5歩目 余興
――10分前
【シグナル消失ポイントを特定しました】
改造バイクが悲鳴を上げて急停止
またがった黄色いモヒカンの男が言った。
「サーチ!」
【了:サーチモード起動】
【周辺:警察車両×3/警官隊×10/VIP×1/民間人×22】
【注意:実況中継中】
「ちっ、うようよと……で、兄貴はどこだ?」
【提案:高い位置に移動してください】
「スキャンは?」
【周囲に遮蔽物が多く、困難です】
【提案は有効です】
「はいはい、行きゃいいんだろ、行きゃ!」
男は周囲を見回し、とある廃屋に目を留めた。
「よし、ここなら」
壁を蹴り、屋根の縁に手を掛け、顔を出した瞬間――
シャァァァッ!!
「あいたっ!」
目から頬に掛け、3本の鋭い線が走った。
毛をボウボウに逆立てたねこが
月光を反射、ギラリと睨んでいた。
「す、すまねぇ…」
シャー!!
「悪かったって!これ、やるから、な?」
スッっと細長い何かを差し出した。
ねこは、じっと見つめ
鼻をヒクヒクとさせ――
ぺろっ
「……っ……!!」
ぺろぺろぺろ
男の表情が、じわっと崩れる。
ゴロゴロと喉を鳴らし始めるねこ。
「……っへへ……」
屋根を掴む指の間に餌を挟み直し
男は片手でぶら下がったまま
後ろを振り向く。
赤と青の回転灯が妖しく照らす場所
そこに――
「は?」
ねこの舌が止まった。
輪の奥
血の中に転がる肉塊
頭が潰れ、歯が飛び散り、ほとんど原型を留めていない。
「へっ…あれだとか言わねえよな?」
【結論から言うと、その通りです。体格、本日の服装及び――】
「ふざけんな!!」
みゃっ!
ねこがビクッと跳ね、去って行った。
「ああっごめんっ待っ――」
屋根を掴んでいた手が離れ――
「うわぁぁぁぁっ」
ドサッ!
背中に鈍い痛みが走り、息が詰まる。
【注意:ねこに大声は厳禁です。それと――】
「わーってる!!それよかレッドだ!レッドに繋げ!!」
【了:回線接続……完了】
「レッド!」
地に拳を叩き付け、獣のように吠える。
「レッド! レッド、俺だ、応答しろ!」
≪うるさいぞイエロー、また捨て猫でも拾ったか?≫
「そっ……そんなんじゃねえ!」
≪じゃあ――≫
「兄貴が……兄貴が、サツにヤラれた!!」
≪あ? 兄貴が…サツ如きに゙?確かなのか?≫
「詳しくは解んねぇ……けど! このままじゃパクられる! 確実にな!」
≪……そうか≫
―――現在
「てめぇらぁぁぁ! 絶対許さねええぇ!!」
「血祭りに上げてやるぜぇぇ!!」
『ギャッハー♪』
恐ろしい改造バイクにまたがり
チェーンソーやら鎖を振り回し火花を散らす。
銃を構えた警官隊が、半円を描きつつ
≪市民のみなさん、どうか落ち着いてください!≫
≪現在、状況は管理下にあります!≫
≪一か所に集まって!≫
拡声器越しの声は、よく訓練された響きをしていた。
震えはない。少なくとも、外から聞けば。
(敵総数は!?)
脳内に、冷たい情報が走っていた。
(……33!)
(ちっ多過ぎだろ!)
(後方部隊!市民を至急避難させろ!!)
(了解…いや、だめだ!回り込まれた!)
(側面にもいます!)
赤・青・黄色等のヘッドライトが、路地の入口だけでなく
逃げ道になり得た場所すべてに灯る。
(くそっ速い!)
(か、囲まれ…)
(ぼさっとするな!武装確認!)
(りょ、了解、 サーチ!)
【了:サーチモード起動・分析開始】
チェーンソー(高出力内部電源、刃長66cm)
鎖鎌
バール
釘バット
鉄パイプ
火炎瓶
【装備】
特殊改造バイク(解析不能)
特攻服(1名)
革ジャン
【以上:共有しますか?】
(頼む!)
