第83話 勝因と敗因
カレンとイングリッドの名前が先に呼ばれた時点で、心のどこかで「勝てる」と思ってしまっていた。
ウェンディには、最初の予想順位を除けばずっと順位で勝ってきた。
イングリッドのようなスキャンダルも、カレン達のようなトラブルも、俺とエルシーにはなかった。
それでも最後の最後でクマサンのウェンディにまくられ、エルシーは2位で終わった。
「……なぜだ?」
俺は全員の順位が並ぶ結果ウィンドウを食い入るように見つめた。
そこには順位だけでなく、誰がどんな層に支持されていたのかという詳細まで表示されている。
俺の読み通り、エルシーの男性人気は高く、特に若い男性人気が突出している。それ以外の層からの支持も決して悪くはない。
一方のウェンディは、若い男性人気こそ高くないものの、一定年齢以上の男女に幅広く支持されていた。だが、俺が見ていた限り、そうした層へ特別にアピールしていた様子はなかったはずだ……。
俺の知らないところで何か秘策を進めていたのだろうか?
俺は首を捻りながら観客席に目をやった。そこには、投票権はないものの、順位発表を期待して見に来ている子供達の姿があった。子供達は、ウェンディが1位になったことに、純粋に喜んでいる。
「――――! そういうことか!」
そこで俺は気づいた。
子供達の隣には、嬉しそうにはしゃぐわが子を、目を細めて見つめる父親や母親がいるということに。
確かに子供達に投票権はない。
だが、子供が「ウェンディがいい!」と喜べば、両親や祖父母はその感情を無視できない。
ライブを見たいとせがまれれば保護者も一緒に行くだろうし、そうして見ていくうちに、大人達もウェンディに惹かれていく。
ほかに気になる吟遊詩人がいても、子供に頼まれれば「自分の一票くらいなら」と入れてしまう親だっているはずだ。
ウェンディはそうやって票を重ねていったのか……
俺は勝利を分かち合うクマサンとウェンディのもとへ足を向けた。
「おめでとうクマサン。俺の完敗だよ。……クマサンの戦略を読み切れてなかった」
「ありがとう、ショウ。でも、戦略って何のことだ?」
クマサンにとぼけている様子はなかった。
「子供達にアピールして、その親や、場合によっては祖父母まで取り込む戦略だよ。一人の子供を味方につければ、実質、数票分の影響力になる。そういう作戦だったんだろ?」
俺の言葉にクマサンは戸惑いながら首を振る。
「なんだ、それは? 俺達はただ、公園で出会った子供達が寄ってきてくれたから、喜んでくれるように頑張っただけだ。勝てたのは、ウェンディが目の前の人にずっと真摯に向き合ってきたからだ」
「そんなことないですよ。マネージャーがいつもそばにいてくれたからです。だから私は何も迷うことも不安に思うこともなく、ただ心を込めて歌うことができたんです」
「…………」
互いに相手のおかげだと言い合う二人を見つめた。
クマサンは本当に、子供の親まで取り込もうなんて考えていなかったんだ。
ただ、目の前の人とウェンディのことだけを考えていたんだ。
情報収集に励み、作戦を練り上げた俺は、ただ目の前の相手に真っ直ぐ向き合っていた二人に敗北したのか……。
もし、これが計算され尽くされた戦略であったなら、俺はもっと納得できたのかもしれない。
だけど、この負けは……正直、悔しい。
「ショウ!」
肩を落とす俺の背中に、叱責するような鋭い声が飛んできた。
その声はキャサリンのものだった。
振り返ると、目を吊り上げた彼女が俺を睨んでいる。
俺がエルシーを優勝させられなかったことを怒っているのだろうか。
だが、同じ六姉妹のウェンディが優勝したなら、彼女の目的は果たされているはずだ。
それなのに、なぜこんなにも怒っている?
「エルシーを優勝させられなかったことを怒っているのか? でも、ウェンディが優勝なら、君も文句はないはずだろ?」
「誰が優勝とか、今はそんなことはどうでもいいのよ!」
いやいや、それが一番重要だろ?
俺は語気を荒立てるキャサリンに戸惑うしかない。
「何をそんなに怒ってるんだ?」
「そんなこともわからないの!? ちゃんとその目で今のエルシーを見なさいよ!」
「え?」
キャサリンの言葉に促され、俺は慌ててエルシーへと視線を向けた。
その瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
いつの間に繋いでいた手を離し、クマサン達の方へ来ていた俺は、元の場所に一人エルシーを残していた。
今、彼女はそこで悔しそうに、そして寂しそうに、肩を震わせている。
「優勝できなかった悔しさを一緒に分かち合ってもいい、2位になったことを褒めてあげてもいい――でも、あなたは一体何をしているの!?」
「――――!!」
キャサリンの言葉が、俺の胸に鋭く突き刺さった。
イングリッドが4位になった時、メイは彼女の頭を撫で、カレンが3位になった時、ミコトさんは彼女とすぐに抱き合った。
30日もの間、一緒に頑張ってきたんだ。それは当然の行動だ。
……なのに俺は何をしている?
結果が出た瞬間、エルシーの手を離し、最初にしたのは順位の分析だった。そして、彼女に声をかけることもなく、クマサン達のもとへと向かっていた。
その事実を並べただけで、自分がどれほど最低なことをしたのか思い知らされる。
――ああ、敗因は俺だ。
情報収集や敵情視察と理由をつけて、俺は何度もエルシーを一人にしてきた。
何より、頑張った結果2位だった彼女を、たった一人にさせてしまった。
クマサンと俺。
勝った者と敗れた者、その決定的な差が何だったのか、今さらながら俺は気づいた。
「エルシー!」
俺はエルシーへと走り寄り、彼女を思い切り抱きしめた。
一瞬びくりとした彼女の肩が、すぐに力を抜くのがわかった。
ごめん――喉まで出かかった言葉を、俺はのみ込んだ。
「よくやった! 君のパフォーマンスは誰よりも輝いていた! ほかの人がどんな順位をつけようとも、俺の中ではエルシーが一番だ」
「ショウさん……」
「ありがとう、エルシー。君は最高のパートナーだよ」
エルシーも、俺の腕の中で、そっと腰に手を回す。
「いえ、ショウさんだったからこそ、私はここまで来られたんです」
「エルシー……ありがとう!」
腕の中の彼女のぬくもりと、腰に触れる手の確かな感触が、空っぽになっていた俺の胸を満たしていく。
ああ、ようやく俺は今、エルシーの心と繋がれた。
本当に大事なものに、やっと気づけた気がした。
――だけど、このクエストはもうすぐ終わる。次の戦いはない。
インフェルノ戦のように、勝てるまで何度でも挑めるクエストもある。だが、この総選挙は違う。一度きりで、やり直しはきかない。
エルシーを優勝させられなかった悔しさ、それは俺がこのゲームをやり続ける限り、いや、いつか辞める日が来ても、きっと心の中に残るだろう。
だけど、それでも俺は、エルシーこそがナンバー1の吟遊詩人だと思う。
悔しさよりもなお強く、あのパフォーマンスに溢れていたエルシーの魅力が、今も俺の心に残っているのだから。




