第257話 アップデートの追加要素
新エリアに行った早々、真インフェルノと遭遇したことで、新エリアと奴にばかり注目してしまったが、今回のアップデートはそれだけではない。
「片翼の天使」が真インフェルノに惨敗した今、奴の討伐が一朝一夕にできるものではないことは明白だ。
だからこそ、俺は改めてアップデート内容を確認しておくことにした。
中でも気になるのは――「非戦闘職への戦闘支援要素の追加」。
もちろん、戦闘職にも新スキルは実装されているが、それは既存スキルの延長線上にすぎない。対して、非戦闘職に「戦闘に関わる要素」が与えられたのは、これまでの常識を覆す大きな変化だ。
もしかしたら、真インフェルノと再び相まみえるとき、これが決定的な武器になるかもしれない――なんて考えてしまう。
そういえば、シアの話によると、同じギルドの裁縫師には、新スキル「縫合」が追加されたらしい。
その効果は――対象としたプレイヤーの体力の回復。つまり、怪我を縫い合わせて治療するというわけだ。
炎や氷によるダメージまで「縫合」で回復できるのは理屈としては不思議だが……まぁ、ゲームなんだから深く考えるのは野暮ってものだろう。
それよりも重要なのは、その「縫合」の性能だ。
SP効率がよく、回復によるヘイト上昇も低い――回復スキルとしてはかなりの性能らしい。
サブ職を回復系にしたところで本職ヒーラーには及ばないものの、サブヒーラーとしては頭一つ、いや二つは抜けているという。
他職の強化がこれだけ魅力的だと、正直、料理人の新要素にも期待せずにはいられない。
「しかし、このゲームの職業はとんでもなく多いっていうのに、よく全職業分用意したもんだよなぁ」
食堂のキッチンで食材を用意しながら、つい独り言が漏れる。
「アナザーワールド・オンライン」には、選べる職業が豊富なことでも知られるゲームだ。多少の使い回しがあったとしても、全職業に追加要素を実装した運営には、正直頭が下がる。
俺はまな板の上にグレーターバッファローの肉とオーロラの実を置き、メニューコマンドを開く。
そこに新しく追加されている文字があった。
――「モンスター用料理」。
いつもなら「料理」を選ぶだけだったのに、その下に新たなメニューが追加されている。
これこそが、料理人に与えられた新たな戦闘支援要素だ。
「さて、一体どんなものが作れるのかな?」
期待に胸が高鳴る。
裁縫師の「縫合」は直接戦闘で使うスキルだが、料理人の新要素はそうではない。
そもそも料理人は、すでに「料理スキル」を戦闘中に使用できる(対象となる敵には条件があるけど)。
そのため、運営もその点を踏まえて別方向の強化を入れてきたのだろう。
だが、それがむしろいい。
単純な攻撃スキルよりも、戦闘の幅が広がる――そんな期待が膨らむ。
――たとえば、戦闘中に作っておいたモンスター用料理を使用すると、敵がその料理を食べ始めて動きが止まる。その隙に攻撃を叩き込めば、一方的にダメージを稼げる。
もしそんな仕様なら、「料理スキル」の高火力と組み合わせて、ソロ討伐がかなり容易になる。
あるいは――とびきり美味しいモンスター用料理が作れた場合、それを食べたモンスターがなついて仲間になる……なんて展開もアリかもしれない。
モンスターを一時的な仲間にできるテイマー系の職業はいくつか存在するが、料理人にもその要素が加われば、戦略の幅は広がるし、冒険もさらに楽しくなる。
そしてもし、一時的な仲間どころではなく、料理をあげることでモンスターをペット化できるようになったら――
「モンスター用料理」バブルが来るのは間違いない!
まずはレアで優秀なモンスターを俺がいち早くペットにして、みんなに見せびらかす。そのうえで、ペット化できるモンスター用料理を売り出せば――莫大な利益が転がり込むはずだ。
今や、俺はこのサーバーで最もレベルの高い料理人。高レベルでしか作れないモンスター用料理を作れるのは、実質俺だけ。つまり……価格設定は思うがまま。
「借金を返すどころか……メイを超える金持ちになれるかもしれないな」
俺は包丁を握り直し、ニヤリと笑った。
「うひひ……ようやく俺のターンが来たってわけだ」
期待を胸に「モンスター用料理」を選択する。
この料理は、通常の料理と違って、「切る」や「焼く」といった工程がない。
二つの食材を選ぶだけで、食材の組み合わせと料理人レベルに応じて完成品が変化する――そう説明に書かれていた。
そしてその通り、まな板の上の食材が、じゅわっと光を放ちながら形を変えていく。
次の瞬間、そこに現れたのは――骨付きの巨大な肉。
まるで漫画に出てくる「あの肉」そのものだ。
「おお……こんがり焼けた香ばしい色と香り。……モンスターに食べさせるのがもったいないくらいだ」
出来栄えに満足しながら、肉を手に取るとアイテム名が表示された。
【ブレイクボーンステーキ】
なかなか洒落た名前じゃないか。
さて、その効果のほどはいかに?
俺はアイテムの説明ウィンドウを開いた。
【この料理を設置すると、その匂いにつられてモンスターが近寄ってくる。この料理を食べたモンスターは防御力が低下する。なお、戦闘中は使用不可】
……は?
一瞬、思考が止まった。
もう一度読み直す。うん、やっぱりそう書いてある。
「これって……罠的な使い方をするってことか?」
いや、まぁ、確かにモンスター用の料理としては理屈は通っている。
でもさ……なんか、こう……違うだろ!?
俺の料理に感動して、モンスターと仲良くなる展開はどこ行った!?
モンスターとの感動的な絆イベントとか、ペット化ルートとか、そういうのを期待してたのに……!
俺は香ばしく輝くステーキを見つめ、深々とため息をついた。
「……なんか、しょぼくない?」




