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15歩目 空っぽの正義

配信を続けていると、隣で明るい声が弾けた。


「ママ、やっぱり昨日のおねえちゃんだよ!」


五、六歳の女の子が身を乗り出すように目を輝かせていた。

少しやつれた母親らしい女性が、その小さな手をしっかりと握っている。


ふいに駆け出す女の子

その肩を母親が慌てて掴んだ。


「ママ?」


女の子が振り返ると、母親はかすかに微笑み


「これを、持って行ってあげて」


香ばしい匂いの漂う紙袋を手渡した。


「うん!」


それを宝物のように抱え

栗色のツインテールを元気よく跳ねさせ

階段を降りていった。


その行く手に、3人の中年女性が立ちはだかった。


「お待ちなさい」


声もそうだが、その目はもっと怖かった。


「え……あの、通して……」


「だめよ。あの子に近づいちゃ」

「警察が追ってるのよ? こういう時は、一般人は関わらないの」

「そうそう。お嬢ちゃんのために言ってるのよ」


一人の中年女性が、女の子の手首を掴んだ。


「ね、いい子だから、ここに居ましょうね」


だが、少女はその手を振り払った。


「や!おねえちゃんに、これ届けるの!」


少しだけ誇らし気に、紙袋を掲げた。


「まあ、差し入れ?」

「ねぇ、普通は親が止めるものじゃない?」

「そうよね、善意で首突っ込むのが一番危ないもの」


再び少女は手を掴まれ、悲鳴のような声を出した。


そこへ息を切らした母親が駆け付けた。


「あの、すみません。その子、離してもらえますか?」


「あなた、この子のお母さん?」


「……そうです」


三人の目が、信じられないものを見る目になった。


「何を考えてるの?子どもを、あんな危険人物に近づけるつもり?」


「あの子は危険人物なんかじゃありません。昨夜、私たちは――」


他の中年女が、ため息まじりに割って入る。


「はいはい、そうやって感情で判断しないの」

「子どもの安全が最優先。違う?」

「それなのに差し入れを持たすなんて、信じられないわ」


母親の唇が、かすかに震えた。


「あの子には、昨日……助けられて――」


「助けられた?」


三人目の女が鼻で笑った。


「ほら、見て」

中年女が空中にAI判定画面を開く。

その中に――今にも倒れそうな、あの子を収め


【対象:危険人物の可能性あり】


「子どもが近付くのは?」


【解:未成年者の接近は、危険度未知数の為、絶対に避けてください】


「ほら、ちゃんと出てるでしょう?」

「子育て用の最新AIは、ちゃんと搭載してる?」

「入れてないと、こういう判断が雑になるのよね」


母親は言葉を失い、娘の手を強く握り返した。


「本当に……あの子は、そんな子じゃ……」


「そういうの、当事者ほど言うのよ」

「だから周りが止めてあげてるんじゃない」

「ね、わかるでしょ?」


親子共々泣き出しそうになった時


薄いピンクコートの女・ナナが割って入った。


「あんさ、AIが何でもかんでも正しいってこと?ウケるんですけど」


場が、ぴたりと止まった。

三人の中年女性が、揃って振り向く。


「は?何、貴方?」


「おばさんこそ誰よ」


「PTAの会長をしているものですが?それが何か?」


胸を張り、ドヤ顔をキメる中年女

ナナは一瞬たじろいだ。

それを見逃さず、中年女達が畳み掛けた。


「ちゃらちゃらした格好ねぇ」

「全く、最近の若い子ときたら…」


ナナは口を開きかけたが


「あらやだ、この子、昨日あの子を笑ってた子じゃない」


空中画面にそのシーンが展開される


【鬼寒いだろうけど、頑張ってね~♪】


「まあ、酷い。どのツラ下げてここに来たのかしらね」

「本当、恥ずかしくないのかしらね?」


くすくすと、ねっとりした嘲笑が広がる。

ナナは拳を強く握り締め、顔を伏せたまま絞り出すように言った。


「……そう。だから、来たんじゃない」


「なぁに? 聞こえないわ」

「もっとはっきり言いなさいな」


ナナは拳を握り直し


「だから……あんたらが、昨日のうちと同じだったから、ムカついたんよ!」


三人の顔から笑みが消える。

ナナは捲し立てるように続けた。


「“子どものため”とか言ってるけどさ。

結局それ、全部あんたらの決め付けじゃん。

少しはこのママの言うこと――」


「ちょっと、あなた――」


遮られた、その瞬間。


「ほら、そうやって!」


ナナの声が、鋭く場を裂いた。


周囲がびくりと揺れる。


「人がまだ喋ってるのに、最後まで聞こうともせんの?

それで“ちゃんとしてる側”のつもりなん?」


中年女達の顔がみるみる赤くなる。


「じゃあ言ってごらんなさいよ。

世間もAIも警告してるのに、何で安全だって言えるの?」


「難しいことなんて、うちにはよう分からんよ。

でもさ、このママさんは“違う”って言ってるじゃん。

昨日、助けられたって言ってるじゃん。

なのに何で、あんたらは最初から頭ごなしに否定するのさ?」


「それは――」


「結局、自分が全部正しいって思ってるからっしょ!」


叩きつけた声に、場がしんと静まった。


ナナは、肩で息をしながら続けた。


「……それが、昨日のうちと一緒なんよ」


三人の顔から、余裕が消えた。

代表格の女が、声を荒げた。


「全く話にならないわね。いいわ。どっちが正しいか、教えてあげる」


空中画面を開くと、あの子を中央に納め

カシャッとシャッター音が鳴り

無機質な音声ガイダンスが響き渡った。


【通報、受理完了。ご協力感謝します】


ナナが声を漏らした。


「……は?何、したの?」


それを、中年女は無視し


「質問。犯罪者に近付くと、どうなる?」


【解:対象への接触は、世界刑法第66条に基づき、共犯認定の判断材料となる場合があります。絶対に接触しないよう警告します】


勝ち誇ったように、三人は顎を上げた。


「だ、そうよ」

「好きにしたら?」

「近づけるものなら、ね」


卑怯者!


