを守ってくれたんだよ」
「そうかそうか……して、名をなんと申すか」
「剛揮と申します。アブゾラル様」
「ほう……我の名を知っているのか。ますます礼をせねばなるまい」
「いえ……その……」
「そう遠慮するでない。そうだな……近々、またこの辺りにくる用事があるのでな。その時にまた話そうぞ。大したことができなくてすまぬが……また相まみえよう」
「おじちゃーん! ばいばーーい!!」
魔界の竜の背に乗ったシュルクは元気よく剛揮に手を振り、別れを告げた。それに剛揮も応じ次第に小さな点となっていく二人をしばらく見ていた。
アブゾラル。その巨竜に睨まれたものは戦場には決して戻ることができないと言われている伝説級の竜だ。そして、その竜の子がシュルクだったとは……。予期せぬことが立て続けに起きたことには驚いたが……剛揮の顔はどこか嬉しそうだった。
後日。再びこの地を訪れたアブゾラルは、剛揮に礼をしに来た。そして、その背には嬉しそうに笑いながら手を振るシュルクがいた。




