②
今日は王族も貴族も、平民も境目なしでの夏至祭となった。
むろん王宮に入れるのは貴族からだが。
春から夏にかけて狩ったジビエと魚の一部を、料理人たちが腕によりをかけて調理していく。
年明けの祭りからの、久々の祭典となる。
酒はもちろん大盤振る舞いだ。
祭りが始まり、フィリスがよく声の通る兵士の案内で、会場に案内される。
「我らが国王の、第一王妃フィリス-フォン-アーヴァンハイム様のお成りでございます」
フィリスは純白の衣装で現れた。
貴族連中は感嘆の声をあげた。裏では白巫女と呼ばれるフィリスだ。落ち着いたシックなドレスが良く似合う。
ただ、第一の、という言葉に誰も気づかなかったようだ。
その後、同じく案内で、
「それでは、我が国王の第二王妃であります、カルラ-フォン-アーヴァンハイム様であります」
貴族からは、第二の?だのなんだの騒いでいたが、カルラが現れると黙り込んだ。
深紅の、大きく胸の開いた、背中はほぼ丸見せのドレスだった。胸には微かに黒真珠の首飾り。もちろんロングスカートのスリットは限界まで入っている。
…やっとここまで、譲歩させた。暑いから、いつものツーピースじゃないと祭りなんか出ないと言い出し、こちらとしては、第二王妃の公表の場なので、出さない訳にはいかない。結果、カルラが思うように切り刻んだものが、ドレスになった。そういう訳だ。
観客は見事にふたつに別れた。フィリスの女性陣と、カルラの男性陣。
フィリスの女性陣は、そのドレスはどちらで?とか、そのティアラ素敵ですわ。と言ったものだったが
カルラの男性陣はやや露骨だった。こんな素敵な女性は見たことありません!だの、どちらのご出身ですか?だの、もしや精霊ですか?こう来たものだ。
とりあえずフィリスが困っているようなので、ダンスに誘う。
カルラは上手く反応しているみたいだし、まぁいいか。
曲が終わり、一息つこうとしたが、カルラがはだける太ももを隠そうともせず、駆け寄ってきた。
「なんだ?もう良いのか?」
2曲目が始まる。
オレが聞くと、カルラはいかにもつまらなそうにこう言った。
「皆さんも私の外見ばかり。疲れましたぁ」
「うーん…それは武器じゃないのか?」
「武器?」
「外見ていうのは、持って生まれたギフトだ。美しいものだけに与えられる情報もある。それは武器になる。貴族の話は、あれはあれで参考になるぞ?」
「それなら〜もう少し聞いてきますね〜」
「おっと!ダンスの途中に退席するのはマナー違反だぜ?」
オレが手をつかむと、カルラは嬉しそうにしっかり握り返した。
いや、曲の途中でひとり放置されても恥ずかしいから、ってだけだったんだが。
オレたちは、祭りの余韻を楽しんだ。
思わず昨夜は意外に呑んでしまい、明け方起きるのがキツかった。
だが、それ以前の問題。
下腹部に違和感。オレはそっと布団を持ち上げる。
そこにはカルラがいた。
「ふぁ、へいくわ、おふぁようござひます」
「お、お前は何をしている?」
「御奉仕ですが〜?」
怒りと、恥辱感で、頭が真っ白になった。
「おまえはー!!」
「ちょっと、ちょっと待ってください陛下〜!魔力のこもった拳はさすがに痛いです〜!」
逃げるカルラに、ズボンを戻しながら、追いかけるオレ。
「いきなり咥えるなー!!」
どうやら城中に響き渡る声を出してしまったようだ。
追いかけていくうちに、サロンで寛いでいたフィリスの持ってた湯のみが割れ、ガルフレットが昆布茶を吹き出したのが見えた。
今のオレを擬音で例えるなら、間違いなく、わーん、だろう。
火のマナに効くはずもないが、オレは魔力のこもった拳で殴るだけ殴って、一息ついた。
「もう二度とするな!」
「てへ」
コイツ、またする気だ。
ライズが聞いている。
「ガルフレット様。くわえるとは何を?」
「指じゃ」
「指を咥えられただけで、陛下はあんなに怒られるのですか?」
「大人の世界は色々難しいんじゃ」
「勉強になります」
と、ライズが昆布茶を飲もうとした瞬間気がついた。
オレは、
「飲むな!」
と声を限りに叫んだ。
フィリスも、
「ダメ!」
と。
1番間近にいたガルフレットが、ライズの湯のみを叩き落とした。
「毒だ」
オレは、反吐が出るように吐き捨てた。
「今すぐアレクを呼べ」
オレは怒りで我を忘れないように、務めて冷静を装いながら、アレクが来るのを待った。
ライズの毒殺未遂は、すぐに王国内に広まった。
アレクがサロンに畏まってやってきた。
「お話は伺いました。処罰は如何様にも」
「お前には関係ないだろ?給仕をしたのは誰だ?」
「侍女のクレアにございます」
「その者を呼べ!今すぐにだ」
「はっ!」
クレアは間もなくやってきた。
「お前が、ライズの湯のみに毒をしこんだのだな?」
「はい。私でございます」
「申し開きはあるか?」
「ございません」
「何故ライズなんだ?ライズはこの国の未来だぞ?」
「陛下…」
クレアは黙って左手薬指を見せた。
「蛇神の刻印…ガルフレット。この契約は、こんなことまで行動を縛れるのか?」
「そうじゃ。契約は細かいほど良い。カルラが契約したときにも、裏切ることなく、と入れたじゃろ?」
「そうだっけ?」
「そのおかげで、私はもはや、魔王様に楯突く命令でも、ロック陛下の命には断ることができません」
それで良いのか?とも思ったが、本人カラカラ笑っているので良いのだろう。
「で、クレア。主犯の名前を口に出せるか?」
クレアは黙って首を振った。
「ただ…」
クレアが話し出す。
「妹と母が人質になっております。私の身はどうなろうと構いません。どうかお救いを」
「分かった。おまえへの判決は、その時まで持ち越しだ」
「ありがとうございます」
クレアは地面に擦り付けるように額を地につけた。
オレは、ライズの元へ行き、事の次第を話した。ライズはショックのあまり、寝込んでしまっていた。
「どうだ、ライズ?調子は」
「だいぶ落ち着いてきました」
「それは良かった。首謀者は必ず見つけてやるからな」
オレはライズの頭をなでた。
「あの…」
「分かっている。しばらくこうしていてあげるよ」
「ありがとうございます」
ライズは安心しきったような、恍惚とした表情をしていた。
「で?相手の目安は着いたのか?」
オレは玉座の前に跪くセバスに問いかけた。玉座の隣にはガルフレットもいる。
「はっ。私の子飼いの者どもをロンズガナ内部にて情報を探らせているのですが、国内では今回の件、それらしい行動を取っていたものはいないとの事です」
「それでは国境辺りに潜んでいるということか?」
「おそらくは。クレアはイーストフォレスト出身ですので、そちらを探させようかと」
「その必要はないぜ!」
「おお!獅子王殿!お帰りだったか!」
オレは思わず立ち上がって喜んだ。
「獅子王とは懐かしい。俺はすでにロンバルド公爵ですぜ」
ロンバルドはガハハと笑った。
ロンバルドは190以上の長身に、筋骨たくましい体躯、深紅の鎧と大剣を担いだ50代を少し超えた辺りの精悍な男だった。
「いや、謁見の時間まで待てとの指示があったのだが、陛下とアレク殿の会話が聞こえてきたので入ってきてしまいましたわい」
「かまわんかまわん。それで成果はどうだった?」
