「君は今日も綺麗だね」が口癖の婚約者は、私が事故で顔に傷を負ってからは、私に綺麗とは言わなくなった
「シャーロット、君は今日も綺麗だね」
「あ、ありがとうございます」
貴族学園のとある朝。
今日も私の婚約者であるデニス様は、私の顔を見るなりそう言ってきた。
確かに自分で言うのも何だけれど、私の顔は綺麗だとは思う。
何せ『エルズバーグの翠玉』の二つ名で崇められていた、至高の美貌の持ち主だったお母様の血を引いているのだから。
お母様がこの貴族学園の生徒だった頃は、学園中の貴族令息から毎日のように求婚されていたとか。
そんなお母様が、何故平凡な容姿で家格も中の上程度だったお父様を結婚相手に選んだのかは不明だけれど、きっとお母様にはお母様なりのお考えがあったのでしょうね。
「ホラ、こうして並んだら、鏡の中が綺麗なものだけでいっぱいだ」
「あ、あはは……」
デニス様が手鏡を取り出し、ご自分と私の顔を一緒に鏡に映す。
デニス様も女性かと見紛うほどのお美しいお顔をしてらっしゃるので、デニス様の仰る通り、鏡は綺麗なもので埋め尽くされている。
……でも、私にはどうしても、それでデニス様みたいに楽しい気持ちにはなれなかった。
何故なのかは、自分でもよくわからないけれど――。
「今日の校外学習も楽しみだね!」
「あ、そうですね」
そう、今日は校外学習で、ニャッポリート山脈まで遠出することになっている。
ただ、どちらかというとインドア派な私は、朝から若干憂鬱だった。
「えー、それでは今から二時間自由時間とします。さっきも言いましたが、くれぐれも危険なので、『魔の森』には絶対近付かないように。解散」
ニャッポリート山脈の麓に着くなり、担任の先生がそう言って手を叩いた。
はぁ、長閑で空気が美味しいところね。
木陰で本でも読みたいところだけれど――。
「シャーロット! ちょっとその辺探索しようよ!」
「あ、はい」
デニス様に手を引かれ、私は高原への一歩を踏み出した。
まあ、こうなるとは思っていたけど。
「あ、ここだ!」
「――!」
だが、鬱蒼とした薄暗い森の前まで来たところで、私の背中に悪寒が走った。
「デ、デニス様! ここは『魔の森』です! 先生も危険だから、絶対近付くなと仰ってたじゃありませんか!」
魔の森には凶暴な魔獣が多数生息しているらしく、禁足地となっているのだ。
それでも冒険者の中には、貴重な魔獣の素材を狙って侵入する者もいるらしいのだけれど、その大半は帰らぬ人となっていると聞く……。
まして武の心得などまったくない私たちでは、自殺しに行くようなものだわ……!
「まあまあ。何でもここには、『黄金蝶』という、金色に輝く蝶がいるって噂を聞いたことがあるんだよ! そんなの絶対綺麗じゃないかッ! 僕は前から、どうしても一度見てみたかったんだ。こんな機会滅多にないんだから、これを逃す手はないよ! さあ行こう、シャーロット!」
「デニス様!?」
デニス様は私の手を引きながら、無理矢理魔の森の中に入って行ってしまったのだった――。
「お願いですデニス様! 今ならまだ間に合います! 引き返しましょう!」
もうすぐ夏だというのに、魔の森の中は背筋が凍るほど冷たい空気が流れていた。
まるで冥界みたいだ――。
ここは私たちが普段生活しているぬるま湯ではなく、弱肉強食の無慈悲な世界なのだということを、嫌でもわからせられるような圧を感じる……。
「ハハハ、本当に臆病だなぁシャーロットは。――あっ! 見てよシャーロット、あれッ!」
「え? ――!」
デニス様が指差したほうを向くと、そこには金色に光り輝く一匹の蝶が、キラキラした鱗粉を撒き散らしながら優雅に宙を漂っていた。
あれが、黄金蝶――!
「ハハッ! ホントに黄金蝶はいたんだッ! わぁ、なんて綺麗なんだろうッ!」
「デニス様!?」
デニス様は私の手を放し、黄金蝶を追い掛けて行ってしまった。
そ、そんな――!?
