タイトル未定2024/11/01 14:46
魔王軍の最終防衛線、王都。闇の国の中心にある活火山。そこが魔王の待つ城、フレアゾルだった。
魔王軍の精鋭8千対、ロック軍…オレの軍隊はエルフ、ドワーフ合わせて3万2千。数字では勝っているが相手は選りすぐりの魔族部隊。デーモンにアークデーモン。魔物どころか、レッサーデーモンすらいないほどの精鋭だ。
この最深部までたどり着いた我が軍はわずか千足らず。相手の魔族は800。とても勝てる数字ではない。
だがオレは信じていた。
オレらなら…ガルフレットの極限魔法。弟子のラクスの補助魔法、エスネールの弓技に召喚魔法。
そしてロスの聖なる剣、パラディウム。さらに、死者は生き返らせられないものの、ほぼ無敵のフィリスの回復魔法。
3万2千の兵たちのおかげで、大した消耗はない。これだけ揃えばオレたちは、俺たちだけで勝てる。
それを気づいてか、残った魔族が、一斉に俺たちを狙ってくる。
「この地に宿りし風のマナよ、我が祈りにより、この者に更なる力を与えん!エンチャントウェポン」
ラクスの補助魔法が、ロスのパラディウムに光を与える。
ロスは魔族を紙のように切り裂いていく。
「冥府の地に宿りし火のマナよ、我が命により解き放たれよ、ファイアウォール!」
ガルフレットの魔法により魔族の前列が一気に蒸発する。
「古の契約によりて、我が前に具現せよ、コカトリス!」
エスネールの召喚魔法により、雄鶏の身体にドラゴンの翼、トカゲの足と尾を持つ幻獣コカトリスが現れる。コカトリスは毒息と視線により魔族十数体を石化させる。
勝てる!オレら勇者一行は魔王ととうとう対峙した。魔王は憎々しげな表情。しかし何を思いついたのか、ニヤリと笑うと小声で呪文の詠唱を唱えた。そして言った。
「どうだ?今なら世界の半分をお主にくれてやるぞ?」と。
しばらく悩んだが、オレが発した言葉は簡単だった。
「んじゃ、それで」
仲間が唖然とした目で見てくる。いや、分かってるよ?分かってますよ?
今まで死ぬほどの苦労をしてきたよね。君らがいなかったら、オレ何百回死んでたか…。
でもね?でもね?この時はこれが最良に思えたんだ。
和解?これ以上犠牲を出さずに済ませられるなら、そっちの方が良いかと…
帰り道、オレはラクスとロスの罵詈雑言を浴び続けた。エスネールも、口には出さないが、不満たらたらだ。
「いやな?世界の半分救えたら、もう充分じゃない?」
オレは言ったが、
「バカかてめぇ!どうやっても勝てた勝負だろうが!」
ロスが否定してくる。
「そうかなぁ…」
ガルフレットとフィリスは何かを察知していたらしい。オレの決断を受け入れてくれたようだ。
だが、ラクスとロスとエスネールには分かって貰えそうにない。
「ま、まぁ魔王さんと半分この領地交渉もあるし、とりあえず街に帰らなねーか?」
「いや、もうおまえとは一緒にいられねぇ。ここでさよならだ」
ロスが言う。
「悪いけど俺も」
「私も」
ラクスとエスネールも続く。
「えーっと、これから分けられた国力維持のために、君らの協力が必要なんだが…」
「知るかボケ」
手痛いロスの言葉。
「人間と魔族。そんな綺麗に仕切り分けができてると思ってるのか?」
「それをこれから最優先でやろうと…」
「何年かかると思ってるんだ?これからおまえは、世界の半数を守るために、残り半数を敵に回すんだ」
分かっていただけに、キツいお言葉。
「おい、ラクス。エスネール、行くぞ」
ラクスとエスネールは黙って従う。いきなりパーティが半分になってしまった。
「とりあえず、人口の密集している街を拠点にしよう」
オレは残ったガルフレットとフィリスに告げた。そして
「フィリス。おまえオレの事好きか?」
「え!?こんなときに何言ってるの!?」
フィリスの顔が、耳まで真っ赤になる。
「こんな時だからだよ。フィリス。これからはオレは民を守るために、国を作らなければならない。そのときに、王妃がいた方が良くないか?」
「え?そ、そんな事で王妃決めていいの?」
「今は、おまえ以外考えられない」
「ホントに?ホントに私でいいの?」
「もちろんだ。どっちかが死ぬまで一緒にいよう」
涙ぐむフィリス。
「契約の儀式でもしとくかの」
ガルフレットが、祝詞を唱える。
「ロック-フォン-アーヴィンハイム。そなたは命尽きるまで、フィリス-リギュアを愛することを違うか?」
「あぁ、違うぜ?」
「フィリス-リギュア。お主はその命尽きるまで。ロック-フォン-アーヴィンハイムを愛することを違うか?」
「は、はい!もちろんです!」
「では、誓いの蛇神を薬指に」
ガルフレットはダガーで薄く切った指先をオレとフィリスの薬指に当てた。その瞬間触れられた場所に光か宿り、何かうねる…それこそ蛇のようなものが指に刻印され、指先から心臓へと入っていった。
「これで、契約のない者と契ったら、お主ら死ぬぞ」
ガルフレットが軽く言う。
「あいよ」
「はい」
「良い心がけじゃ」
「ロック…私幸せだよ?もう、ここで死んでもいい」
「死なさねーよ?これからが大変なんだ。よろしく頼むぜ」
「うん!」
7年後
ひと月に1回の定例報告の日。
毎回この時は緊張する。
玉座の前に、1片高さ1メートル、横幅80センチほどの魔眼鏡がすえられる。
玉座の左には王妃の座。右側にはガルフレットが立っている。
ほどなく魔眼鏡に、魔王の姿が映し出される。もちろん、相手側にはオレの姿が映し出されているはずだ。
「それで、問題は無いかな?」
魔王が言う。
「それが、北のノースタルトにゴブリンの群れが、そして南のアクアラングにリザードマンの群れが押し寄せて、少々困っております」
「亜種が領地を犯すのは無知ゆえ。領地侵犯は、それぞれの判断によって、処分して構わないとの盟約ではなかったかな?」
「それはそうなのですが…」
「何なら、我が領地で好き勝手しておる元勇者殿のパーティーを、追い込んでも良いのですがな?」
思わず表情が変わる。
「いや!いやいや!それは何とかお目こぼし願いたい」
「で、あろう?」
魔王は交渉の余地はないと、ケリをつけた。
「ところで、勇者殿と、フィリス王女には、婚姻より7年も経つのに子宝が恵まれぬということ。少々私どもは心配しております」
意外なところで、攻めをくらったオレは微かに慌てる。
「蛇神の契約は済んでおりますし、この者以外を愛でる気はありませぬ故」
「ほうほう、蛇神の契約とな?それはガルフレット殿の魔術によるものですかの?」
「はい、そうです」
「なるほどなるほど。確か蛇神の盟約は…いや、ここでは言いますまい」
魔王はニヤリと笑うと、
「勇者殿、近いうちに、最高の贈り物ができそうです。楽しみにしていてくだされ」
「は、はぁ」
「それでは」
「はい」
魔眼鏡の画像が薄れ、消えていく。
「何だろう…嫌な予感がする」
「そうね」
フィリスが応える。
「何はともあれ、まずはゴブリンどもを何とかせんとな。あやつら、女とみたら見境ないからな」
「そうだな。早々に隊を組んでノースタルトに向かわせないと」
「そうじゃな。7年前の大戦で戦力をほぼ失い、今は新兵ばかりじゃからな」
「その新兵の経験のためにもここは王立軍を向かわせてーけど、相手がゴブリンじゃ行軍に時間はとれねぇ」
「そうじゃな」
「ガルフレット…飛翔で頼めねーか?」
「お主が行けと言うのなら」
「すまねぇ。ロンバルド公の近衛兵士団は、東の辺りだろうしな。オレの飛翔じゃ、陸地を走ってるのと大差ねぇ」
「構わんよ。お主の政に生命を捧げると、あの日誓ったからな」
「すまねぇ。絶対数年後には隠居生活を楽しめることを約束するぜ」
「ボケそうじゃの」
ガルフレットは笑う。
「じゃあ、オレとフィリスはアクアラングに向けて出発する」
「王都をあけて平気かの?」
「魔王に関しては問題ない。あれで契約は守るからな。ま、魔族ってのはそういうもんか」
「ふむ」
「問題は、国内の敵…反乱だな」
「そうじゃの」
「ガルフレット…ノースタルトの討伐、5日で帰って来れるか?」
「ふむ…往復で2日。討伐に3日か。ま、何とかなるじゃろ」
「ホントにすまねぇ。自分が自分でイヤになるぜ」
「なあに、お主は良い王になる。そのフォローをするのが宰相の楽しみじゃて」
その後ガルフレットはそのまま旅立ち、王立軍は準備に1日を費やした。総勢500人。少ないが、王都には800人は置いておきたい。それに、リザードマン数百匹ごときなら俺ひとりで方はつく。だが経験だ。新兵には今のうちに経験を積ませておかなければならない。
いずれはエスネールたちのレジスタンスが問題になるだろう。その時に、魔王との契約が解除されるかもしれない。ああいった別れ方だったが、アイツらは永遠の仲間だ。何があろうと守る。この世の何を犠牲にしてもだ。