ロンバルドは近衛兵隊長だ。そして鍛え抜かれたその兵たちは、初歩の魔術も扱え、魔族とも充分戦える300人を選別してある。そしてそのロンバルドには、イーストフォレストからの謎のモンスターの調査してもらっえいたのだが、マナの存在が分かり、国境の街や途中の町や村に、地、水、風、空のマナの特徴と、危険性を3ヶ月掛けて伝達してきてもらった。そして、何か不穏な噂があれば、それも調べるようにと告げてあった。
「それで、その必要がないとは?」
「ああ、イーストフォレストにあるフーディンの城付近で、不穏な噂が広まっていたぜ」
「あー、フーディンかぁ。自尊心だけは高いヤツだったな」
「左様。どうやら陛下から渡された大金を早くも使い果たしそうらしく、次の宮廷魔術師は私だと触れ回っていたらしい」
「今さら貴族の仕事なんぞ出来んと言うて、金貨にして何千万枚もの所有財産を渡してやったであろうに」
ガルフレットがやれやれと疲れたように言った。
そう。オレは王になる時の政略で、そのとき有能だった王、貴族に財産の1部を献上してもらい、貴族院に召抱え、それ以外の無能者、やる気のない者には、財産まるまる渡してやって、アーヴァンハイムの領内に好きに住むことを許した。
フーディンは、魔術師として大した腕を持っていなかった。
技の種類は豊富だったが、そもそも冥府の地が見れていない。冥府の地を見るのには、生命を賭してでも守りたいものがある。そんな者が覚悟を持って臨む、言わば試練だ。そんな覚悟もないヤツなど、例え冥府の地が見れぬとは言え、鍛え上げられた近衛兵1人にも敵わない。
そんなヤツがライズを暗殺しようとしたのか…オレは怒りで目の前が真っ赤に染まりそうになった。
「ロンバルド公、近衛兵を50人ほどお借りしてよろしいか?」
「近衛兵はもともと陛下の為の兵。300まるまるお使い下さい」
「ありがとう。でも50人で充分だ。そしてセバス」
「はっ」
「隠密に長ける者を2〜3名貸してくれ」
「はっ。速やかに」
「よし、一丁討伐してくるか!」
「おいおいロック。わしは連れて行ってくれぬのか?」
「うーん…ガルフレットは正直、城に残って、ロンバルド公と共に国とライズを守って欲しいのだが」
「ふむ。しかしわしも弟子を殺されかけて、はらわた煮えくり返っておるのだが?」
「んー。セバス。もう毒殺まがいの事件、起きないこと保証できるか?」
「はっ。調理に3人体制で臨み、毒味も付けましょう」
「うん。それなら大丈夫か。おっけー。ガルフレット、一緒に行こうぜ」
「腕が鳴るわい」
こうして、雑魚の連中相手に、最高のメンバーが出向くことになった。
探索
イーストフォレストには5日の距離。しかし近衛兵たちは実に優秀で、3日でたどり着いた。ただ、少数精鋭とは言えども50人の大所帯だ。仮に受け入れてくれる宿があっても人目につきすぎる。結果、野宿しかなかったが、各々狩りをして保存食を確保したままで、食料を確保していた。
近衛兵はだいたいが5人数くらいのグループを作っており、連絡は密に行われている。その中で、100人隊の隊長のハーベストという優男のような者が、今回の指揮を申し出てくれた。
ハーベストは気さくな男で、どの部隊の料理が1番美味いかを味見して、1位に賞金を出すなどして楽しんでいた。
そのハーベストがオレの近くによってきた。
「陛下」
跪きそうになるのを途中で止める。あー、そういうのめんどくさいから、と、言うと、ハーベストはニカッと笑った。
「明日にはフーディンの城に着きます。どうやって攻められますか?」
「もちろん正面突破だ」
「え?正面からですか?」
「ああ、正面からだ」
「ただ、着いてくると言った隠密の姿が見えない」
「私どもならここに」
いきなり隠密の3名が目の前に現れ跪いた。
瞬動とは違う。完全に気配を消していた。
「もしかして、最果ての東の国の忍というものか?」
「ご慧眼、感服致します」
「そうか。そなたたちの国は無事だと聞いているが事実か?」
「はっ。取るに足らない小国です故」
「それは良かった。ちなみに名はなんという?」
「字名ですが…私はシオン。こちらはエンジュ。この者はヒイラギにございます」
「分かった。とりあえずは頼みたいことがある」
「何でございましょうか?」
「クレアの妹と母親の居場所を調べて来れるか?」
「はっ。それなら既に」
「なに?」
「西側の塔の地下1回の牢獄に監禁されております」
「敵の総数は?」
「200程にございます」
「は、ははっ!アレクは余程優秀な手駒を揃えていると見える」
「ありがたき幸せ」
「ではシオン、エンジュ、ヒイラギ。オレの合図で裏門から近衛兵30名をそこまで案内できるか?」
「容易きことにございます」
「話は聞いていたな?ハーベスト」
「はっ。確かに」
「という訳で、30人素早そうなのを見繕って、クレアの妹と母親を救い出してやってくれ」
「かしこまりました。それで、正面は20名になりますが、足りますでしょうか?」
「誰に物を言っている?オレはこの国最強の、国王だぞ」
「失礼致しました」
ハーベストはまたニカッと笑った。
「わしはロックの補助をすれば良いかの?」
今まで黙っていたガルフレットが確認をしてきた。
「どっちでも良いぜ?ただ、一兵たりとも逃すなよ?」
「良いのか?」
「選んだ君主を間違えた。死ぬ理由はそれで充分だ。…あ、ただし女子供は殺すなよ?」
「承知した」
「それではもう皆を休ませろ。明日早朝には出立。9時前には到着するぞ」
「はっ!」
一同の声が揃った。
攻城戦
やはりこの部隊は良い。8時前には城の前に着いた。
まだ敵兵たちは、こちらに気づいていないようだ。
正門は、いかにも頑丈な鋼鉄で出来ていた。俺はそれに対して
「巨刀、村正!第三閃!」
Z状に切り裂かれた門扉がいとも容易く崩れていく。
そこでガルフレットが呪文を唱える。
「冥府の地に宿りし風のマナよ、我が命によりこの者の刀身に宿れ!サイクロンブレード!」
「よっしゃ来たー!!」
前方に味方はいない。つまりは本気が出せるということだ。普通こう言った建物の1階は、詰所になっている。女子供はいないだろう。
「巨刀、村正!第一閃!」
ちょうど腰の位置で抜いた刀が、建物の1階ごと切断されて行く。
「シオン、今だ!」
「はっ!」
忍たちと騎士30名は、裏手に回り始めた。
建物の2階以降にいた者は、なにが起きたのかも分からず、水平に1階へと降り立った。
「行け!近衛兵たちよ!残党狩りだ!」
その時ガルフレットが詠唱を始めた。
「冥府の地に宿りし土のマナよ、我が命により武器を持つ敵を貫け、アッシュドスピア!」
元2階にいた連中が、土の槍で串刺しになっていく。あっという間に150人は倒しただろうか。
オレは近衛兵たちに、フーディンを連れてくるように指示した。
まもなく、兵士に両腕を抱えられたフーディンが引きづり出されてきた。
「王よ!いきなりのこの仕打ちはどういったことでしょうか!?」
「あ?よく言えたものだな。この、宮廷魔術師候補さんよ」
「そ、それは…」
「それに薬指の邪神の刻印が丸見えだぜ?」
「こ、これは妻とのものでして…」
「陛下。フーディンの妻は数年前に病死しております」
ハーベストがフォローを入れる。
「ちなみに、蛇神の刻印は、片方が死んだ段階で消えるもんじゃからな」
ガルフレットも追い打ちをかける。
「シオン、いるか?」
「はっ。ここに」
「おまえ便利だな」
思わず笑みが零れた。
クレアの妹と母親は無事か?