そう喉からでかけて、ナナは止まった。


卑怯なのは、わかってる。


でも――


近付けば、うちも共犯者?

あの子は、違う。

昨日だって、言い返しもしないで…

目に、涙を溜めて……


行かなきゃ


なのに

足は動かない。


つまり…うちも……


女は頭を強く振った。


違う!

うちは悪くない!

悪いのは、こいつらだ!


その瞬間、胸の奥がぎくりとした。



――自分が絶対に正しいって、言い切ったら……



それって、あいつらと何が違う?


正しさって…何?



ナナは、唇を噛んだ。


その横をすり抜けるように、女の子が前へ出ようとする。

だが、その手を――今度は母親が掴んだ。


「ママ……?」


女の子の目が、まっすぐ母を見上げる。

母は顔を歪め、喉の奥から絞り出すように言った。


「……ごめんね。許して……」


3人はほくそ笑んだ。


「あら、その程度の分別はあるのね」

「どっちが正しいか、お解り頂けたかしら?」

「解ったなら、大人しくしてることね」


だがその声は、心なしか、弱々しかった。


「ママ、離してよぉ……」


その目に、みるみる涙が溜まっていく。



誰も動けないまま



あの子の擦れた歌声が


ついに


途絶えようとしていた。




きいて、いて……

わたし、の……こえ……


……っ



ありがとう……

わたしの、うた

きいてくれて……


うれしかった、よ……



……でも



おねがい



いか、ない…で……




糸が切れたかのように


崩れ落ちた。



「おねえちゃん! ねえ、おねえちゃん!!」


女の子の悲鳴が、広場に響いた。


誰も、動かなかった。


気まずそうに、立ち尽くすばかりだった。


さっきまで勝ち誇っていた三人の中年女でさえ

バツが悪そうに、顔を伏せていた。


代表格の女が、半歩、前へ出かけ、戻した。

他の二人も口を開きかけ、閉じた。


女の子の真っ白な吐息だけが


立ち昇り続けた。


ナナは、思うよりも先に動いていた。


(今度は…助けないと!)


3人の中年女を押しのけ、一歩を踏み出す。

その瞬間

脳内に、鳴り響く無機質な音声。


【警告:対象は暴力事件および組織犯罪への関与が疑われています】


(あの子はそんな子じゃない)


【接近行為は共犯認定の判断材料として自動送信されます】


(うっさい、もう黙ってて!)


【類似事例における拘束発生率:13.3%】


(っ!?)


突きつけられた現実に、足が止まった。


【推奨:直ちに――】


すぐそこには

倒れたあの子が、毛布を抱いたまま

震えていた。


――これ見て、金しか思わん方がよっぽどイカレてる!


(もう……イカレてたって構わない!)


もう一歩を踏み出しかけた、その時


ぐい、と肩を掴まれた。

振り返ると

母親が、真っ青な顔で首を振っていた。


「どう……して……?」


脳内に、接触通信

何も考えず

ナナはそれを開いた。


流れこむ


目が据わり、ドスの利いた男の声

警官達に抑えつけられる母子

身代わりとなる、あの子

更にその先――


昨夜、何が起きたのか――全てを理解していく。


「な……に、これ……」


現実報道とのあまりの違いに

ナナの顔から、みるみる血の気が引いていった。


「わた…わた、しが……」


母親が、ふらつくように一歩出しかけ――


「だめ!!」


自分に言ったのか、母親に言ったのか、ナナにはもうわからなかった。



(……詰んでる…じゃん。あの子を助ける方法なんて、最初からどこにも……)


「ねぇっ……おねえちゃん、とこ……行こ……っ」


女の子が、泣きしゃくりながら二人を見上げていた。


母親は、苦虫を噛み潰したような顔で

娘を抱き締めた。


その二人を覆うように、ナナが被さり


(うちが行く)


母親が「ダメよ!」とナナの手を掴んだ。


すぐさまナナはその手を振り解いた――だが


足は



動いていなかった。



代わりに


その顎からは


いくつもの大粒の雫が


零れ落ちていた。


母親が、震える肩に手を伸ばした


その時だった。


「おどき、小娘共」


老婆が、ナナや中年女達をまとめて押しのけた。


中年女が口を開いた、刹那――


「お黙り」


振り向きもせずに放たれたその一言が


ざわめきすらも掻き消した。



奇異の視線をものともせず

老婆はまっすぐあの子の元へ歩み寄ると

場違いな程色鮮やかな赤いストールを翻し、膝を折った。


当たり前のように

震える身体にふわりと被せた。


「全く、酷い唄だね」


老婆は、ゆっくりと顔を上げると

取り囲む野次馬達を見据えた。


「……ま、それよりもっと酷いもんを、今しがたたっぷり見せられたけどねぇ」


ナナの胸が、ひやりと縮んだ。

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