第276話 慢心フラグ、点灯中
「ショウ!」
「マテンロー!」
俺の包丁が、マテンローの防御を切り裂いた。
【ショウはマテンローを倒した】
ほぼ同時に、背後から放たれた精霊魔法がウリエルに直撃し、マテンローに続いてウリエルの死亡メッセージが表示される。
さすがはルシフェル。同じギルドメンバーというだけあって、弱点も動きも把握済みだったのだろう。俺のフォローに回りつつ、ウリエルをきっちり仕留めてくれた。
メイ&ソルジャーとの戦いを終えた俺達は、スターと次の相手を求めて移動を開始し――そこで最初に遭遇したのが、マテンローとウリエルのタッグだった。
二人はタンク&アタッカーの王道コンビ。
「片翼の天使」屈指のアタッカーであるウリエルは言うまでもなく、マテンローもまた油断ならない相手だった。キングダモクレスに無様に敗北していた頃の彼とは、もはや別人と言っていい。
だが、それでも俺とルシフェルは倒れなかった。
二人とも生き残ったまま、このタッグを退けたのだ。
「……助かった」
「気にするな。今の私とショウは……ただの関係ではないんだからな」
一瞬の間と、妙に回りくどい言い方が気になる。
仲間とか、タッグパートナーとか、もっと普通の表現でいいだろ。
……よほど俺に「仲間」という言葉を使いたくないのか?
案の定、少しでも距離を縮めようと微笑みかけてみたら、ルシフェルはさっと顔を背けてしまった。
一緒に戦ってみて、俺の中でのルシフェルの評価は「優れたプレイヤー」へと確実に上がっているというのに、向こうの態度は相変わらずだ。
人間関係ってやつは、ゲームの中でも難しい。
「ふぅ……」
俺は深いため息を吐き、SP回復のためにしゃがみ込んで休息に入ると、タッグチームのウィンドウに視線を走らせた。
俺は、撃破2・被撃破1・スター0。
ルシフェルは、撃破4・被撃破1・スター5。
ウリエルがスターを二つ持っていたらしく、撃破数に加えてスターまで獲得。これで俺達のポイントは「+9」だ。
開始直後に「−2」になったことを思えば、随分と稼いだものだ。
残り時間も、かなり少なくなってきている。
……これ、下手にリスクを負わなくても、このまま逃げ切れば勝てるんじゃないか?
最強タンクの一人であるねーさんを倒し、同じく最強アタッカーの一人であるソルジャーも撃破している。
ルシフェルとは同じチームだから、どちらが真の最強かをここで決められないのは少し残念だが、このイベントでの実績としては十分すぎる。
……いや、ちょっと待て。
ルシフェルはイベント開始直後、一度ソルジャーに敗れている(一対二だった件は、とりあえず棚に上げておく)。
つまり現時点での格付けは――「ソルジャー > ルシフェル」。
だが俺は、そのソルジャーを倒している(二対二で、トドメを刺したのがルシフェルだった件も、とりあえず棚に上げておく)。
ということは――
「俺 > ソルジャー > ルシフェル」という格付けが、すでに完成していると言っていいのでは?
……いや、もはやそう言うしかない!
――来た。
ついに俺の時代が来た!
「……どうした、ショウ? 急に気持ち悪い笑みを浮かべて……」
ルシフェルの冷静な一言に、俺は慌てて表情を引き締めた。
……って、今の俺、そんな顔してたのか?
「今後の戦略を考えていたんだ。……ここから先は、無理して戦わず、隠れて敵をやりすごすというのはどうだろうか?」
「……ショウらしくない消極的な策だな」
どれだけ俺のことを知っているのかは知らないが、言われてみれば確かにその通りだ。
滅多に遭遇できないイベントなんだ。勝利よりも楽しさを優先する――いつもの俺なら、そう言っていたかもしれない。
だが今は違う。
このまま「最強」の格を保ったまま勝利する。そんな欲が湧いてきたとして、誰が責められようか。
イベント結果が公表されるわけでもないし、ネット上の最強アタッカー論争に影響を与えるわけでもない。
この勝ち逃げは、完全に俺の自己満足だ。
――だが、その自己満足こそが、ゲームの面白さの一つじゃないか。
俺は意地でも、この自己満足を完遂してやる。
そのためには、ルシフェルのスター5ポイントを死守することが絶対条件だ。
間違っても、ほかのチームに渡すわけにはいかない。
「……ルシフェル、お前を誰かに倒させるわけにはいかない」
「――――!? ショウ……私の身を案じて……」
お前の身というか、スターなんだが……まあ、同じようなものか。
「ああ、そうだ」
「……わかった。お前の考えに従おう」
理解してもらえたようで、正直ほっとした。
なぜかルシフェルが潤んだような目でこちらを見ているのが少し気になるが……目にゴミでも入ったか?
……いや、VRゲームの中でそれはないな。
などと一人で心の中ツッコミを入れていると――
「見つけた、ショウ!」
街路の先から、聞き覚えのある声が響いた。
視線を向けると、遠くに二つの影――クマサンとシア。
残り時間を隠れてやりすごすつもりが、嫌な相手に見つかってしまった。
俺の中での最強タンクのクマサン、そして最強アタッカー論争にも時々名前を覗かせるダモクレスの剣持ちのシア。
タッグ一覧を見たときに、密かに最も警戒していたチームだ。
「――まずいな。逃げるぞ!」
俺はルシフェルの手を掴むと、立ち上がりながら走り出す。
二人との距離はまだある。戦闘可能範囲外だ。
ターゲットされて戦闘モードに入れば移動補正がかかるが、この距離なら移動速度は同じ。理論上は逃げ切れる。
二人と戦っても、簡単に敗北するとは思っていない。
だが怖いのは、リミットスキルだ。
ルシフェルのように、このイベントで使ってくるとは限らないが――その可能性はゼロではない。
しかも俺のリミットスキルは料理系ばかりで戦闘向きではないうえ、「モンスター用料理」をいくつも試作した際に使ってしまい、今はクールタイム中。
ここで二人と戦うのは、リスクが高すぎる。
「このまま逃げ続けるぞ」
走りながら、手を引いたままのルシフェルを見ると――
「……強引なのは……嫌いじゃない」
俺の手を見ながら、何を言っているんだ、こいつは……。
どこか上の空のようなルシフェルに不安を抱えながら、俺は走り続けた。