「こちらに向かっておりまする」
「それは何より。…さて、こいつをどうするか」
「へ、陛下!どうか生命だけは!」
「なんでこういうヤツらは、てめーでしたこと考えないで、助命嘆願できるかね」
その時クレアの妹と母親がやってきた。
「今さらだが、こいつに酷いことされなかったか?」
「私どもは…ですがクレアには酷い命令を」
「どうする?自分の手で殺すか?」
ダガーを母親に渡す。
だがさすがに一般人が人殺しなどできようもない。
オレはダガーを受け取ろうとしたその時、妹がダガーを奪い取った。
「その指が…その指が姉さんを!」
妹は、押さえつけられているフーディンの薬指を、ダガーで切り取った。その瞬間、叫ぶフーディンの頭上から、蒸気のように蛇の姿をした煙が飛んで行った。
「ガルフレット。これで大丈夫なのか?」
「そのはずじゃ」
「ハーベスト。残党狩りは終わったか?」
「はっ。もう間もなく」
「フーディンの残金はいか程あった?」
これにはシオンが答えた。
「金貨が100万枚ほどです」
「使ったなー。まぁ、それでも平民が質素に暮らすには充分だろ。それは遺族に残してやれ」
「はっ」
「じゃあ、ぼちぼち帰るとするかの」
「それならとりあえず、近場の呑み屋貸し切って、軽い祝勝会としようぜ」
「あの母娘は平気かの?」
「戦ひとつやらかして、その足で帰路につくなんて酷すぎるだろ?」
「まぁ、そうじゃの」
「クレアの母娘には、美味いものでも食わせてやろうぜ。おーい、シオン」
「はっ、ここに」
「お前ら呑み会は参加するかい?」
「いえ、我々は食事も持参したものしか口にしませんので」
「やっぱり徹底してるな。それじゃ悪いけど、1名一足先にロンズガナに行って、クレアに無事保護したと伝えてくれるか?」
「はっ、それではヒイラギに」
「まぁ、もう伝わってると思うがな」
オレたちはもっとも近くて、割と大きな町、ニンフェルへと移った。
いくら大きめな町とはいえ、この人数をひと宿で収める宿は見つからなかった。ので、宿は分かれることになった。しかし呑み屋は充実していて50余人が入る店が見つかった。
オレは近衛兵やガルフレット、母娘に飲み物が行き渡ったのを見計らって、声をかけた。
「みんな、今日は良くやってくれた。今夜は無礼講で行こう。とことん呑んで、食ってくれ!」
「ほとんど陛下とガルフレット様が片付けたじゃないっすか!」
ベテランの兵士がツッコミを入れる。
「あー、オレらは攻撃が雑でな。いてくれて助かったぜ。とにかく乾杯!」
「乾杯!」
と兵士たちが応える。
そして大宴会が始まった。
「よぅ、散々だったな。無事で良かった」
オレは母娘に話しかけた。
「陛下、お話は伺いました。娘は、やはり死刑なのでしょうか?」
母親が不安そうに聞いてきた。
「まぁ大罪だからなぁ」
「陛下!娘は私たちのためにそのような愚行を犯したのです。どうか死刑にするなら私を」
「冗談だよ。ケリはつけさせるが、クレアは不問に処す」
「ま、まことですか?」
「王に二言はない」
オレはニッと笑って見せた。
「あぁ…陛下。ありがとうございます」
「気にするな気にするな。牢屋じゃろくなもん食わせてもらえなかったろう。今日は好きに食ってくれ」
「はい…はい」
母娘は泣きながら微笑んだ。
と、入口の方から声が聞こえてきた。
「お、あれシルフじゃね?」
「あ、ホントだ」
入口を見てみると、確かに半透明なシルフがこちらに向かってきた。
シルフは本来人サイズの少女姿の妖精で、羽はトンボのような存在が多いが、このシルフは蝶のような羽根に30センチほどの身体をしていた。そしてシルフは半透明から実体をハッキリ見えるように自由に変えられる。ここまで透明に近いのに、皆が見えているということは、さすが近衛兵団といったところか。
シルフはオレの前まで来て一礼をした。
「お楽しみのところ申し訳ありません。姿は極力消したつもりですが、これだけの人に見つかってしまうとは…」
「うちの軍の最精鋭ぞろいだからな」
「恐れ入りました」
「それでどうした?」
「はい。我がエルフの女王であるサモナリア様よりお願いの儀がございます」
「ん?」
「はい。ロンバルド様より伺ったマナの存在が現れまして、エルフの国は危機に瀕しております」
「なに?マナ?どのマナだ?」
「風にございます」
「姿は?」
「エルフと魔族を大量に取り込んだらしく、エルフの姿をしており、行動は残忍。サモナリア様の魔力も全く手が届きません」
「それで?和平交渉で反旗を翻したエルフとドワーフがオレの力を借りたいってのかい?」
「それを仰られたら言葉もないのですが…」
「冗談だよ。共にあの日々を戦った仲間を無下にはしない」
「そ、それでは!」
「ああ、助けてやるよ。風のマナにどこまで出来るか分からんがな」
「ありがとうございます!」
「ところで…シルフは感情がないと聞いたが、おまえさんは随分感情があるのだな」
「あ、それは私が女王直属の使役精霊だからでございます」
「へー。とりあえず、行動は昼くらいからで良いか?頑張った兵士に、慰労くらいはしたい」
「了解致しました。それではお昼頃、お迎えに向かいます」
「それじゃ、了解した。明日よろしく」
シルフはすーっと消えていった。
「聞いたか、おまえら?ちょっとややこしい事になった」
そして一同に目を合わせ、聞いた。
「かなりの強敵を相手にすることになりそうだ!付き合う心意気のあるものはいるか?」
「陛下!兵士は戦ってなんぼでしょう!みな当然行きますよ!」
兵士たちは互いの顔を見合って、そうだそうだと頷いている。
「心から感謝する!それで、同時にこの母娘とフーディンをロンズガナに届けてもらいたいんだが…20名じゃ足りないか?」
「充分ですよ、陛下」
ハーベストが話しかけてくる。
「我ら一騎当千の近衛兵。そんなお使い程度の任務なら充分です」
ハーベストがまたニカッと笑った。
「よーし!場がシラケた!呑むぞー!食うぞー!」
近衛兵たちから、おー!と歓声が上がった。
オレはひとり外に空気を吸いに行ったフリをして、少し試して見た。
〈カルラ?カルラ聞こえるか?〉
〈はいぃ、ご主人様ぁー〉
〈やっぱ繋がっていたか〉
〈ふたりはいつでも一緒です〜〉
〈それはさておき、ちょっと聞きたいんだが、おまえ、他のマナと戦えるか?〉
〈それがご命令ならば〜〉
〈ならばニンフェルの銀龍亭に明日の昼までに来れるか?〉
〈余裕ですよ〜〉
〈じゃあスマンが頼む。ちとめんどくさい事になった〉
〈分かりました〜。お礼はベッドでですね〜〉
〈せんわ!とにかく頼んだぞ〉
〈はい〜〉
一先ず一安心だ。同じマナ同士、遅れを取る事は無いだろう。…あー、でもあれか。エルフに魔族という戦いに卓越したものを食ったマナが、たかが人間の美のみを食らったマナに勝てるとも思えなくなってきた。
うーん。ちとマズイかな?とりあえず…呑むか。迷ったらその時考えればいい。オレは宴会場へ戻った。
さすがに出来上がっている者もちらほら見えたが、変に絡んで来る者はいない。上がしっかりしているのだろう。ロスに爪の垢を飲ませてやりたい。
と、思ったのも束の間、急に腕相撲が始まった。確か、最初はどちらが強いとか何とか。
まぁ、平和的な解決法だろう。
オレが王になるまでは、酒場をグシャグシャにして、ケンカをするのが常道になっていた。俺が平和的な解決を望んで出した案だったんだが、これがロンズガナに広まり、アーヴァンハイム領内へと広がった。今ではケンカで済まそうとする連中を、蛮族扱いするような風潮になっている。
あ、腕の細い方が買った。
何故だろう。腕相撲は、一定以上の力になると、細くてスタミナのある方が勝つ。やはり膨らみきった筋肉では、勝てないのかもしれない。
「次だ!次はどうした?」
そしてこうして最強が現れるまで終わらない。
そこで優男たるハーベストが名乗り出た。おいおい、さすがにそれは無謀じゃないか?
