第247話 乱入者
「お邪魔しまーす。いい場所っすね」
「俺達もここ使わせてもらいまーす」
二組のパーティは、俺達を挟み込むように両側へと陣取った。
狩場における拠点の使用に、公式なルールは存在しない。ただし、プレイヤー同士の暗黙の了解というものがある。
先にパーティがいた場所には後から来た組は入らない。それが基本的なマナーだ。
同じ場所で狩りをすれば、敵の取り合いになって効率は落ちるし、場合によっては範囲攻撃に巻き込まれる危険もある。結局、同じ場所で狩りをするのは、どちらにとってもメリットがないからこそ「後から来た側が別の場所を探す」――それが常識だった。
新エリア解放までの高レベルの狩場のように、パーティで溢れ返っている場合は、そんなことも言っていられないが、少なくとも今は違う。探せば拠点に適した場所なんてほかにもあるはずだ。
なのに彼らは、俺達が先に確保したこの泉のほとりに当然のように居座った。
もちろんこれは不正行為の類ではないため、運営に通報しても意味がない。ただのマナー違反だ。だからといって「どこかへ行ってくれ」とも言えない。
だが、この場所で三組も一緒に狩りすれば、効率が落ちるのは目に見えている。正直、何を考えているのか理解できなかった。
『このパーティ、どっちも同じギルドの所属みたいですよ』
ミコトさんから文字によるパーティチャットが飛んできた。わざわざ文字チャットということは、周囲には聞かれたくない話ということだ。
『ほかのパーティが拠点に複数で押しかけ、場所から追い出す連中がいるって噂は聞いてたけど……たぶん、こいつらのことだよ』
メイは意外と情報通だった。
つまり、奴らは最初からそういうやり口ということか……。
二組ならまだ共存もできただろうが、三組ともなればこの拠点はちょっと狭い。先にいたパーティが嫌気が差して出て行くまで居座り続ける。そういう算段なのだろう。
『ショウ、どうする?』
聞いてきたのはクマサン。このまま敵を釣りに行っていいものか、迷っている様子だ。
ここはリーダーである俺が決断するしかない。
このままここで狩りを続けて、どちらが先に音を上げる我慢比べをするか、せっかく見つけた戦いやすい拠点を捨てて、別の拠点を探しに行くか――
効率を考えれば、さっさと場所を変えたほうがいいのは間違いない。だけど――このまま移動すると、なんだか負けたような気がする!
『先に来たのは俺達だ。俺達がどく理由はない。このまま続けよう』
俺は我慢比べを選んだ。
理性で判断すれば、この選択は正しくないのかもしれない。でも、感情を無視してゲームなんてできやしないんだ。
『了解』
クマサンは短くうなずくと、森の中へと敵を探しに消えていった。
残ったミコトさんもメイも、俺に何も言わない。その表情から、彼女達も乱入組に対して同じ苛立ちを抱いているのが伝わってくる。
うちの女の子達は、理不尽に押し潰されるほど弱くはないのだ。
パーティが三組になり、釣りもしにくくなっただろうに、クマサンはほかのパーティに先んじて次々と獲物を見つけてきてくれた。
効率は多少落ちたものの、狩り自体はまだ成立していた。
だけど――
【クリムゾンファングのクリムゾンバースト】
【ミコトにダメージ120】
【メイにダメージ135】
突然、戦闘ログに後衛二人の被ダメージ表示が流れ込んできた。
俺達はスカーレットベアとの戦闘中なのに、攻撃者は「クリムゾンファング」。
まさか、安全だと思っていたこの泉のほとりに敵がポップしたのかと思ったが、二人が敵に襲われている様子はない。
「すみません、隣のパーティの範囲攻撃に巻き込まれました」
申し訳なさそうに二人は移動する。
彼女達が謝るようなことじゃないのに……。
視線を向けると、隣のパーティがいつの間にかこちらの後衛に近づき、クリムゾンファングと交戦していた。確かに、あの距離なら範囲攻撃の余波が届くのも納得だ。だが――なぜわざわざこっちに寄ってくる!?
俺とクマサンの方に寄れば、逆に俺達の敵の範囲攻撃を浴びるのがわかっているのか、彼らは安全そうなうちの後衛の方へと陣取っている。……それが余計に腹立たしい。
この拠点は決して広くはない。他パーティと余裕を持って距離を取れば、モンスターがポップする森エリアに近づくため、中央に寄りたい気持ちはわかる。だが――だったらお前達が場所を変えろよ!
言いたいことは山ほどあったが胸の中に留めて、俺はその怒りをスカーレットベアへとぶつける。
しかし――
【アッシュウルフのデスハウリング】
【ミコトにダメージ150】
【メイにダメージ144】
今度は、反対側のパーティからの範囲攻撃が二人を襲う。
見れば、もう一方のパーティもこちらに近づき、二パーティでミコトさんとメイを挟み込むように戦っていた。
……完全に嫌がらせだ。
正直、ただの我慢比べなら、相手が音を上げるまで付き合ってやるつもりだった。
だけど、ミコトさんやメイに害が及ぶのなら話は別だ。致命傷にはならなくとも、本来なら無傷で済むはずの後衛が、余計なダメージを受けてしまう。無駄な回復でSPを削られ、効率も落ちる。何より、大切な仲間がくだらない嫌がらせで傷つくのが許せなかった。
「みんな、場所を変えよう」
スカーレットベアを倒しきったところで、俺は即座に告げた。
「せっかくの拠点だけど、こんなのに付き合ってたらストレスが溜まるだけだ。せっかくの新エリアなんだし、もっと別の場所を探そう」
「賛成だ。広いんだし、誰もいないところへ行こう」
「そうですね。何か新たな発見があるかもしれませんし」
「ここに居座るよりよっぽどマシだね」
三人ともすぐに同意してくれた。気持ちはみんな同じだったらしい。
俺達は泉を離れ、再び紅い森の中へ足を踏み入れる。癒しを感じさせる綺麗な場所だったが――今は未練を振り切るしかない。
名残惜しさに一度だけ振り返る。そこでは、俺達がいなくなった泉のほとりで、二組のパーティがのびのびと狩りをしていた。
……きっと、いつか天罰が下る日が来るに違いない。
そう心の中で毒づいたとき――
ふいに、光の差し込んでいた泉の一帯が、突如として巨大な影に覆われた。
「……え?」
振り返っていた俺の視界に、真紅の巨体が轟音とともに降り立つ。地響きが森を揺らし、空気までも焦がすような熱が押し寄せた。
その巨体に視線を向ければ、信じられない名前がそこにあった。
【真インフェルノ】
その名前表示に身体が震えた。