王立軍の準備が整った。さあ出発しよう。未来に向けての出発を。
レジスタンス
腐食しかけた森林の中、俺、ラクス、エスネールの3人は作戦会議をしていた。
「さて、ノースタルトのゴブリンだが」
「もう駐在兵じゃ持ちこたえられんだろ」
俺の言葉にラクスが応える。
「我々の活動は、あくまで魔王領内の捨てられた村や町の奪還だが、さすがにゴブリンは放っておけぬ」
嫌悪感を隠さずにエスネールが反応する。
「ロックは何やってんだ?」
「討伐の兵の準備をしておると精霊…ジンどもは教えておる」
「間に合わねぇな」
「そうだな。どうせ4〜500の兵だろうが、着くまで最短でも5日はかかる」
「俺らが行くしかねーな」
「そうだな。兵はここにおいて、我ら3人で向かうが良かろう」
「でー!?瞬足でかよ」
俺は心底面倒くさそうに言った。足に魔力を込め、一気に相手との距離をつめる術。普通は数分持つか持たないかだが、俺らなら1日やそこらは問題ない。伊達に勇者一行はしていなかった。が、とにかくシンドい。
「そうなるな」
「俺は飛ぶぞ?」
「あ、汚ねぇ」
「魔法使いに体術を求めるな」
「王都よりは近いと言え、徒歩で2日の距離だぞ?1日で行けってか?」
「いや、半日だな」
「かー!まぢかよ!?」
「ほれ、だらだら話している訳にはいかん。行くぞ」
「ったくよー」
俺とエスネールの足元に魔力が満ちる。青白く光っていく。
瞬足が発動する。瞬間、俺たちは森の奥へと消えていった。
「さて」
ラクスはレジスタンスの部隊長の元に数日留守にするとの連絡をし、空高く舞い上がった。
わしは、夕刻にはノースタルトの手前に着地した。さすがに疲労が激しい。いかんせんこの歳だ。1晩くらいは睡眠を取らないとまともな魔力は戻らない。町へは徒歩で行き、ローブで顔を隠し、宿を取る。決戦は明け方といったところか。
とにかくは宿を。老いて魔力、魔法スキルは身についたが、体力ばかりは仕方ない。わしは己の今を嘆いた。
俺とラクスとエスネールは、深夜にはノースタルトにたどり着いた。むろん俺はヘトヘトだ。
「だぁー!キツい!」
「歳なんじゃないか?」
「280にもなろうかって婆ァに言われたくねーよ」
「なんだと?」
「待て!弓を構えるな!目がマジ!目がマジ!!」
「さて、深夜だ。ゴブリンの活動時間帯だ。早々に行動を起こそう」
「待て待て、少しくらい休ませてくれ。空飛んできたお前と違って、こちとらヘトヘトなんだ」
「エスネールは余裕なようだが?」
「森の住人のハイエルフといっしょにするな!こいつら森の根っこも平地と同じに走るんだ。神経の使い方が違うんだよ」
そのとき、ノースタルトから悲鳴が上がる。
「休んでるヒマはなさそうだの」
「あー、もう分かったよ!行けば良いんだろ?行けば!」
俺は吐き捨てるように言った。
「瞬足!」
戦場まではすぐ着いた。幸い火種はついたばかりでこれといった被害はない。俺は着いたその足で、女に襲い掛かりそうなゴブリンの背に回り、首を跳ねた。
エスネールは混乱しつつある戦場に、得意の召喚魔法を出しかねて、和弓、破魔の強弓で迎え撃っている。
「この地に宿りし風のマナよ、我が祈りにより、この勇気ある者どもに、更なる力を与えん!エンチャントウェポン」
ラクスは集まってきた駐在兵に武器の加護を与える。
ゴブリンの数はせいぜい500。普段の俺らなら大した数ではない。しかし、都市内に入ってしまったゴブリンは厄介だ。それに、瞬足で疲れきった俺に、召喚魔法の使えないエスネール、唯一の頼りは…
「冥府の地に宿りし火のマナよ、我が命により弾けよ、ファイアボール!」
ラクスだ。ここ数年のクエスの伸びは目覚しく、補助魔法だけでなく、師ガルフレットの攻撃魔法まで使えるようになってきている。
もちろん威力は足りないが
「いいぞラクス!ゴブリンどもを1箇所に纏めることはできるか!?」
「それは無理だ!この乱戦状態では、味方にも当たりかねん」
ラクスが悔しそうに言う。
この条件で、エスネールの召喚魔法が使えないのがキツい。
「ふぉっふぉっふぉっ、まだまだ青いな、ラクスよ」
遥か頭上で声がする。俺たちは、一斉に空を仰ぎ見た。
「ガルフレット!」
「まったく、年寄りにまともな睡眠も取らせてもらえんとはな」
とは言いつつ概ね回復していたガルフレットが唱える。
「冥府の地に宿りし火のマナよ、我が命により、魔の者に解き放たれよ、ファイアボール!」
ガルフレットが唱えた呪文が…天に向かって別れ、ゴブリンのみを焼き尽くしていく。
「3日はかかると思ったが、意外と少数じゃったな。それじゃ、わしは反乱軍の牽制に戻らねばならぬのでな」
「師よ!」
ラクスが、王都に戻ろうとするガルフレットに叫ぶ。
「なぜ、なぜ我が師はロックなどという愚かな王に使えるのです!」
「そ、そうだぜガルフレット。お前さえいてくれれば、魔王軍の討伐すら可能になるはず…」
「できぬよ。おぬしらにわしが加わったところで魔王は倒せん」
ガルフレットは一息つきながら、俺、エスネール、ラクスを見渡した。
「なぜあの最終決戦の日に、ロックが和解を受け入れたのか…それすら分からんお主らにはな」
それでは達者でな、と言い残し、ガルフレットは王都へ飛んで行った。
いくらルーキーを選んだとはいえ、まさかテントを張るにも手間取るとは…
オレは兵士たちを見つめ、少々呆れた。
やはり王立軍隊専門学院を設置するのが遅かった。オレたちは和平交渉の後、委ねられた領土の平定と、各貴族、王族に王位を認めさせることに時間を費やしすぎた。その期間4年。学院の着手は3年前からだ。
リザードマンはゴブリンより格上の相手だ。リザードマン200弱。遠征軍500…歩兵400、魔法使い100の軍勢でも、リザードマンには勝てないだろう。そこそこの経験のある駐在兵を含めてもだ。改めて、魔王との和平をしておいて良かった。仮に魔王を倒したとしても、魔族の残党で人族は滅びていたかもしれない。
魔王領に残された村や町の住人は恨んでいることだろう。
アーヴィンハイム領にまで来てくれるなら、迎え入れる誓約は作った。だが、魔王がそれを黙って許すはずもない。おそらく重税、過重労働、下手をしたら生贄を求められているかもしれない。和平交渉の末に、エスネールたちにある程度の自由を許されているが、レジスタンスのメンバーは、良くも悪くも増えている。救われる人々が増えるのは良いことだ。しかし、魔王の気がいつ変わるか分からない。
オレは、アイツらが無事にいられるように、魔王と上手くつきあっていかなければならない。
片道6日。長い遠征になりそうだ。
わしはその日の夜に、王都にたどり着いた。正直疲れ切っていた。かっこつけてあの場を飛び去ってしまったからだ
「セバス」
執事長を呼ぶ。セバスと呼ばれた男は60歳ほどの、白髪混じりの髪を後ろに撫でつけた初老の男だ。その物腰に隙はない。
「はい、ここに」
「変わりはないか?」
「はい。陛下は今朝旅立ちました」
「そうか。ではわしは自室で眠らせてもらうことにしよう。さすがに疲れたわい」
「はい。強行軍だったご様子。ゆっくりお休み下さい」
「後のことは頼んだぞ、漆黒のアレク」
「ガルフレット様。その名は…」
「ふぉっふぉっふぉっ。すまぬすまぬ。お主がおれば、わしも熟睡できよう。それではまた明日」
「はい。お休みなさいませ」
行軍は、5日目を迎えた。明日はリザードマンとの交戦だ。陣は緊張でピリついている。兵士たちには、明日の為に早く休むように伝えたが、素振りをする者、魔法の詠唱を唱えるものが、遅くまで見えた。
さすがに魔力不足になってはならないと、魔法使いの者たちには注意をしないとと思い、彼らの元へ向かった。
「この地に宿りし火のマナよ、我が祈りにより魔を払え、ファイアボール」
水属性の敵には雷属性の攻撃が1番なんだが、おそらく使えないのだろう。オレは固まっている者たちにいちいち声をかけ、魔力の無駄使いをしないで早く寝るように伝えていった。
その時、張りのある少女の声が聞こえてきた。
「冥府の地に宿りし空のマナよ、我が命により空気よ爆ぜよ、サンダースピア!」
ほう。空の雷属性を使える者がいたか。しかも今のは…
「おまえ、冥府の地を視たことがあるのか?」
ふいに話しかけたオレに、少女は身体を固まらせた。
「へ、陛下!これは失礼を!」
すぐにひざまずこうとする少女を手で制する。
「で?おまえは冥府の呪法が使えるのか?」
「は、はい。冥府経由の呪法は、学院に入らせていただいてまもなく」
「火の魔法は使えるな?あと空と何が使える?」
「地、水、火、風、空。初級なら一通りは」
「ほう。いる所にはいるものだな」
オレは楽しげに笑った。
「おまえ、名前と年齢は?」
