第32話 本当の三つ星
メイの思わぬ発言に俺が固まっていると、メイの隣に座ったミコトさんが驚いた顔を彼女に向ける。
「メイさんってこの街に店を持っていたんですか?」
「ああ。辺境の村に店を持つまではこっちで店を開いてたからな。冷やかしやギルド勧誘しようとする連中が押しかけてきて、本当に買いたいと思って来てくれる人に迷惑がかかるし、私も作業に集中できないから、向こうに移転したんだ」
「そういえば、プレイヤー店舗の一等地に空き店舗が一つありましたけど、あれってもしかして……」
「ああ、それだ。プレイヤーで店を購入したのは、このサーバーでは私が二番目だったから立地はいいぞ。一番目は複数の職人での共同購入だったから、個人で購入したのなら私が一番目だったけどな」
住む世界が違う……。
同じ職人でありながら、ここまで差がつくのか。
屈辱に近い悔しさと、羨ましさを感じたが、すぐに俺は先程のメイの言葉を思い出していた。
「メイ、確か『店を使わないか?』って言ったよな? そんな良い場所にある店を、俺に使わせてくれるのか?」
「まぁ、空き店舗にしておいても仕方ないからな」
――ツいてる、なんてもんじゃない。
俺にはメイの姿が女神に見えてきた。
だけど、ミコトさんが不思議そうな顔で口を挟んでくる。
「……でも、メイさん、あの店ならほかに売ってくれって言う人がいくらでもいんじゃないですか?」
「そりゃな。この前も1億で売ってくれと言われたところだ。まぁ、金には困ってないからすぐに断ったけどな」
1億……。頭が痛くなってきた。
そんな金、あと10年プレイしても貯められる気がしない。
「……メイ、ちなみに賃貸料はいくらくらいを考えてる? かなりまけてもらえると助かるんだけど……」
「はぁ? 誰が貸すと言ったんだよ」
メイが口を尖らせ、怒ったような視線を向けてきた。
ちょっと待ってくれ、なんだよその反応は! さっき確かに「店を使わないか?」って言ったじゃないか! 俺の耳はちゃんと聞いていたぞ!
だが、俺が何か言い返す前に、メイはさらに驚きの言葉を発してきた。
「ショウに売ってやるよ。所有権もショウに変更したほうがいいだろうしな。値段はもとの購入金額の1000万で構わない」
「――――!?」
それは破格の条件だった。当初1000万で買えた店が、今や1億で買いたいという人がいるほどの価値がついている。
今の1000万は、当時とは価値が違う。
それでもメイは、その額で俺に売ると言った。
こんな機会、もう来ないかもしれない。
でも、悲しいかな、俺は二つ返事でこの申し出を受けることができなかった。
「……ごめん、メイ。今の俺は1000万も持ってないんだ」
俺はまだ購入資金を貯めている最中で、当初の店舗の販売額1000万の半分にも届いていない。
――でも、今の俺には届かない。
「そんなしょげた顔するなよ。ショウに金がないことくらい、わかってる。その1000万、私が貸してやる。――今からショウは、私に借金1000万な」
1000万。
それは、俺にとって軽く背負える額じゃない。
それなのに、メイはポーション一本でも貸すような気軽さで言い放った。
意味を理解するより先に、トレード申請が飛んでくる。
半ば呆然としながら承諾すると、トレードボックスに置かれたのは「店の権利書」と書かれたアイテムだった。
「いや、こんなものを貰うわけには――」
「いいから、黙って私の言う通りにしておけって」
抵抗しようとしたが、うまく丸め込まれた。
気づけば、俺は承諾ボタンを押していて、「店の権利書」は俺の手の中にあった。
本当に――気づけば、すべてが決まっていた。
「その権利書を持って店に行けば、奥で所有者登録の変更ができる。ショウ名義にすれば、外装も内装も自由にいじれるぞ。多少は金がかかるが、それくらいは何とかなるだろ? 返済期限はなしだ。返せるときでいい」
そこで、わずかに視線を逸らして続ける。
「……ただし、借金がある間は私をギルドから追放するのは禁止だ。いいな?」
「……いいのか? そんな条件で? それじゃあまるで、ギルドにいる限り返さなくてもいいって言ってるようなものじゃないか」
「うっ……」
メイの頬が一瞬で赤くなり、ぷいっとそっぽを向いた。
「メイさんって、なかなか素直じゃないですよね~」
ミコトさんが楽しそうにからかう。
だが、俺にはその含みがよくわからない。
それでも――俺は一等地の店を手に入れてしまった。
友達ができて。
ギルドを作って。
そのうえ、自分の店まで。
出来すぎている。
現実感が、追いつかない。
「ミコト、うるさいぞ。……それよりショウ。せっかく売ってやった店なんだから、有効活用してくれよ。明日からはそっちに行けばいいよな?」
「プレッシャーがすごいけど……わかった。明日までに準備しておく」
「期待してるぞ」
「いよいよショウも店持ちか」
「新しいギルドの集合場所になりますね!」
みんなの視線が、ひとつに集まる。
その先にいるのは、俺だ。
胸の奥がじんわりと熱を帯びる。
――応えたい。
皆と別れたあと、俺はプレイヤー店舗エリアへ向かった。
一等地の空き店舗。
中に入り、奥で所有者登録の手続きを進める。
権利書を提出すると、システムメッセージが表示された。
【所有者登録が完了しました】
その文字を見た瞬間、胸の奥が、じわりと熱くなる。
店は、正式に俺のものになった。
しばらくその表示を眺めてから、俺は次のメニューを開く。
【店舗カスタマイズ】
内装や外観は、金を積めばいくらでも豪華にできるらしい。
メニューには、内装や外観のほかにも、店内に流す音楽の設定まで用意されていた。
用意された曲のほかに、自分で作った曲も流せるらしい。
……いや、こんなのあっても俺に作れるわけがないだろ。
それより――今はデザインだ。
俺は借金1000万の身だ。無駄遣いはできない。
できるだけ費用をかけずに、理想の店にしたい。
散々悩んだ末――俺が選んだのは、明るい木目を基調とした店内デザイン。
三つ星レストランというよりは、どこか懐かしい大衆食堂の雰囲気。
でも――それでいい。
外観も同じく木造風に整え、最後に看板を設定する。
ひと通り作業を終え、俺は店の外に出た。
振り返り、視線を上げる。
そこに掲げられている看板は――『三つ星食堂』
「……メイが入ってくれるってわかってたら、『四つ星食堂』にしてたんだけどな」
小さく苦笑し、視線を足元へ落とす。
いまさら名前は変えられない。
それはもう決まったことだ。
「……いや、違うか」
俺は料理人だ。
星をつけられる側だ。
だったら、星は――クマサンとミコトさんとメイの三人。
三人で、三つ星。
つまり――今の四人がそろって『三つ星食堂』。
「……そうか。今こそ、この名前通りになったんだ」
胸の奥に、すとんと落ちる。
『三つ星食堂』。食堂の名前であり、ギルドの名前。
それがようやく、本当の意味を持った気がした。
この店も、このギルドも――きっと俺達四人にとって、帰ってこられる場所になる。
そんな静かな確信とともに、俺はもう一度看板を見上げた。




