第五話 お泊り
あの肝試しの日、真夜中の二時に帰ってきていた私たちはサッとお風呂だけ入って泥のように眠った。そして昼過ぎに美味しそうな匂いがして目が覚める。
「ん...んん? ママ、もうご飯?」
「ふふっ、あかりはママ呼びなんですね。可愛い」
「...うえっ!?」
起き抜けでぼうっとしていた頭が一気に覚める。まさかこの歳になって誰かに母親を重ねて呼んでしまう時が訪れてしまうとは...というか
「え、誰? 女神?」
「まだ寝ぼけてるんですか...私ですよ、天です」
「嘘だい嘘だい! 私の知ってる天はマッドサイエンティストみたいな姿をしてるんだい!」
「しばきますよ?」
そう言いながら家の器を適当に使い、私の前にオムレツとしめじのバター炒め、味噌汁に白米という一人暮らしをしてると愛しい温かい手料理が二人分置かれる。
「え、これ天が?」
「他に誰がいるんですか。昨日冷蔵庫の物が貯まっていると聞いていたので、賞味期限が切れそうなもので作っちゃいましたけど良かったですか?」
「全然いいよ! ありがとう!」
「それでは、いただきます」
「いただきます!」
二人で手を合わせて食事をする。まずはとオムレツとご飯を口に含む
「―っ! 美味っ!?」
あまりの美味しさと昨日の夜から何も食べていない空腹でご飯をかき込むと、天が嬉しそうにクスっと笑う
「喜んでいただけて作り甲斐がありましたね」
「いやマジで美味いよ! 絶対に料理人いけるいける!」
「ふふふっ、じゃあ将来の夢は料理人にしましょうか」
少しも迷うことなく天は同意する
「あっ、マジで?」
「お世辞だったんですか?」
「い、いやそういうわけじゃなくて! 考えておきますね~とか言われると思ってたんだけど」
「料理、好きなんです。だから本当に料理人っていいなぁって思ってるんですよ」
「へぇ~」
天が料理が好きだとは知らなかった。能力のこともそうだけれど彼女のことをまだまだ知らないなと改めて思った。
ご飯を食べた後、二人でテレビで動画サイトで動画を眺めながらゆったりと過ごす。お互いにどんな動画が好きみたいな話をすることはあるけれど、結局家に帰って一人でいると見ないから、こうやって二人であーだこーだと好きな動画を交互に流すのはお互いのことを知れるのはもちろん、新しい発見があって面白い。
天は意外にもゲーム実況や美少女のモデルを重ねた配信などが好きみたいで、その配信者のことを語る時は語彙と語る速さが二倍くらいになっている。熱心なのはいいけれど鼻息まで荒いのはちょっと怖い。それはそれとして推してくれた配信は面白かった。
「ん~! 面白かった、普段見ないものを見ると新鮮で面白いね」
「ふふっ、良かったです。それにしても、もう夜になってしまいましたね」
「えっ! もう!?」
天に言われてスマホを見るともう午後六時を回っていた。
「ホントに現代の娯楽に触れてると時間ってあっという間に過ぎちゃうよね」
「時間を忘れて過ごせるのは良いことですけど、勿体ない気もしちゃいますね」
体をうーんと伸ばしたあと、すくっと立ち上がる
「さてと、買い物でも行こ! 天は今日も泊まる?」
「いいんですか? そうですね...今日はゆっくりできませんでしたから、もしよければ」
「うん! 全然いいよ!」
「ありがとうございます」
「じゃあ天の着替えとかお泊りセットとか買って、ついでに夕飯の材料も買おう!」
私がそう言うと天はニヤリと笑って立ち上がって軽く腕まくりをする仕草をする
「えぇ、腕によりをかけて作りますね」
「えぇ~? 期待しちゃうよ?」
「期待して、しすぎるということはありませんよ?」
「超自信あるじゃん。じゃあめっちゃ期待する!」
そう言って二人で顔を見合わせると不思議に笑いがこみあげてきて、二人でくすくすと笑った。
天の荷物を取ってくる。家は同じ格安の物件を選んでたようで結構近かったのだ。
そしてスーパーへと向かう途中、ふと違和感に気づいて話を振る。
「そういえばさ」
「はい?」
「マスクと眼鏡はいいの?」
「...あっ」
本人も忘れていたようだ。普段からつけているわけでも付けることに慣れているわけでもないらしい。
そうするとやっぱり気になってしまって、聞いてしまう。
「言いたくなかったらいいんだけどさ、折角可愛いのに何であんな恰好をしてたの?」
「...面白くない話ですし、オチもないですよ」
「うん、別にいいよ」
「可愛いから、ダメなんですよ。コミュ力もある方じゃないので虐められまして」
「あぁ」
酷いと思われるかもしれないけれどちょっと納得してしまったし、予想していた。天の顔は嫉妬する人は本当に嫉妬してしまうと思う。すっぴんでこれだけ可愛いのは反則だろうと。
そして彼女の謙虚な姿勢は人によっては鼻につくこともあると思う。
「これからはどうするの?」
「...まぁ、もう付けなくてもいいかなって思ってます」
「いいんだ」
「だって、あかりは私を虐めたりはしないでしょう?」
そう言われると変なスイッチが入ってしまいそうだけど、天からしたら冗談じゃないんだろう。
「そりゃ勿論! 帰ったら紅夢のこととか改めて色々聞かせてよ!」
「ふふっ、それじゃあ買い物をさっさと済ませて帰りましょうか」
「え~買い物は色々見ながら行こうよ」
「何だコイツ」
そう話しつつ視線を感じてチラッと周りを見るとやはり天の容姿はかなり目立つようで、通りがかる人は男女問わず天に見惚れ、そして天を話題にする。...なるほど、これは確かに嫌かもしれない。
そうして気を取られていると、ふと声をかけられる
「あの!」
話しかけてきたのは若い男女のカップルだった。二人とも派手な衣装に銀色の髪のコスプレをしている。それを見た瞬間にあぁ、と察して天の方に向き直り...
うっわすっごい嫌そうな顔をしている
「あなたも『白銀の獣』のファンですか!?」
「いいえ違います」
あまりにもきっぱりとした拒否に場が凍り付く。
「えっと...その髪」
「地毛です」
「えっ」
「地毛です」
天は髪を引っ張りながらきっぱりと言う。美少女が嫌そうな顔でお茶目な主張をしているのは何ともシュールだ。
同時に男女二人の方々もやってしまったという顔をしている。
「あはは...ごめんなさいね~」
微妙な空気に耐えかねて早々に立ち去る。多分同族だと思って話しかけてくれたんだろうけど...邪険にして少し申し訳ないと思う。
しばらく二人で歩いて天が申し訳なさそうに口を開く。
「...あの、ごめんなさい」
「何が?」
「あんな態度で接するつもりでは...少しカッとしてしまって」
「別にいいって! ああいうのが嫌でマスクや眼鏡をしてたんだろうしさ!」
「そうですね...」
「だからお払いは任せてよ! それに声をかけてもらえるくらい可愛いのに隠すのは勿体ないって!」
「ふふっ...ありがとうございます」
そしてスーパーに向かう。その日は枕投げのような賑やかなお泊り会ではないものの、二人で好きなことをして好きな時間に寝て...のんびりと、けれど確実に友情が深まった一日になった。
「首尾は?」
「はい、あなたの予想通りアレかと思います。」
「そうか。」
白き羽衣を纏った少女が動き出す。
「ようやく...見つけたぞ!!!」