「ライズと申します。セカンドネームはなく、ただのライズです。年齢は14です」
「分かった。ライズだな。うん、覚えた。明日、とどめはオレが刺すつもりなんで、ライズ。おまえは決して死ぬなよ?」
「はい!」
「ではもう寝るといい。睡眠不足は魔法使いとお肌の天敵だ。明日に備えろ」
「はい!かしこまりました」
少し笑いながら、ライズは自分のテントへと帰っていった。
それからまだ起きている魔法使いを少し注意して、 オレはフィリスのテントに向かった。
「まだ起きてるか?フィリス」
「起きているわ、ロック。どうしたの?何か嬉しそうね」
「ああ、新人魔法使いの中に、冥府を視たことがある者がいた」
「え、ほんとに?」
「しかも、地、水、火、風、空のすべての初級呪文が使えるらしい」
「それはすごいわね」
「しかもしかも、まだ14だ。先が楽しみだぜ」
嬉しそうに笑うオレを見て、フィリスも嬉しそうに微笑む。
「で、フィリス。ポーションは大量に用意してあるんだろうな?」
「用意してはいるけど…」
「いいか?何度も言うが、おまえは回復魔法使っちゃダメだからな?」
「でも…」
「でもじゃない。この程度の戦闘で死ぬヤツは、どうせ長生きしない。まずは自分のことだけ考えてくれ」
「…わかった」
フィリスはまだ何か言いたげだったが、大人しく頷いた。
「じゃ、遅くに悪かったな!おやすみフィリス」
「おやすみロック」
オレは唇を重ね、自分のテントへと戻った。
起きて軍を進めると、かなりの被害を被った港町の姿があった。
いや、正確には海ではない。海へとそそぐ、川辺にリザードマンと駐在兵は陣を布いていた。
駐在兵は200弱。よく持ちこたえてくれた。
オレたちが現れると、駐在兵は歓声をあげた。対してリザードマンは、槍を鳴らし、雄叫びをあげ、それに反応する。
二足歩行のトカゲ。それがリザードマンだ。ある程度の知識もあり、鎧を纏っている者もいる。弱点は右胸にあると言われる心臓だ。それは兵士たちに伝達済みで、それを頼りに攻撃をして行くだろう。しかし、リザードマンの鱗は硬い。心臓まで攻撃が届くかどうか…
陣形はシンプルに、前衛に剣と盾を持つ兵士たち、中衛に槍を持つ兵士たち、後衛に魔法使いの陣形を取った。
いざ勝負だ。
「行くぞ兵士ども!トカゲ野郎を殲滅せよ!!」
オレが鬨の声を上げると兵士たちは喚声を上げ、行軍していった。
ルーキーにしてはよく戦っている。右胸に集中し、なんとか撃破している。怪我をした者は、無理をせずにフィリスの陣に向かい、ポーション、ハイポーションの手当てを受けている。問題は魔法使い軍団だ。やはり薄い火属性の魔法では効かない。水辺での戦闘だ。火属性の魔法が当たったと思えば、すぐ水の中に飛び込んで、消されてしまう。
そんな中、ひとり奮戦している者がいた。
ライズだ。空のサンダー系魔法で、4〜5体は常に屠っている。ただ、そのせいでライズはリザードマンに狙われ始めていた。八方から囲まれ、詠唱を唱えるのに苦労をしている。ライズの周りの防御陣も、崩れ始めている。そのとき、ライズの背中から襲いかかるリザードマンがいた。オレは思わず、
「冥府の地に宿りし風のマナよ、我が命により疾風の風で切り裂け、エアブレス!」
オレの呪文により、ライズの背後にいたリザードマンの首が切れ落ちる。
術の軌道で、オレからの援護だと分かると、一礼して戦闘にもどった。頭も良い子だ。自分が今何をすれば良いか分かっている。
戦場を見渡すと、健闘はしていたが、やや押されつつあった。ちと早いが頃合いか…
オレは、出せる限りの大声で
「伏せよ!」
と叫んだ。これは、王立学園で初めて習うことだ。王であるオレのこの一言で、兵士は地につっ伏す。オレはいちいち確認もせずに、スキルを発動させた。
腰に指していたカタナブレードを抜き、叫ぶ。
「巨刀、村正!」
刀が一気に数十倍のサイズになる。それを魔力で掴みながら、
「第一閃!」
一気に横に薙ぎ払った。
刀から、太刀の波動が伸びていく。
呆然としていたリザードマン達は、すべて真っ二つになり川に落ちていった。恐る恐る顔を上げた兵士たちが、その光景を見て、歓声をあげる。
「勝鬨を上げよ!我らの完全勝利だ!」
兵士たちが、より一層の声と、武器を鳴らし、呼応した。
戦闘は終わった。
成果を確認して、13人の兵士が死んだことを知った。重軽傷者に至っては、86人にも至っていた。
まぁ、この者たちはポーションで回復したが。
「リザードマンでこの負傷か…」
もっと、兵を鍛えなければならない。
亡くなった兵士の遺族には、それなりの慰霊金を渡している。が、正直死んでは意味が無い。
もっと、もっと強い軍隊を…
思わず表情が険しくなる。そこへ
「陛下!」
駆け寄ってきたのはライズだった。
「おう、大手柄だな」
いずれはこの国の柱になる少女だ。表情も緩くなる。
「いえ!陛下の助けがなければ、私は死んでおりました!本当に、ありがとうございます!」
「あぁ、たまたま目に入ったんでな」
ふと、思った。
「ライズ。おまえは魔法使いの弟子になる気はないか?」
「弟子、でありますか?」
「おまえほどの腕、野に捨ておくには惜しすぎる」
「はぁ」
ピンと来ないようだ。
「学園にいたならば、魔法の授業で会ったことはあるはずだが、ガルフレットの弟子とかどうだ?」
「ガ!ガルフレット様の弟子ですか!?」
「イヤか?」
「とんでもありません!この身に余る光栄にございます!」
「そかそか。じゃあ、ガルフレットには伝えておくから、荷物をまとめておけ」
「す、住み込みでございますか!?」
「あぁ、その方が都合が良いだろう?」
「あ、し、しかし、私には家族がおりまして…」
「ふむ」
「家族というか、孤児院の真似事のような事をしております。その者たちを放っておいては…」
「なに?それはまことか!?」
「は、はい!」
ライズは首をすくめる。
「親のいない子供たちにはそれなりの施設で対応はしておいたはずだが…」
「恐れ多いながら、発言を許して頂けるならば…」
「かまわん。許す」
「とても足りません。生きるために、ストリートチルドレンと化し、盗みを働く者も少なくありません」
「なんだと?」
「も、申し訳ございません!」
「何を謝る必要がある。詫びねばならぬのはこのオレだ」
オレは深々と頭を下げた。
「そんな!陛下!お止めになってください!」
「その孤児院、町のストリートチルドレン、至急に手を打つとしよう。子供は宝だと、この戦で思い知ったばかりだ」
「あぁ陛下…ありがとうございます」
ライズは涙を浮かべていた。
「いろいろ大変だったな。もう大丈夫だ。おまえはガルフレットの元で、心置き無く学ぶといい」
「ありがとうございます!」
泣きながら微笑んだライズの顔が、オレの目に焼き付いた。
城に戻ってきて、オレがまず行ったのは、援助金の流れを調べることだった。そして、元貴族、王族からなる貴族院を交えての、一大会議を開いた。
「さて、おまえら、孤児の援助金については知っているな?」
一同頷く。
「それの不正利用が行われていることも知っているか?」
一同がざわめき始める。
「…マルコス伯。確か運用管理はおまえの仕事だったはずだな?」
「は。左様で、陛下」
マルコスは表情を変えずに答えた。
「年金貨50万枚。額としては足りぬとは思えんが?」
そうだ。魔族は金などを使わない。だから和平交渉のときに、大量に変換された。魔族が欲しがるのはアイテムの素材や武具、そういったものだ。それは優先して渡すことになっている。
「何が仰りたいのでしょう、陛下?」
「だからよぅ。なんでそんだけの額を出していながら、孤児やストリートチルドレンが減らないんだと聞いている!」
「あー、それはですね、所詮は金の使い道を知らぬ孤児どもや、協調性に欠けるストリートチルドレンならではないでしょうか?」
「ほう。おまえは、子供たちに非があると言うのだな?」
「左様に」
「ならば、なぜその理屈で言うところの品行方正である孤児院が、経営難になっている?」
「経営者…乳母どもが、着服しているのではありませんか?」
これには、さすがのオレもキレた。
「まともに眠りもしないで、子供たちの為に深夜まで内職をしている乳母たちが、着服しているとでも言うのか!?」
「それは…」
「うるせぇ黙れ!今からおまえの屋敷を家宅捜索する。証拠のひと欠片でも出てきてみろ、必ずおまえを死罪にしてやるからな!」
「へ、陛下、それはあまりに横暴な…」
「横暴?おまえが孤児院にしてきたこと以上の横暴があるとでも!?」
顔面蒼白になるマルコス。
「実はもうガルフレットを筆頭に、王立軍がおまえの屋敷に乗り込んでいる。結果はすぐに分かるだろう」
と、念話が来た。思わず顔が引きつる。
