8歩目 仁義ある戦い
―――数分前
逃げ出すなら”今”
…だけど、私の足は一向に動いてくれず
ねぇ、月影
(…どうした?)
もし、私が今逃げたら…
月影は赤い瞳を閉じ、語り始めた。
(…いい機会だから、これだけは言っておく)
(…俺は、奴等と同じ”愚者”の側だ)
(…誰かに導かれなければ、な)
どういうこと?
月影は薄っすらとした瞳で私を見た。
(…お前はもう”知っている”)
……なにそれ、全然、意味解らないよ
(…後は、お前次第だ。ルナ)
もうちょっと、解り易く言ってくれないかな?
(…)
ねぇ?
(…)
月影はそれっきり口を開かず
悲鳴と怒声が重なる中
みゃぅ~…
コートの中の茶虎が不安そうに見上げて来た。
その頭をそっと撫でる。
ゴロゴロと喉を鳴らし
嬉しそうに身体を擦り付け
私を見て目を輝かせた。
まるで
ここだけが
切り離されたみたいに
別世界だった。
どうして
ねこはこうも自由だというのに…
どうして
私は…
このまま、逃げないのだろう?
♪ ねえ
”キミ”はまだ
そこに
いる?
「あいつ、あれだ、血まみれの歌姫だw」
「何だそりゃ?」
「兎に角”金”になんだよ♪」
「マジか!?じゃ、俺等の専属にしてやろうぜぇ♪」
『ギャッハー!!』
多数のヘッドライトに照らされる中
茶虎だけが
私を見ていた。
今この瞬間
この子だけが
観客で
この子が安心するのなら
それで良かった。
私にあるものなんて
そんなに多くはない。
月影の言った意味はよく解らなないけれど
ただ
何もしないのだけは
嫌だった――
「ギャハ、つ~かまえた~♪」
下卑た笑みと腕が、闇から伸びる。
…この子に手を出すのなら
足を振り揚げた――
その時だった。
立ち塞がる
一枚のシールド
直後――
バチィィィッ!!
爆ぜる奔流。
視界が白く焼け、咄嗟に背を向け茶虎を覆い隠した。
「ギャハァァァッ!!」
ガシャン! ガシャン! ガシャン!!
衝突音が次々と連鎖し、木製の床を激しく揺らす。
ドガァァァン!!
背に熱風が吹き荒れた。
みゃぅっ……!
震える小さな命を、強く抱きしめた。
鼻を衝くガソリンの匂いと、あちこちから漏れる呻き声の中
(…立てるか、ルナ)
うん……なんとか
振り返り、目をこじ開けると――
折り重なり、黒煙を上げて燃える鉄塊
その隙間で呻くモヒカン達
その正面
シールドの中
彼は、頭から滴る赤を拭いもせず
”赤”ではない雫を零し
絞り出すように呟いた。
「……もう……」
「もう、見ていられません!!」
血を吐くような叫びだった。
「お、おい…新入り…」
「自分が、何をやったか、解っているのか?」
隊長が叫んだ。
「戻れぇっ!!」
彼は、振り返らずに言った。
「…隊長」
「……何だ?」
「本官達は…何の為にここにいるのですか?」
答えを待たず、彼は続けた。
「自分は……
市民の悲鳴が、殴られた音が、助けを呼ぶ声が…耳から離れないのです――」
不意に背中が、激しく震え出し
「ぐばっ!」
膝と、”赤”が地に落ちた。
視界の向こう
さっきまで転がっていたモヒカン達が、仲間を引き起こし
燃え移った火を踏み消していた。
そして
一斉に、こちらを見た。
「やってくれたなぁw犬がよぉ!」
「これでもぉ~お前等は終わりだw」
