私の小鳥
小鳥が可哀想な目に合います
暗い話です
「クラウディア・アーヴィング! 貴様との婚約を破棄する! 平民から男爵令嬢になり、苦労してきたホリーを馬鹿にし虐げる。それが公爵令嬢のやることか!」
学園の卒業パーティーの日、第二王子のリチャード様が私を怒鳴りつける。その腕は隣に立っているホリーの腰にまわっている。
「私はそのようなことはやっておりません。誤解です。どうか、しっかりとお調べください」
返事をする私の声が震えている。突然の婚約破棄宣言にショックを受けているように見えるかしら? ちゃんと演技は出来ているかしら?
「今更調べる必要はない。証拠は全て揃っている。貴様は貴族に相応しくないな。まあ、命を取ろうとまでは考えていない。よって国外追放とする」
良かった。思っていた通りに国外追放になった。無事この男との婚約を破棄出来た。
兵士に連れられて、会場を後にしようとする。すると、ひとりの男性が近付いてきた。
「クラウディア嬢は私が連れて行きましょう。クラウディア嬢、どうか私の国に来ていただけませんか?」
声の主は、隣国の第三王子のジェレミー様だった。突然の申し出に私は少し驚く。彼は私の前に跪いた。そして、私の手を取り手の甲に口付けた。
「どうか、私と結婚していただけませんか? 私の愛しいクラウディア」
リチャード様とホリーが私たちを睨みつけている。まわりの生徒たちは固唾を飲んで見守っている。
「ええ、喜んで」
私は穏やかに微笑んで、そのプロポーズを受け入れた。
◆◇◆
私の大切なピピ。私の小鳥。
二年前に亡くなった母から生前贈られた大切な小鳥だ。母を亡くしてから、私は嬉しいことも悲しいことも全てピピに報告していた。
大切に育てていた小鳥。母が亡くなって寂しい気持ちを、ピピを見て癒していたのかもしれない。
ある日、授業が終わり屋敷の自室に戻ると婚約者のリチャード様が居た。私の部屋で何をしているのだろう?と疑問に思う。何か違和感がある。
ふと、鳥籠を見るとピピがいない。
「ピピ! リチャード様、ピピのこと知りませんか?」
何故いないの? 鳥籠の入り口は毎回きちんと閉めている。焦ってリチャード様に駆け寄る私に、悪びれもなく彼が答える。
「ああ、部下に頼んで森に放してもらったよ」
「どうしてですか!」
冷静になれずに、リチャード様に怒鳴りつけるように聞いてしまった。返ってきた答えは耳を疑うようなものだった。
「だって、君はいつも小鳥ばかりで、私のことを見てくれないじゃないか」
どうして? そんなことくらいでどうして? 飼われていた小鳥が森で生きていける訳ないじゃない! いつも小鳥ばかりと言うけれど、リチャード様との交流も問題なかったはずだ。
涙が溢れてきて止まらない。ピピがいない。母から贈られた小鳥だったのに。
泣いている私を見て、彼はバツが悪そうにしている。
「……そういうことだから、これからは私のことを優先しろよ」
言いたいことだけ言って、彼は帰って行った。
リチャード様が帰った後、森へ向かおうとしたけれどメイドに止められた。どこの森かわからない。見つかるはずがない。こんな時間から危ない。ピピを探しに行けなかった。
涙を止めることが出来ずに、赤く腫らした目で夕食の席についた。
父が私の顔を見て、何かあったのか?と聞いてくる。私はリチャード様と小鳥の件を父に話した。
「なんだ、そんなことか」
私の話を聞き終わった後、父は呆れたように鼻で笑った。
「そんなくだらんことで感情的になるな。小鳥くらい、新しくまた飼えば良いだろう」
どうしてわかってくれないの? 新しく飼えば良い訳ないじゃない! 私の小鳥は、母から貰った小鳥はあの子だけだ。
父に気持ちを理解してもらえなかった。悲しい気持ちを一人で抱えていることがつらくて、次の日友人の令嬢に小鳥の話をした。
「小鳥くらいで、そんなに落ち込まないでよ。私なんてこの前飼ってた猫が寿命でね。よく懐いていた子だったから、とても悲しいのよ」
彼女はあっさりと小鳥の話を流す。どうして悲しい気持ちを比べるの? 小鳥くらいで、なんて言わないで。
誰も私の悲しみをわかってくれない。何を話しても無駄だろう。そう思い、私は期待することを諦めた。
淡々と毎日は続く。リチャード様は感情を見せなくなった私のことを避けるようになった。つまらない女だ、と話しているのを聞いたことがある。どうでも良かった。
ある日、学園の奥、あまり人が来ない庭園の片隅でベンチに座っていた。ピピのことを考えて泣きそうになっていると、人がやってきた気配がした。
誰だろう?と顔を上げると、男性の顔が見える。この方は隣国から留学中の王子、ジェレミー様だ。
彼は私から少し離れたところに座った。そして、何か悲しいことでもあったのかい?と私に話しかけた。
もう人には期待しないでおこうと思っていたけれど、私の顔を見つめる彼の瞳があんまりにも優しかったから。
つい、小鳥の話をしてしまった。聞き終わった後、彼は言う。
「大切な小鳥だったんだね。つらかったね」
初めて寄り添ってもらえた。私が大切にしていた人たちが、誰ひとり言ってくれなかった言葉をもらえた。私はようやく気持ちを受け止めてもらえた。
ジェレミー様は長居せずに去っていく。その優しさがありがたかった。
数日後、リチャード様が男爵家の令嬢と一緒にいることが多いとの噂が耳に入った。心配だからと私に忠告してくれる人たちがいる。どうも二人は生徒会で一緒に活動していて、恋人のような距離感らしい。
その話を聞いた日に、生徒会室の前を通る用事があった。そして偶然、リチャード様と男爵令嬢のホリーの声が聞こえてきた。
聞くつもりは無かったけれど、耳に入ってきた言葉に、私は動きが止まった。
「私の大切な小鳥。私のホリー。いつまでも私のそばでその可愛い声を聞かせてくれ」
「ええ、リチャード様。私はあなたの小鳥です。ずっと大切にしてください」
「愛しているよ、ホリー」
私は生徒会室から、そっと離れた。二人の仲に嫉妬した訳ではない。そんなことどうでも良かった。それよりも。
私の小鳥はいなくなってしまったのに、どうして彼には小鳥がいるの?