「ロック。わしじゃ」
「ガルフレット!どうだった?」
この会話は、もちろん他の者には聞こえない。
「大当たりじゃな。マルコスめ、鍵もない机の引き出しに、帳面を入れておった」
「それで?」
「援助金のほぼ全てが、同じ日の…あー、たぶん架空の会社じゃろうな。ロック運輸協会じゃと。そこに流れておる」
「分かった。ガルフレットは引き続き、マルコスの書斎を調べてくれ。隠していた現金が出てくる気がする」
「承知した」
「さて、マルコス。ロック運輸協会てな何だ?オレにはさっぱり分からねーが?」
「そ、それは…」
「死刑決定ー」
何やら笑えてきた。
また念話だ。
「あったぞロック。古典的もいいところだが、開閉式の本棚があって、開けたら…金貨2〜300万枚はあるのぅ」
「分かった。マルコス。本棚の隠し扉も見つかったぞ?まぁ一部とはいえ金貨が見つかった。死刑でなく、伯爵の身分を取り上げて、奴隷の身分に落とすことで許してやるぞ?」
「あ、ありがたき幸せ」
マルコスは、憎々しげにそう言った。
孤児院
オレは、見つかった金貨とガルフレットと共に、孤児院を訪れた。
「へ、陛下!?なぜこのような場所に?」
出てきた乳母は驚きながら、そう訊ねた
「すまねぇ。孤児院を担当していた貴族の不正が発覚した。今まで貰えるはずだった給付金だ。受け取ってくれ」
「こ、こんなに!?」
「ライズって知ってるか?」
「えぇ、えぇ。ライズちゃんはまだ若いのに、ここで預かりきれなかった子たちの面倒を見てくれているんです」
「そのライズのおかげで、今回の不正が発覚した。これだけあれば、ライズが面倒見ている子供たちも、ここで世話できるよな?」
「はい、はい!もちろんです。それ以外の孤児にも、恵みを与えることができます」
「なら良かった。ちなみにこの街の孤児への給付金は、年間金貨50万枚だ。その額に至らなかったときがあったら、即教えてくれ」
「そんなに!?は、はい!ありがとうございます!」
乳母たちは泣きながら感謝を述べた。その姿が、なぜかライズのそれと重なった。
ガルフレットは帰り道、突然話し始めた。
「のうロック。ライズというのは、王立学園の在校生のことかの?」
「お、やっぱ知ってたか!そいつだそいつ…て、まだ卒業してないのか?」
「あの子はまだ2年生になったばかりじゃ」
「それであの腕か…まったく大したもんだ」
「そうじゃな。並外れた魔力と集中力をもっておる」
「そかそか。じゃあ、おまえの弟子決定な?」
「なぬ?」
「住み込みでな?」
「ま、待てロック。いきなり何を言っておる?」
「あれだけの才能、磨かなきゃ国の恥だろ」
「いや、それは分かるが…」
「今この国には、まともな魔法使いはおまえくらいしかいねぇ。老後の為だ。頼むぜ」
「わしはすでに老人なのじゃが…」
「ま、余生の為だ。頑張ってくれ」
「毎度いきなりじゃのぅ…ライズはなんと言っておる」
「喜んでたぜ?」
「加齢臭が伝染るとか言ってなかったか?」
オレは思わず吹き出した。
「言ってねぇ言ってねぇ。そもそも、そういうこと言う子じゃないだろ」
「そうじゃの。まぁ、良いか」
「あぁ、美味いメシでも作ってもらいな?あ、でも…」
「なんじゃ?」
「手は出すなよ?」
「この歳で勃つか愚かもん!!」
オレたちは笑いながら城に戻った。
暗殺者
その夜、夜更け。
そいつらが城に入ってきた瞬間に分かった。狙いはオレとガルフレットだと。勇者と大賢者相手に良い度胸だ。まぁ、マルコスの最期の抵抗と言ったところだろう。それでどうしたもんかと考えたが、何もしないことにした。この城には、執事長がいる。大戦中、暗殺者としてもっとも活躍したセバス…漆黒のアレクが。今は一般の執事もメイドも、アレクに習い、暗殺術を身につけているらしい。下手に加勢しようものなら、返って邪魔になってしまう。オレは、気にせず眠ることにした。
オレは翌日、思いのほか早起きをした。そしてセバスを呼ぶと、地下牢に昨日の襲撃者8人が鎖に繋がれていた。
「こいつらか?」
「左様で。自害すらできぬ半端者どもでございます」
「で、首謀者は?」
「は。マルコスにございます」
「まったく…結局死刑にするしかないか」
「公開処刑でございますね?」
「そういうのは嫌なんだが、仕方ねーな」
「マルコスは押さえてあるな?」
「はい。執事を3名つけております」
「じゃあ、今からここに連れてきてくれ」
「かしこまりました」
オレは起きてきたガルフレットを朝食に誘い、事の顛末を告げた。
「まぁ、そうじゃろうのう」
「寝首をかくだけならできるとでも思ったんかね?」
「随分なめられたもんじゃ。わしもお主も、セバスもな」
「公開処刑でいいよな?暗殺者ごと」
「妥当じゃろ」
「普通は何日か開けるもんだが、今日でいいよな?」
「ここまで証拠を抑えられておるんじゃ。問題なかろう」
「んじゃ、財産と爵位没収の上で、親族に罪なし、で。その席には立ち会ってくれ。その後ライズの弟子入りだ」
「分かった」
ガルフレットが立ち上がると、寝起きのフィリスが、髪もまともにとかさず駆け込んできた。
「ロック!!」
「はい!」
「昨日暗殺者が来たって本当!?」
「あーそーだねー来たねー」
「なに間抜けな反応してるのよ!?ロックは大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。そんなに弱くないのだよ?俺も、この城の衛兵も」
セバス…漆黒のアレクのことは、フィリスには伝えていない。
「良かったぁ。朝侍女のクレアに聞いて、血の気が引いたわよ!」
その侍女も、アレク直伝の暗殺術の使い手なのだが。
まぁ、ショックを和らげるために、軽く話題にしてくれたんだろう。どうせ昼には処刑だ。
と、言ってるうちに、マルコスが連行されてきたようだ。
「それじゃ、フィリス。事後処理があるから」
「あ、うん」
「髪きちんととかしな?せっかくの美貌が台無しだぞ?」
「ヤダ!私ったら!」
「それじゃあね」
唇を重ねあって、フィリスは自室へと戻って行った。
早速地下牢へ向かうと、マルコスが鎖に繋がれていた。
「で?マルコス。言うことは?」
さすがに諦めたのか、マルコスはただオレを睨み続けている。
「ま、いいや。昼におまえら死刑ね?」
「へ、陛下!それだけは!それだけはご勘弁を!」
「見苦しいなぁ。王と宰相暗殺未遂しといて、お咎め無しで済むと思う?」
「す、すべて誤解なのです!私は暗殺者など…」
「軽い拷問で吐いたらしいぜ?おまえの暗殺者たち」
「フレッツおのれぇ!!」
「はい、語るに落ちるね?なんで名前知ってるのよ」
思わず爆笑してしまった。
オレは立ち去ろうと椅子から腰を上げた。
「ロック!貴様が世界を半分にしたことで、どれだけの民が地獄を見ているか知っているのか?」
胸がチクリと痛む。だが
「その半分以下の1国ですら、着服するのに命をかけてるバカには言われたくないね」
「くっ…」
「なぁ、もう大人しく死んでくれよ。じゃないと、俺が今ここで、惨殺しそうだ」
一睨みすると、マルコスは怯え、椅子から転げ落ちてジタバタしていた。
オレは、もう見たくもない者に目もくれず、自室へ戻った。
自室に再び戻ると、大荷物を背負ったライズが待ち構えていた。傍らにはセバス。心配しすぎだっちゅーに。
「陛下!お怪我はありませんか!?」
「あー、大丈夫大丈夫」
「昨夜暗殺者に狙われたとのこと…肝を冷やしました」
「あ、それな。オレやっぱ孤児に対する政策ちゃんとしてたわ」
「え?」
「援助金着服してたバカがいたの。貴族に」
「軽くは孤児院のラウさん…乳母さんに聞いたのですが」
「うんうん。でね?そいつが逆ギレして、暗殺者を差し向けたのよ」
「そ、それでは私どもの為に陛下に危険が…」
「あのな、ライズ?オレの強さ見てたでしょ?」
「はい!腰が抜けました!」
「しかもこの城の守備は堅い。死ぬわけないって」
「そう、ですね。そうですよね」
この子のたまに見せる笑顔は、周りを幸せにしてくれる。ただ
「ただ、そいつらは今日の昼に処刑が決まっている。ライズ。若い君には辛いと思うが、できれば見届けて欲しい」
「え?」
「誰のせいで自分たちが苦労をしてきたのか、そしてそうしたものたちに。どういった罰が下るのかを見て欲しい」
オレはライズの信念にふるいをかけてみた。断るようならそれでいい。ただ、もし見届けられるなら、この子はさらにもう一歩を進める。
「分かりました。見届けます」
ライズは、迷うことなくそう告げた。
正午、死刑は実行に移された。
枷をはめられ、諦めの顔、顔。
「この者たちは、貴重な財源である孤児救済の援助金を着服したばかりか、あろうことか、国王陛下と大賢者様を暗殺しようとした大罪人である。よって今より公開処刑を行う!」
