13歩目 消えゆく燈火
「月影!!」
叫び声で、目が覚めた。
頬が濡れていた。
……夢?
本当に……?
荒い息のまま
視線を落とす。
そこには、くたびれた厚手の毛布。
恐る恐る
端を持ち上げ――
胸の奥につかえていたものが、すうっとほどけた。
そこにいたのは
寄り添い眠る、愛しい二つの姿だった。
そっと毛布を掛け直し、辺りを見回す。
ここは…?
周囲には
所狭しと並べられた骨董品の数々
煉瓦造りの壁
古びた大窓
カーテンの隙間から、そっと外を窺う。
くすんだ空の下、枯れたような木々が立ち並び
その向こうに摩天楼がそびえていた。
たぶん、現場からすぐ近くの公園。
妙だった。初めて見る景色のはずなのに…知っているような……
ふと
クスリと笑みが零れた。
大胆にも程がある。
まさかこんな近くを潜伏場所に選ぶなんて
月影らしい。
…どうやってここまで運んだのかは、謎だけれど。
でも
全部、聞けばいい。
昨夜――
全部、話してくれるって、約束したのだから。
あれ?
昨夜…?
その時だった。
ぐうう……
胃が、盛大な唸り声を上げ
急激な空腹感に襲われた。
力なく、お腹を押さえ
「ごはん…食べたいな……」
ぽつりと零れた声が、自分でも驚くほど弱々しかった。
最後に食べたのはいつだったか
何を食べたのか
パンの耳だったか。炊き出しの、味のしないスープだったか。
……思い出せなかった。
ダメだ。お腹が空きすぎて、頭が回ってないんだ。
きっと――
ぶるっとして、小さくくしゃみをした。
身を切るような寒さに、慌てて毛布へ潜り込む。
その中の二つの姿に、ふっ、と頬を緩ませ
ここで、ようやく気が付いた。
足が、痛くない。
触れてみる。
乾いた血の感触はあるけれど、あるはずの傷が、どこにもなかった。
一体、何が……?
そういえば
夢では、たしか茶虎が
「まさか、ね……」
そっと、茶虎を撫でて
背筋が凍った――
手に伝う
がくがくという
小さな身体には不釣り合いな程
大きな振動
追い打ちを掛けるように
くしゅっ
それは、くしゃみと呼ぶにはあまりにも弱々しかった。
「茶虎っ!」
咄嗟にキャミの中へ入れ、抱き締めた。
冷たい――
氷のように、冷え切っていた。
月影!どうしよう!?
…
ピクリとも動かない。
「起きてよ、月影!」
思わず、口から声が出た。
…
「ねぇ、月影ってば、ねぇ!」
いくら揺らしても
その瞳は開かれなかった。
――ここまでだ
――もう、戻れない
不意に、そんな言葉が頭を過ぎった。
そんな、はず……
あれは、夢……だよね……
ね、月影?
…
ふと
血で固まった太ももをなぞり
最悪のシナリオが
ぞくりと
浮かんだ。
月影……
…
ねぇ
…
教えて、くれるって……
…
全部
…
硬く閉ざされた瞳
黒く冷たい毛並みに、指を食いこませ
「約束、したよね!?」
悲鳴のような声は、煉瓦の壁にぶつかり
口笛のような隙間風の音だけとなった。
もう一度、口を開こうとした、その時――
くしゅっ
はっとして、毛布を被り直し、茶虎を抱き締めた。
どのくらい経ったのか……
冷たく、震え続ける小さな身体
収まる気配はなくて
食べる物も何も無い……
せめて、お金…
――ポケットに、3枚の硬貨
咄嗟に手を伸ばし――
そこに、もうコートはなかった。
一体、どうすれば…
どうすればいいの?
その問いだけが、頭の中を
ぐるぐると駆け巡り
月影をそっと腕に抱き、額を合わせた。
その胸には、やけ古びた月のプレート。
夢での言葉が、否応なしに頭を過ぎる。
――大丈夫だ
――お前なら、必ず
大丈夫じゃ、ないよ
無理、だよ
出来ないよ…
――お前はもう、知っている
知ってるわけ、ないじゃない…
私は…何にも、知らないよ…
教えてよ、月影……
壊れそうになるくらい、月影を強く握り締めた、その時だった。
にゃぅ……
茶虎が、するりと毛布の外へ抜け出した。
顔を出すと
カーテンに隙間が出来ていた。
「待って!」
気付けば、外に飛び出していた。
凍えるような風に身震いし、両腕を擦りながら
枯れた木々の間を見回す。
どこ……?
公園は広い。
けれど、茶虎はすぐに見つかった。
広場の中央へと続く下り階段を
おぼつかない足取りで降りていた。
その身体が、ふらりと傾く。
「茶虎!」
駆け寄り、腕を伸ばした。
けれど
茶虎は、私の手を拒むように飛び跳ねた。
え…?
そのまま、最後の階段を降りると
ぺたん、とお尻を下ろし
前足をちょこんと揃え、尻尾をふわりと巻く。
その姿は、路上で私の歌を待っていた時と、同じだった。
その視線の先は
野外ステージ
「まさか……」
掠れた声が、漏れた。
茶虎は振り返ると
重たげな瞼で
見つめてきた。
「私ので…いいの……?」
ほんの微かな
ごろ……と喉を鳴らす音に
熱いものが込み上げ
頬を伝った。




