第249話 聖域崩壊
俺達は来た道を引き返し、新エリアと元のエリアを繋ぐトンネルへと戻ってきた。
途中、何組かのパーティを見かけたが、真インフェルノのことは伝えなかった。フレンドのいるパーティなら忠告もしただろう。だが、そうでないならそんな義理はないし――何より、突然奴と遭遇したこの衝撃を味わう権利を奪うわけにいかない。あの恐怖は、ぜひとほかの人にも感じてもらいたい――たとえ、それが命と引き換えになることだとしても。
……やっぱり俺って、性格悪いのか?
そんなことを思いながらトンネルを抜け、俺達四人は北の砦の裏手へと出た。
最初に俺達がこのトンネルに足を踏み入れたときとは違い、そこでは数人の兵士が右往左往している。俺達を見送ってくれた兵士もいて、すぐに声をかける。
こっちも大変な状況だが、まずは向こうの事情を聞くのがセオリーだろう。
「どうした、何があった?」
「ああ、あなたがたは! よくぞ無事に戻られました! 実は――インフェルノが聖域の封印を破り、赤焔竜の狩猟場へ飛び去ったのです! あなたがたも巻き込まれているのではと心配していたのですが……無事で何よりです」
NPCとはいえ、俺達のことを案じてくれるのは嬉しいものだ。
ただ――すでに二パーティ十二人がそのインフェルノの犠牲になっている……。まぁ、わざわざ彼に伝えても仕方ないので、何も言わないけど。
しかし、これでわかったこともある。あの「真インフェルノ」、奴は俺達が以前に戦ったあのインフェルノだったってわけだ。
最後に目が合ったとき、奴は俺のことを認識しているような気がしたが……勘違いではなかったのかもしれない。なにしろ、前回の戦いで、奴に最後の一撃を食らわしたのは俺、その因縁のある俺を覚えていたとしても不思議ではない。
……だが、そうなると余計に悔しい。奴は俺を知りながらも襲ってこなかった。今の俺は戦う価値もないと見下された――そう感じずにはいられない。
「詳しいことは隊長から聞いてください。隊長は砦の中です。お急ぎください」
俺の悔しさに気づかない兵士は、そう急かしてくる。
プレイヤーである俺達は、自分達が話を進めない限り、シナリオは動かずインフェルノの被害も広がらないだろうと思っているが、NPCである彼らにとっては一刻を争う緊急事態。この反応は当然だろう。ならば、せめてその必死さに合わせてやるのが、ロープレイングというものだ。
「インフェルノは俺達も目撃している。その報告も兼ねて、すぐに隊長さんのもとへと向かうよ」
「はい! よろしくお願いします」
俺達は兵士達に見送られて、砦の中へと向かった。
外の喧騒とは対照的に、中の兵士達は落ち着き払って持ち場に立っていた。プロ意識――と言いたいところが、MMORPG的な仕様のためだろう。新エリアへ行けるプレイヤーと、未クリアのプレイヤーが同じ空間に共存している以上、NPCの反応は統一されていなければならない。会話内容程度ならプレイヤーに合わせて変更は可能だが、慌ただしく動き回る姿など見せれば、未クリア組が混乱してしまう。
そんなわけで、俺達はそんな兵士達の間を抜け、隊長の元へ戻ってきた。
「おおっ、お前達! 無事だったのか!」
隊長は俺達の姿を見て、声を弾ませた。
「隊長さん。兵士のかたから、インフェルノが聖域の封印を破ったと聞きました。俺達も赤焔竜の狩猟場で、奴の姿を目撃しています。一体、聖域で何があったんですか?」
「まだ調査中だが……魔導士の見立てでは、インフェルノは封印されていた間、長い年月をかけて少しずつ封印の力を侵食し、無力化していった痕跡があるらしい」
隊長の言葉に、クマサン達が険しい視線を向ける。
俺も同じ気持ちだった。
だって、この北の砦は封印されたインフェルノの監視任務も任されていたはずだ。ならば、なぜ手遅れになる前に気づけなかった――そう言いたくもなる。
とはいえ、相手は人間よりも高位の存在とも言われるドラゴンだ。人間に気取られぬように封印を食い破ることなど、奴にとっては造作もないことだったのかもしれない。
「この前、インフェルノが目覚めたのも、そうやって聖域の力が弱まったことによるものだったのだろう。あの時は、お前達が奴を倒して再び眠りにつかせることができた。だが、皮肉なことに、その時の戦闘が聖域そのものを傷つけ、封印の力をさらに損なわせてしまったようだ。結果として、ただでさえ弱まっていた封印が解け、真の力を取り戻したインフェルノが目覚めてしまった――そういうことのようだ」
隊長の言葉に俺達は押し黙った。
なんというか……今の説明だと、俺達も原因の一端にされてない?
俺達は頼まれてインフェルノと戦っただけなのに……。しかも、見事倒したというのに……。
もちろん、隊長が俺達を責めているわけじゃないのはわかる。事実を淡々と述べているだけだ。だから俺達が責任追及をされるようなことはないだろうけど……でも、それはそれで逆に責任を感じてしまう。
もしここで、真インフェルノの討伐を依頼されたら――断れるはずがない。
……いや、正直なところ、先ほど見逃された悔しさが、もう一度奴を叩き伏せたいという衝動を生んでいるのも事実だった。
だけど――
「今は王国へ報告を送っている。ここからは国としての対策を進めることになるだろうが、相手は伝説の竜……簡単にはいかないだろうな。奴は大昔、山脈を越えて人の国に侵攻し、大暴れを繰り返していたが、先人達が命を賭して、聖域に封じ込めた。今のところ、奴はその苦い経験のせいか、赤焔竜の狩猟場から出てくる様子がない。それが唯一の救いだな」
そう告げる隊長は、討伐の依頼を口にすることはなかった。
それはつまり、今の俺達では奴に勝てないと思われているわけで……事実ではあるかもしれないが、なんか悔しいぞ!
「インフェルノの動向を探る必要があるため、トンネルの通行は禁じない。ただし、赤焔竜の狩猟場に向かうのなら――くれぐれも注意してくれ」
「……はい」
俺の力ない返事で、会話は終わった。
結局、真インフェルノ討伐の依頼は下されなかった。
つまりこれって、真インフェルノはクエストで敵ではなく、新エリアを飛び回るHNMということか? 倒すならプレイヤーで協力して倒してみな――そんな運営からの挑戦にも思えた。
期待していた新エリア、そこは狩場としては非常においしい場所なのは間違いなさそうだが、同時に自分達が狩られる側になるかもしれない、ハイリスクハイリターンなデンジャラスゾーンになりそうだった。