「デニス様! お待ちください!」
私は慌てて、デニス様の背中を追った――。
「ああもう! どこに行かれたのかしら」
だが程なくして、デニス様を見失ってしまった。
そこはかとなく嫌な予感がする……。
私の頭の中を最悪な想像が駆け巡り、軽くめまいがした。
いや、落ち着きなさいシャーロット。
こういう時は、焦ったら負けよ。
まだデニス様はそう遠くへは行っていないはずなのだから、冷静に探せば――。
「う、うわああああああ!?!?」
「――!!」
その時だった。
デニス様の絶叫が、森の奥から聞こえてきた。
くっ――!
「デニス様ッ!」
私は声のしたほうに、夢中で駆け出した。
「グルウウウゥゥゥ……」
「ひええええええ!!!」
「デニス様ッ!?」
デニス様は熊並みの巨体を持つ狼型の魔獣を前に、尻餅をついて泣き叫んでいた。
魔獣は細胞の一つ一つを震えさせるような唸り声を上げながら、デニス様を睨みつけている――。
「グルワアアアアア!!!」
「ぎゃあああああああ!!!!」
「――!!」
魔獣は鋭い爪を剝き出しにしながら、デニス様に襲い掛かった――。
くっ――!
「デニス様ッ!」
「ぐえっ!?」
私は咄嗟に、デニス様を突き飛ばした。
「グルワァッ!!」
「きゃっ!?」
だがその際、魔獣の爪が私の左頬を掠めた。
左頬が火傷したみたいに熱い――。
でも、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
「グルウウウゥゥゥ……!」
魔獣は今度は、私をターゲットにしたらしい。
――よし、そういうことなら。
「デニス様! 今のうちに逃げてください!」
「え、で、でも……」
「それですぐ、騎士科の先生方を呼んできてください! それまで私が時間を稼ぎますから!」
騎士科の先生方だったら、この魔獣もきっと倒せるはず。
問題は、それまで私が生きていられるかだけど……。
「わ、わかった! すぐ助けを呼んでくるからね!」
デニス様は声色に安堵感を滲ませながら、この場から離れて行った。
これで少なくとも自分だけは助かったという安心が、声に出たのだろう……。
「グルワアアアアア!!!」
「――!!」
だがその途端、魔獣は地獄の底から響くような咆哮を上げながら、私に跳び掛かってきた。
私の色の無いこれまでの人生が、走馬灯のように流れる――。
嗚呼、私はここで死ぬのね――。
「ハアァッ!」
「ギャワッ!?」
「――!!?」
その時だった。
目の前を一筋の銀閃が走ったかと思うと、次の瞬間魔獣の首が宙を舞っていた。
なっ――!?
「遅くなってすまなかった」
私を助けてくれたのは、騎士科の特待生であるオーガスト様だった。
身の丈ほどもある細身の長剣に付いた血を払い、それを優雅に鞘に仕舞う。
その様が何とも美しく、私は声を失って暫し見蕩れた――。
「さあ、これを使ってくれ」
「え? こ、これは――!」
オーガスト様から差し出されたものを見て、私は目を見張った。
それは我が国でも最高級の、貴重なハイポーションだった。
「こ、こんな貴重なもの、いただけません!」
これは本来、瀕死の重傷を負った人に使うべきものだ。
「いや、こういった野生の魔獣は、どんな未知の毒を持っているかわからない。お願いだから手遅れになる前に、どうか飲んでほしい」
「――!」
オーガスト様が私に深く頭を下げられた。
嗚呼――!