そうは思ったものの、なんとハーベストくん、相手を瞬殺。…こいつ、強いぞ?ハーベストはそれから何人もの挑戦者を倒して、ニカッと笑った。
「陛下、一手御指南願いたい 」
結果、こうなるか。腕相撲に一手指南も無いもんだがこれは断るわけにいかない。
「しょーがねぇなぁ」
「それでは…」
最初に負けたヤツがレフェリーになっているのに軽くウケた。
「レディ…GO!」
なんだ、コイツ。強い?瞬間気を抜いたのを取り除いたとしても強い。
明らかにロスよりも強い。
オレは少しムキになり、思わず本気を出してしまった。その結果、タルは割れ、ハーベストの腕は、床に倒れた。
「さすが陛下!」
だの、
「まさか!ハーベスト殿が負けた?」
だの観客から聞こえたが、コイツの強さは異常だ。半端な鍛え方ではない。何とか無理やり勝ったが、危なかった…気がした。
「ハーベスト、おまえめちゃくちゃ強いな!」
「床にまでめり込まれて、その感想は惨めですね」
腕をさすりながらハーベストは言う。
「いや、マジ強かったぞ?最初気を抜いてたから負けると思ったんで、本気を出した。諦めが悪いのだけは得意なんだ」
「参りました。完敗です」
オレはふと、母娘の方を見て見た。妹の方が船を漕ぎ出している。
「じゃあ、オレとクレアの母娘は寝ることにするぜ。ガルフレットはどうする?」
「わしもそろそろ引き上げるかの」
「OK。まぁ散々呑んで、明日の昼に遅れるなよ?」
「はい!」
オレは一足先に撤退することにした。
サモナリア
昨日はあまり呑まなかったので、随分と早く起きた。
が、ロンズガナへ出発する20人は、すでに起きて準備を始めていた。オレは近づいていった。
「おはよう。早いな」
「あ、陛下!おはようございます!」
「あまり呑めなかったろう?悪いな」
「いえ、充分頂きました。我々は兵団の中では切り込み隊にあたる任務が多いので」
「そうかそうか。歴戦の雄の中の、さらに雄か。頼もしいな」
「恐れ入ります」
「お、母娘が来たみたいだぜ」
クレアの母娘が小走りにやってきた。
「申し訳ありません!出発の時間を聞き忘れていましたので…」
「お気になさらずに。久々に安眠できたのでしょう?準備はお済みですか?」
「はい!もう支度は済んでおります」
「ではそろそろ出発しましょうか?おい!フーディンを連れてこい」
「はっ」
しばらくして、両手を後ろ手に縛られ、猿ぐつわをはめられたフーディンがやってきた。
「万が一にも大丈夫だろうが、フーディンには近寄らないようにな」
「は、はい!」
オレは母娘に念を押しておいた。
一行を見送ってから、オレは素振りでも…とは思ったものの、下手にカタナブレードなど振ろうものなら、近場の建物が簡単に崩れ去ってしまう。
と、オレは肝心のことに気がついた。カルマは普段宮中内で大人しくしているが、普段の格好は下着のような、あのセパレートというか、ツーピースのみだ。まさかアイツ…あのまま来るんじゃ…
有り得る!オレは開いてきた露店を探し回り、魔法具屋を見つけ出した。まずは腰布。火の属性を持つものでないと、戦闘ですぐに燃え尽きるだろう。あと、外套だ。これまた火の属性持ちでないと意味が無い。オレはまた聞きまた聞きして、色々店を回ったが、外套しかなかった。 もうこりゃこれで隠しきってもらわなければならない。
〈カルラ、今どこら辺だ?〉
〈あ、陛下おはようございます〜〉
〈おはよう。で、今どこら辺だ?〉
〈まだお城ですが〜?〉
〈え?待ち合わせは昼だぞ?〉
〈何なら今から伺いますが〜?〉
〈え?〉
ゴーォォーと言う轟音の後に、すぐ目の前にカルラがやってきた。
「え?秒?」
「陛下をお待たせはしませんよぅ」
「おまえ凄いな」
「てへ」
「と、案の定その服か。その上にこれを着てくれ」
外套を渡す。
「えー、暑そうです〜」
「腰布は持ってないのか?探しても火の属性のは売っていなかった」
「えーっとぉ、この道の突き当たりを右に3軒目の店で売ってますよ〜」
「そんなのまで分かるのか?」
「陛下だって、村正さんを見つけた時は、呼ばれた気がしたんじゃありませんかぁ?」
「ま、まぁそうだな」
「それと同じです〜。そういった感覚を生まれ持っているのです〜」
「そんなもんか…んじゃ、行ってみるか」
カルラの言っていた店にいってみたが、これはジプシー専門店で、目のやり場にかなり困った。
「あー、適当に火の魔力を持った腰巻買ってきてくれ」
「これは〜プレゼントですかぁ?」
「あ、まぁそうなるな」
「陛下からのプレゼント〜。嬉しいなぁ〜」
「何でも良いから買ってきてくれ」
さすがにここで立ちっぱなしは恥ずかしい。
「陛下〜。これにします〜」
「そうか、決まったか!ってぇー!?」
カルラは自信ありげにくるっと一回りして見せる。
「見えてる見えてる!短い短い!もっと長いのはなかったのか?」
「ありませんでしたぁ」
「ホントかよ。むしろ長い物の方が多かった気が…」
「似合いませんかぁ?」
「いや、似合ってる。似合ってるだけにマズイのだが」
「ふぇ?」
「まぁいい。普段は外套で隠しててくれよ?うちは男所帯なんだからな」
「えー?嫉妬してくださるのですか〜?」
「違うわ!」
「安心してください。私は陛下だけの物ですから〜」
「まあいい。そろそろみんな起きる頃だ。飯にしよう」
「は〜い」
昨日と同じ酒屋で集まった兵士たち30人に、大雑把にカルラを紹介した。
「第2夫人のカルラだ。こいつは特殊な魔法が使えるので呼んだ。余計な質問はするな」
そこで、
「皆さんよろしくお願いしますね〜」
いきなりカルラは外套のフードを脱いだ。
兵士たちが、おぉー!と歓声を上げている。
ハーベストが、陛下は面食いですね。と呟いてニカッと笑った。
ここで、あ、こいつマナだからとバラしたくなったが、さすがに黙ってておいた。
「知らぬとは恐ろしいことじゃの」
ガルフレットがボソッと呟いた。
皆がたらふく食った頃、昨日のシルフがやってきた。
「皆さん準備はよろしいですか?」
「おう!もういつでもいいぜ?」
「それでは、我らの国、ウィンディアにご案内致します」
シルフは俺たちをイーストフォレストの国境に連れていった。ここから先の森は、エルフ、ドワーフ、魔族の領内に入る。
「それでは、精霊の道を開きます」
シルフがそう宣言すると、目の前の空間が歪み、虹を反射するガラスのような森が開けてきた。
兵士たちは、一様に感嘆のため息をもらした。
「なぁハーベスト。おまえらマナの事伝えに行った時、ウィンディアに行かなかったのか?」
「え、えぇ。森の奥深くで、半透明のサモナリア殿にお伝えしたのみです」
「そっか。まぁそれだけ今は、緊急時ってことなのかもな」
オレたちはシルフの後に続きながら話していた。
「それにしても凄いですね。美しい、という言葉でくくれないほど素晴らしい」
「オレも最初にここ通ったときは感動したぜ」
「誰にも手を触れられていない原初の森ですからね。ですから葉っぱ1枚も持ち帰らないでくださいね」
近衛兵たちは、さすがにこの森に触れようとはしなかった。
「ロスと来た時は、あいつこっそり小枝持ち帰ろうとして、大問題になったもんだよな」
オレはガルフレットに笑いかけた。
「それでロスはしばらく出禁になったからの」
「ロストネット殿らしい」
ハーベストもつられて笑った。
「そろそろ到着します」
「え?もうですか?」
「はい。この森の中では、距離と時間の概念がありませんので」
と、いきなり森が開けた。そこには何十人ものエルフたちが、それぞれ思うように樹木の上でくつろいでいた。
その最奥部。1番大きな樹木のうろのなかで、女王は葉っぱで作られたソファにもたれ、オレたちが来るのを待っていた。
「よぅ、久しぶりだな、サモ」
「その間抜けな略し方は止めよというておろうに」
うろが開き、サモナリアが出てきた。
近衛兵たちは、その美貌に声を失っていた。
「久しぶりだの、ロック」
「ああ、調子はどうだい?」
「最悪じゃ。あのマナと言うのはなんなのじゃ?…て、その娘ー!マナではないのか!?」
兵士一同がざわめく。
「あーあ、バラシやがった」
「なんてものを連れておる!?」
「オレの第2夫人だ」
「正気かお主!」
「やむにやまれぬ理由があってな。まぁ、こいつに害はないから安心してくれ」
「サモさん初めまして〜」
「略すでない!」
「それで、気になっていたんだが、カルラ。おまえ核あるだろ」
「はい、ありますよ〜」
「やっぱりか。人格を植え込む時に取り込んだ生物が、まとまり、核になったんだろうな」
「では、そこを狙えば良いのか?」
「難しいと思いますよ〜」
「何故じゃ?」
「私たちマナは、核の位置はいつでも変えられますし〜、身体の中は、それぞれの属性のマナが渦巻いている状態ですから〜」