轟く声で宣言された死刑場は、しかし観客が少なかった。
ライズに乳母たち、それにまばらに数人いるだけだ。
そのことに、オレは心底嬉しくなった。誰だって人の死なんて見たくない。それを見ようと観客が集まるのは、現状に不満を持つものか、ただ人が死ぬことを楽しめる連中だけだ。
オレの国は正常だ。となりにいたガルフレットが、すべて分かったように、背中を叩く。
まずは暗殺者から。ザンザンザンと斧で切り落とされていく。そこでマルコスが、最期の断末魔をあげた。
「いやだ…いやだ!こんな誰もいない場所で、死にたくない!」
つまりは、おまえの存在というのはその程度だったということだ。
「いやだ!いやだ!誰か助け…」
ザン。マルコスの首が転げ落ちた。
オレはライズのところに行って、声をかけた。
「よく頑張ったな」
「佳い国、なのでしょうね…死刑を喜ぶ人が、どこにもいない」
やはり聡い子だ。
「同情する気はありませんが、最期にこれは、キツイですね」
オレは思わずライズの頭をなでた。
「さ、ガルフレットのところに行こうか」
そういうオレに、ライズは
「あの…すみません。もう少しだけ、こうしてなでていてもらえませんか?」
「分かった」
ずっと背伸びをしてきたのだろう。オレは初めて、ライズというこの子の幼さを知った。
「で、ガルフレット。ライズだ。部屋は余ってるだろ?」
城に戻ってから、オレたちは早速ガルフレットの部屋に向かった。
「わしの寝室以外なら3部屋余っとるな」
「ならその一部屋をライズに頼むわ」
「しかし、溜まった本がのう…」
「ガルフレット様!その本は魔導書ですか!?」
ライズが勢い込んで尋ねてくる。
「まぁほぼそうじゃが?」
「それでは、それを拝謁させて頂くことはできますか!?」
「全然構わんぞ?」
「片付けます!きちんと中身を拝見して、整理します!」
「そ、そうか?なら頼んで良いかの?」
「ありがとうございます!それでは早速!」
ライズは腕まくりをすると、早々に部屋に入っていった。
「家政婦兼弟子だな。大事にしてやってくれ」
「そりゃ分かったが…」
「あの能力だ。書物も読んだだけでモノにするだろ」
「そうじゃの。後継者として考えれば、最高かもしれんの」
魔の森、フレアゾルの周辺。俺たちレジスタンスは、とある町に集結していた。
「いいか!ここを解放すれば、俺たちにとって、30ヶ所目になる町の解放になる!フレアゾルは近いが、俺たちは実戦経験豊富なひとつの軍。80体程度のトロール相手に、こちらは500名もの大軍だ。これで街一つ救えないはずがない!」
目の前の兵士たちは、鼓舞され気力に満ちていた。
「音を鳴らせ、己を鼓舞しろ!ここは必ず勝ち取るぞ!そして」
少し悔しそうに俺は言った。
「そして、ロックのいるアーヴァハイム領へ、何としても逃げさせるんだ!」
その瞬間。兵たちが歓声を上げた。
「それでは…出陣!」
兵たちは、我先にと攻め込んでいく。
と、ラクスは俺の肩を叩いた。
「仕方ないさ。この地上で平和と言われる場所は、ロックの領土以外にない」
「…それは分かっているんだがな。あれだけ責めたてといて、結局頼るのかよ、ってな」
「なにをいっておる。この国を平和にしたい。この気持ちは、ロックも一緒のはずだ。頼れる時は、頼ればいい。いずれ、借りを返す時もあるだろう」
「エスネール姉さーん!」
俺は冗談で抱きつこうとしたが、股間に1発膝蹴りをくらい、もんどりを打った。
「ひ、ひどい。ロックの時は受け入れてたのに…」
「な!?バカか!?あやつの行動には邪気がない。それ故逃げられなんだだけだ」
「へー、そーなんだぁ。ラクス!行け!」
「行けと言われてもなぁ…私は性欲ないしな」
「かー!情けない!これだけ佳い女を目の前にして、おたがい7年間も何もできんとはな!」
そう。エスネールの引き締まった痩躯。金髪碧眼はこの7年、衰えはない。
「はら、馬鹿なことを言っておらんで、戦線に向かうぞ?様子が変だ」
俺もラクスも、すぐに戦線に目を移す。
「なんだぁー?うちらの軍隊は、歴戦の優ばかりなはずだぞ?」
「ジンよ、場を辿れ!」
エスネールは、精霊に囁いた。
「あそこだ!あの小屋に、何かおる!」
エスネールが指を指した時、小屋が一気に弾け飛んだ。
「土のマナ!?」
「マナ?魔物の間違いだろ!」
「魔物ではない!まさしくマナそのものだ。マナの集積体と呼んでいい」
「なんだそりゃ!初耳だぞ!?」
土のマナは、土色の、巨大なスライムといったモノだった。
「現世にこんなものがあって溜まるか!」
「…ヤバいのか?」
「洒落にならん」
「全軍!退けー!!速やかに逃げろー!」
「なぁエスネール。土ってことは、火か風が弱点なのか?」
ラクスが尋ねる。
「あ、あぁ、そうだな」
「ならば!冥府の地に宿りし風のマナよ、我が命により収束し、敵を穿て!ウインドゥズニードル!」
行く筋もの杭が、土のマナに向かって突き刺さっていく。
しかし、なんの変化もない。
すかさず、エスネールが唱える。
「古の契約によりて、我が前に具現せよ、炎の王、イフリート!」
灼熱の身体。そして両角、全身から立ち登る炎ですべてを焼き尽くす煉獄の炎の王が現れた。
イフリートは身体を一旦縮めると、両手両足を広げ、最大級の火力で土のマナに攻撃をした。
さすがに、多少のダメージはあったようだ。…だが、あくまて多少だ。ダメージを受けた後、土のマナは平然としている。まだ兵は逃げきれていない。
「くそ!ラクス!俺の剣に、上等な高位火炎付与魔法を!」
「冥府の地に宿りし火のマナよ、我が命によりこの者の刀身に宿れ!フレアブレード!」
「おっけーおっけー!来たぜこりゃ!行くぞ!土くれ!」
俺はそのまま、炎を纏った剣で、土のマナに真中切りを行った。そして土のマナは、真っ二つになり…すぐ復活した。
「だめだ!ラクス、エスネール!逃げるぞ」
兵はあらかた逃げ延びていた。そこで、逃げようとした俺たちに、始めて土のマナがアクションを起こした。その身体から幾種もの触手を出して、俺たちに向かってくる。魔法も、付与魔法も、召喚術ですら効かない相手に、俺たちは成すすべがなかった。
「陛下!早馬です!旗から見ると、レジスタンスのもよう!」
「なに!?」
久々の休みを玉座でくつろいでいた所…と言っても、大理石で作られた椅子が落ち着く訳もない。ちょうどガルフレットに、待機時間は自室に戻っていいか?と尋ねるところだった。
だが早馬だ。余程のことがあったのだろう。
「その者をこちらに通せ!」
急使は水を飲むと、咳き込みながら報告した。
「へ、陛下!ウエストエンドの奥地。魔の森の集落にて我が軍隊の筆頭、ロストネイル閣下、エスネール閣下、ラクス閣下、ともに消滅致しました!」
「消滅だと?詳しく話せ」
「我ら500名、トロールの軍勢80体に挑みましたところ、エスネール殿の言うところの、土のマナなる魔族が出現し、兵士を守るために、ロストネイル殿、エスネール殿、ラクス殿、すべて敵に飲み込まれました!」
ガルフレットが息を飲む。
「マナ?マナと申したか!」
「は、はい!」
「ロック…ちと洒落にならんぞ?」
「どういう事だ?」
「デーモンにアークデーモン。名前持ちに、その先に果てはないと知っておるな?」
「ああ」
「その先が数多ある古代魔族がおるのだが…マナは根源たる存在。魔族ですらない。操れるわけもない存在じゃ」
「てーと何か?魔王はそんなものを召喚したってのか?」
「そうなるの」
「シャレにならねーじゃねぇか」
「ああ、しかも相手は魔王軍の領地じゃ。迂闊には手を出せん」
「関係あるか!すぐにエスネールたちを助けに行くぞ!」
「まぁ、お主はそういうと思っていたがの。まぁ、良いじゃろ。さっさと3人を取り戻して、さっさと逃げるぞ」
「そうだな!フィリスを呼んでくる。出発の準備をしててくれ」
「良かろう」
「フィリス!一大事だ!旅の準備を…」
オレはフィリスの部屋に飛び込むなり声をかけた。
「だーからー…ノックをしようね?ロック陛下!?」
「あ!着替え中だったか!すまん!」
オレはすぐさま後ろをむく。
「で、どうしたの?」
フィリスは着替えながら尋ねる。
「古代魔族以上の敵に、エスネールたちがやられた。すぐ救いに行くぞ!」
「え?古代魔族以上?名前あり以上なの?」
「そうらしい。マナ本体って根源たる存在を魔王が呼び出したらしい」
「え、マナ!?そんなことって…」
「だから一大事なんだ!着替えたところすまねーが、支度を頼む」
「分かった!」
「んじゃ、厩で待ってる。急いでくれ」
オレは部屋を飛び出していった。が、引き返して
「あ!無理はしないようにハイポーションとマジックポーション多めでな!?」
「…わざとやってる?」