「わ、わかりました! わかりましたから、どうかお顔を上げてください!」
「そうか」
オーガスト様は顔を上げると、ほっとしたように微笑んだ。
そのお顔に思わずドキリとしながらも、私は慌ててハイポーションを飲む。
――オーガスト様のお顔は、デニス様同様、まるで人形のように美しいものだった。
流れるような長い銀髪を後ろで一本に結んでおり、肌も透き通るように白い。
だが、右目のおでこから頬にかけて、獣の爪で斬り裂かれたような三本の深い傷が走っており、それが騎士科の生徒であることの証明のように思えた。
何でもこの傷は、オーガスト様が騎士科に入学して間もない頃、訓練先で不運にも出くわした伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンを討伐した際に負ったものらしい。
本来なら騎士団が総出で掛かってやっと倒せるかどうかという強敵を、ほぼ一人で倒してしまったことで、オーガスト様は一躍時の人となった。
今では貴族学園最強の男として、全生徒から畏敬の念を抱かれている。
――でも。
「オーガスト様は、何故ここに?」
「……君とデニス様が、この森に入って行くところを偶然見掛けてね。念のため後をつけて来たんだ。だが途中で君たちを見失ってしまって……。駆けつけるのが遅くなって、本当に申し訳なかった」
「――!」
オーガスト様はまたしても、私に深く頭を下げた。
「い、いえ、そんな! こうして命を助けていただいたのですから、私は本当に感謝しておりますわ、オーガスト様! ありがとうございました」
「……だが、君の美しい顔に、こんな傷が付いてしまった」
「なっ……!?」
顔を上げたオーガスト様が、私の左頬にそっと触れてきた。
そのお顔には、深い後悔が刻まれていた――。
「だ、大丈夫です! 本来なら死んでいたかもしれないのですから、命があっただけでも幸いです!」
「……そうか。では一刻も早く、ここを出よう。もうこれ以上君には誰も指一本触れさせないから、俺の後ろを歩いてくれ」
「しょ、承知しました!」
「よし」
私を守りながら前を歩くオーガスト様の背中は、何よりも広かった――。
「あ、デニス様、おはようございます」
「……! ああ、おはよう、シャーロット」
あれから一週間。
あの日以来、デニス様は私に「綺麗だね」とは一切言わなくなった。
無理もない。
オーガスト様からいただいたハイポーションで傷は塞がったものの、それでも私の左頬には、痛々しい傷痕が残ってしまった。
私はお母様譲りの、絶世の美貌を失ってしまったのだ……。
これではお世辞にも、綺麗とは言えないだろう。
「……」
「……」
隣を歩くデニス様との間に、無言の重苦しい空気が流れる。
あんなに毎日私の顔を褒めてくれていたデニス様は、今や私の顔を見ようともしない。
――ああそうか。
何故今までデニス様に顔を褒められても、あまり嬉しくなかったのかがやっとわかった。
デニス様が好きだったのは、あくまで綺麗な私の顔だけ。
顔以外のところは、何一つ見てくれていなかったのだわ……。
「えー、今日は転校生を紹介します。さあ、自己紹介してください」
「はい。ウェルズリー子爵家の次女、アイリーンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「「「――!!」」」
アイリーンさんのお顔を見た途端、教室中がにわかにざわついた。
それがあまりにも美しかったからだ。
軽くウェーブがかかった金糸の髪。
サファイアのように輝く青い瞳。
そして人形のようにシミ一つないキメ細かい肌。
神様が作った芸術作品のような完成された美が、そこにはあった――。
「……綺麗だ」
「……!」
私の隣の席でボソッと呟いたデニス様の一言が、頭の中で反響した――。
「やあアイリーン、ちょっといいかな?」
「え? あ、はい」
その日の放課後。
デニス様がアイリーンさんに、気さくに声を掛けた。
「僕は学級委員長のデニス・バラクロフ。よろしくね」
「あ! あの筆頭侯爵家である、バラクロフ家のご長男ですよね!? 私のような下級貴族にご挨拶いただき、誠に恐縮でございます!」
アイリーンさんは洗練されたカーテシーを披露する。
「ハハ、そう畏まらないでよ。今日から同じクラスの仲間なんだからさ。まだアイリーンはこの学園に来たばかりで、右も左もわからないだろう? よかったら今から僕が、学級委員長としてこの学園を案内するよ」
「え、ですが、確かデニス様には……」
「……!」
アイリーンさんが窺うような視線を、私に投げてきた。
デニス様のことをご存知なら、当然私が婚約者であることも知っているのだろう。
「ああ、シャーロットのことなら気にしないでよ。彼女はそのくらいのことで目くじらを立てるような、器の小さい女じゃないからさ。そうだよね、シャーロット?」
「……!」
デニス様が無邪気な笑顔を、私に向ける。
「……は、はい」
そんな言い方をされては、私にはもう頷くことしかできなかった。
「ホラ、シャーロットもこう言っていることだし、行こう」
「あ、はい、ありがとうございます! 実は私、よく変わってるって言われるんで、この学園でも馴染めるか不安だったんです!」
「アハハ、それなら心配無用だよ。僕は何があろうと、君の味方だからね、アイリーン」
「はい、デニス様!」
仲睦まじく並んで教室から出て行く二人の背中を、私は無言で見つめていた――。
――そうして一ヶ月が過ぎたある日の放課後。
「デニス様、どこに行かれたのかしら……」
今日はこれから、デニス様を招いて我が家でホームパーティーを開くことになっているのだけれど、学園のどこにもデニス様の姿が見当たらない。
今日パーティーがあることは何度もリマインドしていたから、流石に一人で帰ってしまったということはないと思うけれど……。
「なあアイリーン、いいだろう?」
「うふふ、こんなところで、悪い方ですね」
「……!」
その時だった。
校舎裏のほうから、デニス様とアイリーンさんの甘い囁き声が聞こえてきた。
ま、まさか――!
