表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

248/261

第248話 真インフェルノ

 その名前を目にした瞬間、あの死闘の記憶が脳裏にフラッシュバックし、全身が熱に包まれる。


「えっ、インフェルノ!?」


 クマサンの驚きが、素の声で漏れる。三人もまた振り返り、紅蓮の巨影に息を呑んで立ち尽くしていた。

 灼熱を纏う紅の体、獣を超えた凶悪な顔貌、蠢く尾、空を覆う翼――その姿は、かつて命懸けで挑んだインフェルノそのものだった。


「どうしてインフェルノがこんなとこにいるんですか!?」

「落ち着け! 名前に『真』がついている。あのインフェルノとは別物かもしれないよ」


 ミコトさんとメイの声が、現実に引き戻す。

 そうだ。あのインフェルノは俺達が倒して、聖域で再び眠りについたはず。ここにいるはずがない。

 だが――名前に刻まれた「真」の文字が、不吉に胸を締めつける。


 考える間もなく、真インフェルノは巨躯を揺らして咆哮。口を開いたかと思うと、燃え盛るブレスを吐き出した。

 扇状に広がる灼熱が一パーティを丸ごと飲み込み――六つの命を一瞬で奪い、死体へと変える。


「嘘でしょ!? タンクもいたのに一撃で……!?」


 クマサンの口調は、ゲーム内での男キャラのものでなく、リアルの時のものになっていた。あまりの衝撃に、ロールプレイすることも頭から飛んでいるのだろう。

 だが、真インフェルノの暴虐は、一パーティを仕留めても終わらなかった。すでにもう一パーティに、その凶暴な牙を向けている。

 タンクに噛みつき、丸太のような尻尾で後衛を蹂躙する。


 真インフェルノの出現からまだ一分も経っていない。

 にもかかわらず、美しかった泉のほとりは、十二の死体が転がる凄惨な光景へと一変していた。

 奴は俺達の存在には気づいていないらしい。

 邪魔者を駆逐し終えると、悠然と首を伸ばして泉の水を飲み始めた。

 この新エリアの名前は「赤焔竜の狩猟場」。もしかしたら、この泉は竜の水飲み場なのかもしれない。

 だとしたら――危なかった。

 もしあのパーティが来なかったら、あるいは俺達が意地を張って拠点に留まっていたら――今頃、俺達もあの場に転がる死体の中に混じっていたに違いない。


「まさか、拠点を横取りされたおかげで命拾いをすることになるとはね」


 メイの声が小さく震えた。

 塞翁が馬とはよく言ったものだ。何がどう転がるかわからない。

 俺達から拠点を奪った連中は、まだ死体となったままその場に留まっている。

 自分達を殺した真インフェルノを少しでも観察しようとしているのか、あるいはマイルームに戻れば、デスペナルティで所持金を――所持金が少なければアイテムを――その場に落としてしまうので、回収してくれる仲間の到着を待っているのか、それはわからない。

 だけど、少なくとも、真インフェルノがここにいる限り、金やアイテムの回収は不可能だろう。


「……どうする、ショウ?」


 一瞬、彼らが落とす金の扱いを問われたのかと思った。だが、クマサンの顔を見て、すぐにそうじゃないと理解する。口調が戻っていたクマサンは、顔も戦士の顔に戻っていた。

 クマサンが尋ねてきたのは、金の話じゃない。目の前の脅威にどう対処するかについてだ。


「今回のアップデートには新HNMの追加もあった。この真インフェルノがそうなのかもしれない。……けど、俺達だけでどうにかなるような相手じゃない」


 HNMと戦う準備なんてしてきていない。そもそもたった四人で挑むなんて無謀をも通り越している。

 俺とクマサンとミコトさんは、事前の準備もなく、たった三人でNMの「猛き猪」を倒したことがあるが、あれはいろいろな幸運が重なったおかげでもあるし、そもそもHNMではなかった。あの時は、あまりにも相手が違い過ぎる。


「一旦、北の砦に戻ろう。聖域に封じられているインフェルノがどうなっているのか――それをまず確認しよう」


 三人は静かにうなずいた。

 この真インフェルノが、俺達の倒したインフェルノと同一個体なのか、それとも別個体なのか。別個体なら両者に関係があるのか。まずは情報を集めなければ動けない。そもそも、こんな化け物が自由に動き回っているとしたら、この新エリアはとんでもなく危険な場所だ。呑気に狩りなんてしていられない。


 俺達は真インフェルノに気づかれないように、静かにその場を離れることにした。

 移動する前、最後にもう一度真インフェルノの姿を目に焼き付けようと振り返る。


 ――奴と目が合った。


 その瞬間、胸の奥で何かがざわついた。「今度は逃げるのか?」――奴の瞳が、そう問いかけていると俺は勝手に感じた。もちろんこれはゲームだ。気のせいかもしれない。もし本当に視認されているのなら、奴は間違いなく襲いかかってくるはずだ。


 だが、不思議と確信があった。――奴は確かに俺を見ている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