第91話 生配信へ
話し合いは盛り上がり、気づけば二度目の注文をするほどの時間になっていた。
最初はクマーヤの設定を詰めていたはずなのに、いつの間にか雑談の方がメインになり、その続きは次回オンラインでという流れになった。
そんなふうにして、俺達のオフ会は終わりの時間を迎えた。
駅での別れ際、ミコトさんがふと思いついたように言った。
「今度はみんなでどこかに遊びに行きませんか?」
少し寂しそうだった三人の顔がぱっと明るくなり、自然と笑顔がこぼれた。
今日の話し合いを通じて、彼女達は価値観の違うところも含めて、互いの個性を受け入れ、遠慮なく自分の意見を出し合ったからこそ、すっかり仲良くなっていたようだ。一人だけ異性の俺は、正直、少しだけ羨ましく思った。
この三人が今度は女子会を開くのも、それはそれでいいだろう。ギルドマスターとしては、メンバーがリアルでも仲良くしてくれるのは喜ぶべきことだ――たとえ自分がそこに含まれていないのだとしても。
「おお、いいな。前もって言ってくれれば日を空けられるぞ」
「私はたいていいつでも大丈夫だよ」
うんうん。そうやって三人で連絡を取り合ってくれればいいよ。
大丈夫、俺は寂しくなんてないんだから!
……そう思って、三人のやり取りを少し離れたところから見守っていると、不意にミコトさんの声が飛び込んできた。
「ショウさんは?」
はっとして見ると、ミコトさんが少し下がりぎみの大きな瞳をクリクリさせながら、俺の方を見ていた。
同じように、二重のぱっちりとした目のクマサンも、神秘的な緑の目のメイも、答えを待つように俺を見つめている。
「え? 俺も入ってるの?」
「当たり前じゃないですか!」
「なんで他人事になってるんだ?」
「ギルマスなんだから当然だよ」
そんなふうに突っ込まれるとは思わず、少し驚きながらも、心の中に温かいものが広がっていくのを感じた。
「俺もいつでもオッケーだよ!」
「できればギルドマスターとして、ショウさんの方から誘ってもらえると嬉しいですけどね」
確かに、その通りだった。
一番年下のミコトさんにこんなことを言わせているようでは、情けない。
「……善処します」
そう言って頭を下げる。
ここでこんな答えしかできないところが、俺らしいというか……情けない。
そんなこんなで、ギルド「三つ星食堂」の初めてのオフ会は無事に終わった。
ゲームの中では見えにくい、みんなの素の表情や日常の空気に触れられたのは、自分にとって思った以上に貴重な経験だった。
仕事をやめてから、リアルで人と接する機会はめっきり減っていた。ゲームの中で会って話すのもいいが、ああして表情の変化や息づかいまで感じながら会話するのも、悪くないなとしみじみ思った。
雑談で盛り上がりすぎて決められなかったクマーヤの設定は、その後オンラインで何回か話し合い、ついに完成を見た。全員が共有するクマーヤのイメージが、しっかりと一つの形になったのだ。特にクマサンは、設定がばっちり固まった瞬間、「もういつでもクマーヤになれる!」と自信たっぷりに言ってくれて、頼もしさを感じたものだ。
その後、俺達は生配信の日時を決め、クマーヤとしてのアカウントで作ったSNSなどで宣伝を行った。新たに吟遊詩人総選挙のゲーム動画もまとめてネットにアップしたが、そこにも生配信の告知をしっかりと入れておいた。
そして、いよいよ生配信の日がやってきた。狙いは夜のゴールデンタイムだ。
配信が夜ということもあり、今後継続していくならクマサンの部屋に機材を整えた方がいいのでは、という話も出た。
だが、クマサンは「パソコンとか苦手だから、機材を一人で扱うのは不安だよ」と譲らず、結局今回も俺の部屋で配信することになった。
夜に異性である俺の部屋に一人でいるのはあまりよくないのではと思ったが、クマサンはそのあたりの警戒心が薄いのかもしれない。
相手が俺だからいいものの、今後のことを考えるとクマサンのことが心配になる。実際、彼女は危ない目にも遭っているわけだし。
「もうすぐ予告していた開始時間だね」
俺の心配などよそに、楽しげにパソコンの前で座り直したクマサンが、期待に満ちた笑顔でこちらを見つめてきた。
楽しみにしているのは俺も同じだ。だけど、クマサンが過度な期待をしているんじゃないかと、少し不安になる。
Vチューバーで多くの同時接続者数――いわゆる同接があるのは、大手の企業系くらいだ。個人なら、同接五人以下が当たり前で、十人いったらかなり嬉しい。五十人も来たら泣いて喜ぶ。そんな厳しい世界だ。
だからこそ、今回の生配信中、どこかで十人に達すれば成功だと俺は思っている。たとえ数人でも、クマーヤのことを知って、本当のファンになってくれる人が現れるなら、それだけで大きな一歩だ。
だけど、クマサンは実際に声優をやっていた元プロだ。そんな彼女が、十人にも満たない同接にショックを受けやしないかと心配になる。
「クマサン、大手みたいにはいかないから、今回見に来てくれる人はきっと少ないはず。最初は0人からのスタートだってありえるけど、クマサンがめげずに話してくれれば、少しずつ見てくれる人が増えていくから!」
「心配しなくても大丈夫だよ。今の私は声優・熊野彩じゃない、名前も知られていないただのVチューバーだってわかってるから。……でも、画面の向こうにいるのがたった一人だとしても、こうやって誰かに自分の声を届けられる――それが嬉しいんだよ」
クマサンの清々しいほどの顔を見ればわかる。決して強がりではない。それが彼女の本心なのだろう。
そうだ。吟遊詩人総選挙の時、俺と違って打算抜きに、ただ目の前の子供達へ歌を届けていたのは、クマサンとウェンディだった。あの姿を見たからこそ、俺はクマーヤの生配信をやろうと思えたんじゃないか。
それなのに、俺はまだ数字の方ばかりを気にしていた。少しだけ、自分が恥ずかしくなった。
俺は大きく息を吐き、彼女に向かって微笑む。
「さぁ、開始の時間だ。楽しんでいこう」
「うん!」
時間は20時。予告していた時間になった。
開始ボタンをクリックし、クマーヤの生配信が始まった。
「こんばんは! クマーヤだよ!」
クマサンのハツラツとした声が響き、それに合わせるように画面上のクマーヤが微笑む。
その顔は、生き生きとしていた。
クマーヤの表情はクマサンと連動している。それはつまり、今のクマサンがそんな顔をしているということだ。
俺はそんな彼女を心強く感じながら、手を伸ばしてマウスを動かしていく。
俺達が使っている配信用ソフトは、少しだけ手を加えてあり、同接人数をこちらだけ確認できるようにしてある。
とはいえ、少ない数字が見えたままだと気持ちが削がれるかもしれない。だから、表示と非表示は自由に切り替えられるようにしておいた。
クマサンと相談し、生配信が始まるまでは、非表示状態にしておき、配信開始と同時に表示に切り替えると決めていた。
俺は震えそうになる指で、非表示から表示へと設定を切り替える。
「――――!」
危うく出そうになった声を、俺はなんとか飲み込んだ。
目を疑って、思わず画面を見直す。
――いや、見間違いじゃない。
同時接続人数103人。
予想を遥かに超えた人数だった。
今この瞬間、想像以上の人がクマーヤの配信に集まり、彼女の声に耳を傾けている。
その事実に、胸が熱くなった。