「あ!ごめん!また着替え中か!ほんじゃ!」
「もう」
フィリスは少し笑って、準備をし始めた。
賢者のローブを身にまとったガルフレットは、そつなく準備をしてくれていた。馬車に馬2頭。予備で1頭。馬車には水、食料、テントに寝袋。そして少ししてからフィリスのハイポーションとマジックポーションが大量に運び込まれ、所狭しと積んでいく。
馬車には馬の御者にガルフレットと、馬車内にはハイプリーストの衣をまとったフィリスが乗ることになる。オレはむろん予備の1頭だ。
このロンズガナ王国は、東西南北中心に存在する。途中小さい村や町は数あるが、東のイーストフォレスト、西のウエストエンド、北のノースタルトに、南のアクアラングがそれぞれの国境になっている。ロンズガナ王都からは、そろって馬車で5日程の距離に至る。
ただし、イーストフォレストはそこから先、エルフとドワーフ族の領地として、魔王軍との領地としての区切りはなされていない。
世界の半分にしては小さいが、これ以上はキャパオーバーだと思った。
戦争で人が死にすぎた。圧倒的に、人口が足りない。
魔王とは、当面この領地で済ます契約を済ませた。
ひとまずはウエストエンドだ。荷物やオレの重みはガルフレットの魔法、グラビティでなくしてある。急げば2〜3日で着くだろう。出発したのは夜だった。馬の限界が来始めたので、テントを張ることにしたのが次の日の夜。丸1日時間を稼いだ。このまま行けば、明後日の昼には着けるだろう。だが、急使のかかった時間も含め、1週間近くも経過する計算になる。無事でいてくれエスネール…そしてロス、ラクス。
「何を考えているの、ロック?」
「あぁ、フィリス。着く頃には1週間だ。エスネールたち、無事でいてくれるかどうか、ってな」
「エスネールたち、ね」
「どうした?」
「いえ、別に?きっと大丈夫よ。3人とも生命力高いから」
「そうだといいけどな」
「ガルフレットさんは?」
「もう寝てる」
「さすがプロね」
「年寄りってだけじゃねえのか?」
「こら!大賢者様に何言うの!」
「まあガルフレットもタフだよな」
「甘えてばかりはいられないわね」
「そうだな。ライズの今後に期待ってとこか」
「じゃ、そろそろオレたちも寝るか」
「そうね」
「ひとりで大丈夫か?」
「どうせ1人じゃないと熟睡できないんでしょ?」
「まあそうだけど…」
「何かあったら叫ぶなり魔力増大させるなりして知らせるわよ」
「悪いな」
「いえいえ。おやすみ」
フィリスはオレに軽く唇を重ね、自分のテントへと向かった。
オレは、軽く寝酒を呑み、自分の寝袋に入った。
次の日は朝早かったが、かなりスッキリと目が覚めた。
フィリスが朝食の準備をしている。干し肉と野野菜のスープに干しパンだ。ともすると、旅の食事は味気ないものになるが、フィリスはどこからかハーブ類や薬味を採るってくるので味は格別だ。
「相変わらず美味そうな匂いじゃのう」
ガルフレットも起きてくる。
「トマトとローズマリーが採れたので、狩人風にしてみました」
「それでは、いただきまー…」
「ダーメ。あと10分」
「ちぇ」
オレはガキっぽく拗ねてみせた。
「ガルフレット。今夜の夜まで走って寝て、次の昼前には着くと思うがどうだ?」
「まぁそれくらいじゃろ。作戦はどうする?」
「そうだな。スライム状の生物?なんだろ?風属性の付与魔法かけた俺の巨刀村正で、一時的に切断。溶けてなければエスネールたちを引っ張り出すってとこでどうだ?」
「まぁ妥当じゃろう。だがスライム状だからと言って、スライムではない。そう易々と切れるかな?」
「だからって、ガルフレットの極大魔法で吹っ飛ばすわけにもいかねーだろ。中身入ってるのに」
「それは心配ないと思うぞ?相手が本当にマナ自体ならわしの魔法じゃ吹き飛ばすことなど無理じゃ」
「それほどかよ」
「考え方によっては、魔王より強いかもしれん」
「マジか!」
「大マジじゃ」
「かーどうしたもんか…」
「まぁ、ひとまず食事にしましょ?人間お腹減ってるとマイナス思考になるものよ?」
「お、できたか!んじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
「はい、どうぞ」
「うめぇー!さすがだなフィリス」
「うむうむ。大したものじゃ」
「ありがとう。お代わりまだあるからね」
食事が終わったところで、ひとまず対処法は今日の夜までに各々考えることになった。とにかく早く現地に着かなければならない。
オレたちは馬を飛ばした。
途中、オレが山羊を見つけ、魔法で仕留めた為に、昼、夜はご馳走になった。
一応、こういった時、捌くのはオレの仕事だ。フィリスも捌けるのだが、フィリスは捌く度に泣く。祝福と鎮魂の祝詞を丁寧に唱えながら。ありがとう。ごめんね。と。さすがにそれは食う気がしない。ので、オレは簡略化した祝詞を唱え、とっとと皮を剥がし、肉と骨と臓物を分けていく。心臓、肝臓、脳みそは、味が落ちるので、昼に食べてしまった。だが肉の部位は、多めに持ってきた塩をぬり、フィリスが採ってきたハーブを腹に詰めたものを馬車に乗せ乾燥させておいたので、晩は丸焼きとなるだろう。こんな時になんだが、旅の醍醐味はこんなもんだ。やる時はやる。楽しむ時は楽しむ。それでこそ、本来の力が戦いで出せる。
あっという間に夜になり、山羊を堪能することになった。丸焼きは雌だっただけに、柔らかく、ハーブと塩が効いて美味かった。そして乳袋を探っていたフィリスが、油と麦の粉と合わせてシチューを作ってくれた。
「これまた絶品じゃのう」
「美味い!美味い!」
「ロック大手柄だね!」
「オレは捕っただけだよ」
そう。フィリスは自分の手柄を考えない。そこら辺にオレは惚れた。もちろん見た目もだが…だが。
「さて、作戦の続きだガルフレット。何かいい案が浮かんだか?」
「うーむ。基本的にはお主が朝言った方法で良いじゃろう。ただマナと言うからにはそれなりの大きさじゃろう。炎系魔法で削ぎ払ってからじゃな」
「オレの巨刀は、かなりの有効範囲あるぜ?」
「いや、相手はマナじゃ。用心してし過ぎということはない」
「そか…やっぱとんでもない相手なんだな」
思わず空気が重くなる。
「大丈夫よ。ここまでやってきたんだもの。今回もうまく行くわ」
「そうだ、な。そうだ。フィリス。絶対にムリはしないでくれよ?お前がいなくなったら、オレは生きていけない」
フィリスの顔が、真っ赤になっていく。
「バカなこと言ってないで!明日はみんな生き残って、みんな助けるのよ!」
オレとガルフレットは、
「おう!」
とつられて答えた。
翌日、オレたちは気力体力充実していた。やはり前日食ったメシの力はデカい。
今日、やっと土のマナと遭遇する。怖くないと言ったら嘘になるが、エスネールたちを見殺しにはできない。
なんとしても助ける!生きていてくれ。
昨日の残りの肉とパン、野草のハーブサラダを食べ、オレたちは出立した。
目指していた魔の森の村には昼前に着いた。住人は、すでに全滅しているようだった。ただ、土のマナらしき存在が見える。
直径10メートル。想像よりもデカい。
エスネール、ロス、ラクス...無事だ!服は多少溶かされているが皮膚までは至っていない。
「行くぞ!ガルフレット!!」
「おう!」
「神よ、信心深きこの者たちに、回復の加護を与え、見守りたまえ!リジェネイト!」
また無茶をして…オレは、戦闘を早く終わらせることを決めた。
ガルフレットはどこから出したのか、冥王の杖を取り出し、呪文を唱えた。
「冥府の地に宿りし火のマナよ、我が命により解き放たれよ、メテオインテグラ!!」
「ちょっと待てよガルフレット!メテオって隕石じゃん!最大級の火炎魔法じゃん!」
焦る俺に、ガルフレットはニマっと笑う。
ガルフレットが唱えた魔法は、表面の数メートルを削っただけだった。
そして…
「冥府の地に宿りし風のマナよ、我が命によりこの者の刀身に宿れ!サイクロンブレード!」
「うおー!来たね来たね!こんなの初めてだ!行っくぜー!!」
オレは、かつて無い魔力を抱え、刀身を構えた。
「巨刀、村正!第二閃!!」
オレは、太刀の波動が、エスネールたちの隙間に切れるようにVの字型に斬撃を放った。
魔術付与のおかげで切れ味の増した俺の刀は、見事に土のマナを切り裂いた。
「よっしゃ!」
「馬鹿もん!早く3人を引きずりだせ!!」
早くも切り口の下の方からくっついてきている。オレは瞬動を使い、エスネール、ロス、ラクスをゲル状の物体から外し出した。
「よし!逃げるんじゃ!」
エスネールを受け止めたオレと、ロス、ラクスをレビテーションで受け止めてくれたガルフレットが、馬車に急ぐ。
土のマナは、早くも回復し始め、触手をこちらに向けてくる。
急げ!急げ!
