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第250話 真インフェルノ考察

 真インフェルノの存在は、すぐに広まった。俺達のあとにも目撃情報が続き、あのパーティのように襲われて全滅した者も次々に出てきたのだから当然だ。

 そうしてせっかくの新エリアは、恐怖の領域と化し、誰も近寄らなく――なったりはしなかった。


 当たり前だ。俺達はそんなヤワじゃない。

 もしこれが現実の命懸けで、ゲーム内の死がそのまま現実の死に繋がるなら、誰も近づきはしなかっただろう。命は一つしかない。危険に晒せるわけがない。

 けれど、ここはゲームの世界だ。プレイヤーの好奇心は、真インフェルノの脅威すら軽々と上回る。


 実際、真インフェルノが出現することがわかっていても、プレイヤー達は次々と新エリアへ挑んでいった。命を落とすリスクがあっても、新エリアは経験値もドロップも美味しい狩場だったし、「自分の目で真インフェルノを見たい」という欲求も強かったのだろう。

 俺達だって同じだ。北の砦で隊長の話を聞いたあと、再び新エリアに戻り狩りを続けた。――もっとも、幸か不幸か、真インフェルノに遭遇することはなかったが。




 そうしてゲーム内で話題の中心となった真インフェルノの存在は、現実世界にも波及していく。

 もちろん、奴が現実世界に現れたわけじゃない。ネット上の話だ。


 匿名掲示板のアナザーワールド・オンライン板では、連日真インフェルノの話題で持ちきりだった。

 攻略サイトはいくつもあるが、未知のHNMに関しては情報収集も検証も追いつかない。だからこそ、多くのプレイヤーは掲示板に集まり、情報を持ち寄り、あるいは体験談を語り合った。

 そこには、俺のいるサーバーの情報だけでなく、ほかのサーバーでの情報もすべて集まる。各サーバーでの目撃情報、襲撃されたときの状況、そうした報告が積み重なり、奴の行動パターンや生態について少しずつ考察が進んでいった。

 もちろん嘘や勘違いも多かったが、少しずつ検証され確実性の高いものだけが残っていく。完璧ではないにせよ、その情報は無策で新エリアに挑むよりも確実に生存率を上げる武器となる。




「それじゃあ、真エリアに行く前に、ネットの情報をもとに、真インフェルノについて整理しておこうか」


 ギルド「三ツ星食堂」のメンバーは、今日も北の砦に集まっていた。

 真エリアでのログアウトは危険なため、パーティを解散するときはこの北の砦まで戻って行うのが定石だ。

 なにしろ、ログアウト時は全員一緒でも、再ログイン時は当然バラバラ。ソロで新エリアのモンスターと対峙すれば、まず間違いなく死ぬ。今のレベルでも、一部のソロに特化した職業のキャラクターなら狩りが可能らしいが、少なくとも俺には無理だ。仲間がいなければ、俺は最強アタッカーでもなんでもない。ただのハズレ職業のプレイヤー。それを一番よく理解しているのは、俺自身だ。

 俺は目の前の、頼もしい仲間達に視線を向けた。


「真インフェルノが出現するのは新エリアのみ。これは確実みたい。新エリア以外での目撃情報は、嘘っぽい書き込みを除けば一つも見当たらなかったよ」


 そう切り出したのはメイだった。前回ログアウト前に、ネットで情報を集めておこうと呼びかけたが、ちゃんと実行してくれていたらしい。


「こっちのエリアには、まだ聖域でのインフェルノクエストをクリアしていない人もいますからね。矛盾を発生させないためにも、運営がそう設定しているんでしょうね」


 ミコトさんの言葉に、メイがうなずく。


「それに加えて、真インフェルノは常時新エリアにいるわけではないらしい。北の火山地帯に飛び去っていくのを見たという情報が複数ある。その後は襲撃の報告も途切れるんだ」