レッドが叫んだ。
「野郎共!こっからが”お楽しみ”だ!!」
倒れたバイク達が、息を吹き返し始める。
「奴ぁ、袋叩きだぁぁ!!」
怒号と殺気が向けられる中
彼は、赤く染まりながらも
必死に身体を起こそうとしていた。
「くっ!!」
震える膝
「……立てるか?」
差し出された手
「先輩……」
「黙れ」
優しさはない。
だが、手はそのまま
「……」
軋んだブーツが、元に戻った。
「今だけだ。今だけ…“見ろ”」
横に、影が増えた。
「へっ、付き合ってやるよ」
ペッ――
カランと、血に混じった白い何かが転がり
拳を鳴らし、首を傾けた。
更に、引きずるような音が並ぶ
「まっ、やられっぱなしってのは…ねぇよなぁ?」
笑おうとして、顔が歪む。
片脚が、まともに地面を蹴れていない。
その肩に、腕が回された。
「ああ……俺も、まだ……やれるぜ……」
息が浅い。
脇腹を押さえる手が、血で濡れていた。
「隊長、あいつら…」
「……馬鹿共がっ……」
隊長は顔を伏せ
静かに
隊員達の前に出た。
「隊長、すみません…」
振り返らず
咆哮した。
「市民を護る!総員、シールド、構え!!」
瞬間
『応!!』
隊員達に”覇気”が宿るのを感じた。
ねえ、月影
(…何だ)
ううん。何でも、ない。
(…そうか)
少しだけ、口元を綻ばせて
大きく息を吸った。
♪ 聞こえたよ
”キミ”の声 ♪
「ギャッハー!!」
「歌姫もいいねぇwそうこなくっちゃよぉw」
「壊しガイがあるってもんだぁ♪」
世紀末の群れが爆音と共に、突っ込んでくる。
隊員達も咆哮した。
「うおおおぉぉぉ!!」
「来いやぁぁぁ!!」
横並びに電磁シールドを構える。
「ギャハw」
「そんなもんで、俺達を止めようってか?w」
「来やがれ!」
「また弾き返してやるよ!!」
紫モヒカンが
「”あれ”を出せ!!ギャッハー♪」
「…」
「おい”アレ”を降ろせって!」
♪ ”キミ”はまだ
そこに
いたんだね ♪
「……どうした?さっさとしねぇか」
「あ…ああ、わぁってる!」
不気味に”ある物”が、ゆっくりと露になっていく。
隊員達に、どよめきが走った。
「なっ!?」
「はぁ!?」
「ただの装甲じゃないのかよ!?」
バイク前面を覆っていた装甲シールドが
ガシャリと前方へ倒れ
ギュルルルル!!
中から狂ったように回転する、鋼鉄のドリルがせり出した。
「ひぃぃぃっ!」
「なっ、何だよあれは!?」
「あんなの、防げるか!?」
「狼狽えるな!」
「だが…!!」
「腹括れ!シールド、出力全開!!」
「ちっくしょぉぉ!!」
ギュイイィィィン!
歯医者のような、甲高く不快な音が、文字通り”突っ込ん”で来る。
私はそれを、どこか冷めた目で見ていた。
あれは、まずい。
他人事のような、ひどく平坦な感想。
触れただけで、一瞬でバラバラになってしまうのだろう。
それなのに
不思議と恐怖はない。
――目の前で必死に抗う彼らの声の方が、大きく聞こえていたから。
「最恐の矛だぁ!」
「死んどけやあああぁぁぁw」
「ギャッハー♪」
「総員!歯ぁ食いしばって、絡めとれ!!」
『応!!』
隊員達が叫んだ直後――
二つが…重なり合った。
閃光が、視界を埋尽くす。
咄嗟に目を細め、腕で覆い
♪ ねえ……
ギャリギャリギャリッ!!
