第九話 応募
もうすぐ夏休み、あれから特に目立った問題も起こらず日々を過ごしていた。今は昼休み、いつも通り食堂で天と、最近では有栖とも一緒に昼食を一緒にしている。
「思うんだけどさ、そんなに超常現象というか、未確認生物が毎日毎日出てくるわけじゃないじゃん?」
「そりゃそうだろうよお前、そんな毎日あんなバケモン出てきたら、この世界の覇権職業にモンスターハンター出てきちまうよ」
「んふっ、それはそうですね」
「だからこそ思うんだけど、私たちから何かアクションを起こせないかな?」
「良いこと言うじゃねぇか、ありとあらゆるところから汁出てきそうだよ」
「汚ったな、そんなことで脱水しないでもらえませんか」
私が提案すると有栖がスマホを軽く弄って、席の中央に何かのホームぺージを表示してスマホを置く。そこにはゴーストハンター募集の文字が書かれた抽選画面が表示されていた
「ゴーストハンター...?」
「一応そういうの聞いたことあるだろ? 実際そういう職業あるみたいなんだよ」
「知識としては知ってますよ、あの十字架とか持ってる人たちですよね」
有栖はそうそうと同意する。提示されている画面の文字を見ながら、私たちがのほほんとしている中で色々調べているんだなと感心した
「これに応募してみねぇか?」
「いやいやまずいでしょ、私達ゴーストハンターじゃないし」
「いやそうでもねぇぜ? あのバケモン倒したのは事実なんだしさ」
「それは天じゃん」
「私らは助手ってことにすればいけるだろ!」
「いけるかなぁ...?」
有栖と二人で天に視線を送ると、天は我関せずみたいな顔でキョトンとする。
「...話聞いてた?」
「聞いてましたよ? いいんじゃないですかね、とりあえず抽選に応募して受かったら考えましょうか」
「それもそうだな、受かってるかどうかも分からねぇしな。とりあえず応募するってことでいいかね」
全員が頷いて同意するとその場で有栖はスマホで応募をする。応募をしたことを確認するメールが届いた後、改めてゴーストハンターのことを色々と調べようと再確認をした時に昼休み終了のチャイムが鳴る。
そして教室に戻ろうと廊下を歩いていると、ふと天が急に立ち止まり後ろを振り向く
「ん? どうしたの」
「便所なら向こうだぞ、天」
「いえ、今何か視線を感じた気がしまして」
同じく教室に戻ろうとする生徒たちの喧騒も相まって、天が感じた視線を把握することができない。先ほどまでゴーストがどうこうの話をしていただけに急に背筋が凍り付くような感覚に襲われて身震いする
「お、脅かさないでよ」
「そうじゃなくても視線なんざ常に浴びてるだろ、天はよ」
「...そうですね、気のせいだったかもしれないです。すみません、戻りましょうか」
月日は経ち、私達は夏休みを迎えていた。基本的に家で涼むかショッピングモールで涼むかを繰り返していた私は今、とある宿泊会場のロビーに有栖と天といた。というのも...
「まさか...」
「本当に当たるとは...」
「思いませんでしたね...」
夏休み前にその場のノリで応募したイベントに当選してしまったのだ。これは後々知ったことではあるけど、応募する時に人数を入力する欄があったらしく、大人数で応募したから当たらないだろうという話をしていたんだけど、まさか本当に当たってしまうとはと全員で困惑していた。
ロビーには応募したサイトの名前で区画が用意されており、その区画には既に数名の参加者が集まっていた。ただ...