馬車の御者台には、フィリスがすでにスタンバってくれている。
オレはエスネールを馬車に突っ込んで、すぐさま単体の馬に跨った。
「逃げろ!逃げるぞ!」
オレの声は轟き渡り、すぐさま魔王領から撤退した。
アーヴァンハイ厶領内に着いて、やっと一息着いた。
「た、助かったのか?」
「たぶんな」
ガルフレットが頷く。
「フィリス!エスネールたちの状態は!?」
「大丈夫!ラクスさんが、反射の魔法…リフレクションを使っててくれたみたい!ハイポーションとマジックポーションで回復できるよ!」
オレは心底ほっとした。
「まずは馬を進めよう!オレの領内とは言え、マナの動きまでは想像できねぇ」
「賛成じゃ。ロック…お主は勇者じゃから分からなんだろうが、あれの恐怖は半端ではないぞ?」
「そうなのか?」
「二度と会いたくはないわい」
「それほどかよ…でもサンキュー、ガルフレット。お前の新魔法が無かったら、確実に全滅してたぜ」
「とにかく早く帰ろう。わしゃもう限界じゃ」
「了解!とっとと帰るぞ!」
オレたちは帰路を急いだ。
が、さすがに3人を王都まで引きずっていく訳には行かない。オレは道を少し外れるが、街道沿いにある宿場町に向かった。そこそこ栄えているようだが、町の人口は80人程度。領外へと冒険しようとする旅人や、領外から逃げてきた旅人たちで賑わっている。ひとまず宿を決めて、オレたちは再集結をした。ちなみに部屋割りは、ロス、ラクスで1部屋、オレ、ガルフレットで1部屋、フィリス、エスネールで1部屋だ。オレはフィリスに金貨1000枚ほど渡し、エスネールの服を買ってきて貰えるように頼んだ。服の溶け具合が、また絶妙にエロく、落ち着かない。ロスとラクスの分は、そこらに売ってた旅人の服で済ませた。
「じゃ、先にやってるぜ!」
「はーい」
フィリスは店を出ていった。
この宿屋は古き良き時代をならい、2階に居室。1回は酒場になっていた。
オレたちは、ローブのフードを深めに被りながら、エール酒を交わしあった。
「かー!うめぇ!ミッション成功の後の酒は、格別だな!」
「そうじゃな。骨身に染入るわい」
「で、実際どうだ?」
「ん?」
「土がいるなら、水、火、風、空もいるんじゃねーのか?」
「…考えてもおらなんだ」
「おいおい頼むぜ大賢者様よぉ」
「確かにそうじゃな。呼び出されておってもおかしくない」
「あれ、たぶん倒せねーぞ?」
「お主にも、それくらいは分かったか」
「核がなかったな」
「ああ、生命として存在しうるべき核がない」
「あー、世界の半分どころか、1国レベルの国に、そこまでするかねぇ」
「そりゃするじゃろ。魔王の首を取る直前まで行ったんじゃ。あの魔法さえなければ、な」
「あ。やっぱ気づいてた?」
「お主はわしを馬鹿だと思っているのか?成功率数パーセントの魔法が、まさか成功するとはな」
「オレは、何を捨てても守りたいと思った。それだけなんだ」
「フィリスに悪いとは思わんのか?」
「フィリスには充分愛をぶつけているはずだが?足りないか?」
「うーむ…足りないとかそういう問題でなく…」
「買ってきたよー!」
「フィリス」
「風属性の短衣と、同じく風属性ニーハイのブーツ。下着は…おっと見せられないね!」
「サンキューサンキューフィリス!早速着させてやってくれ」
「了解!」
フィリスは自室に走っていった。
「ま、オレはエスネールに惹かれてたこともあった。でもフィリスと結ばれ、今は幸せ。それで良いじゃないか」
「そうか。お主がそれで良いなら良いがの」
少し待っていると、ロス、ラクスが降りてきた。
「ちっ、お前に助けられるとはな」
「恩人に対しての一言目がそれか?」
「親父、俺も酒だ」
卓に着いたロスが、注文をする。ラクスは気を使いながらも、私も、と言った。
「で、倒せたのかよ」
「倒せるわけねーだろ。マナの集積体だぞ?核もなかった」
「な!?あれは生物じゃないのか?」
「生物ではないな。あれは精霊…いや、魔法の集合体。そういったものじゃ」
「ど、どーするんだよそんなモン」
「接近を避けるしかないな。あれには魔王も適うかどうか…」
「なんだって魔王はそんなものを…」
「あ、みんな起きたんだね!エスネールも目を覚ましたよー」
「フィリス…感謝はしているが、この、ダークエルフみたいな服はどーなのだ?」
「え?よく似合ってるよ?ね?ロック」
「あ、あぁ、見とれた」
「からかうなロック!」
「相変わらず綺麗だな」
「なぜ、お前は毎度恥ずかしいセリフをそう…」
エスネールはエルフのその長い耳先まで真っ赤になった。
「私たちは、なぜ助かったんだ?」
「ラクスさんがリフレクションかけてくれてたのよ」
「反射さえかけとけば、毒やら溶けるやらないと思ってな」
「で、俺らは旅人の服かい」
「感謝しろ?お前らティンコ見えかけてたんだぞ?」
「だー!で?なんでエスネールは精霊纏ってる服を着てるんだ?」
「お前ら着飾っても楽しくないからだ」
「あー、はいはい、感謝しますよ。武器も持ってきてくれたし…まじで助かった」
ロスと、ラクス。そしてエスネールとフィリスの分のエール酒もついた。
それじゃ、7年振りの再会を祝して…
「カンパイ」
「だいたいよぉ、世界の半分つって、守れてるの1国にしか過ぎねーじゃねーか」
最初に酔い始めたのはロスだった。
「人口が足りなすぎるんだよ」
簡潔に、オレは答えた。
「現段階で、東西南北、500ずつしか常駐兵を置けねーんだ。どーしろってんだよ」
「兵の質を上げればいい」
「それは3年前から、王立学院を作って養成している。だが、これと言って使えたのは、少女の魔法使い1人だ。そっちはどうなんだ?」
「あ?」
「そっちの村や町はどんな酷いことになってる?」
「…実験場だな。魔王のヤツ、新しい魔法の召喚やら、魔法の威力試すために、村人どもを使ってる」
「…最悪のケースか」
「エスネール。お主が今回のを土のマナと知ったのは、精霊からか?」
ガルフレットが尋ねる。
「あぁ、あれはマナの塊。勝てるはずもないとな」
「それで…これからどうするのかの?」
「マナスルーで、レジスタンスを続けるしかないだろう」
「そうか、くれぐれも無理するでないぞ?」
「分かってるわ、ありがとう」
その時、酒場の一部に歓声が響く。ケンカをしかけていた者同士が、腕相撲で決着をつけようとしているらしい。
「レディーGO!」
おたがい、腕はピクとも動かない。膨れ上がっただけの筋肉だ。スタミナで、細身の方が勝った。
「ケラケラケラ。貧相な勝負だなぁ」
「おい、ロス!煽るな!」
「さて、わしはぼちぼち眠るかの」
「あ、私も」
ガルフレットとフィリスがこの後を察知して逃げていった。
「じゃあてめぇが勝負してみろ!」
「良いぜぇ」
ロスは完全に酔い、千鳥足だ。
「おいおい、こんな酔っ払いが…」
「レディー…GO!」
むろんロイの圧勝。相手は一回転して床に崩れ落ちた。
周りに歓声が上がる。
「他にやる奴はいないのかい?」
「俺が相手になってやろう」
二の腕が、ロイの倍はある種族自体が違いそうな男が手を挙げた。
「覚悟は良いな?」
「何の覚悟だい?」
「レディーGO!」
男は、あっさりと負けて、腕の骨が妙な方向に曲がっている。
「ロック、来いよ」
「やる意味が分からない」
「そうだなぁ…」
ロスはボソッと呟いた。
「エスネールを、口説く権利なんてどうだ?」
オレは一瞬眉毛を引きつらせたが、
「面白い」
と言って勝負に乗った。
「それでは…レディーGO!」
ロスはいきなり全力で行った、が、オレの腕は、ピクリともしない。酒のせいか?だがロスは確実に全力を出している。
「そんなもんか?」
オレは力を込めると、腕相撲の台である樽ごと、ロスの右腕を床にまでめり込ませた。
「伊達に巨刀使ってないんだぜ?」
歓声が一際高くなる。そのときエスネールを見たら、顔を真っ赤にして、自室へと戻るところだった。…やべ、聞こえたか?