♪ ……まだ……
金属音が、暗闇を引き裂く。
♪ ……そこに……
歯が砕かれるかのような、脳に響く金属音
♪……いる……
「耐えろぉぉぉ!!」
”バチバチ”と蒼い閃光を散らし
最恐の矛と最先端のシールドが鬩ぎ合う。
隊員たちの足が”じりっ”と後退する。
「吹かせえぇ!そのまま串刺だぁ!ギャッハー♪」
ドリルが唸りを上げ、
回転数が一段、跳ね上がる。
「だめだ……食い込んで来る!」
シールド表面に、螺旋状の“歪み”が走った。
「もう一息だぁ、ギア落とせ!ギャッハー♪」
ギュルルルルル!!
後輪が悲鳴をあげ
焼け焦げたゴムの匂いがたち込める。
「痛っ!」
「隊長!シールドが…もぉ、持ちません!!」
「こっちも、もぉダメだ!」
「泣き言は聞かん!根性見せろぉ!!」
「うおおおぉぉぉ!!」
「警官魂を見せてやれ!!」
シールドの向こうで、
モヒカン達が歪んだ笑みを浮かべた。
「ギャッハー!やるじゃねえかw」
「そ~んな玩具で、こいつを止めるとはよぉ♪」
「だが、いつまで持つかな~?w」
下卑た笑いのその向こう――
原型の無い血塗れの”あいつ”に
耳打ちされたレッドが
瞳を大きく見開き……
”私”を見た。
♪――――――…
嘲笑 火花 タイヤの焼ける匂い
全ての混濁を、叩き潰すかのように隊長が叫んだ。
「総員”あれ”をやるぞ!!」
一瞬、隊員達の呼吸が止まった。
「ちっ、やるしかねえか!」
「はぁ!?冗談だろ!」
「そうですよ!万一失敗したら!?」
「今使わずに、いつ使う!?」
「腹ぁ括れ!どうせこのままじゃ、仲良くミンチだぞ!」
「くそっ、どうなっても知らんぞ!!」
青白かった電磁シールドが、内側から滲むように赤く染まっていく。
同時に、隊員たちの視界――いや、思考そのものに直接、文字が割り込んだ。
【警告:当該行動は部隊存続を保証しません】
【予測損耗率:臨界】
「構わん!ぶちかませ!!」
「ギャッハー!コケ脅しか!?w」
ギュリ…ギュリ…
ドリルが、さらに食い込んでいく。
「ぬぐぉぉぉっ…!!」
――飛沫
隊員達のシールド表面に、鮮血が散った。
【了:カウントダウン開始……3】
♪ ねえ
聞こえる?
「オラオラどうしたぁ!?」
ドリル先端が、腕をゆっくりと抉っていく。
【2】
♪ ”キミ”の声
「ギャハハハハハッ♪花火みてぇ!!ww」
全てが……赤く染まっていく中
レッドの震える声が、全団員に走った。
(…野郎共、唄女だ…その、唄女を、捕まえろ)
(はぁ!?何言ってやがる!?)
(今一番良いところだろうがよ!)
(そうだ、んなもん後だ後!)
(別に止めやしねぇよ、ただ……)
(…ただ、なんだよ?)
(捕まえた奴は“幹部候補”にすると、兄貴からのお達しだ)
【1】
♪ 今、どんな
紫モヒカンが、返り血をペロリと舐めた。
隊長が、一瞬だけ目を伏せ
「死ぬな。だが、退くな」
「たりめぇだ!」
「はい!」
「応!」
「痛ってえええぇぇ!」
「ぶちかませえぇぇ!!」
【0】
♪ ねぇ、教えて――…
モヒカン達が
一斉に
私を見た。
「ギャッハー!あいつぁ俺の“獲物”だぁぁ!!」
それが、合図だった。
「てんめっ!抜け駆けはずりぃぞ!」
「くっそ!離れねえ!逆回転だ!急げ!!」
ギャルルルル――
前線の圧が、一気に散った。
【シールドバースト…im…】
咄嗟に駆け出した。
振り向かず、ただ前へ。
カウントダウンは
続きを告げず
視界の端
膝を突き、”赤く”染まった隊員たちの姿が
遠ざかっていった。
…ルナ
ほんの、少しだ。