途端、まるで水の中にいるみたいに息が苦しくなった。
見たら後悔するとわかっているのに、確認せずにはいられない――。
私は震える手で胸を押さえながら、そっと声のしたほうを覗き込んだ。
――すると。
「……ん」
「……ん」
「――!!」
二人はそこで、熱いキスを交わしていたのだった――。
あ、あぁ……。
「――! 誰だ!」
「っ!?」
「なっ!? シャーロット……」
私の気配を察したデニス様と、目が合ってしまった。
くっ……!
「ああ、見られちゃったか。まあいいか。見ての通りだよシャーロット。僕はこれからアイリーンと婚約するから、君との婚約は今日で解消させてもらうよ。いいよね?」
「ごめんなさい、シャーロット様! 私どうしても、デニス様のことが好きになってしまったんです!」
「……」
私の足元が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくような感覚がする。
でも何となく、いつかはこうなるのだろうという予感のようなものはあった。
きっと私とデニス様は、元々結ばれる運命ではなかったのだろう――。
「……承知いたしました。失礼いたします」
私は絞り出すようにそう言うと、その場から逃げ出した――。
「ハァ……」
あれから一ヶ月。
最近の私は、放課後は学園の中庭のベンチで一人、ぼんやり空を眺めるのが日課になっていた。
別に好きでこうしているわけではない。
ただ、何をやるにも気力が湧かないのだ。
まるで自分だけがこの世界から取り残されてしまったみたいに、心が虚しい。
あの後私とデニス様の婚約はつつがなく解消され、今のデニス様はアイリーンさんと婚約を結んでいる。
元々家格はデニス様のほうが圧倒的に上だったし、多額の慰謝料も貰ったので、我が家としても文句の言いいようがなかったのだ。
所詮私とデニス様の関係は、書類とお金で成り立っていたものに過ぎない。
本来なら私がこうして虚しさを感じることさえ、おこがましいのかもしれない――。
「シャーロット嬢」
「――!」
その時だった。
低音の男性の声が私の鼓膜を震わせた。
見るとそこには、オーガスト様が凜と佇まれていた。
何故、オーガスト様がここに……?
「隣に座っても、いいだろうか?」
「あ、はい」
「では、失礼して」
「……」
若干緊張した面持ちで隣に座るオーガスト様に、私は軽く混乱する。
オーガスト様のこんなお顔、初めて見たわ……。
いったい私に何の用なのかしら……?
「……俺は、君に感謝しているんだ」
「え?」
前を向きながらそう呟いたオーガスト様。
感謝?
私、オーガスト様に感謝されるようなことしたかしら?
