第85話 クマーヤ、生配信やるってよ
「――というわけで、クマーヤの生配信をやってみたいんだけど、どう思う?」
翌日、みんなが店に集まったところで、俺はクマーヤの生配信をやりたいと切り出した。
普段ならもっと気軽に相談できる。だが、今回は勝手が違う。
準備も必要だし、何よりメンバー全員の意見が欠かせない。
外に話が漏れない店の個室は、こういう相談にはうってつけだった。
「生配信とは、ずいぶん思い切ったことを考えたものだな」
「私はクマーヤが生で動いて喋るところ見てみたいです!」
メイははっきり賛成とは言わなかったが、表情はまんざらでもなさそうだった。
ミコトさんは、最初から全面的に賛同してくれている。
俺は、今回の企画の鍵を握るクマサンの反応を横目で窺った。
生配信で一番重要なのは、どう考えてもクマサンだ。
クマーヤのデザインは秀逸だが、ほかにも見た目が可愛いVチューバーは何人もいる。だけど、あの声だけは代えが利かない。
もしクマサンが嫌だと言うなら、この企画は諦めるしかない。
そう思って見守ったが、クマサンの表情は獣人ゆえに読み取りづらかった。
クマサンは俺の視線に気づいたのか、すぐには答えず、わずかに考え込むような間を置いた。
その沈黙が、やけに長く感じられる。
誰も口を開かないまま、時間だけがじわじわと過ぎていく。
やがて――クマサンは、迷いを振り切るように口を開いた。
「俺もやってみたい」
その一言に、俺は心の中でガッツポーズを決めた。
クマサンがその気になってくれるのなら、もう決まったも同然だ。
クマサンの返答を聞いて、メイも納得したように頷いた。
「へぇ、クマサンもやる気なんだ。普段のクマサンからすると意外な感じだけど、やっぱりクマサンも表現者なんだな。わかった、クマサンも賛成なら私も異論はない」
メイの賛同も得て、これでギルドメンバー全員一致でクマーヤの生配信が決定した。
ただ、メイの口にした「クマサン『も』表現者」という言い方だけは、妙に耳に残った。
――も、ってなんだよ。
まるで、自分も同じ側の人間だとでも言いたげな響きだった。
クマサンが元声優なのはもう全員が知っていることだ。
メイが音楽を作るのも知っている。だが、今の「も」の言い方は、趣味で曲を作る、というのとは何か違う響きがあった。
気にはなったが、そこに踏み込むのは野暮だ。
ネットゲームの楽しみ方は、大きく二つに分かれる。
現実の延長として遊ぶタイプと、現実を切り離してキャラクターになりきるタイプだ。
このギルドは、明らかに後者――ロールプレイ寄りだった。
俺とクマサンは例外的にリアルでも顔を合わせているが、ミコトさんとメイの素性はほとんど知らない。
それでも、困ったことは一度もなかった。
むしろ、その距離感が心地いい。
だからこそ、軽々しくリアルに踏み込むようなことは、したくなかった。
「クマサンもメイさんもオッケーなら、これで決まりですね! 生で喋るクマーヤ、今からもう楽しみです!」
ミコトさんは早くもノリノリだった。
だが、そんなミコトさんの隣で、賛同してくれたはずのクマサンが少々難しい顔をしていた。
「ただ、生配信をするなら、クマーヤの設定について決めておいてもらいたい。クマーヤには何か原作があるわけじゃないから、俺自身クマーヤがどんなキャラクターなのか正確にはわかっていない。クマーヤを演じるには、もっとクマーヤの細かい情報が必要だ。クマーヤはみんなのものだから、俺が勝手にクマーヤの人格を決めるわけにはいかないだろ?」
なるほど。
確かにその通りだ。
これまでの動画は問題なかった。だが、生配信となれば話は別だ。
クマーヤの個性が前に出る以上、解釈のズレは避けられない。
――「私のクマーヤはそんなこと言わない」
そんな不満が仲間内から出ても、おかしくはない。
それが原因でギルドに溝が入るのは、避けたかった。
「じゃあ、生配信の前に、クマーヤの性格や設定をみんなですり合わせよう。全員の希望を全部入れるのは無理でも、どうしても譲れない部分はできるだけ反映して、クマーヤの内面を形にしていこう」
「そうだな。そうしてくれれば、俺もクマーヤというキャラクターが自分の中に落とし込める」
クマサンは、プロの声優として活躍していた人だ。
彼女の中でクマーヤがしっかり形になれば、その瞬間から、クマーヤそのものとして振るまえるだろう。
その点に関してだけは、俺は少しも不安がなかった。
タンクとしての役割と同じくらい、俺はクマサンの演技力を信じている。
「じゃあ、せっかくみんな集まっていることだし、今ここで詰められるところまで話し合ってみようか」
俺としては当然の提案だったし、みんなもきっと賛同してくれると思っていた。
だが、そのとき。
ミコトさんが、何かを決意したように小さく息を吸った。
「待ってくださいショウさん」
「ん? ミコトさん、どうしたの?」
「こういう大事なことは、ちゃんと相手の顔を見て、目と目を合わせて決めるべきだと思うんです。私は吟遊詩人クエストで、それをショウさんに教えてもらいました」
ミコトさんの言っているのが、ミコトさんとカレンが喧嘩した時のことだということはすぐにピンときた。
だが、それと今の状況がどうにも結びつかない。
「でも、ミコトさん。俺達は今こうしてちゃんと顔を合わせているけど?」
「違います! そうじゃないです! クマーヤがアナザーワールドの中のVチューバーなら、私も何も言いません。でも、クマーヤはリアルの世界のVチューバーです」
リアルの世界のVチューバー。
その表現は正しいのか、と一瞬だけ考えてしまう。ネットの世界のキャラクターだって、リアルといえばリアルなわけで――いや、本質はそこじゃない。
ミコトさんが何を言いたいのか、いまだ俺は理解できず、彼女の言葉に注意深く耳を傾ける。
「ですから、私達もリアルで会って、ちゃんと顔を合わせて話をするべきだと思うんです。つまり、オフ会です!」
「――――!?」
思いがけないミコトさんの言葉に、俺は心底驚き、思わず体が浮き上がりかける。
見れば、クマサンとメイもびっくりしたように目を見開いていた。
オフ会。
それはロールプレイタイプの人間にとって、半ば禁句に近い言葉だった。
リアルタイプの間では実際に行われているという噂も聞く。だが、俺にとっては都市伝説も同然だ。
少なくとも、ロールプレイタイプが集まったこのギルドとは、もっとも縁遠いものだと思っていた。
それなのに――まさか、自分がオフ会を提案される日が来るなんて。
思わず、言葉を失う。
俺は隣のクマサンと、互いに目を見合わせた。
クマサンの顔には困惑の色が浮かんでいたが、きっと俺も同じ顔をしているのだろう。