リストが隊員全員のHUDに一斉表示され、誰かが漏らした。
「昭和か!」
――その様子を、市民は見ていた。
「あれが、ギャッハー団!?」
「……でも、まあ、警察がいるし」
「ああ、大丈夫だろ?」
「撮っちゃう?」
「うんうん、絶対バズるよ♪」
目から光が、あちこちで瞬いた。
――ネットは、もっと軽い。
『ギャッハー団キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
『ギャッハー団vs警察 実況中』
『すげえw見逃せないわこれw』
『警察がんばれー(棒)』
その輪の内側で――
一人、表情を強張らせていた男がいた。
治安維持特別顧問
チェーンソーの火花が、闇を弾いた瞬間
その喉を小さく鳴らし
(……野蛮過ぎる)
口元を引き締め
(落ち着け、所詮、半グレ崩れ)
(時間さえ稼げれば…)
顧問は、警官隊の背に向かって言った。
「すぐに本部に応援の要請を」
返事はない。
誰も振り向かない。
「慌て過ぎです」
「相手は、ただの暴走集団でしょう?」
「市民が不安になりますよ?」
続けざまの問いに、誰も答えず
隊長指揮の元、隊員達は慌ただしく走り回る。
顧問の口角が、わずかに引きつる。
(無視、だと?)
(……結構)
隊長のメガホンを奪い取った。
「顧問、何を?」
「応援要請を、それまで”私”が、話をつけます」
「そんな!?話が通じる連中では……こ、顧問!」
無視して前に出ていく。
(どいつもこいつも使えん)
(ゴミの群れ如きに)
(手本を見せてやる)
市民の方へ振り返り、声を張った。
≪皆さん、落ち着いてください≫
その声には、妙な自信があった。
≪じきに応援が来ます≫
≪それまで”私”が時間を稼ぎます≫
何人かが、ほっと息を吐く。
そして――
走り回る暴走バイクの群れに
はっきりと言った。
≪警告する。”私”は世界政府直属――治安維持局の者だ≫
拡声器の音が、夜に反響する。
止まない爆音は
煽るかのように激しさを増していく。
その中、一人だけ特攻服(多分)
リーダーであろう赤モヒカンが「ほう」とアゴに手を掛けた。
きゃっ――
皆の視線が、音のした方へと吸い寄せられる
そこには――
尻もちを付いた綺麗な女性
走り去る”影”
音も光も無い。
「え…?」
女性の脳内にアラートが鳴った。
【警告:違法ステルス車両を察知、退避してください】
――突如、女性にヘッドライトが浴びせられ――
突如現れ、迫り来る黒いバイク
跨ったモヒカンが、腕を伸ばし――
「こっちだよ、可愛い子ちゅわ~ん♪」
女性は咄嗟に顔を庇い
「いや…来ないで…来ないでぇ!!」
顧問がこめかみに血管が浮かせた。
≪停止しろ!!≫
同時だった。
レッドが”パチン”と指を鳴らしたのは――
ピタリと止まるギャッハー団
息を切らしながら――
勝ち誇ったように口を歪める顧問。
背後の警官隊を振り返り、自慢げに顎をしゃくってみせた。
「どうです?これが”私”の――」
言い切る前に、笑いが爆ぜた。
「レッドぉ、世界政府様にビビっちまったぁ?w」
「今の責任者はテメェだw責任取って土下座してこいよww」
『ギャハハハハハッ』
レッドが肩をすくめ、隣で沈黙を守る男へ視線を向けた。
「ったく、ひでぇ奴等だ、な、お前もそう思うだろ?ブルー」
「……ねこ」
「あ?」
ブルーと呼ばれた、青いモヒカンが私の方を指差した。
「……酷く、痩せてる……」
「はぁ?」
私の胸で震える骨ばった背中を”じっ”と見る。
「……俺が」
突如、唸りを上げる青いバイク
それをレッドが手で制し
「……?」
「”余興”と、行こうじゃねぇか」
「……?」
「わかんだろ? 俺ぁ嫌ぇなんだよ、ああいう輩がよ」
「……俺もだ」
「だろぉ?」
レッドはにやりと笑うと、ブルーの背中をバンバンと叩き
「って事だ野郎共!」
チェーンソーを掲げ
「――余興の…始まりだぁ!!」
モヒカン軍団が爆ぜた。
「イエー! 待ってました♪」
「いいぞレッド!最高のショーにしてくれ!!」
金属が鳴り、火花が闇に散る。
巻き起こる大歓声と、レッド音頭
対照的に
周囲から孤立し、冷たい視線を一身に浴びる男がいた。
赤いモヒカンが鼻歌でも歌うかのように
その男へと歩いていく。
男は、ハッとし
拡声器を構えた。
≪止まれ!それ以上近付くな!!≫
だが――
赤黒い特攻服はなびき続けた。
≪撃つぞ!!≫
懐から黒光りし
世界政府の印が刻まれた”光線銃”を取り出した。
「この”私”の度重なる警告を無視とは」
目の前に迫るターゲットに銃口を向け
「低能が……」
ドヤ顔で引き金を降ろした。
バシュッ
放たれた閃光が――
霧散した。
「……は?」
レッドは向けられた銃口を、胸に押し当て
「で?」
顧問に迫った。
「ひっひぃぃっ」
顔を引きつらせ、何度も指を動かす。
バシュッ バシュッ バシュッ
それは、線香花火のようだった。
「お~電気マッサージか?いいね~”凝り”が取れるぜ♪」
目を閉じ、首を鳴らすレッド。
「なっ…何故だ!?戦車をも貫通する威力だぞ!?」
「マジか!?そんなもん人に向けんなよ!おっかなくてチビっちまうだろ!!」
笑い出すモヒカン達。
「くっ!」
顧問が脳内AIに問いかけた。
(どうなってる!?)
