第268話 二人と一人
胸の前で拳を固め、ファイティングポーズを取るミコトさん。その姿を見て混乱しつつも、俺は必死に状況を分析する。
おそらくミコトさんはサブ職業を、素手で戦う武闘家系の職業にしているのだろう。
武闘家は、武器による恩恵を受けられない代わりに、左右の手による二回攻撃が可能になる。
とはいえ素手攻撃は、筋力・敏捷・器用と複数のステータスが絡むため一点特化しづらく、火力が伸びにくい。さらに防御力の高い相手には通りが悪いとされ、総じて日の目を見ない。
だが、今のミコトさんは「神降ろし」の効果で、一時的とはいえ全ステータスがアップしている。どのくらい強化されるのかは聞いていなかったが、ヒーラーがスキル使用不可のデメリットを負ってまで得る強化だ。「その身に神を宿す」なんて説明があるくらいだし、かなりのステータス上昇効果があるのだろう。
その結果、筋力、敏捷力、器用さが一気に跳ね上がり、高レベル武闘家をも上回る火力を手に入れたというわけだ。
しかも、俺の装備は料理人用の軽装。素手攻撃に対する相性が悪いときている。
「――このままではまずい!」
俺は瞬時に理解した。
この場で一番危険なのは、ねーさんではない。ミコトさんを先に倒さなければ、俺が死ぬ。
ミコトさんの防御も神降ろしで強化されているだろうが、俺の料理スキルは防御力無視の攻撃だ。
当てさえすれば勝算はある。
俺はねーさんからミコトさんへターゲットを切り替えようとして――できないことに気づいた。
「そうだった! 今はまだねーさんの『挑発』の効果中だ!」
本来はモンスターのヘイトを上げる「挑発」だが、プレイヤーにヘイトなんてステータスはない。そのため、このイベント中は、一定時間タンクからターゲット変更不可という仕様になるとルール説明の中に書いてあった。
厄介なことこのうえない。
「くっ! こうなったらまずはねーさんを倒すしかない! ――スキル『ぶつ切り』!」
先にねーさんを倒してからミコトさんを倒す――勝利への道は一気に険しくなったが、可能性はゼロではない。神降ろしの効果時間は無限ではない。いずれは切れる。しかも、これだけのスキルなら再使用までのリキャスト時間は短くはあるまい。俺の勝利の道筋はまだ途絶えてはいない。
そう思った矢先――
「神聖守護盾!」
【ショウはフィジェットにぶつ切り ダメージ0】
目の前の表示はあまりにも無情だった。
「短時間だけど物理攻撃を無効化する聖騎士のスキルだよ! 無策でショウの相手をするほど、うちは間抜けじゃないからね!」
「くっ……やってくれる!」
その瞬間、俺は初めて悟った。
――今まで狩ってきたモンスター達の気持ちを。
彼らもこうして、一方的な理不尽に晒されていたんだな……。
しかし――これはまずい。
ディバインシールドの効果は短い。
だが、対人戦では「その数秒」がすべてを決める。
プレイヤーの体力は、モンスターとは比べ物にならないほど低いのだ。
「こんなときに仲間がいてくれれば……」
ねーさんのスキル効果が切れるまで体力回復で支援、あるいは、挑発でミコトさんのターゲットを奪う、あるいは、ねーさんに魔法スキルで攻撃――そんな仲間が一人いてくれれば勝機はまだ十分にあった。
だが現実は――
【ミコトはショウに攻撃 123ダメージ】
【ミコトはショウに攻撃 122ダメージ】
今の俺は一人。
ねーさんに攻撃することもできず、ミコトさんに殴られ続けるだけの、ただのサンドバッグだ。
無力だ……あまりにも無力で、惨め!
……それにしても、ミコトさん……躊躇がなさすぎない!?
