第277話 絶望の追いかけっこ
後ろを振り返れば、クマサンとシアは追いかけてきている。
向こうはタンク&アタッカーの鉄板タッグ。とはいえ、こちらも最強格のダブルアタッカーだ。本来なら、互いにリスクを避けて戦闘を回避してもおかしくないはずなのだが……。
「残り時間も少ないんだ、ほかの相手を探したほうが効率いいだろうに……」
可愛い女の子達に熱心に追いかけられるのは、普段なら悪い気はしない。
だが、この状況で喜べるほど、俺はイカれてはいなかった。
できることなら、さっさと諦めてほしいものだ。
……いや、もしかすると、俺が迷わず「即逃げ」を選んだことで、こちらが大量のスターを抱えていると勘づかれたのかもしれない。
クマサンもシアも、こういう場面での嗅覚は侮れない。
――むしろ、ここで切り替えて戦うべきか?
ここで二人を撃破できれば、さらにポイントを積み重ねられる。勝利はほぼ確定だ。
仮に俺が倒されても、ルシフェルさえ生き残れば問題はない。
……だが、相手はクマサンとシア。
クマサンのタフさは、俺が誰よりも知っている。防御力無視の料理スキルを使ったとしても、体力を削り切るには時間がかかるだろう。
先にシアを狙えれば話は早いが、挑発がある以上、それも難しい。
やはり戦うのはリスクが高い。
それでも戦うべきか、このまま逃げ切るべきか――。
「ショウ! 見つけた!」
思考を断ち切るように、鋭い声が前方から響いた。
顔を上げると、そこには睨みつけるようなメイの姿があった。
すでに戦闘可能エリアに入っているのだろう。
メイは迷いなく戦闘態勢に入る。
――まずい。
周囲にソルジャーの姿は見えないが、メイが単独行動をしているとは考えにくい。近くにソルジャーもいて、二人で次の獲物を探していたってところだろうか。
「……見つけた。すぐに来て」
小さく聞こえたその声は、明らかにパーティチャットだ。
ソルジャーを呼び寄せているに違いない。
前方にはメイ&ソルジャー、後方からはクマサン&シア。
まさに前門の虎、後門の狼。
ソルジャーが合流する前なら、メイを倒すのは難しくない。
だが、そうすれば確実にクマサンとシアに追いつかれる。さらにソルジャーまで戦線に加われば、前後から攻撃を受ける形になってしまう。
そうなれば――結末は考えるまでもない。
「ルシフェル、こっちだ!」
俺はルシフェルの手を強く引き、建物と建物の間にある細い小道へと飛び込んだ。
ここは知る人ぞ知る、大通りへ抜けるショートカットルート。
一見ただの隙間にしか見えないが、実際には通行可能な道として設定されている。注意深いプレイヤーだけが知る抜け道だ。
この場所でメイに遭遇したのは、不幸中の幸いだった。
俺はルシフェルの手を引いたまま、小道を全力で駆ける。
だが、メイにターゲットされているせいで、移動速度が目に見えて落ちていた。
……ヤバい。
背後から迫るメイとの距離は、確実に縮まっている。
さらにその後ろには、クマサンとシア。
あの二人まで戦闘可能範囲に入られてターゲットされたら、移動速度はさらに低下する。
そうなれば――ジ・エンドだ。
しかも、よく見れば、シアの後方にはソルジャーの姿まである。
完全に追いかけっこに参加してきている。
……待てよ。
一見すると絶体絶命だが、見方を変えれば、この状況はチャンスでもあるんじゃないか?
前後を挟む形になったメイ&ソルジャーが、クマサン&シアに仕掛ける。
あるいは、その逆に、分断された形のクマサン&シアが、メイかソルジャーを狙う。
そうなれば、俺達は無事に逃げ切れる。
もしくは――二組が潰し合って疲弊したところを突けば、美味しいところだけをかっさらうことも、不可能じゃない。
……と、そんな都合のいい展開を期待しながら、ちらちらと後ろを確認するが――
全然、戦いが始まらねえ!
お前ら、目の前に別の獲物がいるだろ!
いいから、そっちで戦ってくれよ!
「もう、なんだよこの状況! 俺に恨みでもあるのかよ!」
思わず愚痴が口を突いて出る。
……あ、そういえば、「絶対殺す」なんてチャットが届いてたっけ。
ゲームの中の出来事を、いつまでも根に持つなよ。
心が狭いぞ、メイ!
――と、叫びたかったが、余計に怒りを買うだけなので、さすがにこらえた。
だが、このままじゃ、いずれ確実に追いつかれる。
……どうする?
打開策が見えぬまま、建物の隙間にある小道を抜け、大通りに出た――その瞬間。
「――うげっ!?」
「ショウさん! 見つけましたよ!」
「ショウ、さっきの借りを返すぞ!」
よりにもよって、ミコトさんとねーさんに鉢合わせする。
俺は反射的に背を向け、ルシフェルの手を握ったまま、再び走り出した。
「なに仲良さそうに手を繋いでるんですか!」
戦闘態勢に入った二人が、勢いよく追いかけてくる。
どうやらターゲットは、完全に俺へ集中しているらしい。
普段なら、女の子にこんな熱い視線を向けられたら、少しは嬉しくなるものだが――今は冷たい汗が、背中を伝うばかりだ。
ターゲットが重なったことで、移動速度の補正が一気に重くなる。
そこにクマサンとシアも戦闘可能範囲に入り、さらに減速。
――万事休す。ここまでか……。
一度に五人からターゲットを取られては、さすがにどうしようもない。
どうして俺ばっかり狙うんだと叫びたい――が。
……ん?
よく考えたら、今、ターゲットを取られているのは俺だけじゃないか?
つまり、ルシフェルは――フリー。
俺はすぐにルシフェルの手を離した。
一瞬、ルシフェルが驚いたように目を見開くが、何か言われる前に、俺が口を開く。
「後ろの連中は俺が引きつける。その隙に、お前は逃げろ!」
「いや、しかし――」
「ここでお前を死なせるわけにはいかない! 俺の命に代えてもだ!」
「――――!!」
なにしろ、スター五個分の価値がルシフェルにはある。
スターゼロの俺とは、命の重みが違う。
……なのに、ルシフェルのやつ、胸の前で両手を組んで、潤んだような瞳で俺を見つめてきやがる。なにを躊躇っているのか、さっぱりわからない。
「いいから行けっ!」
俺はルシフェルを前方へ突き飛ばし、後ろを向いて包丁を構えた。
「ショウの気持ちは受け取った。――すまない!」
走り去る足音が聞こえる。
自分のスターの価値を、ようやく思い出してくれたようで何よりだ。
――あとは、ここで俺が、できるだけ時間を稼ぐだけ。
それが、俺の役目だ。
「――最強の料理人の力、見せてやる!」
ミコトさん、ねーさん、メイ、クマサン、シア。
五人が並ぶようにして、一直線に迫ってくる。
相手にとって、不足はない。
俺は五人に斬りかかり――すぐに死んだ。
……そりゃ、そうだよな。