「出現時間と不在時間がハッキリわかれば、安全に狩れるんだがな……。今のところ規則性は見つかっていないようだ」


 クマサンが渋い顔をする。クマサンもしっかり情報収集をしてきてくれたようで心強い。

 真インフェルノが去っていく条件として挙げられているのは、「ゲーム内の時間」「現実の時間」「真エリアでの討伐モンスター数」「新エリア内のプレイヤー人数」「サーバー内の人数」など多岐にわたる。だが、どれも確証はなく、ただのランダムという可能性も否定できない。正直、規則性を期待するほうが間違っているのかもしれない。


「インフェルノは新エリアにいる間は基本的に上空を飛んでいる。ただ、いくつか地上に降りる場所があるらしい。東の断崖、西の骨が無数に散らばる丘――そして森の中の泉」

「……俺達が奴を見た、あの場所だな」


 俺は悔恨混じりにつぶやいた。

 そう――俺が見つけて狩りの拠点としたあの場所は、真インフェルノが降り立つ場所の一つだったんだ。

 掲示板での考察では、東の断崖は翼を休める場所、西の骨の丘は獲物を運んで食事をする場所、そして森の泉は水飲み場だとされている。そう考えれば、あの周辺にモンスターが湧かない理由も、妙に近づいてこない理由も説明がつく。

 ……よりによってそんな場所で呑気に狩りをしていたかと思うと、背筋に冷たいものが走った。


「真インフェルノに襲われた報告はいろいろな場所であるけど、今言った三箇所は特に危険。そこで真インフェルノに見つかれば、確実に襲われるって言われてるね」


 メイの言葉が場の空気を引き締める。

 あの時、俺達は泉を離れ、森の中へと数歩足を踏み入れていた。あと少しでも動くのが遅ければ、俺達も奴の標的にされていただろう。あそこで迅速に移動する決断を下した自分を、今さらながらに褒めてやりたい。


「せっかく見つけた拠点だけど、あそこはもう使えない。安全そうな場所を探しながら狩りをするしかないが、それでも、インフェルノに襲われるリスクに比べたらずっとマシだ」


 俺の言葉に三人は無言でうなずいた。二パーティ十二人が一瞬で屠られる光景を見てしまえば、誰だってこういう反応になるというものだ。


「奴のブレスのダメージは1000超え。『猛き猪』の猪突猛進撃に匹敵する。範囲攻撃でこのダメージは異常だ。一撃でパーティが全滅する」


 聖域で戦ったインフェルノの攻撃は、ここまでではなかった。あの時はレベル制限で俺達は弱体化していたが、奴の力はそれ以上に抑えられていた。本来の姿がこれだと、改めて思い知らされる。


「ダモクレスの剣ほどではないのが、せめてもの救いですね」


 ミコトさんが苦笑いする。キングダモクレスが放つ「ダモクレスの剣」は、狭い範囲ながら範囲攻撃で2000オーバーのダメージを叩き出す。確かにあれに比べれば、まだ望みはあるかもしれない……。冗談か本気かわからないが、そう言えるのはさすがだ。ダモクレスの剣を実際に受けた女の子は強いなぁ。


「とにかく、上空に気を配りながら、今日も新エリアで狩りに行こう」

「はい」


 俺の言葉に三人がうなずく。だけどそのとき、不意にクマサンが小さくつぶやいた。


「……でも、避けるだけでもう一度戦えないのはちょっと残念だな」


 誰かに向けたものではない、独り言のような声。けれど全員の耳に届いていた。ミコトさんもメイも、一瞬だけ表情を変える。

 ああ――そうか。

 みんなも同じ気持ちなんだ。

 ネットで真インフェルノの情報を集めている間、俺の頭にあったのは「どうやったら倒せるか」だった。

 俺達はこのサーバーで最初にインフェルノを討伐し、「1stドラゴンスレイヤー」の称号を得た。だから今度も俺が最初に真インフェルノを――そう思うのは自然なことだろう。

 だが調べれば調べるほど、それが不可能だとわかってくる。討伐プランを語るスレッドもあったが、どの方法も三パーティ十八人のユニオンが前提。俺達は四人。挑む資格すらなかった。


「おっ、ショウ達じゃないか! あんたらもこれから新エリアか?」


 思考の渦を断ち切るように声が飛んできた。振り向けば――そこにいたのは、見覚えのある顔ぶれ。フィジェット(ねーさん)達だった。


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