拳に込められた気迫が尋常じゃない。
まるで俺に対して、なにか言いたいことでもたまっていたのかと疑うレベルの強烈な一撃だ。
「ショウ、チャリオットで最後に私をタイマンで倒したのが誰だったのか、忘れたのかい?」
ねーさんが口の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。
……ああ、そうだ。
あのチャリオットのラスト――
一騎打ちでねーさんを叩き伏せ、最後まで立っていたのはミコトさんだった。
ねーさんは、それを覚えていた。
いや、見抜いていたのだ。
ミコトさんの闘志も、秘められたアタッカー適性の高さも。
そして、「神降ろし」の説明を聞いた瞬間に閃いたのだろう。「ミコトさんをアタッカーに仕立てる」という戦略を。
普段はあの気まぐれな言動のせいで忘れがちだが、ねーさんは本質的に「人を見る目」を持っている。
それに、この二人――
組んだばかりとは思えないほど、連携が噛み合っている。
思えば俺も、MMOを始めたばかりの頃は、狩場で出会った初対面のプレイヤーと即席パーティを組み、タンクもヒーラーもいない中で、それぞれができることを必死で補い合って戦っていた。
あれこそが、MMOの原点だった。
……なのに今の俺は、一人で何をしているんだろう。
そんな昔を思い出している間に――
ピキリ、と音が聞こえたような錯覚とともに、「挑発」の効果が切れた。
もう俺の体力は、次の一撃に耐えるかどうかも怪しい。
逆転の芽など、もはや残されてはいない。
それでも――。
俺は包丁を高く構え、振り向いた。
そこには、仲間と連携し、アタッカーとして俺に立ちはだかる、凛としたミコトさんの雄姿があった。
「ミコトさん!」
「ショウさん!」
俺の包丁が閃き、ミコトさんの拳がうなりを上げる。
【ショウはミコトに乱切り 360ダメージ】
【ミコトはショウに攻撃 125ダメージ】
【ミコトはショウに攻撃 124ダメージ】
【ショウは死亡した】
無傷のミコトさんを倒せるとは思っていなかった。
それでも俺は、意地と敬意と敗者としての礼儀を込め、渾身のみじん切りを撃ち込んだ。
やることはやった。
完敗だ。
負けるべくして負けた――素直にそう思えた。
死体となった俺は、すぐに復活を選ぶ。
俺達はマイナス1ポイントになったが、時間はまだ残されている。のんびり寝ていて無駄に過ごす余裕はない。
すぐに最初のスタート位置で復活した。
このイベントでは復活後十五秒だけ、攻撃不能&被ダメージ無効になる。
スタート位置でのゾンビアタックや、逆に強者によるハメ殺しのポイント稼ぎを防ぐための仕様だろう。
「……今のうちにルシフェルと合流したいな」
このタッグ戦はソロで戦って勝てるようなものではない。それが身に染みてわかった。
結局俺は、ミコトさんやクマサンがいてこそのアタッカーなのだ。一人で「最強アタッカー」を名乗れるような器ではないことを、改めて思い知らされた。
「……わかっているつもりだったけど、ついルシフェルの言葉にムキになってしまったな」
「狂気の仮面」を外しながら反省する。
正直、今からルシフェルに頭を下げて、「一緒に戦ってくれ」と言うのは死ぬほど癪だ。
だけど、意地を張って一人で負け続けるよりも――俺は屈辱に耐えてでも勝ちに行く方を選ぶ。
「ミコトさんとねーさんに、このまま負けっぱなしっていうのも気に入らないしな」
そう。借りは返さなければならない。
俺はマップを見て、ルシフェルの位置を確認する。
イベント中、ほかのプレイヤーの位置は表示されないが、タッグを組んだパーティメンバーの位置だけは表示される。
「……そう遠くには行っていないな」
こちらからお願いしにいくのは気が進まないが、行くしかない。重い足を踏み出そうとしたとき――マップ上のルシフェルのマーカーが、突然ふっと消えた。
「……え?」
何が起きた?
困惑する俺の前に、影がひょっこり現れる。
――ルシフェルだった。
「……死んだのか?」
思わず漏らすと、ルシフェルがジロリと睨んできた。
「……そっちもだろ」
気まずさに、俺は黙ってうなずいた。
どうやら俺達はゲーム開始早々、早くもマイナス2ポイントになってしまったらしい。




