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第255話 真インフェルノ対片翼の天使 その2

 一撃……。たった一撃で、「片翼の天使」のヒーラー陣が焼き尽くされた。残されたのは死体だけ。

 聖域で戦ったインフェルノは、被ダメージ量に応じて複数のブレスを使い分けていたが、真インフェルノが使っているのは、扇状に広がるブレスだ。距離を取れば取るほど攻撃範囲が広がるため、真インフェルノから離れていたヒーラー達に逃げ場などなかった。


「これではもう打つ手がありませんね……」


 ヒーラーであるミコトさんの声は、震えてはいなかった。

 冷静に状況を見ている――だからこそ、その言葉の重みが刺さる。

 けれど、ヒーラーの重要性を一番理解しているのは、むしろ彼女の支援を受けて戦う俺たちアタッカーやタンクのほうだ。

 序盤でヒーラー全滅。――それは、悪夢以外の何ものでもない。

 まだ立っているメンバーたちの心中を思うと、胸が痛む。


「それにしても、なぜタンクからターゲットが剥がれたんだ……?」


 クマサンの声には、明確な戸惑いが混じっていた。

 ブレスの直後、真インフェルノの攻撃は再びタンクのガブリエルへ戻っている。

 つまり、タンクへのヘイトがリセットされたわけではない。タンクのヘイト管理自体は正常に機能している。


「……運悪く、ヒーラーのヘイトがタンクのヘイトを上回ったんだろうか?」

「いえ、ヒーラーはローテーションで回復ヘイトを分散していました。まだ範囲攻撃も受けていませんでしたし、大量の回復が必要な状況でもなかったはずです。それで狙われるとは考えにくいです」


 俺の推測は、ミコトさんに即座に否定された。

 ……いや、彼女の言うとおりだ。

 どう考えても、あの状況でヒーラーにタゲが向くとは思えない。


「だとすると――真インフェルノは従来のヘイト処理とは違う仕様かもな。……あるいは、あのブレス自体がヘイトを無視した攻撃なのかもしれない」

「ヘイトを無視?」

「たとえば、ランダムで狙いを決めるとか、一番遠くにいるプレイヤーを狙うとか……」

「なるほど……それなら、さっきの挙動は説明がつく……けど、もしその通りならタンクとしてはやってられないな」


 クマサンの低い声には、苦笑に似た怒りが滲んでいた。

 確かに、もし俺の仮説が当たっているなら――それはタンク職の存在意義を根底から揺るがしかねない仕様だ。

 だが、敵によっては魔法耐性が異常に高かったり、物理攻撃がほとんど通らなかったりと、職業ごとの不利は常に存在する。

 全攻撃がヘイト無視というのなら話は別だが、一部の攻撃だけそうだとしたら、理不尽というほどでもないかもしれない。

 ……ただ、それを新HNMでやってくるあたり、運営の性格の悪さを感じるけど。


「あくまで仮説の域だ。もっと情報を積み重ねないと、はっきりしたことはわからないよ」

「……そうだな」


 そんな会話を交わしている間にも、戦況は進んでいた。

 タンクのガブリエルが、ついに堕ちた。

 アタッカーの中には回復スキルを持つ者もいたが、焼け石に水だった。ほんのわずか、彼女の寿命を延ばしただけにすぎない。

 次にサブタンクが前に出て、ターゲットを引き継ぐ。

 だがヒーラーを失った状態では支えきれるはずもなく、彼もまた沈んだ。


 ヒーラー全滅の時点で、勝機がないのは誰の目にも明らかだった。

 全員で別方向に一斉に逃げれば、何人かは助かる可能性もある。敵にはそれぞれ「有効範囲」があり、その外まで逃げ切れば戦闘状態は解除される。真インフェルノの有効範囲が無限の可能性はあるが、それでも街や村に入れば戦闘状態は強制解除される。北の砦まで戻ることができれば、確実に助かるだろう。


 ――だが、彼らは逃げなかった。


 逃げている間、真インフェルノはユニオンのメンバーを追い続けるだろう。

 その途中で範囲攻撃やあのブレスを放てば、この新エリアにいる他のパーティを巻き込みかねない。

 もしそんなことになれば、ギルドの評判は地に落ちる。

 おそらく、それを恐れてのことだ――そう思ったそのとき。


「……いや、違うか」


 俺は息をのんだ。

 勝ち目のない中、それでも攻撃の手を止めない彼らを見て、ようやく気づく。

 もちろん、評判を守るという理由もあるだろう。だが、それだけじゃない。

 今の彼らの攻撃――あれは明らかに、ヒーラーが健在だった頃とは違っていた。

 先ほどまではダメージ効率を最優先に、最適なスキルを回していた。

 だが今は、一撃ごとに違うスキルを使っている。

 中にはほとんど効果の見られないものもある。

 けれど、それでもやめない。


 勝てないと悟って投げ出したのではない。

 彼らは勝算が消えた瞬間に、戦いの目的を変えたのだ。

 どのスキルがどれほど通じるか。

 どんな条件でブレスが飛ぶのか。

 何が通用し、何が通じないのか。


 ――次に挑むときのために。


 一見すればただの敗北。だが実際には、次へ繋げるためのデータ収集戦。

 命を懸けた、未来のための戦いだった。


「……ルシフェル」


 ギルドマスターである彼は、なおも属性を変えながら精霊魔法を放ち続けていた。

 正直、苦手な相手だ。

 だが――その姿勢だけは、心から敬意を払わざるを得ない。


 俺が見つめる中、真インフェルノの標的がルシフェルに向かう。

 次の瞬間、紅蓮の爪が閃き、ルシフェルの体が宙を舞った。

 そして彼は、静かに地へ崩れ落ちた。


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