私の小鳥は大切にしてくれなかったのに、どうして彼の小鳥は大切にされるの?
リチャード様が憎かった。許せなかった。
私はまた、庭園の片隅で考えていた。どうすればリチャード様を酷い目に合わせることが出来るのだろうか。
すると、また人の気配がする。顔を上げると、やはりそこにいたのはジェレミー様だった。
「何かあったのかい?」
優しい声でジェレミー様が訊ねてくる。この方は私を受けとめてくれる。そんな安心感がある。私は思っていることを全て彼に話した。
「クラウディア嬢、私が昔聞いた話なんだけどね」
ジェレミー様は昔、他国であった騒動の話をしてくれた。どこぞの王子が平民に入れあげて公の場で婚約破棄を発表したらしい。そして、それが大問題となり、王子は廃嫡になった。
「どうだろう? 私たちが協力すれば、きっと上手くいくよ」
ジェレミー様が微笑む。彼は私の共犯者になってくれるようだった。
「ホリー様、婚約者のいる男性に話しかけることは、あまり誉められたことではありませんわ」
「そんな! 私はリチャード様とは同級生として仲良くしているだけです。勘繰らないでください」
人前で注意すると、ホリーは涙目で反論してくる。
当たり前のことを注意するだけで、私はホリーにとって悪者になるようだった。
「クラウディア、ホリーに対して厳しいのではないか? もっと言い方があるだろう」
リチャード様が私に注意をする。ホリーが嬉しそうにリチャード様に近付く。
「リチャード様、そんなに叱らないであげてください。きっとクラウディア様も良かれと思ってらっしゃるんですよ」
「ホリーは甘いな。まあ、そんな優しいところが皆から好かれる理由だろうが」
まわりの人たちの顔が見えていないのだろうか。二人を冷ややかに見ている人が多いと言うのに。
それからも、リチャード様は私が近付くとホリーを守ろうとする。ホリーも大袈裟に起こったことを伝える。二人にとって私は運命の恋を邪魔する人物だった。
私がホリーを虐めていると思っているリチャード様は、私を見かけると睨みつけるようになる。
「このまま、何もお咎めなしだとは思うなよ。いずれ自分のしたことは自分に返ってくるからな」
吐き捨てるように言われた言葉。それが卒業パーティー前の最後の会話だった。
◆◇◆
ジェレミー様からのプロポーズを受け、私たちが会場を後にしようとした時、突然誰かが扉から入ってきた。
挨拶のために別室に控えていた第一王子が、騒ぎを聞きつけ現れたようだ。怒りながらリチャード様に近付く。そして、怒りを込めた静かな声でリチャード様を叱責した。
「お前は何を考えている? こんなところで婚約破棄などとふざけたことを」
「しかし、兄上。私はクラウディアが公爵令嬢に相応しくないという証拠を持っています。そのような女性を王家に入れる訳には」
「その証拠とやらを見せてみろ」
「それは……。ホリー、構わないか?」
「え、ええ」
リチャード様は側近に預けていた書類などを受け取る。そして第一王子に手渡した。
「……お前は、こんな物が証拠になると思っていたのか」
「兄上?」
「呆れた奴だな。こんな捏造されたものに騙されるとは」
「捏造? そんな馬鹿な!」
「そこの男爵令嬢なら知っているんじゃないか? まあ、いい。おい、リチャードとその男爵令嬢を連れて行け。詳しい話を聞く必要があるからな」
青い顔をしたリチャード様とホリーが騎士に連れて行かれる。それを見送った後、第一王子は私に向かって、すまなかった、と頭を下げた。王族が頭を下げるなんて滅多にないことなので、会場中からざわめきが聞こえる。
「クラウディア嬢、このようなことになってすまない。リチャードとホリーの処分については私たちに任せてほしい」
「ええ、よろしくお願いいたします」
これだけの人の前で、捏造された証拠で、公爵令嬢の名誉を傷つけたのだから、きっと甘い処分にはならないはず。ジェレミー様からの圧力もあるはずだ。
「リチャードとの婚約のことだが……」
「もちろん、婚約は解消させていただきますわ」
「わかった」
第一王子は疲れた顔で頷くと会場から出て行った。それから私とジェレミー様も会場を後にし、家族との話など後始末に向かった。
後日、リチャード様は王族から平民に落とされることとなった。彼は田舎の領地で平民として暮らすことになる。ホリーも男爵家から勘当され、リチャード様と一緒に行くことになっていた。