「俺がこの傷を負った直後、誰もが気味悪がって俺の顔から目を逸らすようになった」
「――!」
オーガスト様はご自分の顔の傷にそっと触れる。
「でも、そんな中君だけは、俺の目を真っ直ぐに見つめながら、『その傷は騎士の勲章ですね』と言ってくれたんだ」
ああ、確かにそう言ったかもしれない。
本心からそう思ったから――。
むしろ見せ掛けだけの美しさしか持たない私なんかより、余程美しいと感じたから――。
「――だから俺はあの日以来、この傷を勲章だと思えるようになった。君には本当に感謝している。改めて、礼を言わせてくれ」
オーガスト様は私に、深く頭を下げた。
オーガスト様……。
「どうかお顔を上げてください、オーガスト様。私は本心を言ったまでですわ」
「……そうか。君ならそう言うと思っていたよ」
「……!」
顔を上げたオーガスト様の瞳は、火傷しそうになるくらいの情熱を帯びていた。
オ、オーガスト様……!?
「そんな君だからこそ、俺は君を好きになったのだろう」
「――!」
オーガスト様――!!
今、何と――!?
「――俺は君が好きだ。君さえよかったら、どうか俺と婚約してはくれないだろうか?」
「オ、オーガスト様……」
オーガスト様は私の左手を、両手でギュッと包み込んできた。
オーガスト様の燃えるような瞳が、私の目を真っ直ぐに見つめている。
私の心臓が、ドクドクと早鐘を打っている――。
「わ、私なんかで、本当によろしいのでしょうか? 私はこの通り、唯一の取り柄だった顔も、傷で穢してしまいました……」
「そんなことを言わないでくれ。その傷は、君が命懸けで婚約者を守った、勲章じゃないか」
「――!」
嗚呼、そうですね……。
オーガスト様は、そう言ってくださるのですね――。
「オーガスト様……! うわああああああああ……!!」
私はオーガスト様の胸で、幼子のようにワンワンと泣いた。
私の中で長年積み重なった澱が、涙と共に流れ出ていくような感覚がした――。
「――愛しているよ、シャーロット」
オーガスト様はそんな私を、そっと優しく抱きしめてくれた――。
「ぎゃあああああああ!!!!」
「「――!!」」
その時だった。
校舎のほうから、デニス様の叫び声が響いてきた。
あれは――!?
「……行ってみよう」
「は、はい!」
私とオーガスト様は、校舎のほうに駆けた――。
「あああああああッ!!! 僕の顔がッ!! 僕の美しい顔がああああああッ!!!」
「うふふふふふ」
「「――!!!」」
そこには凄惨な光景が広がっていた。
血まみれのナイフを持って恍惚としているアイリーンさんの足元で、顔をズタズタに斬り裂かれたデニス様がのたうち回っていたのだ――。
こ、これは……!!
「うふふふふ、私、よく変わってるって言われるんです。デニス様のお顔みたいに美しいものを見ると、滅茶苦茶にしたくなっちゃうんです。ああ、でもスッキリした。やっとデニス様のお顔を、思い通りにできました。うふふふふ」
怪しく嗤うアイリーンさんは、まるで悪魔みたいに美しかった――。
程なく駆けつけた先生方によって、アイリーンさんは連行されていき、デニス様は医務室に運ばれていった。
命に別条はないとは思われるけれど、デニス様のお顔には、一生消えない傷が残ってしまうことだろう……。
「……顔って、そんなに大事なものなのでしょうか」
思わずそう呟く私。
「……そうだな。確かに顔は、その人の象徴となるものではあるからな。顔が大事ではないと言ったら、噓になるかもしれない」
「オーガスト様……」
隣に立つオーガスト様が、虚空を見つめながらそう返す。
「だが、それでも俺は、人の持つ心こそを、何より大切にしていきたいと思っている。――シャーロットのように、内面から滲み出るものこそが、本当の美しさだと俺は思っているから」
「オ、オーガスト様――!」
オーガスト様はそっと、私の肩を抱く。
「一生大切にするよ、シャーロット」
「はい、私もです、オーガスト様」
――今わかった。
きっと私のお母様も、お父様の心に惹かれたのだわ。
だからこそ私とオーガスト様も、お母様とお父様みたいに幸せな家庭を築ける。
確信にも似た予感が、私の心を満たしていた――。
拙作、『聖水がマズいという理由で辺境に左遷された聖女』がコミックグロウル様より2025年5月8日に発売された『虐げられ聖女でも自分の幸せを祈らせていただきます!アンソロジーコミック』に収録されています。
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