するとカルラは兵士に向かってこう言った。
「どなたか〜いらない短剣をお持ちの方いらっしゃいますか〜?」
兵士の中の一人が、これで宜しければとダガーを渡す。
「ではいきますよ〜」
カルラは外套をはだけさせた。兵士たちがその豊満な胸と露骨な薄着に見とれている中で、カルラは胸にえい、とダガーを突き刺した。
「カルラ!?」
オレは思わず声を上げた。
「陛下、心配してくださるんですか〜?」
カルラは嬉しそうに言う。そして
「ほら、大丈夫ですよ〜」
カルラが差し出したダガーを見ると、刺した部分が見事に溶けてなくなっていた。
「なんなんだ、そりゃ?無敵じゃないか」
「いや、風魔法や魔力を付与された剣ならどうじゃ?」
「確かに〜。魔力を持った剣や、風属性の風切り魔法なら斬れますよ〜?ただし、核を見つけて斬らないと〜すぐに回復されて、猛反撃を受けると思いますが〜」
方法がない訳では無い。が、極力避けたい。オレはサモナリアに聞いてみた。
「ここは無事ってことは、風のマナはここには入って来れないってことだろ?」
「今はまだな。しかし、我らエルフも狩りや採集をせねば生きていけぬ」
「そうだよなぁ…ドワーフはどうしてる?」
「あぁ、お主は知らんのか。ドワーフはほとんどが武具の職人として、魔王に奴隷の身として囚われておる」
「なに?ゴランドのオヤっさんもか?」
「ほぼ全員じゃ」
「おいおい、そっちの方が大事じゃねーか」
「うむ。今にして思えば、お主の和平交渉に同意しておいた方が良かったのかもしれぬな」
「今度交渉してみてやろうか?」
「ナニ!?今さら可能なのか?」
「とても善人とは言えねーけど、契約さえ守れば、話の通じないヤツじゃないぜ?」
「そうなのか?」
「ああ。オレとしては人間同士の裏切りの方が怖いね。反乱とかな」
「そういうものか…」
「そういうものさ。さて、オレたちをその風のマナのよく出る地帯まで送ってくれ。できるだろ?」
「そ、それは可能じゃが、お主らそんな少人数で行く気か?」
「ま、何とかなるだろ」
「何ならエルフ側から人手を出そうと思っておったのだが?」
「随分風に食われたんだろ?ここにいるのがほぼエルフ全員じゃないか?」
「…そうじゃな」
「仇は打ってきてやるよ。ただ、風の気配がなくなったら、オレたちを迎えに来てくれよ?勝ったのに野垂れ死になんてシャレにならねぇ」
「それは約束しよう」
「んじゃ、頼むぜ」
「リムピー」
「はい、こちらに」
リムピーと呼ばれたのは、オレたちをここまで案内してきたシルフだった。
「この者たちを風のマナとの境界線に」
「はい。分かりました。皆さんこちらへ」
オレたちは、リムピーの後に着いていこうとした。と、サモナリアが声をかけてきた。
「ロック」
「ん?」
「すまぬな」
オレは背を向けながら、手を振って応えた。
また、オレたちは精霊の道に入っていった。
「なぁ、リムピー」
「はい?」
「お前リムピーなんて名前持ってたんだな」
「はい」
「名前も聞かないで、悪かったなリムピー」
「いえ」
「立派な名前じゃないかリムピー」
「……」
「どうしたリムピー」
「…バカにしてますね?」
「そんなことはないぞ、リムピー?」
「止めてください」
「どうしてだ、リムピー?」
「わたしだって嫌なんですよ!フェアリーやピクシーじゃあるまいし!」
「可愛いと思うぞ、リムピー」
「あー!もう!着きますよ!」
「お、早いな」
「近道を通りましたからね」
「そかそか。悪かったなリムピー」
「もういいです!ご武運を!」
「あいよ、サンキュー」
オレたちは薄暗く、風の強い森の中へ通された。
「さあ、ここからは持久戦だ。各々テントの準備が終わったら、集まってくれ」
「はっ!」
兵士たちの声が一斉に応える。
ガルフレットがこそっと声をかけてくる。
「で?策はあるのか?」
「一応な」
「カルラ、お前と風ならどっちが勝つ?」
「勝敗がつかないか〜私が負けますね〜」
「やっぱりか…入れられた人数や、種類によるってことだな」
「たぶんその通りです〜」
「仕方ないか。カルラ、最初は風を引き付けてくれ」
「分かりました〜」
「わしはどうする?メテオでもかますか?」
「いや、それ森の中で1番やっちゃならんことだろ。ガルフレットは、オレが合図したら、サイクロンをオレにかけてくれ」
「分かった」
「お、そろそろ集まってきたな」
一通り集まるのを待って、オレは作戦…とも言えない伝達を伝えた。
「まずはこの火のカルラが風を引き付ける。その時、たぶん…どちらにしろ無理だろうが、手を出さずに見守っていてくれ。オレは、その間一閃で風の様子を見る。くれぐれも巻き込まれないように。そして、オレが合図をしたら、ガルフレットと一緒に、オレに風属性の補助魔法をかけてくれ」
「はっ!」
という兵士一同の声と、
「な!?」
というガルフレットとハーベストの声が重なる。
オレは目配せで、ガルフレットとハーベストに何も言うなと伝えた。
「作戦は以上だ。後はオレが何とかする。野営の準備を始めろ。以上!」
各々が準備を始める中、案の定ガルフレットとハーベストがオレに詰め寄って来た。
ガルフレットの
「何を考えておる!?」
と、ハーベストの
「何を考えているのですか!?」
が途中まで綺麗にハモる。
「何が?」
あえてアホの子のように訪ね返してみる。
「何が?じゃないわい!補助魔法の重ねがけなんぞ、タブー中のタブーじゃ!」
「そうです!そんなことをしたら、どれだけお身体に負担がかかるか!」
「負担どころか、確実に数年は寿命が縮むわい!」
「んー。良いんじゃね?他に方法思いつかねーもん」
「だからといって…」
「ロック。お主が一閃をしている時、わしも風呪文のウィンドカッターで核を狙うからな」
「私も、遠当てならできます。微力ながら、核を狙わせて頂きます」
「おー、そりゃいい。それで倒せるなら話が早い。が…」
オレは真面目な顔に戻った。
「オレが合図をしたら、必ず補助魔法をかけること。いいな?」
「分かり、ました」
「やれやれじゃ」
2人とも、渋々といった状態だが頷いた。
野営2日目。幸いなことに、ここは狩りに向いており、ジビエに山菜だけでなく、途中流れている川では魚も採れた。
酒が呑めないのだけが残念だったが、生活に困ることはなかった。
そんな2日目。兵士の中の5人組が、捕らえた猪で鍋を作っていたときだった。
匂いに釣られたのか、7匹のオーガが現れた。モンスターとしては、初級の上ランクだろうか。とにかく力の強いゴブリンといったところだが、武器、魔法は通じるし、とにかく頭が悪いことで有名なモンスターだった。
兵士たちはむろん恐れることなく戦おうとした。しかし、ガルフレットがそれを制した。
ガルフレットは猪鍋をつかむと、わざとギリギリ追いつかれるかどうかの距離で逃げていった。そしてオレや兵士が呆気に取られている間に、レビテーションを唱える声が聞こえ、オーガの群れが軒並み消えていった。
心配して覗きに行くと、崖の上にガルフレットが浮かんでいた。
「オーガなぞ、まともに相手するだけ無駄じゃわい」
オーガの断末魔を背景に、オレたちは爆笑した。
5日目。それは唐突に来た。最初に気づいたのはガルフレット、オレ、ハーベストの順だろうか。一陣の風の後に、カルラのように隠そうともしない強力な魔力の塊。男のエルフの容姿に、魔族の気配。
「なんだ。エルフではないのか」
幾種類もの声が重なって聞こえた。
「カルラ!行けるか!?」
「はい〜」
カルラも抑えていた魔力を解放させる。熱風がオレたちを取り巻いた。風とカルラは宙に舞った。カルラが先に仕掛ける。
カルラはボールを投げるように、炎を風に投げつけた。風は腕を伸ばすと、炎を弾けさせる。一見すると、ファイアボールのようだが、その一撃一撃が、メテオクラスだ。もしかして、カルラ、オレより強いんじゃ…ふとそんなことを考えた。いや、そんな場合じゃない。風も真空を生む手刀をカルラに叩き込む。それをカルラが炎で弾く。高速の生命のやり取り。
オレは急ぎ、
「冥府の地に宿りし風のマナよ、我が命により刀身に宿れ!ウィンドブレード!巨刀、村正…第一閃!」
剣圧は、風を1太刀で切り裂いた。が、すぐに元に戻った。
「冥府の地に宿りし風のマナよ、我が命により敵を切り裂け、ウィンドカッター!」
「冥府の地に宿りし風のマナよ、我が命により刀身に宿れ!ウィンドブレード!」
ガルフレットとハーベストも仕掛ける。そして裂ける。が、核には当たらない。
「第一閃!」
「ウィンドカッター!」
「ウィンドブレード!」
矢継ぎ早に風に刃を叩き込む。すると、風は防御に魔力を使い始めた。
イける!?
