第四話 天の異能
背後に、何かがいた。
「えっ...?」
「危ないっ!」
脳の処理が追い付いていない私に駆け寄り、飛び込みながら天が庇う。今いる場所の対抗側、教室の奥の方で何か大きなものが突き刺さったような大きな音がした。
天がその方に向き直り、体を軽くどかしたときに、その姿を私も見る。
「ひっ...!?」
三メートルほどある巨体に灰色がかった白色の大きな脂っぽい体、目のないヒキガエルのような姿にあいまいな形の鼻づらの先にピンク色の触手が生えた怪物がそこに立っていた。怪物は部屋の奥に刺さった槍のようなものを引き抜き、再度私たちに向き直る。
「逃げますよ、あかり!」
「っ!」
返事をする余裕もなく、駆けだす天の後ろを追うようにしてその場から逃げる。怪物も私達を追ってきており、巨大な足音が遠くから聞こえる。
しかし本気で駆け抜ければそんなに広くもない学校の敷地なので、直ぐに玄関の扉の前にたどり着く。私たちは飛び込むようにして玄関のドアを開けようとするが
...そのドアは開かなかった。
「なんで、なんで開かないの!?」
「後ろ!」
天がそう言った瞬間、顔のすぐ横で風切り音が聞こえる。すぐ横にはあの槍が刺さっており、正面には天が私をかばうようにして立っていた。天の手からは血が滴っており、槍の軌道をわずかにずらしたのだろうと見える。
「天...! ごめん、大丈夫!?」
ガラスが落ちたような音と共に、天の顔から何かがはらりと落ちる。その正体は天が振り向いた時にすぐにわかった。
「えぇ、大丈夫ですよ。心配しないでください」
思わず目を見開いた。そんな状況じゃないのに私は思わず見惚れてしまった。月の光が彼女を照らし、その光の柱をベールのように包みはためく、絹のように銀色に煌めく髪。氷のように冷たくも宝石のように美しいアクアマリンの目。少し童顔ながらも一目見て美人だと分かる、一つの芸術作品のような端正な顔がそこにあった。
「ほわぁ...! 綺麗...」
「いや何を惚けてるんですか、それどころじゃないでしょうに」
「あっ、ごめん」
直ぐにその顔の持ち主はジト目に変わり、こちらに注意を促す。そうだった、それどころじゃない。
こちらにゆっくり近づいてきている怪物は先ほどのように追いかけることもなく、じりじりと迫ってきている。ピンクの触手がうねうねとこちらを舐め回すように蠢いており、まるで狩りを楽しんでいるように見える。
「ど、どうする!?」
「......」
少しの沈黙の後
「あかりさん。今日あなたが見たことを誰にも他言しないと約束してもらえますか?」
「えっ?」
逃げようとしない私たちに嫌気がさしたのか、はたまたトドメを刺そうとしたのか、怪物は足取りを早めて飛びかかってくる。
「約束してもらえますかッ!!!」
「約束するっ! するよっ!!!」
そう言った瞬間には怪物は既に私たちの前で槍を振りかぶっていて、手で顔を覆う。その瞬間、硬いものがぶつかり合う音がして、その槍が私を貫くことはなかった。
そして恐る恐る顔をあげる。
「...!」
そこには、巨大な怪物と鍔競り合いをする天がいた。天の手にはいつ取り出したのか、右手に刀身がプラネタリウムのように宇宙色の綺麗な刀が握られており、巨大な怪物の振り下ろす一撃を受け止めている。
「天...?」
「あかりは知らないかも知れませんが...異能者はそれぞれ武器を生成することが出来るのです」
「私の武器は...これですッ!」
怪物を蹴り飛ばすと、左手に光の粒子が収束して粒子は刀の鞘になり
天は静かに納刀し、力を溜める!
「次元斬ッ!!!」
その掛け声と共に、虚空に抜刀居合斬りを放った瞬間、金属音のような甲高い音が鳴る。
光の軌道が怪物の身体を貫くように煌めき、次の瞬間には、肉が擦れる嫌な音と共に怪物の身体がバラバラに崩れ地面に転がり落ちた。
「......」
「...ご無事でしたか、あかり」
「あ、う、うん。」
目の前の光景が嘘のようで、茫然と立ち尽くす私を見て天が少し寂しそうな顔をする
そして私の横を通り過ぎ、玄関のドアを開ける
「どうやらこの怪物が私たちを閉じ込めていたようですね。もう出られるようです」
「ふぅ、よかった。じゃあ行こっか、もう疲れたよ」
「...そうですね」
校門から外に出て大きく伸びをする。
「はあぁ~...怖かった。寿命が半分くらい縮んだよ」
「......」
「...?」
あの怪物を追い払った瞬間から天の表情は曇りっぱなしで、ずっと下を向いている。
「天? どうしたの、やっぱり疲れちゃった?」
「あぁ、いえ。そういうわけでは」
「えっ、じゃあ...はっ!? もしかしてあんなカッコよく決めたのに内心ビビっててちょっと漏らしちゃったとか!?」
「んなわけないでしょう、ひっぱたきますよ」
「そっかぁ~ ちなみに私はちょっと漏らしたよ」
「汚なっ!?」
そのツッコミを最後にまた黙ってしまう。先ほどまで逆の立場だったのに帰宅に近づくにつれて天の肩が強張っていく。一体どうしたのかと顔色をうかがうが、来たときのテンションは完全に萎えてしまっており、顔を伏せて泣きそうな顔をしている。
「えっと...どうしたの? 天」
「なんでもありませんよ...帰りましょうか」
「そうだね、私はもうクタクタだよ~。天も疲れたでしょ?」
「私はそうでもないですが...」
「あっえっ、そうなの? 疲れてるかなと思ってたんだけど」
「そういうわけでは...」
何となく、ここで天と別れちゃいけないような気がして、お節介かもしれないけれど私は天の手を引っ張る
「えっ、ちょ!?」
「私の家ここからそこそこ近いんだ! だからこのまま私の家でお泊り会しようよ、天もここから帰るの面倒でしょ?」
「...いいんですか?」
「良いも悪いもないよ! 命の恩人で親友をないがしろにはしないって!」
そう言うと、廃校を出てから初めて天は顔をあげて私の顔を見る。そしてクスッと笑って
「本当、調子いいですね」
そう言って始めて笑ってくれる。綺麗な顔も相まっているけど、屈託がなくて、笑顔がとても似合う子だなと思った。
「へへへ~悪いねぇ。これでも罪悪感めっちゃ感じてるからお節介させてね!」
「押しつけ...」
「そういうこと言わない! あっ」
「え、何ですか? あっ、って」
「漏らしてたの忘れてた。ごめんね天の手握っちゃった☆」
「やめてくださいよ汚いっ!」
「股間触ってないんだから汚くないわっ!」
「じゃあ何で改めて言ったんですか!」
そうして私たちのはじめての冒険、廃校の肝試しが終わった。