【解:光線レベルが微弱モードの為です】
(はぁ!? 今すぐ最大出力だ!)
【不可:権限不足】
(なっ…私は世界政府――治安維持局”顧問”だぞ!?)
【不可:権限不足】
(は……?)
【提案:上位認証を要求してください】
(この俺より、上位……?)
レッドは顧問の首に腕を巻き付け
「で? ママでも呼ぶ?」
再び、笑いが爆ぜた。
「はっ、離れろ!!」
「つれねぇこと言うなよ、もっと遊ぼうぜ♪」
「ふっふざけ…」
「あ~!そうだよな、まずは自己紹介からだよな?」
「は、は…?」
「基本だろ?まずはお互いをしらねーとな」
レッドは腕を寄せ、頭と頭を密着させ
顧問の視界が、一瞬、チラついた――
「脳無しのガキを”任意同行”…へぇ?」
「は…?な、何を言って…?」
レッドはおどけて
「おいおい、そりゃ”拉致”ってもんだろ?」
「きっ、貴様っ!?」
「なあ、そうだよな?」
レッドはモヒカン軍団に顔を向け
「おいおい、こいつ俺等より”悪”だろw」
「転職しろよww」
爆ぜる笑い
「即戦力だw」
「こいつおもれぇ、レッド、もっと見せろよww」
再び沸き立つレッドコールや金属音
その喧騒から護るように、茶虎を耳の上から抱き締めた。
レッドは歓声に片腕を掲げて応え
「任せとけって! んでぇ~…――」
嬉々としたレッドの表情が
固まった
その脳裏――
散らばった硬貨
髪を引っ張られる女性と少女
こだます絶叫
笑い声
少年の血溜まり――
……この男
無言で
組んだ腕をジリジリと締め上げていく
ぎぎゃぎゃぎゃ、と声を漏らし、泡を吹く顧問
バシバシと腕を叩いた。
「わりぃわりぃ。昔を、思い出しちまってよ」
咳き込む顧問
「ったく、最悪だよな”トラウマ”って奴ぁよ。そう、思わないか?」
顧問は警察隊に向かい脳内通信
(きっ、貴様等っ、こいつをっこいつを撃て!!)
顔を見合わせる隊員達
隊長がただ一言
(”規則”ですので)
それだけ返した。
別人のように顔を歪ませ
(お前等、後で覚えて――)
「ぐがががが!!」
顔の血管がキレる程真っ赤になる。
「すまねぇなあ、俺ぁ寂しがり屋でよぉ」
その顔に頬ずりをした。
どっと沸き立つモヒカン軍団
(くっくそっ!な、なんだというのだ、一体!考えろ!落ち着け!!