カルラが拳に炎を込め、攻撃をし始める。
拳があたった箇所は、消し炭と化していったが、すぐに再生する。
しかし、オレが放った一閃に、風がカルラを盾にした。
マズイ!
一閃はカルラの左肩から脇腹までを切り裂く。カルラの左腕が飛んでいく。
カルラが空から落ちてくる。
「カルラ!」
オレは思わず叫んだ
「おまえら!オレに風の補助魔法を!」
「冥府の地に宿りし風のマナよ、我が命によりこの者の刀身に宿れ!サイクロンブレード!」
「冥府の地に宿りし風のマナよ、我が命によりこの者の刀身に宿れ!ウィンドブレード!」
「この地に宿りし風のマナよ、我が祈りにより、この者に風なる力を与えん!エンチャントウェポン」
各々が、各々の最高の風の補助魔法を俺に流してくる。
凄まじい魔力だ。
あ、鼻血だ。
目が赤く染っていく。血涙だ。
でも、これで最後だ。
行くぞ!
「村正斬撃、散!」
風を纏いし村正が、凄まじい速度で風を切り刻む。それこそ数センチ幅で。
右ふくらはぎに、硬い物体があった。これが核だ。その核を細かく砕いた後、風は複数の怨嗟の声を上げて、灰塵に決した。
確認もせずに、オレはカルラの元へ急いだ。
カルラの傷は、復活もせずに、ただ血を流し続けた。
オレはカルラを抱きかかえた。
「カルラ!カルラ!?核に当たったのか?」
「へ…陛下…」
「おう!オレだ!ここにいる!」
「ご無茶をなされたのですね…」
「すまない!オレが迷っていたばかりに」
何故だろう。涙が止まらない。たった数ヶ月一緒にいただけなのに。
その明るさは、常に周りの中心にいた。カルラの明るさで、どれだけ癒されたことだろう。救われたことだろう。
「死なないでくれ!カルラ!」
「陛下…もう限界です。口づけをしてもらえませんか?」
カルラが吐血しながら言う。
「ああ!分かった!だから死ぬな!!」
オレは、思うままにカルラに口付けをした。
カルラは、
「あぁ、カルラは幸せ者です。愛する陛下に、ここまでしてもらえて」
「カルラ?」
「ではもう少しだけ」
両腕でしがみつきながら、オレを求めてくる。
(…待て。両腕?)
「待てカルラ?」
オレは一旦カルラを引き離す。
「あぁ、もっと…」
「おまえ、左腕は?」
「生えますよ〜」
「今まで何をしていた?」
「思い出作りを〜」
「血とか吐いたり、傷口からドパドパ出てたじゃん」
「そりゃ腕を切り落とされれば痛いですよ〜」
「それじゃ何か?おまえはオレとキスしたいばかりにオレを騙したのか?痛い思いしてまで?」
「はーい〜」
オレは魔力のこもっていない拳を、カルマに当てた。
「痛!…くない」
オレはカルラに背を向けると肩を震わせながら、こう言った。
「二度と、するな」
泣いている。大抵の者はそう思うだろう。だが真実は、怒りに震えていた。まーたコイツにしてやられた!と。
「へ、陛下!申し訳ありません!こんなに私のことを思ってくれていたなんて〜!」
「もういい。帰るぞ」
これで、しばらくカルラは自責の念で大人しくするだろう。
帰路
帰り道、精霊の道を通り、ウィンディアを通ると、サモがオレを見て息を飲んだ。
「お主、寿命を削ったのか…」
「たまたまな」
「お主ら、ここで傷が癒えるまでゆっくり養生するといい」
「大丈夫だよ、サモ。オレ以外にケガ人はいない。そしてオレも大した傷じゃない」
「何を言っておる!お主、ケガはなくとも、内面はズタズタじゃぞ?」
「なあに。酒でも呑めばすぐに治るさ」
「治るかバカもの!」
「ま、オレは早く帰りたいんだよ。オレの城にな」
「かー、この頑固者めが!ジャスパー!」
「はい。ここに」
「この森にある世界樹の葉を1枚残らず持ってこい」
「ぜ、全部でございますか!?」
「そうじゃ。全部じゃ」
「しかしそうなると、この森の魔力がほぼなくなりますが…」
「魔力など、我らが全力を注げばどうとでもなる。さあ、早う!恩人の前で恥をかかせるな!」
「はい、ただいま!」
「なあ、サモ?オレ別にそんなのいらねーぞ?」
「えぇい、黙れ!死にかけた者をも回復させると言われる超貴重な回復薬じゃ。有難く持っていくと良い」
「そんな貴重な物なら、なおさらもらえねーよ」
「良いのじゃロック。我らエルフの恩人よ。恩は忘れはせぬぞ」
「そうか。んじゃ、ありがたく使わせてもらうぜ?」
集まった世界樹の葉は200枚以上にもなった。
さすがにこんなにはもらえねーよ、と言おうと思ったが、黙って持っていけと言われそうなんで黙っておいた。
サモたちエルフに見送られて帰ることにしたが、カルラは一緒に帰ると言い、先に城に帰れと言うのに聞かなかった。秒で帰れるだろうに。まあそれだけ反省しているという事だろう。しばらくはこれでいい。
初めて飲んだ世界樹の葉は…死ぬほど不味かった。アロエの30倍くらい。青汁の20倍くらい。
サモには悪いと思ったが、こりゃ飲めねぇ。と、その日飲まなかったら、寝ている間にカルラに口移しで飲まされた。熟睡しているときに、あのクソ苦いのを飲まされ、オレは飛び起きた。
「カルラ〜」
「お叱りは承知の上です〜」
カルラは涙ぐんでいた。
待てよ?カルラが口移しで飲ませたということは、この味をカルラも味わったことになる。
「カルラ…これ不味くなかったか?」
「すんごく不味かったです〜」
ただ、その涙は不味さのせいではないようだ。
「そ、そうか。明日からはきちんと飲むよ。ありがとうな」
次の日から、オレはしばらく熱を出してしまった。ただ、身体が回復してきているような発熱だった。カルラがせかせかと介護をしてくれる。
城に着く頃には、大分回復していた。
「ロック!」
「陛下!」
フィリス、ライズが慌てて出迎えた。どうやら2弾目として送られたエンジュ辺りが情報を届けたらしい。
〈余計なまねを…〉
ふと思いながら、アレクを見る。アレクはそっぽを向いていた。あの野郎…。とにかく、安定はして来たものの、5日の長旅と微熱でふらつき、フィリスの胸元に、よろめいて倒れた。
「あぁ、ごめん」
フィリスはそれを優しく受け止めた。
「ごめんじゃないよ。大丈夫なの?」
途中世界樹の葉を飲みまくったことを告げたら、少し安心したようだ。
「でも5日も世界樹の葉を飲み続けても、この状態って、何をしたらこんなになるの?」
「魔王用の取っておきを使ったらこうなった」
「なんて無茶をしたの!?」
「どゆこと?」
「世界樹の葉はね?内側の傷は、大抵1枚飲めば治るの。それが5日も発熱して、薬飲みながらで治らないなんて…」
「あれだ。二日酔いの時に、迎え酒をしまくるようなもんだな」
「うん。訳分からないけど」
「とにかく休んでください陛下。身体中のマナがボロボロです」
ライズが怯えながら訴えかける。
そういえば、ライズの両親はどうしたんだろ…。そんな事が頭を過り、オレは気を失った。
「苦ぇー!!」
またカルラかと思ったら、フィリスだった。
「そうね。これは苦いわ」
「お、おまえらコレ平気なのか?」
「おまえ、ら?」
あ、いけね。こりゃ怒られる。
「い、いや、エルフの女王が平気で食ってたんでな?」
「ふーん…。でも、普通の味覚持ってる人なら、口にしたくはないわね」
「な、なら起こすなり鼻つまんでコップを口に流し込むなりなんなりすりゃ良いだろ?」
「バカなの?」
「え?なにが?」
