第273話 想定違い
ルシフェルの案内で辿り着いたのは、街の北端にぽつんと建つ監視台だった。
この街より北にあるのは北の砦くらいだ。
以前は「何のための監視台なんだ?」と少し気になっていたが、今ならわかる。
万が一インフェルノが聖域から解かれたとき、その接近をいち早く察知するための施設なのだろう。
真インフェルノが現れてしまった今となっては、この監視台もついに本来の役目を果たす時が来たわけだが……。
建てた人間は「そんな日が来ませんように」と祈っていたに違いない。
それはそれとして――ここにメイとソルジャーが陣取っているとは完全に予想外だった。
ソルジャーの火力を活かすなら、敵を求めて動いたほうが効率的だ。
拠点を確保するにしても、ほかのプレイヤーと遭遇しやすい街の中心部のほうが良さそうなものだが……。
「……本当にこんなところに二人がいるのか?」
「ああ。二人にとって――いや、メイにとってこの場所は最適だ。必ずまだここにいる」
メイにとって最適……?
その言葉に違和感を覚えたが、監視台に近づくと、上にはメイの姿が、そして長い外階段の下にはソルジャーの姿がはっきりと見えた。
「……本当にいた」
監視台に上がるには、あの長い階段を登るしかない。
その途中でソルジャーが立ち塞がれば、後方のメイに敵が近づくのを防げる。
確かに守りの面では悪い場所じゃない。
……とはいえ、最適と言えるほどか?
ねーさん達がいた路地でも似たような布陣は組めるし、立ち回り次第でいくらでも代替はきく。
「ヒーラーを守りたいのはわかるけど、随分守備的な戦い方だな」
「……ヒーラー? 何を言っている?」
ルシフェルが怪訝そうな視線を向けてくる。
いや、それはこっちのセリフだ。
「いや、だからソルジャーがアタッカーで、メイが後ろでヒーラー役を――」
「――やつらはダブルアタッカーだぞ? 同じギルドのメンバーなんだから、ショウのほうが知っているだろ?」
……は?
頭の中に巨大な疑問符がドッと湧き上がる。
メイがアタッカー?
たしかに彼女は金にものを言わせて魔法スクロールで攻撃もできるが、本職の火力とは比べものにならない。ルシフェルの精霊魔法と並べるなんて論外。
便利屋として「準ヒーラー兼準アタッカー」はできても、俺とルシフェルのダブルアタッカーに食い込めるわけがない。
多分ルシフェルは、一対二で負けたことでメイを過大評価しているんだろう。
プライド高そうだし、「自分を倒した相手=強敵」という思い込みをした可能性大だ。
「一度やられたからって、警戒しすぎだ。メイの魔法スクロールはそこまで脅威じゃない」
「魔法スクロール? さっきから何を言っているんだ?」
「――えっ?」
なんだろう、微妙に話が噛み合わないこの違和感。胸の奥がぞわぞわする。
「――恐るべきは、あの高台から放たれるメイの砲撃だ。こうして見たときは何もないのに、逃げるソルジャーを追っているうちに、監視台の上に砲台が現れて、私を撃ってきた。二発の攻撃で瀕死、そこへ距離を詰めてきたソルジャーのトドメの一撃。……あっという間だった」
悔しさを滲ませたルシフェルの言葉で、すべてを理解した。
メイの追加要素「組立式重装砲」に間違いない。「使いどころがない」なんて言っていたのに、早速このイベントで活用してやがる。
くそっ! メイもミコトさんも、言ってることと、やってることが違うじゃないか!
「あの砲台が何なのか私は知らないが――ショウなら知っているんだろ?」
「……ああ。――あれは『組立式重装砲』。今回のアップデートで鍛冶師に追加された新要素だ」
「……どうりで見たことないはずだ」
「あれの威力は俺の料理スキル以上。ただし、一発ごとに弾を消費するうえ、高ダメージを出すのは、高価な弾が必要だ」
普通なら弾を惜しんでやすやすとは撃てないはずだが――メイのことだから、必要なときには迷いなく撃ってくるよなぁ……。
「ほかに弱点は?」
「……組み立てに時間がかかる。戦闘が始まらないと組み立てられないし、終われば消滅する」
「なるほど。だからソルジャーは、私が姿を見せても即座に仕掛けてこなかったのか。
一度戦闘距離まで近づいたあと、すぐに退いた。……何かあるとは思っていたんだが」
さすがメイだ。自分の弱点を理解したうえで、タッグ戦の仕様を最大限に利用してくる。
これがメイ一人が相手なら、組み上げる前に近づいて速攻で倒してしまえばいい。
しかし、タッグ戦になるとそうはいかない。
ソルジャーが先に接触して戦闘を開始することで、安全圏のメイはその瞬間から砲台の組み立てに入れる。ソルジャーはあえて戦わず退くことで、準備時間を稼ぐ。
脳筋戦闘狂に見えて、ソルジャーはそういう戦術的な行動も可能らしい。おそらく戦う前に策を十分に練り上げ、始まったら作戦内で存分に戦いを楽しむ――そういう厄介な相手のようだ。
「ショウならメイの砲台の攻略法を知っているかと思ったんだが――どうやら厳しそうだな」
切れ者と言われるだけあり、ルシフェルは短い説明だけで状況を把握したようだ。
メイが弱点を補い、強みだけを鮮やかに残していることも。
「ここまで来たが――戦いを避けるか?」
ダブルアタッカー対アタッカー&準ヒーラーの戦いだと思っていたら、ダブルアタッカー対ダブルアタッカーの戦いだった。前提が崩れた以上、撤退は妥当な判断かもしれない。
だが――
「いや、やろう」
俺は迷わず口にした。
「何か策があるのか?」
期待を込めた目が向けられるが、俺は静かに首を振った。
「――ない」
イベント開始前からこうなることがわかっていれば、何か手立てを用意できたかもしれない。だが、この状況で都合のいい攻略スキルやアイテムがポンと出てくるわけもない。
それでも、退くわけにはいかない。
今ここにはサーバー最強アタッカーと言われているプレイヤーが三人も揃っている。そのうち二人が手を組んでいる状況で、残る一人から逃げたとなれば――自分達がそれ以下であると認めるようなものだ。
逃げるわけにはいかない――そして、負けるわけにもいかない。
負ければ、最強アタッカー候補から俺とルシフェルの名が消え、代わりにメイの名前が挙がりかねない。
「――小細工なしの、力と力の勝負だ」
「……それはあまりにもリスクが高いぞ」
「わかってる。だけど、それでも――勝つ。勝たなければならない」
そう、最強アタッカーであると自分自身に証明するためにも、やるときはやらなければいけない。
それに――
「今の俺にはお前がいる――負けるはずがない」
なんてったって、こいつも最強アタッカーと呼ばれる男だ。いろいろと気に食わないところはあるが、その実力だけは確か。
そう思って視線を向ければ、ルシフェルはまた顔を赤くしてうつむいていた。
「……知らなかった……まさか、そこまで私のことを想ってくれていたとは……」
何かつぶやいているが、また変なモードに入ってしまったようだ。
うーむ、やはり戦闘は避けたほうがいいだろうか?
俺が前言を撤回すべきかどうか迷っていると、ルシフェルは急に顔を上げ、俺の手をがしっと掴んだ。
「――任せてくれ。私が必ず勝たせてみせる」
「お、おう……」
よくわからないが、どうやらやる気だけは確かなようだ。
俺は多少困惑しつつも、改めてメイ&ソルジャーとの戦いに挑む覚悟を固めた。