所詮底辺のゴミ共……そ、そうだ)
「わ、わかった!”金”だな!?金だよな!払うぞ!だから、なっ!?」
「金かぁ…悪くねぇな」
「あ、ああ!」
「で?」
「……え?」
静寂の中
グギ……ギギ……
喉が、軋む音
顔色が、紫に寄っていく。
口だけが、金魚のように開閉していた。
「……っ…………!」
――ふっ、と
急に力が緩む。
「がはっ!!」
床に転がり、咳き込み、涙と涎を垂らす。
空気を貪るみたいに口を開け
「わ、わかった!100万!100万でどうだ!?」
レッドは答えず
腕を伸ばす。
「ま、待て!いくらでも!いくらでもだす!!だから、だから!!」
「いくらでも、か」
顧問の頭を掴み
「”嘘”じゃねえな?」
「あ、ああ、モチロンだ!」
「じゃあよ…」
掴んだ頭を、身体ごと持ち上げ
「いっ!痛い!!」
「あの親子から、いくら取った?」
母親が、少女を抱き締め、身を縮めた。
「……は?」
「いくらだ?」
「いっ…いや…それはっ…」
目が、紅く光る。
「い・く・ら・だ?」
「……っ……ご、500万……」
モヒカンの誰かが口笛を吹き、ネットが荒れた。
『クリーニング代に500万!?』
『おまわりさん、こいつです!』
「あのガキは?」
掴んだ頭を、私に向けた
「…そ、それは…連行しようとしただけで……」
「あん?」
レッドの声が、更に冷える。
「俺に”嘘”か?」
――次の瞬間
閃光が迸った。
布が裂け
ワイシャツのボタンが弾け
木製の歩道に、ぱらぱらと散らばり
白い蒸気がふっと漏れた。
「ひぃ、ひぃぃっ!!さ、寒い!!」
焼け焦げた匂いが立ち昇る。
市民達がひそひそと
(あれ、話題になってたやつじゃないか?)
(なんだ?)
(職人が、電熱線を一本一本織り込んだって代物だよ)
(ああ、数億の値が付いたってブツか!)
(多分な……てか、それを素手で引きちぎるあいつの握力、どうなってんだ?)
(やべぇけど…スッとするな)
見下すように、レッドは言った。
「で?」
顧問はガクガクと震えながら
「……不正、逮捕…しようと……」
「目的は?」
「そ、それは……」
「それは?」
「……し、…私物に、しようと……」
一瞬、音が消え
「聞いたか、お前等!!」
だが
誰も、笑わなかった。
チェーンソーの音も止まり
鎖の揺れる音も消えた。
しかし、ネットではコメントが飛び交った。
『え、今何て言った?』
『”私物”は草では済まされない』
『拡散した、マジデ終わったな、上級国民ww』
「なぁ顧問さんよ」
返答を待たず、レッドは続けた。
「今、“いくらでも払う”って言ったよな?」
「あ、ああ……」
コクコクと、何度も頷く。
「払う……払うとも! いくら欲しい!?」
「じゃあ――五百万」
瞬間
顧問の目に光が戻った。
(そんなはした金とはwネットなぞ後でいくらでも改竄――)
「で?」
「…い、いいだろう……」
「何件だ?」
「な、なに…?」
「あ?」
「……な、何の、話…ですか?」
レッドはおどけたように
「偉ぇ癖に解んねぇ奴だな。お前が働いた悪事は何件かって聞いてんだよ」
顧問が凍り付いた。
「な…は…?」
絞り出すような声
「んま~普通は覚えてねぇよな」
レッドは「パンッ」っと膝を叩き
「しゃあねえ、俺が決めてやる!」
「は、は…?」
レッドはブツブツと
「一日、百件として
…
これが何年だ?」
「な、なにを言って…」
「テメーが偉くなって10年として――」
レッドはニカッっと笑い
「三兆六千五百億だな!」
「ふっ、ふざけっ――」
ゴンッ
地に転がり悶絶する顧問
その頭を足で踏み付け
「でもよ、それは“金”だけだ」
「だ、だれかっ…」
「尊厳は?」
「助けっ、助けろ!!」
「恐怖は?」
「金なら払う!!」
「人生は?」
「おい、さっさとしねえか!!」
「利子も、いるよな?」
鼻血をダボダボと垂らすその頭を掴み
手を
差し出した。
「五千兆円だ」
「は…?」
「”いくらでも”払うんだろ?」
「いっ…いやっ…」
「3秒以内だ」
顧問は引き攣り
「く、狂ってる…」
レッドは心底意外そうに
モヒカン軍団に振り返り
「俺ぁ狂っちゃいねぇよ!なぁ、そうだよな!?」
ゲラゲラと耳が痛くなる程の笑いが巻き起こった。
「レッド!やっぱてめぇイカレテルぜ!!」
「最高になww」
『ギャハハハハハ!!』
レッドは肩をすくめ
「ひでぇ奴等だよなぁ、な、そう思うだろ?」
顧問は答の代わりに涙を浮かべた。
「な?…お前なら、解ってくれるよな?」
「い、痛い、放せ、放して、助けて、助けてくださいぃぃ!!」
レッドはゆっくりと天を仰ぎ。
囁いた。
私にしか聞こえない”声”で
(…狂ってるとすりゃ…この”世の中”だ)
(…だろ…)
…その脳裏には
もう戻る事の無い笑い声が
ただ、静かに
響いていた。




