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第254話 真インフェルノ対片翼の天使

「……本当に来るんでしょうか?」


 隣で息を潜めるミコトさんが、かすかに声を漏らした。

 だが、その疑問に答えられる者はいない。俺も、そしてあそこで待つ「片翼の天使」の連中もきっと同じだ。

 もし今が、真インフェルノが火山に引っ込んでいるタイミングなら――いくら待っても無駄だろう。

 だけど、もし奴が今火山から出ているのなら――きっと見つけ次第襲ってくるに違いない。つまり、今この瞬間に、あの時のように空から襲ってきても何の不思議もないということだ。

 自然と呼吸が速くなる。


「……あいつらはこうやって、自らを危険にさらして試しているんだ」


 今やゲームの攻略法なんて、ネットを見ればいくらでも転がっている。

 だがそれは、誰かが歩いた道に限られる。未踏の領域に挑むとき、俺達プレイヤーはこうやって――経験と試行を重ね、死に物狂いで情報を積み上げていく。たとえそれがどれほど危険で、無謀な行為であろうとも。それが攻略に繋がると信じて。


 ――どれほどの時間が経っただろうか。

 俺たちは彼らの様子を見張り始めてすぐ、敵に絡まれ、戦闘を強いられた。

 「片翼の天使」の連中が俺たちの尾行に気づいていたかどうかは分からない。

 だが、ここで戦闘までやらかしては、さすがに気づかれないはずがない。

 とはいえ、彼らに俺たちを追い払う権利はない。

 バレてしまった以上、開き直るしかなかった。

 俺たちはただ待つのをやめ、狩りをしながら奴らの動きを観察することにした。


「……なんだか、普通に狩りをすることになってしまったな」

「そうですね」

「私達が戦っている間も、あいつらはじっとしたままだな」


 彼らも、待っている間に狩りをすれば経験値や素材は手に入る。それでも、誰ひとりとして動く気配がない。

 もし狩りの最中に真インフェルノが現れれば、対応が遅れる――そのリスクを避けているのだ。恐ろしいほどの集中力と覚悟だった。


「これで結局真インフェルノと出会えなかったら、あいつらどうする――」


 言いかけて途中で言葉が止まる。

 泉のほとり、開けた場所にいる彼らを一瞬にして影が覆った。


 ――これは!


 轟音とともに、空から“それ”が降ってきた。

 風圧に圧され、思わず動きが止まる。


「来たっ! 真インフェルノ!」


 声を上げたのはクマサンだった。

 意外にも肝が据わっていて、反応が早い。

 だが、クマサンに言われるまでもない。俺たち全員、すでにその姿に釘付けだった。

 燃え上がるような紅の体。

 人を獲物としか見ていない獰猛な眼。

 意志を持つかのようにうねる尾。

 巨体を宙に浮かせる、灼熱の翼――。

 間違いない。奴だ。真インフェルノ。


 俺たちは観客。慌てる立場ではない。

 だが「片翼の天使」の面々は、まさに当事者だ。

 ――それでも、彼らは乱れなかった。


 タンクのガブリエルが挑発を放ち、瞬時に戦闘態勢へ移行する。


「……さすがだな」


 真インフェルノ戦は初めてだろうに、これまでHNMを何体も屠ってきた連中だけあって、全員の動きが洗練されていた。

 アタッカー達は素早く真インフェルノの背後に回り、ヒーラー達はタンクへの攻撃に巻き込まれない位置へと移動する。

 ガブリエルには防御系バフが次々に飛ぶが、通常のHNM戦とは違い、耐火支援が多い。真インフェルノのブレスが一撃死クラスの攻撃だと分析し、物理防御アップよりもそちらを優先すべきと判断したのだろう。

 初対戦だろうに、すでに作戦を練ってきてやがる……。仲間で集まったギルドとの違いを見せつけられるようで悔しい。


「……真インフェルノと、ちゃんと戦えてますね」


 ミコトさんのつぶやきに、俺も無言でうなずく。

 あの惨状を知っている俺としては、いくら片翼の天使でも、瞬殺されるのではないかと心のどこかで思っていた。

 だが、ガブリエルはタンクとして機能し、アタッカーたちの攻撃も確かに通っている。

 さすがに奴の体力ゲージはまだほとんど減っていないが――

 最強の精霊使いルシフェルを筆頭に、超一流のアタッカーが揃っている。

 このまま押し切れるのではないか、そんな錯覚さえ抱くほどだった。


「……そういや、真インフェルノを見かけたら連絡してくれってねーさんが言ってたっけ」


 真インフェルノ対片翼の天使なんて、HNMギルドにとっては情報の塊そのものだ。これを目撃しておいて報告しなかったら、後で何を言われるかわかったものじゃない。

 俺はフィジェット(ねーさん)にチャット申請を送る。


『どうした、ショウ? 真インフェルノでも見かけたか?』


 許可するや否や、すぐにねーさんの快活な声が響いてきた。


「見かけたどころじゃないよ。今、目の前でその真インフェルノと片翼の天使が戦っている。十八人のフルユニオンでのガチバトルだ」

『なんだって!?』


 テンションの高いねーさんの声がさらに数段階上がる。


『ショウ! 今、どこにいる!?』

「泉だ。真インフェルノが水飲み場としているあの泉」

『わかった! うちらもすぐに行く!』


 言い終えるが早いか、ねーさんは一方的にチャットを切った。

 おそらく仲間を集めて、もう動き出しているだろう。

 まったく、良くも悪くも行動の早い人だ。

 まぁ、ねーさんには借りもあるし、これで少しは返せただろう。


 さて、こっちは――真インフェルノと片翼の天使の戦いに集中するか。

 そう思った矢先だった。


「グォアァァァァァァァ」


 真インフェルノの咆哮が森の木々を震わせた。


 ――くるか! ブレス!


 十分なバフをもらったタンクが耐えられるかどうか。

 それは、今後の真インフェルノ攻略の成否を分ける重要なデータになる。

 もしガブリエルが一撃で落ちれば、まともな戦法など通じない。

 果たして――。


 ガブリエルの可愛らしい童顔が緊張でこわばる。

 だが、次の瞬間――真インフェルノは唐突に視線を逸らし、周囲を見回した。


「何だ、その動きは!?」


 クマサンの声には驚愕が混じっていた。ガブリエルのヘイト管理に問題があったとは思えない。タンクにとって、この動きは想定の範囲外のさらに外なのだろう。

 そして真インフェルノは突然、後衛のヒーラーをその視線の先に捉える。


 ――いやいや、ダメだろ、それは!


 紅の巨体が咆哮し、口腔の奥で炎が渦巻く。

 次の瞬間、扇状に広がる灼熱のブレスが――

 標的となったヒーラーを中心に、後衛一帯をまとめて呑み込んだ。


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