しかし、ある日ホリーは行方不明になる。
私はリチャード様に手紙を書いた。
『あなたの小鳥は森に放しました』
深い深い森の奥。きっと小鳥は生きていけないだろう。これからも彼が小鳥を手に入れるたびに、私はその小鳥を森に放そう。
「クラウディア、楽しそうだね。手紙を書いているのかい?」
ジェレミー様が近付いてくる。
「楽しそうでしたか?」
「うん。とても楽しそうにペンを走らせていたよ。誰に手紙を書いていたんだい?」
「……リチャード様に」
私は書いていた手紙をジェレミー様に渡した。彼は手紙に目を通している。
「……ジェレミー様、私は生き方を間違えたんでしょうね。きっと、これからもリチャード様への憎しみが消えることは無いのでしょうね」
涙が溢れる。そんな私を慰めるようにジェレミー様が抱きしめてくれた。
「クラウディア、私はずっとあなたのそばにいるよ。どんなあなたでも、私は愛おしく思っているから」
「ジェレミー様、私もあなたのことをお慕いしております。あの日、私に寄り添ってくれた、たった一人のあなたのことが好きです」
ジェレミー様の温もりに安心する。これからは、ここが私の居場所だ。
◆◆◆
初めてクラウディアに出会ったのは、学園に留学するずっと前だった。国の交流で、私が彼女の国に行った時だ。笑顔の素敵な令嬢だと思ったが、その時はそれだけだった。
学園に入り、クラウディアを見かけた。淑女らしく穏やかに微笑むご令嬢になっていた。そんな彼女が、ある日突然別人のようになった。気になった私は、彼女と話すきっかけを探していた。そして、あの日庭園の片隅で彼女を見かけた。
クラウディアは小鳥の話をしてくれた。大切に思っていた誰からも寄り添ってもらえずに、共感してもらえなかった彼女が哀れだった。クラウディアが愛おしかった。可哀想な彼女に恋をした。
後日、様子のおかしい彼女を見かけて後をつける。すると、また庭園に行くようだった。声をかけると、婚約者に復讐したいようだった。それなら手を貸そう。私は昔聞いた話をした。
それからは思ったように事が運んだ。ホリーに近付いて、それとなくクラウディアからリチャードを奪う方法を吹き込む。
私とホリーが一緒にいるところを誰かに見られないようにタイミングを見計らって、証拠も残さなかった。野心家の彼女は私を疑いもせず、嬉々としてリチャードにある事ない事を伝えていた。
クラウディアに虐められている。私たちが一緒になるには婚約破棄しか方法がない。卒業パーティーを利用してはどうか? 令嬢に相応しくない行動をしているクラウディアに、少しくらい罰を与えても良いのでは?
ホリーは使えるものは何でも使って、リチャードの心を掴んでいた。彼は愛するホリーから聞いた話を鵜呑みにする。
人前で婚約破棄を伝えれば誰にも邪魔されないし、クラウディアが貴族に相応しくない言動の証拠もある。それが捏造された物だとしても、リチャードはホリーを信じて確認もせずに受け取った。
そして卒業パーティーの日、クラウディアは婚約破棄され、私は彼女にプロポーズした。
その後、彼女と一緒に国に帰る。彼女は一生私のそばから離れられない。可哀想なクラウディアは、私という鳥籠に閉じ込められていることに気付きもしない。
クラウディアは私を愛し始めている。このまま深く愛し合える関係になりたい。
もしクラウディアが私と同じくらいの愛を返してくれないなら、深く強く愛して貰えないなら、私は彼女に憎まれたい。
あの王子のように。強く、深く、忘れられないくらいに、心の底から憎まれたい。あの王子以上に憎まれたい。私が彼女の一番になりたかった。
愛でも憎しみでも彼女の一番になれなかったら、壊れて可哀想な彼女を見続けるのも良いだろう。他の誰かがクラウディアの一番でいるより、ずっと良い。どんな彼女でも、私は愛おしく思えるから。
そして考える。
彼女に贈り物をしよう。
「行き場のない子なんだ」
理由を作れば、彼女はきっと断れない。
「ピピの、君の小鳥の代わりにはならないけれど、もし良ければ可愛がってあげて欲しい」
私は彼女に小鳥を贈る。
「ありがとうございます、ジェレミー様」
彼女はお礼を言って、大切そうに鳥籠を受け取った。そして、愛おしそうに小鳥を見つめる。
「大切にするわね。私の可愛い小鳥さん」
ありがとうございました