「大切な人が苦しんでるのよ?少しでも分かち合おうとするのが本当の愛情ってもんでしょ?」
「そんなもんか?」
「そんなものよ?」
カルラもそうなんだろうか…
「とりあえず…エール酒かミルクある?」
「お酒は当分禁止。ミルクならあるわよ」
「お、サンキュー!…て、先に飲めよ」
「私はいいわ」
「だって苦いだろ」
「あなたが苦しんだ数万分の一でも味わいたいのよ」
「…飲みづらいんだが?」
「お気になさらず」
「そうか?」
オレは一気にガブガブ飲んだ。
「ぷはぁー!気持ち悪かった!」
「それは良かったわ」
結局は昨夜あれからすぐにオチて、翌日目を覚ました時に、大事なことを思い出した。
フーディン
アイツの処罰をまだ行っていなかった。
オレは起きてすぐ、ガルフレットに準備をさせ、クレアを呼び出した。
クレアは諦めというか悟りと言うか、全てを受け入れるような、まっすぐな目をして玉座の間にやってきた。
「クレア。処罰を引き伸ばしてしまって悪かったな」
「いえ。陛下が重症とのお話を伺い、ただ心配しておりました」
「それで、おまえの処罰なんだが…」
「まずは母と妹をお救い下さったこと、心よりお礼を申し上げます。もはや未練はありません。処罰はいかようにも」
「うむ。いい心がけだ。それではクレアによるライズ毒殺未遂の判決を言い渡す」
クレアがこうべを垂れた。
「クレアよ。おまえの行った犯行は、とても許されるものではない。しかし、人質を取られ、契約の魔術までかけられての犯行ということで、主犯、フーディンをその手で処刑することで不問とすることにする」
クレアが勢いよく顔を上げる。
「へ、陛下。それで許していただけるのですか?」
「ムリか?」
「余裕です!」
「そうか。ではどうする?断頭台での殺害でもいいが、セバスから受けた技術を持っているのならば、ダガーが得意だろう?」
「はい。その通りでございます」
「さらにどうする?両手を縛り、猿ぐつわを噛ませた状態で処刑にするか?それでおまえの気は晴れるか?」
「いいえ陛下。フーディンを拘束しているものをすべて外し、命がけの勝負といった形で責任を取らせていただければ、と思います」
「よく言った!いくら被害者との立場であるとはいえ、オレは一方的な虐殺は好まねぇ。もちろん自信はあるよな?」
「はい。必ずやフーディンに処罰を下すこと、お約束致します」
「よし!では日時は5日後にウエストエンドとの国境の闘技場にて」
「はい!ありがとうございます!」
「それでは解散!」
「はい!失礼致します!」
クレアが立ち去り、いなくなったあとでガルフレットに聞いてみた。
「ぬるかったかな、ガルフレット?」
「いや、上出来じゃろ。終わってしまえば何の遺恨も残らんだろうて」
「ライズ」
オレは王妃座席の方の閉じたカーテンに隠れさせていたライズに声をかけた。
「はい」
「この判決は、甘いと思うか?」
「いいえ。最良の判決かと思います」
「では勝負も一緒に見に来るか?」
「ぜひ!魔法使いが暗殺者とどう戦うのか興味があります」
「偉いぞ!ライズ!記憶、思い出のすべてを力に変えろ。おまえはガルフレットより強くなるかもしれん」
「そ、それはさすがに」
「いや、可能性はあるぞ?わしが14の頃なぞまともに本も読めんかったからな」
「そ、そうなのですか!?」
「続く内乱の中、師に出逢い生を長らえたが、学ぶことも必死での。人類、さらにはエルフ、ドワーフらと団結して同じ敵に立ち向かうなぞ、考えられもしなかったわい」
「そうなのですか…」
「ライズ」
オレはここぞとばかりにライズに聞いてみた。
「答えたくなかったら良いんだが、おまえの両親は息災か?」
「いえ…私が5つの時に魔物に襲われて…」
「そうか。ライズ。おまえはオレを恨んでいるか?」
尋ねると、ライズはキョトンとした顔で
「私が陛下を?何故ですか?」
「え?だってチャンスだったのを、勝手に和平交渉とかしちゃったし」
「あ、いえ、それは。当時のことは、本で読むのみでしたが、例えあの場で魔王を殺しても、低級魔族やモンスターは山ほどいたはずです。それに比べて全世界軍の兵士は選り抜きとはいえたったの3万2千。もし魔王が死んだとしたら、制御の効かなくなった魔族やモンスターによって、全世界は破滅していたでしょう。陛下のご英断、お見事としか申せません」
「結果的にはな」
「え?」
「結果だけだ。良かったのは。俺はそんな対した器の男じゃない」
理由を聞こうかどうか迷っていたライズだったが、結局聞かないことにしたらしい。
オレは、この子がホントに賢い子で心底助かったと思った。
「さあ、それでは旅支度を始めるとしようか」
「はい!」
編成は、ロンバルト公にまた頼み、前回とは別の兵士50人とハーベストではない違う100人隊長を頼んだ。もちろん前回のメンツに不満があった訳ではない。どういう兵士で近衛兵たちが成り立っているのか、そして1番大切なのは、どういう100人隊長が指揮を取っているのかを、知識ではなく実感で知っておくためだ。
今回任務を引き受けてくれた100人隊長は、ビスマルクという、妙にイカつい男だった。軍国主義…とまではいかないが、軍人とはこうあるべき、という考えを持っているような印象を受けた。
ちなみに隠密には、前回同様シオン、エンジュ、ヒイラギに頼むことにした。隠密に関しては、絶対に失敗が許されない。1度コイツらは大丈夫、と思ったら、とことん信用して起用し続ける。
それも、アレクが絶対的に信用できる人物だからだ。
まぁ、とにかく準備は整った。
オレたちは出発した。
フーディンには今、猿ぐつわを噛ませていなかった。いくら罵詈雑言や呪いの言葉を吐いたところで気にする兵士たちではないし、それこそとち狂って魔法なぞ唱えるようなら、即殺せと命じてある。ちなみに、今回の勝負で勝てば、ドレイとして使ってやると伝えておいた。どうやらフーディンはそれに期待しているようだ。まぁ大抵の金持ちたちは、ドレイなんて!と思うだろうが、うちの国では、大罪人しかドレイにならない。それでもまだ、生きてやり直したいという誠意が汲み取れた時、持ち主である貴族の連中が、OKを出して、解放するのだ。早ければ1年で自由を手にする者もいる。自信が無いのは、おそらく自分が扱っていたドレイに過酷な環境を押し付けていたからだろう。
なんて名前だったっけ?ドレイになるのがイヤだって、前にオレとガルフレット暗殺者差し向けたやつ。記憶にすらない。まぁそんなもんだ。
そういえばそろそろ魔王さんとの話し合い…早めに決着をつけて戻らねば。
旅はゆっくり行ったとはいえ、4日間で辿り着いた。
ビスマルクはやはり軍人らしく、途中で狩ったジビエは、塩焼きやまとめて煮る。味はシンプル。軍人たるもの、戦の中で美食を味わうのが分からない、と言ったふうだ。とはいえ、美味く作るチームの邪魔はしない、という融通は効いていた。
闘技場…コロシアムは大戦以前の代物だった。戦時中は低級魔族と奴隷や、それ以前の魔王が現れる前には、やはり奴隷と獣の戦いを見ながら賭けをしていたらしい。
その時代時代で修繕を行っていたおかげか、さびれた様子は対してない。
そこに、ダガーを手にしたクレアと、フーディンが中心に立ち向かい、スタートの合図を待った。
Ready…go!