まぁ良いや。今日は全員助けられた。それだけでいい。オレも、失神しているロスを横目に、自室へと戻って寝ることにした。
次の日の早朝、ロスとラクスとエスネールは買った馬に軽い食料と水を積んで、出かける準備をしていた。
「もう行くのじゃな」
ガルフレットが声をかける。
「あぁ、これ以上の馴れ合いは危険だからな」
「ともに歩む道もあるじゃろう」
「それだと救えねぇ奴らが何万と出るんだよ」
「そうか。まぁ、無理をするでないぞ?」
「あぁ、借りはいずれ返すとロックに伝えてくれ」
「師匠もお身体をお大事に」
ラクスが話しかける。
「あいよ」
エスネールも続けて言う。
「それじゃ、よろしく伝えてくれ」
「誰にじゃ?」
「ろ、ロックとフィリスにだ!」
「分かった」
ガルフレットはにこやかに笑った。
「お主たちの道に、幸あらん事を」
「おう!じゃあな!」
3人は馬を走らせて行った。
そのうちフィリスも起きてきて、3人が出発した事を知った。
「ガルフレット…私、昨日は凄く楽しかった。また、こうして一緒にいられる時くるよね?」
「もちろんじゃ」
2人は朝食を終えたあと、出発の準備を整えた。
だが昼までロックは起きてこなかった。
「おはよー」
欠伸をしながらのセリフ。
「ロック!もうお昼よ?」
「まぁ今さらじゃ。ロックは酒は強いが回復が遅い。昨日も相当呑んだのじゃろう?」
「あぁ、3時くらいまでかな?3人はさすがに出かけたか」
「早朝にな。ロスがこの借りはいずれ返す。と、エスネールがよろしくと伝えておった」
「そうか。じゃあオレらも帰るか」と、いきなりロックの腹の音が鳴った。
「…メシを食ってからな」
「マイペースじゃのう」
「もう」
ガルフレットもフィリスも笑って応えた。
旅先から帰ってきて数日が経った。月イチの定例報告の日だ。
魔眼鏡に魔王の姿が映る。
「それで、問題はないかな?」
いつもの切り出し口調だ。
「特にこれといってはありません」
答える。正直内心はビクついていた。エスネールたちを助けに行ったことがバレたのかどうか、気が気でなかった。
「こちらは少しありましての」
魔王が切り出す。
「私は最近魔術の研究がたのしくての。とうとう純粋な魔法のマナを結晶化することに成功しましたのだ」
「魔法の結晶化?召喚魔法じゃなかったんですか!?」
「ほう。知っておりましたか。これは勇者殿の情報網を甘く見ておりましたわい」
あ、危ねー!自分でバラすところだった。
「それで、このマナの結晶なのですが、核がない代わりに無敵。しかし頭脳もなく、攻撃をしなければ反撃もしないという半端者でしてな」
「ほう!攻撃しなければ害なしという事ですか!」
「今までは、ですがの」
「え?」
「このマナに、人間を数十人ほど取り込むと、人格らしきものが芽生え、形を成していきます。人族なら人型に。ドラゴンならドラゴン型に。という具合です」
「ほほう」
どれだけの実験をすれば、それが判明したのかという怒りが、密かに湧いてくる。
「それで、本題ですがな?前回の定例会で、最高の贈り物が贈れるかもしれぬ、と話しましたな?」
「確かに」
「陛下には、妾をひとり進ぜましょう」
「え?」
頭の中が、真っ白になった。妾?
「い、いやいや魔王さん。以前にも話しましたとうり、私とフィリスは蛇神の婚姻を結んでおりますので…妾など作ったら、私は死んでしまいます」
「カッカッカッ。やはり勇者殿はご存知なかったですか」
「何をです?」
「邪神の契約というのは、重ねがけができるのですよ。のう、ガルフレット殿?」
「おいおいマジか!ガルフレット?」
「ま、可能ですな」
ガルフレットはしれっと答える。
「という訳で、先程送りましたので、そろそろ届くかと」
「え?」
そのとき、玉座の間のガラス窓が、かなりの高温とともに溶けて行った。
そして、5メートルほどの灼熱の炎が室内に入り、人の形を成していく。薄い水着?にグラマラスな赤銅の肌。紅の瞳に赤毛の美女が現れ、魔眼鏡と俺たちの合間に降り立った。
「魔王様〜、ただいま着きましてございます〜」
「ふむ。ならば勇者殿にきちんと挨拶をしなさい」
「はい〜。初めまして勇者様〜。火のマナのカルラと申します。以後よろしくお願い致しますわ〜」
「以後…以後ってどういう事ですか、魔王さん?」
「先程も申した通り、妾、ですよ。ジプシーや高級娼婦、それにあらゆる美女を宿して生み出しました。可愛がってくだされ」
俺は別の意味で怯えながら、フィリスの方を見た。フィリスは俯いて、握った両手をプルプル震わしている。
やばい。マジで怒ってる時の反応だ。
「ま、魔王さん。これは嬉しい申し出ですが、私にはこの者がおりますし、正直火のマナを傍に置くほど腹が座っておりません」
「そこら辺はご安心下さい。この者はもはやロック殿の命しか聞かぬようにしておりますし、我々魔族と血縁の子が生まれましたなら、より一層の絆が生まれましょう」
「ですが、ですが私、元より性欲が少なくてございまして、ご期待には添えぬかと」
「それは何より!この者にはあらゆる手練手管を身についておりまする。快楽に身を委ねて頂けると良いでしょう」
「でも、あー…」
俺はガルフレットに助けを求めた。が、ガルフレットは無常にも
「無理じゃ」
とばかりに首を振った。
「それではガルフレット殿。蛇神の契約をカルラと勇者殿に」
ガルフレットは進みでると、詠唱を唱えた。
「ロック-フォン-アーヴィンハイム。そなたは命尽きるまで、カルラを愛することを違うか?」
「ああー!!」
「ではカルラよ。お主はその命尽きるまで。ロック-フォン-アーヴィンハイムを裏切ることなく愛することを違うか?」
「ちょっと待て、今の悲鳴!悲鳴!」
「はい〜。この命尽きるまでぇ」
「では、誓いの蛇神を薬指に」
ガルフレットはまたもダガーで薄く切った指先をオレとカルラの薬指に当てた。その瞬間触れられた場所に光か宿り、蛇がうねる。その蛇が指に刻印され、指先から心臓へと入っていった。
オレにとっては2本目の刻印だ。
こうしてオレは、2人目の妃を迎えることになった。
その夜、俺はフィリスの部屋へと忍び込んだ。
「よ、ようフィリス。少し呑まないか?」
「良いわね」
物腰こそ穏やかだが、張り詰めた怒り…のようなものが見える。
「あ、あのさ。魔王はああ言ったけど、オレ カルラ抱く気ねーからさ。それだけ分かって欲しくて」
「本当?本当に私だけを見てくれる?」
「もちろんだ」
「証拠は?」
「フィリス…呑みが足りないみたいだな」
「え?」
俺は葡萄酒を口に含み、口づけで一気に呑ませた。
「そう言えば久々になっちまったな」
フィリスの目がとろーんとしてくる。
「寂しい想いをさせたな」
「別に寂しくなんかないもん」
「そうか?」
俺はフィリスの首筋に舌を這わす。
「はぁ…くっ」
フィリスの弱点は知り尽くしている。攻めに攻めて、フィリスは気を失った。オレはおやすみ、とおでこに口づけを交わして部屋を出た。
扉を出たところで、カルラが待っていた。正直、心臓が飛び出るかと思った。
「勇者様…ズルいです〜」
「カルラ。オレはお前を抱けない。これはフレアゾルで誓ったことだ。俺はフィリスを守る。それに他が入る隙はない。済まないと思うが、勘弁してくれ」
「分かりました〜。ただ、マナである私が大人しくしていると思ったら大間違いですわ〜」
何する気!?
と問いただしたかったが、怖いので黙っておいた。
カルラは黙って立ち去った。