「...ねぇ、こう言っちゃダメなんだけどさ」
「おう」
「あまりにもヤバそうすぎない? この区画」
「倫理観のない宗教団体の集まりみたいになってんな」
そう、片手に十字架や水晶を持ってローブを羽織っている、みたいなあからさまな格好をした人物ばかりなのだ。そしてそれらの人はお互いの退魔の経歴を自慢し合い、現在進行形で黒歴史を塗り替えているように見える
そんな場所だからこそ、その中の一角にいるその少女は余計に浮いて見えた。恐らく地毛だと思われる綺麗で、腰くらいまである長い金髪をポニーテールに括った小学生くらいの女の子。ぶかぶかの黒いパーカーに、短パンを履いた子供が腕と足を組んで、踏ん反り返って居眠りをしていた
「あの子、ここにいる人の子供かな?」
「オイオイ、だとしたらあまりにも人生を憂いちゃうだろ」
「流石に失礼でしょう...」
どうやら私だけじゃなくみんな気になっていたようだ
「私、声をかけてみるよ」
言い残して金髪の女の子に近づくと、女の子は目を覚まして、綺麗な赤色の眼がこちらを見る。その造形はコスプレや人形のようだけれど、それが素だという妙な説得力のある纏まりと自然さは、別世界の住人を思わせる神秘的な姿をしている
「どうした? もしかして、もう説明の時間か?」
「あっ、いやそういうわけじゃないよ」
思ったより子どもっていう感じの声じゃないし、思ったより勇ましい口調をしていて思わずたじろぐ
「ただ、こう...ちょっと、私たちもこの場で浮いててさ、声をかけられそうなのが君くらいしかいなくて」
「あぁ、なるほど。理解したよ」
女の子はスマホで時間を見てから、ちらっと私の背後の方に視線をやって、立ち上がる
「まだイベント説明まで二十分はある。向こうのお友達もこっちを見ているし、どうせだし全員で自己紹介といこうか」
「あっ、う、うん」
慌てて私も立ち上がり、天と有栖の元へ向かうその子を追いかける。
「お、どうした。ご祝儀でも渡せばいいか?」
「んなわけあるか! いやさ、この子がどうせならみんなで話そうって」
「おぉ、気が利くいい子ですね」
「どうせなら全員で行動した方がいいだろう? 僕も気を使いたくはない」
瞬間、みんなでその子を見る。ぼ、僕っ子だ!と。
「改めて、伊藤 陸だ。よろしく」
「...えっと、女の子だよね?」
「安心しろ、普通に女だ」
ちょっと安心する。口調や態度も相まって名前まで男の子に居そうだったから私の中でリーチがかかっていたのだ。男の子なのに女の子だと思っていたのかとヒヤヒヤした
「いーや安心できないね! ちんちん付いてるんちゃうんか!」
「初対面でその返答は恐れ入った」
「まぁまぁ...」
天がたしなめると、有栖は二カッと笑い、それを見た陸も薄く笑う。案外こういうジョークはいける子なのかもしれない。というか随分達観しているというか、立派で大人びた子供だなと感心してしまう
「まっ、わたしらも自己紹介しないわけにはいかないな! 波打有栖だぜ、よろしくぅ!」
「時之天です」
自己紹介を済ませると陸は天の顔をまじまじと見つめる
「ときの...そら、か」
「はぇ? ど、何処かでお会いしたことありました?」
「いいや、初対面だ」
天から視線を外し、改めて陸は私たちの恰好を見回す
「本当にゴーストハンターなのか? 随分と軽装なんだな」
「そういう君は...えっと、お父さんかお母さんはどうしたの?」
私がそう言うとにっこりと天使のような笑顔を浮かべながら、額に青筋が立つ。こんなに小さくて可愛らしい女の子なのにすさまじい殺気を感じる
「お前は僕が何歳に見えてるのかな...? これでも一応高校生なんだが」
「マジ?」
「嘘だろ」
「冗談でしょう」
私たちが驚いた反応を見せるとむすっとして顔を背ける。やだ何そのしぐさ可愛い。
「お前たちとはもうやっていけん! あばよ!」
「ごめんごめん! 悪かったよぉ~!」
手を合わせながら陸に駆け寄って謝ると、少しだけムッとした顔を向けるが、私の顔を見て一つ溜息を吐いてから申し訳なさそうな顔をする
「今の割り切り方は僕もガキだったな、悪かった。」
「ううん、見た目で判断してゴメン」
その様子を見て後ろの天と有栖がホッと息を吐いたのが分かった。
それからほんの少しだけ雑談をしていたら、会場の前にスーツ姿の男が数名現れる。陸はスマホで時間を改めて確認して
「そろそろだな」
同じように会場でまばらに話していた人たちも、雰囲気の違う集団を見て察したのかぞろぞろと集まってくる。
さぁて、どうなることやらと少し笑顔を引きつらせながら私も説明に並ぶのだった。