玉座の上に置かれた鐘が鳴る。
まず動いたのはクレアだった。元々温厚そうなクレアは、事件が起きてから、ずっと険しい表情をしていた。
「この地に宿りし風のマナよ、我が祈りにより、我が剣に更なる力を与えん!エンチャントウェポン」
クレアのダガーが緑色の光を放つ。
フーディンは、負けじとスタッフを構え、魔法を唱える。
「この地に宿りし風のマナよ、我が祈りにより敵を切り裂け!ウィンドカッター」
しかしクレアは、魔力のこもったダガーで、軽く薙ぎ払った。
「クッ!この地に宿りし土のマナよ、我が祈りによりこの者を貫け!アッシュドレイ!」
2度目の斬撃も、クレアはダガーを横薙ぎにし、霧散させた。
「こんな…ものですか?」
その瞳には、怒りも見えた。この程度の腕で、宮廷魔法使いを狙い、大切な家族まで人質に取り、暗殺を図ったのかと思うと、許せない気持ちでいっぱいになっているようだった。
「ええぃ!取っておきだ!この地に宿りし火のマナよ、我が祈りにより敵を燃やし尽くせ!ファイアウォール!」
しかしクレアはダガー一閃。火の壁をいとも容易く切り裂いた。
「これまでです」
瞬動に近い速さで、クレアはフーディンの背後に回った。そして顎を持ち上げ、広がった喉元を頸動脈ごと一薙ぎにした。
「そこまで!」
オレは試合の終わりを告げた。
「クレア、お前の勝ちだ。これにて無罪放免とする」
「は!ありがとうございます!」
「で、この後どうする?王都で側仕えを続けるか?それともイーストフォレスト辺りで臨時護衛兵でも務めるか?」
「はい。操られていたとはいえ、私は1度大罪を犯しました。その記憶は私がいる限り残るでしょう。なれば、故郷のイーストフォレストの近辺の町で、のんびり過ごしとうございます」
「そうか。さすがに罪人に金品は渡せん。大丈夫か?」
「はい。私物を徴収されないのであれば、私はセバス様に、高待遇で迎え入れて頂いておりました。その金額だけで、当面の生活には困りません」
「そうか。すまないな。何も出来なくて…」
オレが頭を下げると、クレアが即、
「おやめ下さい陛下!私、死刑も当然だと覚悟しておりました。それを生命を助けていただくどころか、復讐のチャンスまで頂きました」
そこでクレアはオレをまっすぐ見直して
「心より感謝しております。母妹まで助けていただき、誠にありがとうございました!」
「そうか。これからの人生に、幸あらんことを」
「は!失礼致します」
クレアは一瞬で姿を消した。
そのときオレは思った…クレア、馬車いらねーじゃん。と。
交渉
それから3日でロンズガナ王都に辿り着いた。フーディンや、クレアの乗り心地を気にしなくなった分、早く着いた。
あと4日で定期報告だ。何とか間に合った。
今回、オレはかなりの譲歩を求めることになる。今、魔王に気を曲げられ、攻められては世界が終わる。
大胆に。そして細心の注意を払って行わなければ。
オレは王の仕事をこなしつつ、その日を待った。
そして定期報告の日。魔眼鏡に魔王の姿が映し出された。
「それで、問題は…あったようですの?」
「風のマナのことですか?」
「左様。何故我が傑作を消滅させたのですかな?」
「友人から助けの依頼があった。それだけです」
「エルフどもですな?」
「私の友人たちを、どもで括られては困ります」
「ほほぉ、今回は気概が違いますな?」
「はい。当初の予定通り、世界の半分の残りの1部を返還願いたい」
「イーストフォレストですかな?」
「はい。そして南国の港口、シーマカリオンの解放を」
「カッカッカッ!それは大きく出ましたな。それは構いませぬが、低級魔族の手から守れますかな?」
「魔王さんの眷属や、マナレベルの者さえ来なければ大丈夫かと」
「ほうほう」
「そして願わくば、ドワーフの解放を」
「カッカッカッ!それは違う話ではないですかな?」
それは承知の上だ。ただ、オレは戦友を見捨てたくはない。
「勇者殿の領から得た奴隷ならともかく、保有権のない領地から捕らえた者ですぞ?」
「失念しておったのです。精霊満ちた樹海の中、まさか魔王さんの眷属が1種族を狩りきれるとは考えもしませんでした」
「魔族にとって、生存政略は武具によってのみです。だから金貨は全額お返ししたのでしょう?」
「それは感謝しております。しかし、やはり我が友人を見捨ててはおけません」
「ふむ。ここで断るのは容易い。しかし面白みがない…大将戦でもしますかの?」
「大将戦?」
「5対5の、団体戦ですよ。初級、中級、上級者を決めて、どうですかな?」
「初級、中級、上級者にしていただけるなら何より。しかし、地、水、空のマナを使われては困ります。…叶うわけもない」
「それでは、一体だけ組み込みして加えましょう。それなら、そちらもカルラを使えば良い」
「そ、それはしかし、美にのみ特化したウチの炎では、役不足かと…」
「勇者殿は勘違いしておられる。その内に取り込んだ人種、亜種は、本来の力の何百分の一にしか過ぎません」
「え?」
「確かに人格は差が出てきますが、元々の核が違うのです。人間や亜種ごときが強さまで左右はされません」
「マジ…誠でありますか!?」
「いかにも。中でもカルラの源たる炎は、戦闘に特化しております」
「では何故、そんな強者を、私の妾などに?」
魔王は、ここで、最も邪悪なる笑みを浮かべた。
「最大限の希望を与え、最大級の絶望を与える。…それが私の楽しみだからですよ」
!?
オレは絶句した。所詮は魔王。どんなに交流が栄えようと、オレたちは分かり合えない。
「承知した。その大将戦とやら、受けてたちましょう」
「おぉ、それはそれは」
では、メンバーの発表は近いうちに、ということで。
「はい。こちらも魔王さんに喜んで頂けるよう、配置を組みたいと思います」
「カッカッカッ!それは楽しみ。それでは」
魔眼鏡から映像が途切れた。
「さて、どーすっか…ガルフレット、魔法使いは1体1は不利だよな?」
オレは傍らに立つガルフレットに話しかけた。
「そうじゃな…呪文詠唱中は完全に無防備になるからの」
「ガルフレット、おまえだったらどーする?飛翔で唱え終わるまで逃れるか?」
「出来なくはないのぉ」
「でも、ライズはムリだよな?」
「呪文だけでいったら、かなり伸びてきてはいるがの。戦士タイプと戦うのは無理じゃ」
「そうだよなぁ…どうしたもんか」
「兵舎や学園に行ってみるか?」
「そうだな。地道に探すしかないか」
「あまり時間はないがの。探してみよう」
「じゃあ、今から行くか」
「構わんよ?行ってみよう」
こうして、俺たちは、ドワーフの命運を賭けた戦いのメンバーを探すことになった。